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28 母の苦悩

私は西堂茜。テレビ西堂の社長をしています。人工授精の娘が2人いて、1人は高校生、もう1人は幼稚園児とだいぶ年齢が離れているのだけど、2人とも本当に可愛い自慢の娘でたち。お姉ちゃんの方は大きく胸が膨らんだ以外の弱点がないほど優秀で、顔立ちはかなり美人に育って、ありすの方は今可愛い盛りの甘えん坊さんになっていて、2人が仲良くしているのを見るのが今一番の幸せ。


ここ一月あまりは本当に忙しかったので、2人と…特に妹のありすの方は夜遅くは寝てしまっていて、寝顔くらいしか見ることできず、本当にストレスだったのだけれども、今日はなんとか休みが取れて平日なのだが、可愛い娘のありすと一緒に公園に来ることができた。



ありすの幼稚園の開園記念日に合わせて、仕事を前倒し、前倒しにしてようやく勝ち取った休み。そんな休みに見る可愛い盛りの娘の笑顔は本当に格別だった。


普段寂しい思いをさせている分、公園で遊んだり、買い物をしたりと娘が望むことを命一杯しよう。


…そう思っていたのだが…私はとんでもないミスをしてしまった。


急に仕事の電話が入ったのだ。内容はここ一月あまり私を忙しくしていた要因についてのことだった。


そう!()()彗星のごとく現れた美少年カナ様のことだ!


あの整った顔立ちに銀色の髪、悪意をまったく感じさせない大きく黒い瞳は人々を引きつけ、華奢な身体は守ってあげたい、思いっきり抱きしめたいと思わせる。笑顔なんて見た日には、もう……メスが覚醒し、掃除が大変だ。


やはり彼の実績は素晴らしく、ほんのわずかな間に、彼の出た【ヘタレクールOLは甘えん坊弟に手を出せない】はショートドラマにも関わらず、あの不可侵領域と言われる牙城を築いたテレビ南堂の月9相手に完封、視聴率脅威の9割超えを記録し、書籍は重版に次ぐ重版、グッズの売り上げはもう去年のテレビ東堂の売り上げ総額を超えたという話も聞く。


こんな人物が味方であったなら、本当に心強い話なのだが、残念ながら彼は東院の息のかかった人物であり、私が経営するテレビ西堂にとって最悪な敵となって……いえ、うん、敵ではないわね…私と娘たちの恋する相手だもの、だから敵は東院と東堂でカナ様は悪くないもん!


……なんかメスが顔を出してしまい、失礼しました。とにかく、カナ様は凄すぎ!!私のテレビ西堂でドラマに出て!!


と軽々しく言って出てくれるなら、それで解決なのだが、そうはいかないので、ダメ元でのカナ様への出演オファーとともに、かち合わないようにと次回出演作品の調査、さらに引き抜かれないように他の役者との関係の再構築と本当に目が回る事態となっていたのだ。


昨日時点で今後の方針は粗方決まったので、問題はないと思っていたのだが、どうやらトラブルがあったらしい。


なんでもヘタレOLの続編が決まったという噂が流れたらしい。


そこからの議論は白熱してしまった。


せっかくお母さんに遊んでもらえると思っていたありすを置いて…。


仕事ならば、仕方がない。大人なら、あるいは小学校高学年、中学生そういう風に割り切れる人は多いかもしれない。しかし、ありすはまだ5歳の幼稚園児である。そこら辺のことを受け入れろというのはあまりにも酷な話だ。


でも…おそらく優しいありすなら…という甘えがあったのだろう。気づくとあろうことか30分もの長電話をしてしまっていた。


通話が終わってから、「ありす。ごめんね。終わったわよ。」と横にいたはずの娘に声を掛けると、その答えは帰って来なかった。


「あれ?ありす?」


ふと顔を向けると、そこにはありすの影も形もなく、買ってあげたクマさんが代わりとばかりに鎮座しているのみだった。サーッと顔から血の気が引いていくのがわかった。思わず立ち上がり、ありすの名前を呼び、辺りを探し回るも、どこにも見当たらない。


遊具、トイレ、公園内にあるカフェの方にも行ってみたが、やはりいなかった。少し離れたところの交番に行ってみることも考えたのだが、ありすの脚でそんな遠くまで行けるとは思わなかった。


結局、一番戻ってくる可能性が高いと頭で判断した、さっき座っていたベンチのところに戻ると、座ることもできず、立ち尽くした。


「ありす…どこに行ったの…。」


ここで待とう、いや、やっぱり探しに行かなきゃと落ち着かずグルグルグルグルとベンチを回っていると、ふと茜の耳には愛する娘の声が届いたのだ。


「ママーーっ!!」


その声。それは茜に先ほどまでの緊張の糸を断つには十分なそれだった。思わず顔を向け、娘の顔を見た瞬間、頬を涙が伝った。


「あ…ありす…ありすーーっ!!」


それからありすと感動の抱擁を交わすことができず、茜としても思うところはあったのだが、自分の不甲斐ない行いとありすを抱っこしている人物のことを考えれば、さもありなんと納得することはできた。



なんと!ありすを連れて来てくれたのは、あのカナ様だったのです!!



なんという強運にして、豪運!!我が娘ながら、天に愛されている。それは…母親とカナ様の抱っこなら、女なら口にするまでもないでしょう…母親としては悲しいけど…ちょっとどころじゃなく、カナ様の抱っこ羨ましいし……。


まあ、それはともかく、カナ様はなんでもありすが公園の出口のところで、1人でいたところを保護してくれて、ここまで連れて来てくれたらしい。普通の男の人ならば、面倒がって無視するか、罵詈雑言、最悪蹴るなどの暴力行為をされるところだったが、母親のもとにしっかりと連れて来てくれたのだ。


そうです!お礼をしなくては……。


「ありすを連れて来てくださりありがとうございます。できればお礼をしたいのですが……。」


「いえいえ、そんな…。僕は当然のことをしただけです。きっとお母さんがありすちゃんを大切に思っていたからこそ、また再会することができたんだと思いますよ。僕はただそこに立ち会うことができただけです。」


……本当にいい子……惚れ直しちゃう……もっと一緒にいたい。


このままでは、ありすを返してもらって、さよならとなることがわかりきっていたので、なんとか縁をということで食い下がると、ありすのお腹がきゅ〜と鳴り、せっかくだから食事でも、娘も一緒がいいでしょうからと娘を出汁にまでしてなんとか()()()()()()を指先に巻き直した。


他の打算もあるが、大人なので仕方がないと思ってほしい。




せっかくだから、ご飯でも一緒に…というありすの母親の茜の言葉に鼎たちは頷くと、この国で一番店舗数が多いというファミリーレストランに入ることにした。


そこに鼎が入ると、ウエイトレスさんやお客さんたちがびっくりした顔をして集まってきて握手してほしいと言われたので、ファンサービスとして全員とそれをすると、ようやく席に案内された。たぶん有名人とはこういうものなのだろうと鼎は納得し、席に腰を下ろすと、膝の上に下りてくれないありすを乗せたまま、一緒にメニューを見た。


「あの〜…カナ様、本当にここでよろしいのでしょうか?」


「?なんでです?」


「お望みなら、もう少し高いお店でもいいのですけど…。」


そう茜に言われたが、特に高級嗜好なんて特になかった鼎は、優しい笑顔を浮かべて、ありすの頭を撫でた。


「そういうのはいいですよ。確かにそういうところなら、僕は楽しめるかもしれませんが、ありすちゃんはこういうところのほうが、楽しいでしょうから…。ほら、ありすちゃん、なにが食べたい?」


「う〜ん…えっと…。」


「…そうですか?」


茜は本当にいいのかな?と不安そうな顔をしていたのだが、そんなことは気にもならずありすは物珍しいのか興味深そうにメニューをパラパラとめくっていくのを見ていく。


すると、「む!」とありすはなにやら素晴らしいものを見つけたのか、目をキラキラとさせると、鼎たちに見せつけるように、それを指さした。


「これ!これがいいの!!」


ありすが指さしたそれは、子供が大好きなエビフライ、ハンバーグ、オムライスにポテト、デザートにゼリーまで乗せられた夢のお子様ランチ。


大人には量が物足りないのだが、それ以外のことを考えれば、大人になったことを悔やまずにはいられないメニューだった。


鼎たちは微笑ましげな表情を浮かべると、自分たちも、鼎はハンバーグランチ、忍はドリア、茜はパスタに決めると、さらに後者二人はコーヒー、お子様の鼎とありすはドリンクバーを頼むことにした。


「じゃあ、ありすちゃん、飲み物取ってこようか?」


「のみもの?」


お子様ランチに驚いていたことからも、どうやらありすは初ファミレスだとわかったので、鼎はレクチャーしてあげることにした。


「うん、色々なジュースを好きなだけ飲んでいいんだよ。」


「じゅーすっ!!いくっ!!」


定位置とばかりにヒシッと鼎の身体に抱きつくと、準備はOKと笑顔を向けてくるので、抱っこをして、連れて行ってあげた。


ジュースサーバーが珍しいのか、鼎がボタンを押すと、「おお〜っ!!」と歓声をあげるありすに少し笑ってしまい、なぜかわからないが、とても心が温かくなる。


それから色々なジュースを飲んだり、混ぜたりして楽しんでいると、すぐにそれぞれの頼んだものが届き、さて、お腹も空いたし、さっさと食べてしまおうと、鼎はナイフとフォークを持ってハンバーグを切り分けていると、ありすはまったくスプーンやフォークを持とうとしなかったので、どうしたのかと思い覗き込んでみた。


すると、ありすはおずおずとその可愛らしいお口を開いてきたのだ。


「…あ〜んして、カナくん。」


「ちょっとありす?お行儀が悪いわよ。」


そう茜が嗜めると、ありすが少し寂しそうな顔をしたので、「茜さん、大丈夫ですよ。」と言って、スプーンでオムライスを一口分くらい乗せて、差し出してやる。


「ありすちゃん、お口開けてね。あ〜ん。」と鼎が言うと、慌てた様子で口を開けた。


「は、は〜い!あ〜ん…ぱく…はむはむはむ……。」


と勢いよく食べていき、それを飲み込み終えると、ありすは無邪気な笑顔を鼎たちに提供してくれた。


「えへへ~。おいしいの〜♪」


「よかったね。」


もちろん茜も娘が喜ぶ顔を見たくなくて嗜めたわけではなかったので、茜も忍も優しい笑顔を浮かべ、温かい気持ちで家族団欒のような食事をしていき、気がつくとお皿の中のものは全部なくなっていた。


眠くなったのか、ありすは鼎の膝を枕にしてうとうとしており、3人は食後の一服としてコーヒーを飲んでいると、茜が覚悟を決めたような表情で切り出してきた。


「カナ様、娘を助けてくれてこんなことを言うのは恥知らずと言われるかもしれませんけど、どうか聞いていただけないでしょうか?」



我がテレビ西堂のドラマに出てくれませんか?



この時、鼎はようやく生徒会長と茜が親子なのだと気がついたのだった。


…あれ…冗談じゃなかったんだ……。


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