39 鼎の体操着
それから鼎も交えて竜姫の説明をしていると、すぐにチャイムが鳴った。
それからすぐに担任である天使なのがやって来て、竜姫を見て妹の竜美と勘違いし、竜姫が事情を説明して謝るという一幕もあったのだが、それはなのののんびりとした性格のためか、それともこの世界の価値観から外れた行動でなかったためかは鼎にはわからないが、竜姫は驚くほどあっけなく許されて、今は竜姫が自己紹介をしているところである。
…まあ、と言っても、もう終わりだが…。
「…今日から、カナくんがここに来る日は私もこちらに来ようと思っております。どうぞよろしくお願いします。」
鼎が一度聞いた自己紹介に最後の一言を付け加え、それを終えるとどこか歓迎されてはいない、困惑気味の拍手をBGMに竜姫は鼎の隣の席へと座る。
「は〜い、それでは本日は…って、その前に出席でしたね。では出席を取ります。」
出席を取り、それから本日の連絡事項なんかの確認が終わり教室を出ていくなの。連絡事項なんかをしっかりと聞いて、それを見届けた鼎は自己紹介の時からずっとこちらのみを見ている竜姫にふと聞いてみた。
「ねえ、竜姫。ちょっと聞きたかったけど、なんで学校に?」
鼎がそう口にすると、一瞬目を見開いた竜姫は少しばかり頬を染めると、視線を下にさげ、胸の前で両手の人差し指をツンツンと合わせ始めた。
「えっと…それは…その…。」
チラッと鼎を下から覗うようにして、おずおずと続きを答える。
「…か、カナくんに逢いたくなってしまいまして…。」
「……てれり。」
そんな竜姫のいじらしさに鼎も思わず顔を紅くしていると、冷めた目で美奈に言われた。
「……1限体育よ。こんなところで油売ってていいの?」
なんとなく先ほどの不機嫌さが鼎にも影響が及び始めている気がした鼎はすぐに立ち上がると、美奈の指示に従うことにする。
「あっ、そうでしたね、美奈さん。じゃあ、竜姫、一緒に更衣室行こうか?」
鼎が竜姫に気安い雰囲気を出した瞬間、美奈はさらに不満げな表情になったが、藪をつつかないようにして、後ろのロッカーから体操着を取り出していると、ふと竜姫が目を開き、驚いた様子で聞いてきた。
「…か、カナくん!?も、もしかしてですが…その体操着…。」
「えっ?うん…あはは、実は昨日忘れてきちゃって…。たぶん昨日はずっと見学だったから、汗臭かったりはしないと思うけど、もしそうだったらごめん。」
「いえ、そんなことはありませんが…。」
「ならよかった。」
―
そう能天気に事の重要さをまったく理解していない鼎をどこか心配げに、そして、どこかそれでこそ鼎だと言う風な目で見ていた竜姫は、鼎から視線を外すと、正直見たくはないのだが、見ざるを得ない見苦しい存在たちの方へと視線を向ける。
バンバン!バンバン!
本当にヒドイ風景だ。
クラスメイトたちは鼎のその言葉を聞くなり、全員が全員が崩れ落ち、床に拳を叩きつけ始めていたのだ。
一部の者はその口々に「なんで私はあの時…。」とか、「恨めしい、昨日の私が恨めしい。」と吐き捨て…。
はたまた目がぐるぐると回っている者たちは「どこかにタイムマシーンを作れる科学者の方はおられませんか?」などと飛行機なんかで医者を探す添乗員のようなことをし始める始末。
すると、そんな惨状を見かね、止めようと思ったのか……と一瞬思ったが絶対に違うと断言できる、朝からこのクラスメイトたちの中で最もスッキリとした表情だったハズキが鼎の前に来ると、同じように目の下にクマは作っていたものの、皆に聞こえるように勝利者の如くこう言ってきた。
「カナ様!それでしたらご安心を!しっかりと私どもの方で洗っておきましたから!!」
瞬間、クラス中にざわめきが広がった。
「なにっ!?」
「なんですってっ!?」
「……ハズキ、私、そんなこと聞いてないんだけど…。」
目の下にクマを作った全員が驚きの声の中、最後の唯一女子生徒で目の下にクマを作っていない美奈のその言葉を聞いた途端、絶対にヤッてるな…と竜姫は確信する。
「え?ハズキさんが?」
「…ええ。」
鼎の咎める要素が一つも感じられない、その純粋な驚きの表情にどこかバツが悪そうに、目を背けるハズキ。
「?…ありがとうございます!ですけど…悪かったのでは…。」
そんなハズキに一瞬、疑問符を浮かべるものの、申し訳ないことをしたと視線を下げる鼎に、そんなことはありません!むしろご褒美にしまし…ご褒美ですとばかりに声を張るハズキと「「「「……。」」」」とイライラしながら、鼎には見えないように、そして獲物に覚られないように笑顔で拳を握りしめるクラスメイトたち。
「なにをおっしゃいます!カナ様は東院に重要なお方…あずさ様にサポートするように言われてもおります。なに、私どもと美奈様のものを洗うついでです。お気になさらず。(できればこれからもコレクション採取のためお力をお貸しください。まだ使ったのは上のみで、下は使ってませんから。帰ってから、ジップロ◯クから取り出して使うのが楽しみです。ええ、本当に昨日はドラマがあったこともあり、凄く気持ちよかったです。む…こうなれば、帰ってからではなく、寧ろドラマの放送日に合わせたほうがいいのでは?……まあ、こんな嬉しい悩みはともかく!鼎様も毎回新しい体操着の方がいいですよね?ね!)」
「「「「……。(ヤるぞ!)」」」」
そんな心の声が丸聞こえだった鼎を除いた竜姫たちクラスメイトはアイコンタクトを取ると、これ以上汚いものを鼎に見せるわけにはいかないと、馴染んでいなかったはずのクラスメイトの一人である竜姫がその意をくみ取り、鼎を教室から連れだし、更衣室に向かう途中、なぜかわからないが、ハズキの悲鳴が聞こえた気がした。
「美奈様っ!どうか!どうかお気をお鎮めをーーーっ!!」
こうして、竜姫は早々にクラスメイトの一員となったことを鼎は知らない。
そして、鼎の男女の態度の違いをおもしろく思っていないことも…。




