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3 初めてのお客様

鼎が指名を受けたのは、キモタクなる人物と同じタイミングだった。


存外に早く指名を受けたことに驚きつつ、やはり人手が不足しているのだと思い、迷惑をかけないようにと気合いを入れ直し、同じタイミングの来店だというので、知り合いだろうから、てっきり同じ席につくのかと思っていたのだが、ここは基本的に男女一対一でしっかりとお話なんかができるスタイルにしているらしく別々の席に案内された。


木本の方はツリ目の年上美人さんで、鼎の方はというと、どこか危なっかしい雰囲気のポニーテール美女だった。


二人ともドレスを着ており、他のお客様たちもそれぞれそんな格好をしていて、スーツのお客さんがいないことから、これがこの店のドレスコードのようだ。


「それじゃあ隣に座るね。」


よいしょっと、鼎がポニーテールちゃんの横に腰を下ろしたのだが、どうやら鼎のことに気がついていないらしい。


「あの~…。」こんなふうに声掛けをしようとしたその時、彼女は頬をパチパチと叩き、天高く手を掲げた。


「よし!頑張るぞ!オー!」


よくわからないが、気合いを入れ直した?彼女に鼎は思わず聞き返してしまった。


「なにを頑張るの?」


壊れたブリキ人形のような動きでこちらを向き、彼女は声にならないような声でえっ?というような口の形を作ると、徐々に顔を真っ赤にしていき、後ろへと倒れ始めた。


「だ、大丈夫っ!?」


危ないと咄嗟に身体を起こそうと頑張ってみるのだが、鼎の力が予想よりかなり弱く、起こしてあげようとするのだが、腕がプルプルと震えるのみで、現状維持が精いっぱいだった。


程なくして、彼女は自分で身体を起こすと、自己紹介をしてくれる。


「私は水沢美香。あにゃたのにゃ前はにゃんでしゅか?」


噛み噛みのあまりにも可愛らしい自己紹介に思わずプッと吹き出しそうになるが、そんなことをしてしまうと長年の経験から傷ついてしまうので、なんとか堪える。


どうやら彼女はこういうお店にはあまり来ないタイプの女性のようだ。


先ほど支えた時、どことなく筋肉質だったのでもしかしたら、スポーツ選手かなにかなのかも知れない。


「僕はカナ。よろしくね。美香お姉ちゃん。」


「み、美香お姉ちゃんっ!?」


「うん、美香お姉ちゃん…もしかしてダメだった?」


鼎が素を出し、甘えたような声を出すと、美香は頭をブンブンと振り、すぐさま否定してくる。


「ううん!み、美香お姉ちゃんで!え、えっと、じゃあ……カナくん?」


「うん!美香お姉ちゃん。」


「か、カナくん!」


「美香お姉ちゃん。」


「カナくん、カナくん、カナきゅ〜ん♪」


二人で恋人同士みたいなやりとりをしていたのだが、美香の表情はいつの間にかトロンとしており、発情期のメス猫のような声を上げていた。



えっ?まさかの名前呼びだけで即墜ちっ!?



カナは内心で美香のチョロさに驚いていると、まだ飲み物すら頼んでいないことを思い出し、置いてあったメニューを取り出した。


「美香お姉ちゃんはなにか飲みたいものとか食べたいものとかない?」


「え〜っと〜、そうだ!カナきゅんが選んで?」


ホストをしていると、時折、お客様にこんな風に頼まれることがある。


たちの悪いホストなんかはお客様のことを考えずに、ここで値段の高いボトルなんかを開けさせようとするのだが、鼎はそんな手段は取らない。


鼎はホストをある種のエンターテインメントの一つであると考えているからだ。


言葉にしては冷めてしまうかもしれないが、要は現実の恋愛ではなく、お遊びである。勘違いをされて、貢がれたりするのはよくない。


もしそんなことで借金やれをされ、身の破滅なんかをされてしまっては後味最悪だ。


自分も相手も楽しんで、家に帰ってからもその幸せを思い出して自然と笑ってしまうくらいになってもらうのが、鼎の理想だった。


「う〜ん…それじゃあ、アルコールありとなしだとどっち?」


「うんうん、それじゃあお姉ちゃん今日はいっぱい飲んじゃ

……うん!やっぱり最初はアルコールなしかな?」


美香は鼎の言葉にニコニコで答えようとすると、一瞬職人のような表情になったと思うと返事を一変させた。


あっ、これ。本当にプロスポーツの選手かも。


「うん、それじゃあ飲み物はソフトドリンクで、ほかはどうする?」


「う〜んとね〜。」美香がそんなふうにメニューを見ていたので、鼎も肩と肩が触れ合うくらいの距離でそれを眺めていると、鼎は驚くべきことを発見した。


「こ、これはっ!?」



美香は勝負師の勘により、アルコール摂取による醜態ドン引き事故を回避し、新たなものを注文しようとしていると、カナが驚きの声を上げて固まっていた。


なにを見ているのだろうと思い、美香が見ていたソフトドリンクコーナーではなく、おつまみ何かの方に視線を送る。


すると、そこにはおつまみだけでなくスイーツなんかも載っており、美香としては「へ〜こんなのもあるんだ〜」くらいの感覚で見ていたのだが、どうやらカナはそれに興味津々らしい。目がキラキラしている。


パフェにアイス、変わり種として桜餅なんかもあり、確かに面白い。


もしかして全女性の欲望の具現化、少女漫画のように、伝説にして究極の理想形の「はい、あ〜ん。」なんてことはしてもらえないだろうが、男の子がスイーツをパクつくところが見れて、ちょっと笑顔なんかでも見せてくれれば最高だなと思い、カナに聞いてみる。


「もしかして食べたいの?」


「えっ?そ、それは…あの…その…。」


カナは顔を真っ赤にすると、あたふたと視線をあっちこっち、手を何やら動かし意味のないゼスチャーをすると、俯き加減に口を開く。


「……た……食べたい…でしゅ…。」


カナとしては目を合わせないのは失礼だと思っての行動だったのだが、それは偶然にも美少年の上目遣いというリーサル・ウェポンとなり、美香の胸を撃ち抜いた。


ズキューンッ!!


「……う、うん。そ、それじゃあ、た、頼んじゃおっか。」


美香は理性を総動員してなんとか視界にカナが入らないように身体を傾けると、カナは物凄く嬉しそうな雰囲気を放ち始め、ボーイさんを呼んだ。


「あっ、佐倉さ〜ん♪」


「……おっふ!」


どうやらここの従業員があげた声のようだ。


こんなところで働いているのだから、男性にもある程度慣れているはず。


しかし、そんな彼女が腐れメスのような声を上げてしまった。


ちょっと振り向けば、自分もそんなふうに……いや、昇天というもっと凄いことになるだろうそれがあるのはわかっている。


そう!わかってはいるのだ!幸せの青い鳥はそこにいるのだと!!


だけど私はまだやるべきことがあるのだ!と背筋に力を入れ、脚が真っ赤になるほどに抓るなどして、カナのほうを向かなかった。



もう鼎は天にも上るような気持ちだった。


もう笑顔も笑顔。


ここ数年で一番のご機嫌さんだ。


なぜなら鼎は元々かなりの甘党だったのだが、年齢のことを考え、仕事柄、太ったり、肌に影響が出たりというものはなるべく避けなければならなかった。


それでここ数年は甘いもの断ちをして、引退したらのスローガンのもと頑張っていたのだ。


しかし、今の鼎には若々しい肉体がある!!


この若さならば多少贅沢をしても、運動とかをすれば身体が何度かしてくれる。


そんな打算を弾いていて、機会があったらと思っていたところに、あの凶悪なメニューだ。


各種パフェ、アイス、ケーキ、焼き菓子……さらには和菓子。


白い修正液のようなもので線がされていたが、季節の和菓子アユまである。


もう!もう!もう!僕はここに永久就職したい!


そんなふうに軽く永久就職先を発見した鼎の前に遂に待ち焦がれた存在が姿を現した。


「おっふ……お、お待たせしました。リンゴジュースとイチゴのパフェです。」


キターーーーッ!!


「えっと食べていいんですよね!食べていいんですよね!」


一応残っていた理性で美香にそう確認し、「うん、おっふ…おっけー。」というゴーサインが出ると、長いスプーンを取り、いざ!とまずは一口サイズに切られたイチゴにベリーソースの掛かった生クリームをつけて……パクリ。


鼎は一瞬にして、身体を震わせると、本能のままに脚をバタつかせ腕を振る。


「んんん〜〜♪美味しい〜♪」


喜びのままに次々と口に放り込みたいと思っていた鼎。


すると、視線を感じたような気がして、そちらを見ると美香が完全に背を向けていた。


?と頭にハテナを浮かべると、再び口に運ぼうとしたその時……チラッ。


??


そして、やはりまた口に運ぼうとすると……チラッ。チラチラッ、はっ!?コソコソコソ。


「……。」


鼎は美香のほうに少し身体を寄せると、声を掛ける。


「美香お姉ちゃん、こっち向いて。」


鼎の声に後ろを向いたまま美香は「んんん〜〜。」と声を発してブンブンと頭を振る。


いや、イヤイヤじゃなくてね……もう……。


さっきから鼎がパフェを食べようとするのを見ていたのだ。


もう鼎も美香が何を求めているのかわかっていた。


だから…。


「美香お姉ちゃんの綺麗なお顔、僕見たい。」


「き、綺麗っ!?」


「うん、美香お姉ちゃんってとっても可愛いくて、綺麗♪」


何度も言うが、ここは逆転世界である。


実際、男女比均等である鼎のいた世界ならば、美香はどこか危なっかしい雰囲気のある可愛いくて綺麗という女性なので、そんな言葉を受けることは日常茶飯かもしれないが、こちらではそんなことはない。


可愛い美少年にこんな風に甘えられながら、そんな言葉を投げかけられた。


もう美香の判断能力は皆無に等しい。


「…だから、こっち向いてほしいな。」


だからこんな風におねだりをされてしまえば、コロッと墜ち、顔を向けてしまう。


「うん、わかった♪な〜に、カナく…。」


「美香お姉ちゃん、あ〜ん。」


「あ〜ん(パク)………。」


それから数十分、美香の記憶はない。


ただ口の中、そして身体までが今までにないほどの幸福感に包まれていた。



鼎は美香がだらしない顔をしている間も交代でパフェを食べたり、食べさせたりしていた。


徐々に美香がもとに戻ると、鼎は美香と楽しくお話をして、時間いっぱいまでそれが続くのだと思っていたのだが……。


美香がトイレに席を立っていなかったとき、それは起こった。


パリーンッ!!


「このクソババアがッ!!」


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