25 初登校3
「…礼。ありがとうございました。」
「「「「ありがとうございました。」」」」
朝から色々なことがあったからか、昼休みの合図となる4つ目のその挨拶が終わると、鼎はいきなりなり突っ伏すように崩れ落ちた。ぐで〜……。
…凄く疲れました。学校ってやっぱり大変なんですね…。
正直久々に頭を使って疲れすぎて、ご飯を食べたい気分ではなかったのだが、おそらく身体が成長期なのだろう。お腹は減っていたので、あずさにもらった電子マネーでなにか学食で食べてこようかと思っていると、授業が終わったばかりだというのにすぐに、ガラガラガラと教室のドアが開いたので、思わず身を起こした。
先生がなにか忘れ物でもしたのだろうかと思っていると、入って来たのは、銀色の髪をしたスタイルのいい女性だった。彼女は制服を着ており、クラスメイト達よりも少しばかり年上の雰囲気がしたので、どうやら上級生だと思われる。
「転入生のカナ様はいらっしゃ……いましたね。」
彼女は鼎の方にスタスタと歩いてくると、ひどく整った顔を近づけ、鼎の瞳をジッと見た。そして、「?」と疑問符を浮かべる鼎にふむと頷くと、そっと手を指し出してくる。
「ごめんなさい、カナ様。私、あなたのファンなので、嬉しい気持ちを抑えきれませんでした。私は生徒会長の…。」
「…何をしにきたのかしら?西堂亜梨沙、このクラスになにか用かしら?」
急に現れた美奈がスッと鼎と亜梨沙の間に入り込んできた。
「…あら?東院美奈様、お久しぶりですね。いつ以来かしら?」
「さあ、入学式以来じゃない?あなたが内心どう思っているのかわからないような貼り付けた笑みで挨拶していたのを覚えているわ。」
そう美奈が憎まれ口を発すると、亜梨沙の表情はピキリと固まり、徐々に不穏な雰囲気が言葉から滲み始める。
「……あらあら、まあまあ、入学式以来でしたか?」
「ええ、私はあなたと違って記憶力がいいもので覚えていたのよ。」
「…これは失礼いたしました、東院さん。それはともかく…東院の方は挨拶の途中に割り込むような教育を受けてらっしゃるので?」
「……ええ、それはもちろん。あずさ叔母様にカナ様のことは任せると言われてますので。守るように!と…。そういう西堂会長こそ1年生の教室になんの御用?まさか!生徒会長とあろう方が一男子生徒のことをご覧になりたいという理由でこちらにお越しになられたわけではないのでしょう?」
滲み出てきた怒りが言葉に乗っかり、ムードはどんどんと険悪になってきた。
「「………………。」」
このように両者、無表情で無言の時間を作り……。
「「……うふふっ。」」
……そして、同時のこの目の奥が一切笑っていない笑顔である。
当然ながら、クラスメイトたちはその半径4、5メートルから離れ、我関せずという風に目すら合わないようにしている。鼎も本音を言うとそうしたいのだが、言い争いの原因らしいので、妙な責任感からその場を離れられず困っていた。
「……はあ…転入生してきた方になにか困ったことでもないかと気を遣ったということは通じるのかしら?」
「あなたが私だとして通じると思っているのなら、通じるのではないかしらね?」
「やれやれ…(だから、四方位院の人たちは嫌いなのです)。」
「うふふっ、こちらこそ。」
美奈の的確な微笑みに、亜梨沙は苦虫を噛み潰したような顔をしたと思うと、美奈を避けると鼎には優しい笑顔を浮かべた。
「…では端的に申しましょう。カナ様、私は今日は勧誘に来たのです。」
「勧誘?ですか?」
「ええ、実はあなたをテレビ西堂のドラマの主役として…「却下ね。」……。」
そう亜梨沙が言い終わる前に、美奈が2人の間に顔を差し込んできた。
そして、FIGHTとばかりに亜梨沙と美奈2人の目はかちあい…。
バチバチバチ。
「なぜ…でしょう?」
「おわかりでしょう?」
「「……。」」
スッ、スッ、スッ!
亜梨沙がフェイントまでかけて、鼎の顔をしっかりと見ようとするのだが、いくら続けても、その顔は美奈の顔や手でガードされ、目が合うことがなかった。だいぶ息が乱れてきたところで、肩を落とすと、最後に美奈を思いっきり睨みつける。
「はあはあはあ……くっ…仕方がありません。んむ…はあはあ…ま、まさかここまで邪魔が入るとは……。カナ様!なにか困ったことがありましたら、この西堂亜梨沙にお申しつけくださいませ!そ、それでは。」
と、鼎に対しては悪感情を見せることはなかったので、ドラマの件などはちょっとした話の入りとして、口に出したのだろうと思った鼎は、わざわざ最後の言葉を伝えに来たらしい、優しい生徒会長にご足労頂いた、せめてものお礼の気持ちを伝えることにした。
「あっ、生徒会長さん、これからよろしくお願いします。はい、頼らせてもらいますので。」
鼎が美奈の隙を見つけて、そう背から顔を出して言うと、亜梨沙は嬉しそうに微笑って去っていった。
それとは対象的に美奈は苦々しく舌打ちをすると、鼎の手を引っ張っていく。
「チッ…ほら、行くわよ。今日は学食なんでしょう?仕方がないから連れて行ってあげるわ。この八方美人。」
正直、鼎はなんで亜梨沙と少し世間話的なことをしただけでこんなことを言われなければならないのかとは思うが、どうやら美奈と亜梨沙はあまり仲がよくはないことはわかった。でも謝るのは違うなと思った鼎は、面倒を見て、学食に連れて行ってくれる美奈にお礼を言うことにした。
「あ、ありがとうございます。美奈さん。」
鼎が返事をする時に、握られた手に力を少し入れると、少しにへらと顔を緩ませる美奈、それにいつの間にかスッと手を出してきたハズキにもう片手を取られると、3人で手を繋いで、学食に。……いや、後ろからクラスメイトが全員ついて来て、クラスメイト全員で仲良く学食へと向かった。
―
西堂亜梨沙は四方位院という家柄に対してコンプレックスを持っている。西堂という名前からもわかるようにあの西院を本家とする家の分家に彼女は生まれた。
西の家柄の中で西堂はテレビなどのメディア関係を司っているのだが、本家が亜梨沙が生まれる前に断絶していることもあり、他の東堂、南堂、北堂と違って後ろ盾がないため、ずっとかの家々によって煮え湯を飲まされてきたのだ。
まあ、現在では、慧眼を生かし、早いうちにVチューバーなどネット関連に力を入れて一日の長を得たことから、東堂や南堂などの単体相手より力を持った家とはなったものの、やはり長年の恨みは絶えないのか、どこで会うにも相手の態度が鼻につき、自然と噛みつくような形になってしまう。
だから普通ならその例に漏れず、積年の恨みと先ほどの東院美奈との噛みつき合いに対する苛立ちで亜梨沙の頭がいっぱいになり、不機嫌度MAXとなるはずなのだが、亜梨沙は今、かなりの上機嫌だった。
そして、彼女はいつものよりさらに優しげな微笑みを携え、生徒会室のドアを開けた。
「うふふっ、ただいま帰りました。」
「おかえりなさい、会長。その笑顔…まさか!」
俄に沸き立つ生徒会役員たち。
それに、亜梨沙は笑顔で答える。
「はい、ダメでした♪」
ずこっ……。
立ったままだった副会長は転け、座ったままガックリとなる他の役員2人。
「……ならなんでそんな笑顔なんですか!!」
気でも触れたかという目線を送る役員たちに、一瞬失礼なと思いはしたのだが、亜梨沙は今、幸せいっぱいなので、そんなことはもうどうでもいいと、先ほどの鼎のことを思い出し、さらに笑顔を強める。
「うふふっ、カナ様に笑顔を向けてもらいました♪」
「「「…はあ…。」」」そう、会長のトンチンカンな答えに一斉にため息を吐くのだったが、少しまてよと思うと、副会長がすぐに気がついた。
「…ん?というか!それってかなり羨ましいですよ!!」
「確かに!」
「そうですわ!ずるいですわ!自分だけなんて!!」
そんな役員たちの羨む声が心地よく、さらにいい笑顔を向ける亜梨沙にただ喜ばせるだけだとそれをやめると、本題へと移ることになった。
「…しかし、残念ですね…カナ様にはぜひ生徒会に入っていただきたかったのですが…。」
「本当に残念ですね。」
「ええ、もしカナ様が生徒会に入っていただければ…最後の1年きっといい思い出になりましたのに…。」
「?」
「?じゃないですよ…会長。会長は残念じゃないんですか?カナ様が生徒会に入られないの…。」
「はい?なんのことですか?」
そんな亜梨沙の回答にどうやら毛色が違うことに気がつく役員たち。
「……会長、さっき先生が廊下は走るなっていうのも聞かずに全力疾走して、教室を出て行かれたのって、カナ様を生徒会に勧誘するためでは?」
「確か朝に言ってましたよね?カナ様を生徒会に勧誘するって……。」
そうなのだ。昨日の放課後、あの鼎がこの学園に入学をするとわかり、極秘の緊急会議を開き、そこで生まれた案として、生徒会に彼を勧誘することが決まり、今朝早めに学園に来て、最終確認をしたのだ。その時、やはり生徒会長である亜梨沙が勧誘に行くべきという結論に達し、他の役員たちは泣く泣く涙をのんだという出来事があった。
しかし、そんなことは性欲と恋の狭間で揺れていた処女の頭からすっかり抜け落ちていた、あまりにもハイになった亜梨沙は、自身の願望である、とある人気小説のドラマ化に伴い、その主役を鼎にやってほしいという思いのみを口にして、別の勧誘をしてきたのみという結果を残してきたのだ。
「……あっ……。」
「「「あっ!?」」」
「いえ、ふふふ、私としたことがついうっかり忘れていました。カナ様に会えた嬉しさのせいでしょうか?もうすっかりそんなことどこかに行ってしまってました。うふふっ。」
「「「……。」」」
笑って誤魔化す亜梨沙に、後輩である役員まで揃って口を開いた。
「「「いいからさっさと勧誘してこい!!!」」」
「ご、ごめんなさいでした~。」
そう怒りを爆発させる役員たちに言われるがままに、亜梨沙は生徒会室を飛び出して、1−Sの教室に向かったのだが、人っ子一人いなかった。
仕方がないので、生徒会室に帰ると、3人がなにやらジャンケンをしていた。
「何をしているんです?」
すると、ジャンケンが終わり、敗者は全員跪き、勝者である副会長が答えた。
「どうせ(ダメな)会長は失敗すると思っていたので、次は誰が勧誘に行くのか、ジャンケンで決めていたんです!それで私、西室明日美が勝利したんですよ!」
それを聞いた瞬間、こいつら最悪だと思う亜梨沙だったが、最初に私欲に走ったのは自分なので、なんとも言えず、ただ今はこの役員どもと昼食を食べるのは違うなと思ったので、今日は弁当を持ち帰って、気分転換に学食で食べることにした。
亜梨沙はそこで鼎と再び出会い、運命だと浮かれて突撃した結果、やはり再び美奈に邪魔をされ、それを繰り返すうちに、鼎はご飯を食べ終わり、クラスメイトたちに囲まれながら、教室に戻ってしまった。
放課後に明日美が急いで1−Sの教室に行くも、鼎はホームルーム終了とともに美奈とハズキにより回収され、その頃には車に乗り、学園の外に出ていたのだった。
ちなみに、明日美は他の役員の「一回は一回だ。」という声に屈し、明日は書紀の絶対に結婚することを生まれる前にですら親にも願われた我妻入身が行くことになった。
明日は我が身とならぬことを祈る。




