43 トイレでゴスロリと出会う
昼食後は普段通りの授業を受け、帰りは竜姫が付き合ってほしいところがあるというので、美奈と、なぜか保健室送りとなっていたハズキを加えて、喫茶店でお茶をし、竜姫の初登校は終わる。
竜姫はどうやら感性が女性に近いためか、鼎以外のクラスメイトたちともすぐに仲良くなり、テレビやお化粧、さらにはスイーツの話なんかをしていて、スイーツの話が出た瞬間、鼎もうずうずしていたのだが、お声が掛からず少しがっかりしたのを覚えている。お茶をしている時に聞いたのだが、そのお店はクラスメイトに聞いたお店らしい。
おそらくもうすでに鼎よりもクラスに溶け込んでいるのではないだろうか?…少しズルい。
…こんなにも話が合うんだからと、帰り際、鼎がいない日も登校してはどうかと提案してみたのだが、それはあっけなく却下されてしまい、冗談混じりに鼎がいるから学校に行くのだと笑顔で言われてしまった。
ということは、おそらく今日は登校していないのだろう。
やれやれというやつだ。
「はあ…。」
「鼎くん、どうしたの?元気ない?」
「…いえ、大丈夫です、初音お姉ちゃん。」
「そう?ならいいけど…。」
心配そうな初音に気を遣わせまいと、笑顔を作り、首に入館証を掛けると、今日の目的地へと入っていく。
鼎は今日、新作ドラマの撮影のため、テレビ西堂のスタジオに来ている。
例のドラマ『男性マネージャー奮闘記 恋する男装アイドル』の撮影が今日から始まるのだ。
今回はショートドラマではないので、セリフがかなり多く、僅かな時間で覚えるのにはかなり苦労した。美月たちにも読み合わせに付き合ってもらい、なんとなくできるんじゃないかと思える程度にはなったのだが、やはり不安というものは拭いきれてはいないのだろう。笑顔が少し引き攣り始めた気がする。
そんな風なことを考えていたからだろうか?
少し股間のあたりがむずむずとしてきた。
「…すいません、初音お姉ちゃん、トイレに寄ってもいいですか?」
初音に許可を取り、男子トイレへと入る鼎。
許可を取るなんて煩わしいことしないでさっさと行ってこいと誰もが思うだろうが、鼎はあくまでも今はあずさの所有物である。信用されているからか、かなりの自由を許してもらってはいるが、できる限り逃げ出したなどと思われることはするべきではない。だから外出の際は少しでも離れる時は、一声掛けることにしている。
「…ふう…。」
まるで未使用かのような異様に綺麗な便器で用を済ませ、しっかりと石鹸を泡立てて、手を洗う鼎。
泡をしっかりと流し、ポケットから取り出したハンカチで水気を拭き取っていたところ、ふとおしりを撫でるような感触を感じ、悲鳴をあげ、振り返った。
「ひっ!?……っ!?」
振り返った先にいたのは、真っ黒なゴシックロリータに身を包んだ小学生くらいの女の子。
銀色の長い髪に、整った可愛らしい顔立ち、おそらくカラーコンタクトであろう赤と青のオッドアイという出で立ち。
そんな彼女はどこか怯えたような表情を浮かべ、自身の手をその薄い胸の前で抱きしめるようにしていた。
「鼎くん、どうかしたのっ!?」
鼎の悲鳴がどうやら聞こえたのだろう。初音が慌てた様子で声をあげ、ドアを開けようとしたので、濡れた手でドアノブを掴み、鼎は思わずその女の子を庇った。
「大丈夫です!手を洗う水が思ったより冷たかっただけですから。」
なんとも苦しいが、ないとは言えない微妙な言い訳だと鼎は内心苦笑したものの、純真な初音はどうやら鼎の言葉に納得したのか、可愛らしいことを言ってくる。
「そう…なんだ…。うん、まあ、偶にそういうことあるもんね。それじゃあ、洗い終わったら、手を繋いでスタジオまで行こっか?私の手、結構暖かいから。」
「ん!ズルい!それなら私も!」とずっと無言だった音夢が口を開くと、初音は気まぐれな音夢にやれやれという様子で言った。
「はいはい、それなら3人仲良く手を繋いで行きましょうか?」
「お姉ちゃん、大好き!」
「ちょっ!?急に抱きつかないでってばっ!」
そんな仲良し姉妹2人の声が聴こえてきて、どうやらここに突入するという事態は避けられたと思った鼎は、星の環境には良くないだろうが、水を出したまま、ドアの前から距離を取ると、女の子に視線を合わせた。
「ダメだよ。ここは男子トイレだから、女の子が入っちゃ。」
「っ!?……。」
男子トイレの奥に女子小学生を連れ込む男子高校生の図。
まあ、鼎も小学…いや、大目に見て中学生くらいの見た目なので、2人でふざけて入ったようにしか見えないだろうが…。
まあ、それはともかく鼎が年齢通りの見た目なら普通、どう考えても事案以外の何者でもない光景なのだと今更になって思いつく鼎だったのだが、よくよく考えてみると、この世界では女性が痴女行為などということをするのみで、男性の痴漢という概念がないことを思い出し、むしろ不利なのは彼女の方なのだとようやく頭で気がつく。
それから、おそらく警備員でも呼ばれるのではと怯えて黙ってしまったであろう彼女に怒っていないことをアピールしてみることにした。
「ああ、僕は別に怒ってるわけじゃないんです。君みたいな可愛いらしい女の子がいるような場所じゃないですから…。」
「…可愛い…女の子…。」
ちょくちょく、口説き文句が口から出ているのだが気がつかない鼎。
「どうしたんですか?」
「っ!?…え、えっと…。」
顔を紅くして、どこか困惑していると判断した鼎は、
彼女が答えやすいようにと予想を口にしてみることにする。
「う〜ん…もしかして男子トイレと女子トイレ、間違えて入っちゃったのかな?」
「……えっ?………はい、ちょっと急いでまして…。」
冷静になっても、悪いことをしちゃったと後悔した様子の女の子に悪気があってやったわけではないと思った鼎は一つ提案をすることにした。
「…そうですか…うん!それじゃあ、ここで君と会ったことはなしとしておきましょう。」
「…えっ…いいの?疑ったりとか…。」
「えっ?疑う?なんで?」
「っ!?………。」
そう驚いたまま口を開けている彼女。
すると、鼎は人差し指を突きつけると、少し真面目な顔で但し…と言葉を付け加えた。
「…でも今回だけですからね?僕が相手だったからよかったけど、もし他の人にやったら捕まっちゃってたかもですから、今度からは急いでてもちゃんと確認はするように!お兄さんとの約束です。」
「は、はい…それはもちろん。」
困惑はしているものの、頷く女の子にどうやら大丈夫そうだと思った鼎は逃げ出す段取りを説明し、蛇口を閉め、ドアに手をかけたところで、おっと忘れていたと彼女に声を掛けた。
「…っとそうでした。」
「なんですか?」と疑問符を浮かべる彼女。
「うん、僕は美馬鼎。今度会う時はとびっきり可愛い笑顔を見せてくれると嬉しいな。ああ、あと名前も、ね♪」
そう言って、トイレを後にする鼎。
金森姉妹2人と手を繋ぎ、後ろで彼女がどうにか誰にもバレずに逃げたのを確認してから、スタジオに向かって歩き始めた。
エレベーターで上に上がり、鼎がスタジオに入ると、凄まじい歓声が響き渡る。鼎はそれに内心少し呆気に取られつつも、最初が肝心だと前回同様の挨拶をした。
「今回はテレビ西堂さんのドラマに出られて嬉しく思います。はじめまして、僕は…。」
そうして全体への挨拶後、個別でもそれをして、対応にかなりの時間が取られたものの、茜やスタッフさん、アサヒたち役者にも挨拶が終わり、舞台セットの最終確認、役者のメイクなど準備が整い、さてそろそろ撮影に移ろうかというところで、ふと入り口の方が騒がしくなった。
「えっ…まさか…まさか…。キャー!!」
「私、ファンだったんです!!」
「サイン!サインしてください!!」
そんな声からどうやら来ていなかったらしい役者かなにかの関係者が来たのだと思い、鼎たちもそちらに行ったのだが、鼎は背が低いため、その人物を目にすることができなかった。
それに鼎が少し肩を落としていると、どこかで覚えのある感触がおしりへと走り…。
「ひゃっ!?」
声をあげ、振り向くと、こんなことをした相手でなければ、抱きしめたいと思うほどに可愛らしい笑顔を浮かべたゴスロリの美少女が立っていた……いや、というか、ずっとおしりを触っている。
うん、いい加減やめてほしい。
すると、ずっと鼎に付きっきりで他の仕事はいいのかな?と鼎が内心心配していた茜がどこか慌てたように声をあげ…。
「せ、先生っ!?」
「えっ?先生?」
ニコニコ。スリスリ。
先生と呼ばれた彼女は笑顔を浮かべながら、そして感触を楽しむように強弱をつけつつ、鼎のおしりを撫で続けながら、器用に自己紹介をした。
「はじめまして。カナ様。私は痴女は文化。この【男性マネージャー奮闘記 恋する男装アイドル】の原作者ですわ♪」
『あの女…痴女は文化とかいうふざけた女は見た目は子供みたいだけど、私と同い年なの!!だから絶対に騙されないで!サーティーンじゃなくて、サーティーなんだから!!犯罪は犯罪なんだから、なにかあったらポリスよ!ポリス!!』
というアネママ先生の言葉が鼎の脳裏で再生されつつ、そういえばトイレで彼女に気がついたのは……と鼎は考えていた。




