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41 体育館を覗く上級生

本日は晴天、春と夏との間という区分けが難しい季節の太陽のもと、金髪のツインドリルはためかせ、大地に立つ。


さあ、私にはなにも怖くありません!!ド〜ンとおいでなさい!!


カキーンッ!!


「我妻さん、いったよーー!!」


さあさあ、さあ!!……んっ?えっと…ま、マジですの!!


じょ、冗談ですことよ!!ジョーク!アメリカン?イタリアン?チャイニーズ?なんでもよろしいですが、神様本当にジョークですことよ!!


そう今更ながら、言い訳をしても遅い。天高く上がった打球は自分の方へと向かってくる。それを変えようのない事実だと理解した入身は目を閉じ、心の眼を開眼すると、そっと左側にグラブを差し出した。


ここです!!ここですわ!!


その神業でグラブに入り、決まった時のドヤ顔、高笑いを想像していた入身。


…しかし、現実とは無情。



ポテーン…ポーンポーン…ころころころ…。



「「「「………。」」」」


ボールは手を伸ばせば届くほど近くの反対側に落ち、転々と転がっていくボールを見送る入身。


「む!右でしたわ!!おしい!!」


「「「「いいから、さっさと追いかけろ!!」」」」


「し、失礼しましたわ〜!!」


ボールを広い、すぐにバックホームするも、2人のランナーだけでなく、走者まで生還。


スコアは同点だったのに、7対4となってしまった。


その後は、ショートを守る亜梨沙のファインプレーなどもあり、案外早く椅子が置かれただけの簡易ベンチへと戻れた。


まあ、入身は自分のミスで逆転を赦してしまったせいか、かなりしょんぼりしていたのだが…。


「入身さん、私がホームランを打ってきますから、元気出してくださいな。」


しょんぼりしていて、見ていないうちに気がつくと、ノーアウト満塁になっていて、亜梨沙は打席に入るなり、バットをピッチャーに向けた後、レフトの上空へとそれを掲げる。


相手はこの野球部のエース。彼女はキョトンとした後、亜梨沙の行動を理解し、怒りに顔を歪ませると、ランナーがいるにも関わらず、振りかぶった…そして、明らかに前の回までとは別の人が投げたかのように思えた速球を…。


カキーンッ!!


ボールは遥か遠くのネットを越えていき、それを見届けたピッチャーは膝から崩れ落ちた。


悠々とベースを回っていく亜梨沙に味方は授業だというのに大興奮。


そして、入身の口からは自然と言葉が漏れ出る。


「…あはは…相変わらずイカれてますわ…。」


亜梨沙はクラスメイトたちとハイタッチをして、ヘルメットを取り、後ろで座っていた入身のところに来ると、軽く舌を出し、悪戯っ子のような顔をした。


「ちゃんとホームラン打ってきました。」


こんなことを言われては同い年の幼馴染の入身としては黙ってはいられない。


「……さ、流石は我がライバル!!見てなさい!!今度は私が…。」


最初こそ口籠ったものの、入身は格好つけようとした。


…しかし、そこは入身。当然ながら間というものが悪い。


暇をして体育館を覗いていたらしいクラスメイトが慌ててこちらへと走って来た。


「大変!大変!!体育館で…。」


彼女の言葉を聞いた瞬間、亜梨沙は立ち上がり、体育館へと駆け出し、残される入身。


「ちょ!ちょっとお待ちなさいな!!」


慌てて後ろを追うと、亜梨沙たちはどこからか双眼鏡を取り出し、体育館の中の光景を見ていた。入身が周りに色々声を掛けたが、誰もそんなことは耳に入っていないらしく、目線をそこから逸らさない。


入身もどこからか調達してきたらしいそれが入れられた箱から一つ失敬し、亜梨沙たちが見ているあたりにピントを合わせると……。


「……はぁっ!?」


入身が思わず声を上げるのも無理もない。


なんと、体育館の端っこ…そこで男子生徒である美馬鼎こと、カナ様がシュートを打っていたからだ。


男子生徒が体育に参加することなどない。基本的に男性は女性を嫌悪しており、運動し、汗まみれになっているような光景など見たいはずもないからだ。見たいはずもないということからわかるように、もしあっても見学が関の山。まして体育に参加など…。


「…あ、ありえませんわ。」


入身だけでなく、遅れてやってきたクラスメイトたちの口からはそんな言葉が漏れ出ている。


しかし、目は離せない。


一度も外れることなく、ゴールネットを揺らす、綺麗なフォームからのシュート。


それが彼女たちの目を釘付けにしていた。


本当のところ、鼎はバスケが特別上手いわけではない。ただめちゃくちゃ器用で万能型なだけなのだ。それの証拠に、もしバスケ部と試合でもすれば、体格の違いにいいように弄ばれて終わることだろう。


だが、そんなことは彼女たちにはどうでもよかった。


見えているものこそ現実である。


その光景に目を奪われて、呆然としていた者たちが一瞬正気に戻ると、股のあたりをもじもじとさせはじめた。


入身もハッと気がついて、そうなると思われた瞬間、「我妻!次バッターだぞ!!」という声で授業中だったことを思い出すと、呼びに来てくれたクラスメイトに双眼鏡を渡し、トボトボとグラウンドに戻る。


誰もいないベンチでヘルメットを着けてから、打席に入ると、状況はワンアウト一、二塁だった。


瞬間、入身の頭の中でやるべきことの答えは出た。


ここは三振の一択ですわね。


この世界の女として当然である。ここでもし塁に出ようものならば、一生に一度あるかないかという光景を見逃すことになるのだから…。


だから三振を…。


「ストライク!」


審判をしている先生のその言葉を聞き、ほんの僅かなキャッチャーがピッチャーにボールを返す瞬間、思わず体育館の方を名残り惜しげに見る入身。もしかして一瞬でも鼎の姿を見られるんじゃないかと思っての行動だった。当然、双眼鏡を使わなければ、しっかりとは見えない距離、それはありえないことなのだが、その代わりといってはなんだが、入身の心を震わせるようなものが見えた…見えてしまった。


それはスコアボード。


確かに今は7対8と私たちのクラスが勝っている。ライバルである亜梨沙の逆転満塁ホームランのおかげでだ。


それじゃあ、あの前の回の相手の欄に刻まれた3という文字は?


「ストライク!!」


…当然、入身のミスにより入った得点である。それも亜梨沙によってさっき帳消しにされた…。


……本当にそれでいいのですの?私は亜梨沙のライバル。


ここはホームラン狙いですわ!!ホームランなら一挙両得!!汚名も返上、鼎を見る時間も生まれますしね!!


ぎゅっとバットを握る手に力を込め、ピッチャーが脚を上げた瞬間にステップ。


そして…フル……スイング!!


カーン!!


当たりはヒット性のライナー。走りながら、ホームランではないし、あそこに戻ることはできないけど、自身の弱さに打ち勝つことができたことに満足する入身。


やりました!!


だが…パス……えっ?


ショートが横っ飛びしてキャッチ、それから一塁に…。


「アウト!!」


ダブルプレーである。


こうして、男子生徒の雄姿を再び見るという機会が失われることになる。


そう思っていた入身だったのだが、先生に「チェンジだぞ!」と呼び戻されやってきた亜梨沙は先生の説得を始めた。


「先生、私、西堂亜梨沙は本日の体育の中止を提案致します。」


「なん…だと…。」


理由がわからず、単に中身のないその言葉を口にしただけだった体育教師だったが、その言葉の意味を理解し、激昂しようとしたところで、他に何かを口にする前に、亜梨沙は魅力的な情報を出す。


「なんと今、体育館ではカナくんがバスケのシュートをしております。」


「…………マジ?」


「ええ…それも!美しいお手本のようなフォームで…。」


「……ゴクリ。ブンブン…いや、しかしだな…授業は…。」


流石は気真面目と名高い体育教師。応援していた生徒たちがこれくらいではダメか…と諦めていたのだが、瞬間、亜梨沙の瞳がキラめいたのを入身は見逃さなかった。


「そうですね…授業はやはりやらないとダメですわよね…。」


「そ、そうだな…。」


そうかなり残念そうに言う先生。


「ですが、先生いいのですか?私たちは攻撃の合間や守備はローテーションなので、見る時間はありますが、先生には…。」


「っ!?」


そう!これこそが亜梨沙の策だった。


生徒たちは見ることができる。しかし自分は?


体育教師は悩みに悩む。


もう一歩で堕ちる。俯いたように見せていた亜梨沙の口元がほんの僅かな間、緩んだが、引き締めると訴えかけるような目を教師に送る。


「体育の補修を受けろというなら、私たちは受けましょう。ですから、どうか先生にもこの機会を…。」


「西堂…お前…いや、お前たち…。」


自分のことを思っての行動だと思い、涙ぐみ、目を擦る体育教師。


「わかった!!今日の体育は中止だ!!行くぞ、皆!!」


「「「「「「オオーー!!」」」」」」


こうして、亜梨沙の計画は上手くいき、体育館の前に着くと、そっと双眼鏡を手渡され、ピントを合わせ、それを見た瞬間……あまりの出来事に体育教師は気絶した。


予想外の出来事にさっきまで見ていた以上のことが起こっているのではと思い、生徒たちもそれを見ると…さっきの場所で鼎が女子生徒?に手取り足取り、腰取りシュートの打ち方を教えていた。


というか!あれ女子生徒?がおしり押しつけてますけど、挿入ってませんこと!!絶対、アレがある位置ですわ!!絶対アレがある位置ですわ!!


すぐにその女子生徒?が男子生徒だということが新聞部の生徒によって伝わったのだが、この世界では珍しい女性なのにBL好きだという生徒ですら、そんなものにはまったくと言っていいほど見えなかったらしく、終始「そこ代われ!!」の大合唱が起こるのではと思うほどに荒れていた。

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