24 保健室で目が覚めて
「…んっ?ここは…。」
目を覚ました美奈はベッドから身を起こす。真っ白な天井に、窓の方以外仕切られるようにカーテンを引かれたベッドの周りに病院かと一瞬思ったが、妙に嗅ぎ覚えのある匂いにここは保健室なのだと理解する。
「お?目を覚ましたか?」という声とともに、仕切りとなっていたカーテンが開かれ、強くなったヤニの匂いと聞き覚えのある声にカーテンを開けた主が誰なのか予想がつき、自然と嫌味が漏れた。
「…なんでここに不良教師が…。」
相変わらず睨みつけプラス憎まれ口を叩く美奈に向けられた相手は苦笑いを浮かべるものの、美奈が目を向けるとやはり予想通り、ショートヘアのタバコを咥えた胸の大きなメガネの女だったことで特段悪いと思う気持ちも生じなかった。
「看病してやったのにずいぶんとご挨拶じゃないか…。」
「ふん!どうせ寝転して置いただけでしょ!」
不良教師は「まあ、そうだが…。」と頭を掻くと、雇い主の家族の目の前にも関わらず、堂々とその不良ぶりを公言する。
「起きたならさっさと出て行ってくれ。お前らだけでベッドを占領されては敵わん。一つはアタシが寝るんだからな。昨日遅くまで飲んでいたせいか、眠いんだよ。」
「…やっぱり不良じゃない…ほどほどにしなさいよ…両方とも。」
「へいへい。たぶんな、たぶん。」
絶対に昼寝に酒の両方とも控える気はないとわかり、これ以上無駄な気を割く気がしなかった美奈は、普段なら看病しているであろう人物がいなかったので、尋ねた。
「…ハズキは?」
「そっちで寝てる。」
「そう…手を出したら許さないから。もし出したら…。」
こういう言葉を口にしたことからもわかるだろうが、この不良教師は男性より女性のほうが好きなのだ。昔から「男なんてクソだ。」と公言してはばからず、今は無垢な幼馴染に恋しているらしいのだが、昔から色んな女に手を出していたという事実があるため、一応は釘を差しておくに限る。
「出さねぇよ…東院怖ぇし…。」
苦笑いを浮かべる女好きのそんな声を聞きながら、美奈は自分にも手を出された形跡がないのを確認すると、カバンを手に取り、保健室を出る。なぜ倒れたのか考えながら教室に向かうことにした。どうせあの不良は馬鹿にするか、はぐらかすみたいにテキトーなことしか言わないのだから、聞くだけ時間の無駄なのだ。
鼻の奥が少し鉄臭くて、今着ているのはジャージ……ふむ……なにかあったのは間違いないけどなにが………あっ…。
美奈は少し歩いたところで、迎えに行った車の中で鼎にしたことを思い出した。
美奈はいつものように心の中では思ってもいない憎まれ口を叩いてしまったのだが、鼎はそれでもめげずに美奈に優しく接してくれて、喜んだ顔を見られた恥ずかしさをぶつけていたところ、車が揺れ……そして…鼎の胸に……って、あっ、また鼻血出そう。
実を言うと、美奈は一度車の中で起きたのだが、さらに鼎のパン一半裸というものを見て、もらい事故で気絶したのだ。しかし、これは刺激の度合いが大きすぎたのか、美奈の海馬からすっかり削除されていた。
まあ、そんなことはともかく、今日あずさに頼まれていた鼎が何をしているのかが気になった。おそらく知り合いも護衛もいないため、危ないから帰宅したのだとは思うが、万が一ということがある。
美奈は偶々近くを通り掛かった教師に尋ねることにした。
「ちょっとそこのあなた。今日男子生徒が転入してきたでしょう?彼はどうしたの?」
「ん?ああ、それなら…。」
美奈は彼女が話している途中にも関わらず、全力で駆け出した。
当然のことだが、廊下は走るなという声が後ろの方から聞こえてくるが、そんな些事はどうでもいい。今は一刻を争う事態なのだから。
教師曰く、鼎はあのクラスに1人で行ったというのだ。
そんなのは肉食獣の檻の中に肉の塊を一つ放り込んだようなものである。その肉食獣が飢えていないのならば、後で食べようなり考え、時間的猶予はあるかもしれないが、あのクラスメイトたちは半端ではないレベルで飢えていた。
一度目の前に餌が晒された後の一月あまりの断食という獣には我慢できるはずのないことがなされた後なのだ。
正直今のあの性獣どもはヤバい。男がいないからと不穏な計画を立て、さらにはドラマのカナ様グッズを神の如く崇め、奉っているような連中とまでなっていた。そんな存在の目の前にカナ様を晒したらどうなるか?
そんなものは日を見るより明らかだ。
全力で走り続け、ようやく1−Sと書かれた小さな看板が見えてきた。ラストスパートをかけ、ドアに手を掛けた。
ガラガラガラ!!
「か、カナ様っ!!……っ!?」
勢いよくドアを開けて見た光景に美奈は目を見開いた。
そこには…。
「うふふっ、カナ様はどんなご趣味をお持ちで?」
「はい、僕の趣味は、そうですね…自己紹介の時にも言ったかもしれませんが、スイーツの食べ比べとトレーニングですね。」
「まあ、そうでございましたね。」
「スイーツの美味しいお店でしたら、私たちも存じておりますので、どうしょう?皆さんで懇親会なんて開催してみては?」
「それは素敵です!いいですわね!せっかくの御縁ですもの!」
「カナ様、トレーニングとはどのような…。」
鼎と会話する彼女たち、美奈が性獣とまで称したクラスメイトたちはまるでお嬢様学校の生徒たちのような立ち居振る舞いで、たおやかな微笑みを浮かべ、落ち着いた会話をしていた。
美奈はてっきり、男性のランク、男性器の大きさなんかを話の主題に持っていき、過度なボディタッチを繰り返し、果てには押し倒すなどという蛮行に及んでいると思ったのだが、そんな様子は欠片も見受けられなかった。
……誰です?この人たち…。
そこから漂ってくるのは、甘く落ち着いた雰囲気。
そこからは不似合いにもなぜか鉄のような生臭い匂いが鼻腔をくすぐるけれど、それはさっき自分で吹いた鼻血の影響かもしれない。
驚き立ち尽くしている美奈を見つけた鼎は、笑顔を浮かべ、美奈の方に駆けてきた。
「御身体の具合は如何ですか、美奈さん。」
「えっ?ええまあ……というか、大丈夫なの?」
「?なにがです?」
この雰囲気の原因は、クラスメイトたちのどうやら賢者タイムというわけではなく、何らかの原因でこうなったらしい。
「か、カナ様っ!!……え……なんですこの雰囲気……世界間違えました?」
言っている意味はわからないが、どうやらこの混乱を共有できるハズキも目を覚まして来たらしい。
すると、すぐに予鈴がなった。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
どうやら鼎に聞く時間はなくなってしまったらしい。昼休みにでも、ハズキを交えて問い質すとしよう。
女子は全員が全員、体育でもないのにジャージという不思議な感じがしたのだが、むしろお嬢様としての美奈にとって慣れ親しんでいるはずの穏やかな雰囲気のほうがこのクラスでは違和感しかなく、授業中、ひどく落ち着かなかった。




