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4 木本のボロ

私の名前は東堂静江、30歳。


東の名を冠する家に産まれ、メディア関係の仕事をしている。


というか、TV局の社長というやつだ。


当然のことながら、実力のみではなく、家のコネでこの地位についたのだが、この若さでこんな地位についたのには理由がある。


数年ほど前に母が急死したのだ。


本来他の親戚連中で適齢の者が私の地位につくべきなのだが、東は本来政治家の家系であり、この地位につきたいと思う者はいなかった。


だから暫定という形でこんな地位についている。



まあ、もうどうせこのままの流れで私に子供でもできるまでこんな形なのだろうが……。



年齢に見合っていない地位だと自身も自覚しているが、未熟であるからと、大物プロデューサーたちや、場合によっては役者からも軽く見られては、仕事にはだいぶ慣れてきたとしても、やはりストレスというやつは溜まる。


そんな風にストレスを感じているのを同年代のあずさが気にして、このホストクラブ【太陽は東から昇る】に来る許可を出してくれた。


今日は一週間に一度のその楽しみ。


いっぱい男の子とお話するわよーーっ!!


今日は仲の良い連れを伴っての出勤、ボードを見て男の子を選ぶ。


おおー見てる見てる。目を皿にして、口から出る涎をダラダラと垂らしながら……うん、自分もたぶんこうだったんだろうけど、凄く見苦しい。


まったくこの娘は……。


そんなふうに思ってハンカチを取り出して拭いてあげようとしたその時!!


「なっ…っ!!」


放っておけなくてよく面倒を見てあげているプロ野球選手水沢美香が驚きの声を上げ、固まっていた。


仕方がない。もし指名したい相手かぶっても、今日はこの娘を優先してあげるかと大人の対応をしてあげようとしたのだが、その視線の先の存在を捉えた時、それは吹き飛んだ。


「それじゃあ私はこのタクって子を!……それから水沢さんには他の子をお願い。」



こんな形で思わず彼女から、奪い去るようにキモタクを指名することになった。


席に着くと罪悪感で美香のほうを見れなかったのだが、木本の声を聞くとそれはいつの間にか消え去っていた。


「ちーっす、ってあらあら?社長さんじゃ〜ん、久しぶりっすね。いつ以来っすか?」


「2ヶ月前くらいかな?」


「あ〜なる。そんなもんっすね。よっこらせっと。」


木本は自然と静江の横に座り、笑顔を向けてくる。


「そんじゃ、まあ、なに飲みます?」


「じゃあウイスキーをロックで……。」


そうして、いきなり強い酒を注文した静江。


「うわ〜、いきなりそんなん……ていうか、マジでお疲れ?こりゃ、オレっちも頑張んなきゃっしょ!すんませ〜ん。」


そうして、木本も静江と同じものを注文し、それで乾杯した。


「へぇ、へぇ〜。」と静江の愚痴に相づちを打ち、どこか真剣に話を聞いてくれる木本。


そう、彼はこの世界の男という存在にしてはかなり優しい。


女性と男性別け隔てなく接している。


だからか、現場での評判、外での人気も上々で次々と共演依頼なんかも出て、いつの間にか大人気俳優となっていた。


当然のことながら、静江もそれなりの好意を抱いていた。


だからこそ初来店の美香を押しのけてまで、彼を指名したのだ。


というか、なぜ彼が()()()()()()に?


あれだけドラマや映画、モデル業もやっていてお金なんて腐る程あったはずなのに……。


とまあ、それはさておき今はそんな俗世間のことは忘れるに限る。


折角の日、そろそろお楽しみといこう。


このお店、手を握るまではセーフなのだ。


二人ともお酒も回ってきたし、そろそろいいかと彼の手に自分のそれを重ねた時、それは起きた。



「汚い手で触れんじゃねえよ、ババア。」




「……え?」


一瞬わけがわからないでフリーズした静江だったが、木本の目がすわっており、かなりまずい気がした。


いつもの彼とあまりにも違いすぎるそれに思わず身体を離し、テーブルの反対側から逃げようとすると、顔を真っ赤にした木本は静江を追いかけてきたのだ。


「待て、待てっつってんだろっ!!」


パリーンッ!!


肘が当たってロックグラスを落とすと、さらに怒りが増幅されたのか、静江に掴みかかってきた。


「このクソババアッ!!」


「嫌、やめっ!」


二人とももみ合うような形で飛び出すと、なんとか木本を突き飛ばし、逃げ去ろうとする静江。しかし、素早く膝を起こした木本にドレスの裾を捕まれ、倒れされてしまった。


「っ!いっつ〜〜っ!あっ…。」


静江が身体を起こし振り返ると、木本はすっかり立ち上がっており、額に青筋を浮かべ怒りを孕んだ笑いを浮かべていた。


「はっ!ババアが!歳の割に頑張んじゃねえかよっ!!」


あの木本のあまりにも変わり果てた姿。


酒に酔ったから?


いや、おそらくそれだけではない。


その言葉の端々には静江に対する嘲りや怒りがあり、ひいてはあまたの女性に対しても同じような感情を抱いているのだと感じた。


なんでこんな男を……。


怒りと悲しさに涙を浮かべる静江。


すると、やっと泣いたかと木本は下卑た笑いを浮かべると嬲るように木本が脚を振り上げた。


静江がもうダメと目を閉じた瞬間……。



「うっ!!」



自分の上からうめき声のようなものが聴こえてきた。


えっ?と思い顔を上げると、静江に覆いかぶさるようにして、可愛い顔をした男の子がいた。


彼が心配した様子で聞いてくる。


「だ、大丈夫ですか?」


「えっ、ええ……。」


「それはよかった。」


彼はそのまま立ち上がると、なにが起こったのかわからず「ん?」と声を上げている木本に向き合った。


「…なにしてんだ、テメェ。」


その声は静江を心配した少年から出たとは思えないほどに冷めきっており、大切なものを壊そうとした存在に向けるような怒りがあった。


この少年は静江を痛めつけようとした木本に怒りを抱いていたのだ。


「は?なに怒ってんの、お前?悪いのは、そこのクソババアなんすけど?だってそいつその汚え手で俺の手に触って来たんだぜ?そりゃ、一発ぶん殴るっしょ!」


「……。」


声もなく黙り込んでしまった少年。


木本はおそらく少年も静江がしたことに対するその行いに同意したと思ったのだろう。


「だからわかったっしょ?とりまぶん殴って終わりにすっから、どけ、えっ!?」


そのまま彼の肩に手を置き、そのまま静江の方に向かおうとした瞬間………パタン。


「もういい…その汚い口を閉じろ。」


え?


少年の口からそんな言葉が漏れたかと思うと、ボーイたちに手慣れたように手際よく指示を出し始めた。


「すいません、ボーイさんたち、コレをどこかに。それとここの掃除を。」


コレと少年に指し示された木本の顎は真っ赤に腫れ上がっており、気を失ったのか泡を吹いていた。


少年は汚いものに触れたのを嫌がるように手をハンカチで拭きながら、静江の方へと向かってきて、綺麗になった手を差し出した。


「お怪我はありませんか、お客様。」


「え、えっと……。」


手を指し出すべきか出さないべきか、静江が迷っていると、さっと手を掴み、静江を引き上げる。


その時に静江が軽くもたれ掛かってしまい、不快にさせたのではと謝るも、彼は頭にハテナマークを浮かべるのみで、やはり心配した様子で静江を見ていた。


「それよりもお怪我は?」


「え、えっと、は、はい、大丈夫だと思います。」


なんとかこんなふうに答えるものの、静江は大混乱である。


なにせ想い人の手に触れようとしてに殴りかかられ、今度は手に触れるどころか、身体を押し付けるような形になっても嫌な顔一つされなかったのだから。


チョロいのかもしれないが、この少年は優しい男なのかもしれない。


少年は本当に大丈夫なのかと静江の身体を隅々まで見て確認すると、指先がパックリ切れているのに気がついた。


「それはよ……ん?なんだ怪我しているじゃないですか。もう〜、あっ、佐倉さん、彼女の手当てをしたいのですが、案内お願いできますか?」


「ん?ああ、わかった。こっちだ。ついてこい。」


「さあ、行きましょう……っと、その前に。」


すると、彼は身を翻すと、呆然とした様子でこちらを見ていたホストやお客たちに向き合った。



「皆々様、大変お騒がせいたしました。お詫びというわけではありませんが、本日は会計の方はこのカナが持たせていただきますので、どうぞごゆるりとお寛ぎいただければと思います。」



彼、カナは優雅に一礼して、静江の怪我をしていない方の手を取った。



途中で美香も合流し、手当てに付き添うことになったのだが、どうやら美香の相手をしてくれたのはこのカナらしい。


なんというか、転んでもただでは起きないというか、タイトルを総なめしたことからもわかるけど、引きの強さが神がかっているというか、美香は本当にズルい。


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