29 運命という言葉に酔った生徒会長
朝、生徒会室でこんなことがあった。
鼎が東方学園に編入してから、毎日、朝の早いうちから、それは行われていた。
「そして、カナ様を生徒会に迎え入れる計画についてですが…。」
副会長の明日美がそう口にすると、亜梨沙以外の役員たちは全員肩を落とし、へんにゃりとする。
「…本日は会長の番でしたね…。」
「「……。」」
「正直、会長はもう失敗したから、いいんじゃないですか?」
「そうですね。」
「そうですわ!もう二度もカナ様とお会いしたそうですし…。」
そう口々に亜梨沙が鼎のもとに行くのではなく、自分たちが鼎のもとに行くことを正当化しようとする役員たちに、亜梨沙は鼎と会うことができず、項垂れて帰ってくる役員が駄々をこねるたびに、それ以外の役員たちが言っていた言葉を送ることにした。
「一回は一回でしたよね?」
「「「……はい。」」」
初めは入海がその言葉を言い、それから初実が、最後には、明日美がその言葉を使っていた。
役員たちもなんとなくこの会長の引きの強さを感じていたのだろう。今日こそ、鼎は学校に来ると…。
反対はしたいものの、自分が吐いた唾は今更飲み込むことはできない。
ガックリと項垂れる役員たちを尻目に、生徒会役員で唯一鼎と出会えたこと、そして先日母と妹が偶然にも鼎と出会い、母曰くドラマにも出演してくれるらしいことに運命を感じ、それに酔っていた生徒会長。
当然のことながら、勧誘が目的だということはすっかりと頭から抜け落ちていた。
まあ、他の役員たちも話すきっかけくらいにしか思っていなかったので仕方がないことだとは思うが……。
―
あの茜からのオファーからさらに1日空いて、鼎は2日ぶりに学園に来ていた。
前日は今鼎が出ているドラマ【ヘタレクールOLは甘えん坊弟に手を出せない】のスタジオ外での撮影があり、それで休むこととなったのだ。
だから今日は編入してから2日ぶりの学校だったので、忘れられてはいないかなと心配していた鼎だったのだが、教室に入るなり、涙を浮かべたクラスメイトたちに囲まれて、来てくれてよかったなどの言葉を感動した表情でもらったことでそんな気持ちはすぐに晴れた。
まあ、正直、涙を浮かべられた時は何事かと思い、鼎自身なにかしたのではないかとドキドキしたのだが、どうやら彼女たちがなにか鼎の気に障るようなことをしたのではと、この2日間悩んでいたらしい。
少し重いと思わないでもなかったが、予想外にクラスメイトたちに歓迎されていることは、できればその期待に応えたいと鼎に思わせるには十分だった。
午前中の授業が終わり、昼休み、前回のように学食へ行く鼎たち。食券を購入し、出来上がったものを受け取る。それから空いている席を探していたところ、茜の娘である亜梨沙がすでに席に腰掛けており、ちょうど3人分空けてくれて、お〜い、こっちこっちと手を振っていたので、せっかくだからと鼎がそっちに行こうとすると、美奈に「こっちよ。」と手を引かれ、目ざとく見つけた外のテラス席へと連れて行かれてしまった。
美奈は席に着くなり、ブスッと不機嫌な顔を作ると、スカートの中から赤い布が見えてしまうことなどどうでもいいとばかりに、脚を組んだ。
「まったく…油断も隙もないわね…。」
「本当にそうですね、まったくです。」
「ホントなんで纏わりついてくるのかしら?」
「それはカナ様と一緒にいるからでは?」
「は?あいつカナのこと狙ってんの?冗談じゃないわよ!絶対に渡さないんだから!だってカナは私の…ゴニョゴニョ…。」
「ゴニョゴニョ言っていては聞こえませんよ。」
「あーもう!とにかく!あんなやつに渡すわけないのよ!西堂!ダメ!絶対!!…それなのにあの西堂の年増ときたら…。」
「あらあら、そんなことを言ってはいけませんわ。年は2歳ほどしか離れていないでしょう?東院のメスガキ。」
「誰が東院のメスガキよっ!?」
すると、美奈は顔を向けると、そこにいたにっこり笑いながら手を振る人物と目が合い、そっと額に手を当てた。
「……なんであんたがここにいるのよ…。」
「ふふふっ、なぜ?なぜと聞きましたか?太陽はなぜ昇る?なぜ星は夜空にまたたく?そう!私がここにいるのには理由なんてありません!当たり前のことです!カナ様あるところに、この西堂亜梨沙あり!それは自然の摂理にして、そして運命!この亜梨沙、カナ様がいるところなら例え火の中水の中でも…。」
それからも亜梨沙の一人語りは続き、ようやく収まった頃、それを真面目に聞いていた美奈はふと思ったことを口にした。
「……要するにストーカー?」
「だ、誰がストーカーですか!!別に本当にそんな、トイレやお風呂もご一緒なんて考えてませんよ〜……たぶん?つ、つまりは!私はそういう気持ちで……って、あら?あらら?よくよく考えてみますと、例え火の中水の中という表現はこういう時に使うものではありませんね…。」
本来、例え火の中水の中というのは、「誰々が言うなら」なんかの枕詞の後に続く形で忠誠心的なものを示すような表現なので、「鼎がいるなら」という後に続く言葉としてはやはり、亜梨沙のこの表現は少しおかしい。
「…それを言うなら、お風呂やトイレのことも言ってなかったわよ…そうしたい願望でもあるの?」
亜梨沙は美奈の言葉に目を泳がせながら、仕切り直しとばかりに咳払いをした。
「コホン…まあ、そんなことはどうでもいいですね。本日は真面目な話があったのです。」
「ちょっと話は終わってないわよ!あんた、そんなこと考えてたの!この変態!ほらさっさと吐きなさい。ド変態だと白状なさいな。」
「う、うるさいですね!ちょっと緊張して、話の掴みを間違えちゃっただけなんですから、あんまり突っつかないでください!今日は本当に真面目な話をしにきたんですから!」
そう亜梨沙が顔を真っ赤にして言うので、美奈はしぶしぶ口を閉じると、「いただきます。」と小声で言って、紅茶に口をつけ始めた。
鼎も正直、「えっ…この流れで真面目な話するの?」と驚いていたのだが、亜梨沙の先ほどまでとは打って変わった真面目な雰囲気に、鼎は身を正すと、聞く姿勢を作った。
「カナ様、妹が迷子のところをお助けいただきありがとうございます。」
「…ああ、いえいえ、当然のことをしただけですから、会長さん。僕もありすちゃんが無事でよかったです。」
「ふふふっ、流石はカナ様ですね。恩に着せるようなこともしないなんて。ありすはまだ小さいですからね。私も解決したことだとわかってはいても、ありすが迷子になったと聞いて、思わず立ち上がって探してしまいました。」
「あはは、姉妹仲が本当にいいんですね。羨ましいです。」
「カナ様はご姉弟は?」
「姉が1人います。」
「まあ、お姉様が?」
「ええ、一緒に暮らしてはいませんが…。」
…まあ、この身体の元の持ち主の記憶が受け継がれたわけではないから、どんな仲なのかはわからないが…。
それに、反対したのかもしれないが、結局は鼎を借金のかたとして売り払ってしまったような人なのだ。前の鼎がどんな人物なのかはわからないが、二人の関係性に期待するのは、かなり厳しいだろう。
鼎の表情があまり芳しくなかったからか、亜梨沙は優しい目をすると、慰めるように言ってくれた。
「…まあ、姉妹で喧嘩することもありますが、やっぱり妹は可愛いものです。お姉様も弟であるカナ様のこと、凄く思ってらっしゃると思いますよ。」
「…そうですね…そうだといいですね…。」
「ふふふっ。」「あははっ。」
2人の笑顔が重なり、隣では涙もろいのか美奈とハズキが目元をハンカチで拭っていた。これで終わりならば、いい話として、終わっていたことだろう。
しかし、当然ながらそんなことは起きえない。
ここから、ふと亜梨沙のメスの本性が滲み出してくる。
…いい雰囲気になったし、オッケーだよね♪という風に、都合のよい解釈を加えて…。。
「時にカナ様?」
「はい?」
「カナ様は私の母と妹とお知り合いになりましたよね?」
「えっと…はい。」
それがなんなのだろう?
鼎がそう思っていると、亜梨沙はポンと手を叩き、いいことを思いつきましたと提案してくる。
「せっかくです。親も妹も知る仲となったわけですし、私のことも亜梨沙と呼んではどうでしょう?」
ん?会長さんって呼ばれるのもしかしてそんなに好きじゃないのかな?
もちろん鼎はそう純粋に考えていた。
相手は普通の学校なら1、2を争うほど信用できる人間のはずの生徒会長。トチ狂ったメスではないのだ。
「リピートアフターミー亜梨沙。はい。」
「…亜梨沙…先輩でいいですか?」
鼎は流石に呼び捨てはまずいのではという機転で、先輩というワードをつけてしまったのだが、亜梨沙はむしろそれがいいと目の奥になにやら秘めた笑顔をすると、ペロリと舌舐めずりをした。
「はい、もちろん♪先輩という言葉がこれ程までに甘美にして耽美なものだとは初めて知りました。当に初体験♪です。ハァハァ、どうです?ハァハァ、本当の初体験を今晩、ハァハァ、い、いきなり親子丼なんていかがです?むしろ今すぐ私を食べ…「これ以上言わせるわけないでしょ!!」…もきゅっ!?」
…美奈はどう考えてもほぼ全て言い切った遅すぎるタイミングだったが、デザートの拳大のシュークリームを丸々、亜梨沙の口の中に押し込んだ。
「ごぴゅ、えほえほ、な、なにをするんですっ!?」
「なにって…さあ?ただなんかお腹が空いてそうなメス年増がいたから、可哀想かなと思って、デザートを分けてあげたんだけど?」
「だ、誰がメス年増…確かに満腹にしてもらうつもりではありましたが…。…ああ…こんなにも口元がベトベトになってしまいました…ペロリ。あら?これって少しえっちいのではなくて、口元から垂れる白濁したものを、熱を持った色鮮やかな真っ赤な舌が舐め取る。これは正に…。あ〜ん、カナ様〜、白くてベタベタになってしまいました〜。この亜梨沙が舐め取るところを見ていてくださ〜い。」
いやらしく口の端に付いたものをそのまま舌で、頬についたものを指ですくい、それをねっとりとねぶるようにしていく亜梨沙を見て、ブチッとキレた美奈は従者になにをするかわかっているなと指示を出す。
「ハズキ!」
「はい!」
ピーーーッ!!
ハズキが胸ポケットからホイッスルを取り出し、それを吹いた。すると、どこからかクラスメイトたちが現れ、手慣れた様子で亜梨沙のことを簀巻きにし、担ぎ上げた。
「えっ?ちょっ!?な、なにをするんですかっ!えっ?レッドカードで退場っ!?私、私にはまだ言わなくてはならないことが!と、とにかく今晩、お母様をよろしくお願いしますね〜〜〜………。」
亜梨沙の声はエコーがかって遠くへ遠くへと遠ざかっていき、ハズキが一礼して、それを追い掛けていくと、そこには鼎と美奈のみが残されていた。
なんとなく残念な空気が漂っていたので、ふと思いついたことを口にする鼎。
「あっ、これで2人っきりですね、美奈さん。」
ポカッ。
「ばか……わ、私の母様にも会ってよね!」
美奈の声はなんとなく甘えるようなそれだった。




