33 日昼夜
あれからスタジオに着くと、つつがなく撮影は終わり、今は監督が終わりの挨拶をしていた。
「はい、お疲れ様でした。これで【ヘタレクールOLは甘えん坊弟に手を出せない】の最終回の撮影は終わりとなりました。ですので、この後は片付けの後、打ち上げといきましょう。今回の費用は全額会社が持つそうなので楽しみましょう!」
「「「オオー、社長ゴチで〜す!!」」」
スタッフさんがそう言うと、静江は少し苦笑いを浮かべながら、軽く手を振る。
「君たちそうは言ってもあんまり羽目を外し過ぎないように。明日も仕事あるからね。」とそれに「「「え〜っ!」」」と不満げな声を上げる、夜を明かす勢いでどんちゃん騒ぎをしようとしている連中に釘を刺しつつ、「あっ、そうそう。カナきゅんから話があるみたいよ。」と鼎に話を振ってくれると、今度は静江のときの騒がしさから打って変わって静かになってしまった。
やれやれと手を振る静江がどうぞと鼎の方に手をやったので、鼎は護衛で来てくれている2人に凛のところで買ったお菓子を持ってきて貰うと、口を開いた。
「えっと、まずこれまでありがとうございました。馴れない撮影でしたから、役者さん、スタッフの皆さんに大変迷惑をかけたことと存じますが…。」
鼎がそのように撮影での思い出なんかを語っていると、役者さんやスタッフさんが温かい目をしたり、涙ぐんだりと少し大袈裟ではないかと思う反応をしていたのには驚いたが、おそらくそれだけ思い入れのある作品となったのだろう。
鼎は再び「ありがとうございました。」の言葉で締めると、ようやく自分の頭の上にお菓子をかざして、それの説明をし始めた。
「ささやかなお礼にはなりますが、僕が好きなお菓子屋さんが作ってくれた焼き菓子を皆さんお帰りにお持ちいただければと思います。打ち上げに参加なされない方がいるとのことでこの場を借りてお話させていただきました。」
そうして、鼎の話が完全に終わると、辺りは完全にシーンとしており、皆なんて言ったらいいのだろうという表情をしていた。
「「「「「……。」」」」」
あれ?もしかしてこういうの邪魔?と鼎が内心不安になっていると、静江がふざけたように言い始めた。
「あれ?みんなカナきゅんがお菓子くれるって言うけど要らないの?なら仕方がない。私が全部…。」いただくわ。と静江が続けようとしたところ、ふざけるなと暴動が起こりそうなほどの怒声が響き渡る。
「そりゃないっすよ、しゃちょ〜!」
「ふざけるなよ、ババア!それはアタシらのもんだ!」
「んなことしたら、いてこますぞ、我が。」
「社長死すべし、死すべし、死すべし!!」
などの声が上がり、最初こそ苦笑いを浮かべていた静江だったが、ババア呼ばわりを聞いた瞬間、キレた。
「あん?なにを言っとんじゃ!若造ども!というか、今、私より年上の子持ちがババアって言いやがったな!私がババアなら、お前はなんじゃ?生きた化石か?シーラカンスとでも呼べばいいのか?」
「んだと?このお飾り社長が!」
と売り言葉に買い言葉という勢いで返すと、監督と2人で割と本気の喧嘩になってしまい、取っ組み合いまで始まったので、鼎が止めようとしたのだが、ほかのすっかり冷静になったスタッフたちに止められると、縋るような目でそんなことよりお菓子を配ってほしいと請われた。
「はい、どうぞ。有美さん。」
「あ、ありがとうね。カナくん。ちょい役だった私にも。」
「なにを言ってるんですか?丸子さんがいたから、スッと馴染み深い話になったんだと思いますよ。」
とか、一言一言のやり取りをして、最後に握手という形でそれらを配っていき、最終的に監督と静江にも配り終えると、やはりそれなりの量が余った。
「そういえば原作作家さんにも贈りたいんですが…。」
「ん?ああ、あの人なら打ち上げに来るらしいから、私が渡しておこうか?」
え?そうなの?どんな人なのかな?と鼎が思いつつ、「ああ、それなら僕が直接渡します。」と答えると、スタッフたちの忙しなく動かしていた手が止まった。
「……もしかしてカナくんも打ち上げ来るの?」
「はい、あずささんに許可貰って来ましたから。」
「「「「……っしゃーーっ!!」」」」
「メスども、マッハだ!マッハで片付けるぞ!!」
「「「おう!!」」」
とやる気を出し始めたスタッフたちが目の色を変えて、作業に取り組み始めているのを見ていると、撮影で絡み続けていたからか、一番仲良くなったヨルに声を掛けられた。
「カナはいい子。普通ここまでしない。」
「そういうものですか?」
「そう。」とヨルはいつもながら混じりっけのない簡潔な返事で答えてくれた。
「で?このお菓子ってどこの?聞いたことない。」
そういえば、ヨルもお菓子好きだったなと思い出し、もしかしたら自分でも買いにいきたいのかもしれないと思い、店主の名前と場所を教えることにした。
「ああ、それは…。」
鼎が説明していくと、一瞬頬を緩ませ、「カナの好きなお菓子として、SNSにあげていい?」と聞かれたので、なんとなく凛の店は繁盛していない気がしたので、少しでも宣伝にでもなれば、ゴーサインを出す。すると、いい写真が撮れたのか、「よし。」とヨルがドヤ顔をしていたところ、鼎は後ろから聞き覚えのない声の2人に話し掛けられた。
「おっ!君がカナくん?やっぱり本物の男の子は違うね?」
「かっこ可愛い♪」
振り返るといたのは、オレンジ髪を三つ編みアレンジし、それを前に垂らす男物の燕尾服を来た背の高い綺麗な女性と、少し気になる笑顔のピンク髪ツインテールの可愛らしい小柄な女の子。
どうやら彼女たちはヨルの知り合いらしく、携帯から顔を上げると、「久しぶり。」と声を掛けた。
「久しぶりって、君ね…昨日会っただろう?」
「一緒に呑んだでしょ?」
「ん。単に言葉のあや。」
「ヨル先輩のお知り合いですか?」
「ん。もしかしてカナ、2人知らない?」
「も、もしかして有名な方でした?」
「しょーじき。私よりゆーめー。」
えっ?と最近は勉強のためにヨルにおすすめされたヨル出演のドラマは見ていたのだが、他のテレビはあまり見ていない鼎が悩んでいると、見かねたヨルがヒントを出してくれた。
「ヒント。前に私、一緒にアイドルやってた。」
……あっ…ということは…この2人が…。
鼎が2人の正体に気がつくと、背の高い方の女性が笑いながら、答えてくれる。
「あははは、どうやらわかったようだね?そう!僕はアサヒ。男装アイドルさ。」
「そして私はマヒル。モデルしてま〜す♪3人合わせて!」
そう声を上げると、2人は各々にヒーローのようなポーズを取った。
「「日昼夜!!」」
ババーンッ!!
…3人合わせて?
…チラ。
「それちょー恥ずい。しょーじき、若さゆえの過ち。過去振り返りたくない。てれり。」
ノリノリの2人に、恥ずかしげに頬を染めるヨル。
これが鼎と我妻プロダクション所属の男装アイドルのパイオニアアサヒと、南画プロダクション所属のカリスマモデルマヒルとの出会いとなった。




