34 打ち上げ
「でゅふふふ、でゅふふふ、でゅふふふふふっ!イきなさい!イくのよ!さあ!さあ!さあ!ん!おほ〜〜っ!!きたきたきた、しゅごいっ!しゅごいの〜!!ママもママもイっちゃう…ホントスゴい、スゴい。あっ、あっあっ!!はぁ~~~んっ!!」
ビクンビクン……のっそり…穏やかな微笑み。「…さあ、もう一息頑張りましょう。」
「「「あひ〜〜っ!!」」」ビクンビクン…のっそり…穏やかな微笑み。
「「「……ええ、先生頑張りましょう。」」」
相変わらず酷い仕事場だと変態たちを見て、担当編集である若林若葉はそう思った。
今はなにをしていたのかと言うと、敢えて簡単ではない言葉にするのならば、【深淵(内なる性癖)を覗き、賢者へと至る行為】と言う表現が正しいだろう。
本当に(イカレたメスにとって)良い職場である。
「……。」
まあ、職場でアシスタント含め全員がなぜこんなことを容認しているのかというと、当然良識ある人間なら誰もが疑問に思うだろう。
このペンネームアネママ先生は本来生粋のママショタ、ショタママ愛好家で、本当のところならそういう作品を世に広めるべく力を注ぎたかったそうなのだが、編集部の方針として、そういうのはR18の方に任せるというものが取られていて、少女漫画の方では扱わないと決められていたため、描きたかったものが書けないという状況にあったのだ。
ならば、そっちに移ればいいと思われるが、そっちはもっと年上の性癖を拗らせた酷い人たちで溢れており、これでもまだマシな彼女たちには編集部としてはどうしても少女漫画の方で頑張って貰いたいということになった。
それで本題なのだが、なぜナニをしていたのかと言うと…あっ、言っちゃった…まあ、そうして賢者に至ると、なぜかギリギリオネショタまでなら描くことができると先生本人が自己申告してきたのだ。
まあ、編集部としては「ん?……聞き間違いか?ナニすれば……………まあ、いいだろう。(どうせ私の担当じゃないし、私部長だし。)どうせそんなこと表には出ん。書けりゃあ、いいんだよ!書けりゃあ!どうせ作家なんて一癖二癖あんだから。そんなことより…。」とゴーサインを出してくれやがったというわけである。
あんのクソ部長が…よくもテキトーなことを……そんなせいで私がこんなメス臭い職場に…!
若葉はカナ様の出演しているシーンだけを器用に編集された動画を消すと、発情したメス臭を外に逃がすべく窓を開け、換気をし、アネママ先生に声をかけた。
「先生、そろそろ時間です。ドラマの打ち上げに顔を出すんでしょう?」
「まあ!若林さん、いらっしゃったの?なんのおもてなしもできなくてごめんなさい。そう言えばそうでした。今日でしたね…わかりました。今日はここまでとしましょうか、皆さん。お片付けを始めましょう。」
そうして描いた原稿や、描きかけのものをしっかりとしまったり、各々の掃除が終わると、お先ですと帰っていくアシスタントたち。
「それではシャワーを浴びて着替えて来ますね。」
アネママ先生もクイックルワ◯パーで床を濡らした汁をサッと拭くと、すぐに奥の風呂場へと消えて行った。
……打ち上げの場でやらかさないですよね?
実は若葉は先ほど、あのカナが打ち上げに来ると聞いたのだ。
聞いた瞬間は内心小躍りし、喜びの絶頂を繰り返し…喜びの絶頂にいたのだが、その後すぐにこの先生をそこに連れて行かなければならないと思い出し、汚れた床を拭きながらげっそりしていた。
そして今、床に飛び散った汁が拭きとられたのを見ていた若葉は打ち上げの場もこんな様になるのではと、背中に嫌な汗をかいたので、一応さらに予備として持ってきていた吸水性業界最高峰のそれをバッグから取り出すと、ゆったりとしたスカートを履いてきたアネママ先生に押しつけ、しっかりと身につけたのを何度も聞いて、下手に興奮されると困るので、運を天に任せて、ドッキリ的に会えば性欲が表に出ないだろうと祈りつつ、カナのことを告げずに、戸締まりをした2人は仕事場を出た。
―
片付けが終わり、スタジオを出た鼎たち、彼らが向かった先は、今回はテーブルマナーが必要なような店ではなく普通の居酒屋で、聞くところによると監督さんたちの行きつけの店らしい。
まあ、打ち上げというものは、よく上司が「無礼講だ!」と口ではそう言うことを言う場所なので、マナーなんて縛りがあるところは好まれないのだろう。
さてさて、そうして鼎たちはお店の方に小鉢や枝豆なんかの暖かくないおつまみがそれなりに用意された大部屋に案内されると、次々にビールが運び込まれてきたので、新米の鼎が注いで回ろうと、腰を上げようとしたところ…。
「あっ、カナくん、なにを飲む?カナくん確か未成年だったよね?はい、メニュー。」
メニューをサッ、視線キラキラキラとADの1人。
「えっと…じゃあ、リンゴジュースで。」
「リンゴジュースね。わかった。すいませ〜ん!」
「は〜い。」
「……。」
さて、飲みものも運ばれてきて、一口二口飲み、そろそろいいだろうと鼎がまた立ち上がろうとすると、今度は他のADが…。
「あっ、そうだ!カナくん、お酒飲めないなら、なにか美味しいもの食べようか?ちょっとメニュー取って。」
「はいよ。」
「サンキュー。じゃあ、カナくん、お姉さんと一緒に選ぼうか?どうする?唐揚げとか、あっ!育ち盛りだもんね♪ご飯も頼もうか?」
「……そうですね。」
このように逆に世話を焼かれてしまい、さらに頼んだものが届くと……目の前にあった箸が割られて…。
「カナ、まず唐揚げ。はい、あ〜ん。」
「……。」
「あ〜ん。」
「…あ〜ん…パク…もぐもぐもぐもぐ…ごくん。」
「どう?おいしい?」
「…ええ、まあ。」
「そう。それじゃあ次。」
「あ〜っ!!ズルいっすよ、ヨルさん!私もやるッス!」との言葉で鼎の周りをなぜか笑顔の関係者たちが囲みはじめ、まあ…みんな笑顔なのでこういう接待?でもいいのかな?と鼎も食事を楽しみ始め、代わる代わる夕飯を食べさせられていたところ、ふとお座敷の戸が開き、穏やかな雰囲気の女性の声が鼎の耳に届いた。
「あら?ここかしら?」
「ちょっと、先生!もし違ったら…あっ…。」
現れたのは、鼎の甘えん坊本能がくすぐられる、ふわふわの金の髪をした見たことのないほど大きな胸の美人ママさん風の女性と、メガネを掛けたスーツ姿の硬そうなお姉さん。
「「っ!?」」
彼女たちは2人とも鼎がご飯を食べさせられているのを見るなり、目を見開き頷きあうと、お座敷の中に入って箸を割り、ママさんはエビフライを、お姉さんの方はソーセージを取って、鼎に差し出した。
「食べればいいの?」
こくん。
…じゃあまずエビフライから…パク。
もぐもぐもぐもぐとどんどん食べ進めていくが、最後の尻尾のあたりで鼎は口を離した。
鼎は実はあのチクチクしているのが苦手なので尻尾のところまで食べなかったのだが、ママさん風の女性は微笑むと仕方ないわねという風に残りを口の中に放り込み、ADさんやヨルたちがその手があったかと悔しげな顔を浮かべる中、パ〜っと感無量という様子で軽く震える。
それから次にソーセージを口にすると、お姉さんは鼎がそれを頬張っているのを見て、「可愛い、可愛い。」と口にして頬に片手を当て微笑んでいた。
鼎がこの人たちは誰だろうと思い、もぐもぐしながら疑問符を浮かべていると、静江がほろ酔いの様子でやってくる。
「あら?アネママ先生、いらっしゃ〜い?どう?2期考えてくれた?」
「あっ、社長さんお久しぶりです。…それはまだですね。」
アネママ先生は実を言うと、鼎が出演をして、かなりの冊数が重版されたのだが、その結果原作超えの声が高まっていたことで、自身の実力に疑問を持ちはじめていたのだ。
そんな時に2期の話を受け、それを受けるのかどうか、彼女は悩んでいた。
鼎たちはまさか原作者先生だとは思わなかったので、挨拶をすると、そこからは編集者らしいお姉さんを交えて話しはじめた。
お腹がいっぱいになった鼎の方はというと、似たように酔ってしまったヨルが「カナ、眠い…寝る。」と言ってカナの膝を勝手に使って眠り始めてしまったので、時折頭を撫でるなど悪戯をしつつ、起きている時よりどこかあどけない印象を受ける寝顔のヨルに穏やかな笑顔を向けていたのだが、ふとスタジオで一緒だったからついでにどうだと、打ち上げに参加したアサヒとマヒルのことが気になり、聞いてみることにした。
「マヒル先輩たちって、今日はもともとなんの用でスタジオに来てたんですか?確か2人ともテレビ東堂であんまり出てないですよね?」
正直、マヒルは見た目が少女なので、お酒を飲んでいる姿はホストの鼎としてはめちゃくちゃドキドキしつつ、そんなことを聞いた。
「クピクピ…ん?まあそうね。私もアサヒもそんなにこの局には来ないんだけど、2人とも偶々ここで仕事があったから、ついでにアサヒのドラマの共演者を見てこようってことになったの。」
「えっ?共演者?」はて?それは誰のこと?
「【男性マネージャー奮闘記 恋する男装アイドル】で私が男装アイドル役をすることになったんだ。確か君が男性マネージャー役をするって聞いて…。」とアサヒが話していると、どうやらそのことが聞こえたらしいアネママ先生が怒りの声を上げた。
「なんですって!!カナ様をあんな下品な腐れ漫画家が書いたものに出させるですって!!本当なのですか!!社長さん!!」
「ひっ!そ、それはわかんない…な…カナきゅんの管轄はあずささんだから…な…。」と静江がビビって逃げたので、埒が明かないとさっきまでとは打って変わったその目がキッと鼎の方に向いた。
「本当ですか!カナ様!」
「えっ?まあ、はい…。」
鼎がなんでもないことのようにそう答えると、項垂れるようにして、アネママ先生は口を動かした。
「…わかりました。2期の話を受けさせてもらいます。」
「ほ、本当か!?」
「ええ、ですが、カナ様が主演、それに私とアシスタント含めて撮影現場に立ち入る許可。これだけは許していただければですが…。」
「…ああ、まあ、それくらいなら…。」
「ではそのように…さあ、カナ様!私たちも仲良くいたしましょう。(あのメスのことですから、カナ様と絶対に仲良くなろうとしますから。)」
とアネママ先生に連れていかれ、お酌をしていると、時折「絶対にNTRはないですわ。」とクピクピ呑んでいた。
―
宴もたけなわと、この会がお開きになり、二次会について話がされていたのだが、流石に未成年の鼎はここまでなので、帰り際、鼎はトイレに行き、用を済ませ、手を洗っていたところ、ふと後ろに気配を感じた。
鏡越しに見ると、さっきまでと違い違和感のない表情を浮かべているマヒルがゴミでも見るような目を鼎に向けていたので、なんでもないことのように聞いてみた。
「マヒル先輩、ここは男子トイレですよ。見られたら捕まってしまうのでは?」
「なに?あんたがずっと私のこと変な目で見ているから、2人で話せるところに来てあげたんだけど?私だって嫌いな男が用をたすようなところに来たくないわよ。」
実はそこのトイレは未だ鼎以外利用されたことのない場所で、店主がワンチャン男が来てくれるのではないかという願いのもとに作られた場所なので、人が多く使ったわけではないぬ汚いことはないのだが、そんなことは鼎には関係ない。
そんなことより気になることがあったので、蛇口を締めると、鼎は振り向く。
「…マヒル先輩…。」
「なに?」と怨念すら感じるような視線を鋭くさせるマヒル。それに鼎はぶっ込んだ。
「…マヒル先輩って、めちゃくちゃ地声低いんですね…。」
「……えっ?気になるのそこ?」
思わずキョトンとした顔をするマヒル。
「いや、まあ…ごめんなさい。嫌われてるんじゃないかとは顔を合わせた時にはわかってたんで…。(まあ、ヨルさんたちの前でそれを出さないってことはいい人なんだろうな…って…。)」
「……はあ…。」
なんとなく悪役ムーブを少し楽しんでいたマヒルはため息を吐くと、さっきまでの声の調子に戻り、ダメな弟を見るような目線で続けた。
「まあ、あんたなんとなくそんなやつだとはわかったし、余計なことはしないつもりだったけど…なんかね…。(まあ、なんかちょいムカつくから、後でなんか仕掛けるけど…。)でもそれでも一応あんたに言っておくことがあるから。」
すると、目線は再び鋭くなり、声も低くなった。
「私の親友2人を泣かせるようなことしたら許さないから。」
それだけだからとトイレを出ようとしたところで、マヒルが「あっ、忘れるところだった。」と振り返って悪役のような顔で言った。
「カナ、あんた面倒なのに目をつけられてるわよ。」




