21 初登校1
美馬鼎は普通の高校生活というものに憧れがあった。
鼎は孤児院で育っており、当時その孤児院があまり裕福でなかったことから、中学卒業とともにそこを出た。
幸い中学での成績も内申も良かったので高校の授業料は奨学金で賄え、アパートや食費などの生活費はバイト代でなんとかしていた。昼は学校に通い、夜は遅くまでバイトをしていたため、授業中だけでなく休み時間もかなりの頻度で寝ていて、もはや高卒という資格を取りに行っていたようなものだったのだ。
だからこそまさかこんな借金を抱えて、それを返すために身を粉にして働かねばならないという状況にも関わらず、それを許してくれるというあずさには感謝の念しかない。
人を使うのに、人に恩を売って感謝という感情で人を縛るというものがあるのだが、もしあずさがそれを狙ってしているのだとしても、もうそれを受け入れてもいいとさえ思っている。
パリッと決まったワイシャツを着て、ブレザーに袖を通してボタンを止める。ズボンを履いて、本当に久々にネクタイを締めていると、チャイム音が鳴った。
どうやら迎えが来たらしい。
これからはあずさの姪である東院美奈とともに登校することになると、先日聞いた。
どんな娘だろうと思いながら、カバンを持って部屋を出た。
―
東院美奈は内心満面の笑みだった。
向かい側に座る同じ制服を着た黒髪にポニーテールの真面目そうな女性になんでもないように聞く。
「雨霧。で?その美馬鼎という男はどんな男なの?」
「はい!彼は今……。」
雨霧の話など正直、まったく、これっぽっちも、欠片も耳には入っていない。
第一、情報などもうすでに入っている。
東堂静江がなにやら自身の進退をとあるショートドラマに掛けるという話を聞いて以来、情報は全て手に入れていた。
残念ながら、彼の魅力をしかと目にしたのは、そのドラマを見てからだが、情報だけは放送前から知っていたのだ。
ドラマを見て、彼が出た瞬間、私は彼の虜になった。
あの整った可愛いらしい顔立ちから放たれる邪気のない笑顔。口から放たれる声に、仕草。その全てが愛おしい。
たとえ本来の性格が最悪でも愛することができるんじゃないかと思う…というか、もう愛している。
しかし、なんと言えばいいのでしょうか?
ひどく心配なことがあるのです。
私こと、東院美奈はなんというか…本音を隠す。
いや、もうこの際、はっきりと言ってしまいましょう。
私は極限に素直ではないのです。
特に仲良くなりたい相手にはひどいの一言。
例えば、笑顔が素敵だなと思う相手に対して、「ふん、あなたみたいなヘラヘラしたやつと仲良くしているやつの気が知れないわね。」と憎まれ口を叩き、運動できて格好いいなと思う相手には、「へぇ、人間なにか一つ取り柄があるものね…野性的、ううん、動物の勘かしら?」と……。
ええ…やはり…なんと言いましょうか?
少し思い出すだけでも死にたくなりますわね。
今もなぜか知っていることなのに、それを護衛の雨霧に振って、私はそんな人知らないですよ〜、興味なんてないんですからね〜と振る舞ってしまっている。
「はあ…。」
ままならないものです。
これでもしカナ様に嫌われるような態度を取ってしまうようなら、立ち直れないかもしれません。
どうか、未来の私……お願いですから、変なことは言わないで……。
そんなことを思いながら、何度か訪れたことのあるあずさの家へと向かった。
―
鼎があずさの知り合いらしい雨霧ハズキという同じ高校に通う女性に連れられ車のところに向かい、「どうぞ。鼎様。」とドアを開けてもらうと、その中にはすでに一人の女性が座っていた。
彼女は肩口あたりで整えられた綺麗な赤髪に抜群のスタイルと、どこかあずさの面影があるのだが、視線は鋭く睨みつけるようなそれというどう見ても友好的でないそれであり、どうやら彼女は鼎のことを厄介者として認識しているのは、間違いなさそうだと思う。
しかし、そうは言っても、あずさの親戚なのだから、気のせいに違いないと思い、鼎が丁寧に挨拶をしようとすると、視線が合った瞬間、ゴミでも見るような目でこう言われた。
「あなたが社会のゴミ。クズにして、最低な男ですわね?さっさと乗りなさい。私が始業時間に遅れてしまうでしょう?」
その瞬間、空気が一瞬固まり、鼎は軽く挨拶をすると、そのまま車に乗った。
車はすぐに走り出したのだが、鼎の隣に座るハズキが申し訳なさそうにしており、実は優しい人なんですと、耳打ちしてくれたので、もう一度頑張って話しかけてみようと思う。
「えっと、美奈さんは何年生なんですか?」
「…1年よ。」
「部活とかって入ってますか?」
「…入ってないわ。」
「…東方学園って進学校らしいですけど…「うるさいわね、話しかけないでくれる?」……はい。」
「……。」
フンっと窓の外に顔を向けてしまう美奈に鼎はどうしたものかと思っていると、ハズキが助け舟を出してくれた。
「え、えっと…そう!美奈様は入試学年トップの成績で入学された才媛なんです。勉強ができるだけでなく、部活にこそ入っておりませんが、武道の心得もあり、薙刀に弓道はそれはもう素晴らしいのです。」
「そ、そうなんですか?凄いですね。勉強だけじゃなくて、運動もですか?もしかして美奈さんって大和撫子なんじゃ…?」
「ええ!それはもう!東方学園にてその名ありとさえ言われていて…。」
それから鼎は、「凄い。」「綺麗。」「格好いい。」などとハズキの言葉に乗って、そんなふうな言葉の相槌を打ってみたのだが、流石に言い過ぎたかと反省していた。
あっ…もしかしておべっかが過ぎたかも?
そして、恐る恐る美奈の方を見てみると、彼女は……
彼女は顔を真っ赤にして、にへらと顔を緩めていた。
「えっ……。」
まったくの興味なし、もしくは顔を赤くしているにしても、怒りのそれだと思っていたのだが、予想外にも彼女の表情は喜びのそれを示していたため、思わず鼎がそんな声を上げると、バッチリと目線が合ってしまい……。
「な、何を見ているのよ!!こ、これは違うのよ!べ、別に嬉しくなんかないんだから!憧れのカナ様に褒めてもらって、もう天にでも昇りそうなんて考えてなんて……はっ!?」
あ〜はい、なんとなくわかりました。真奈さんパターンですか…ね?
鼎が前のお店で働いていた時、かなり険しい表情をしていたお客様がいた。彼女は鼎を憎ましげに睨むのみだったのだが、話をしているうちに徐々に表情が緩んでいき、気がつくと普通のお客様よりも優しくなっていたのだ。
彼女も確か僕のことを様付けで呼んでいた気がする。
ということは…どんどん話し掛けていけば、仲良くなれるかも?
「……はい、まあ、とりあえず様付けはやめてくださいね。」
「〜〜〜〜っ!!」
ぽかぽかぽか。
そんなふうに美奈が痛くないくらい力加減で鼎の胸元を叩いていると、ふとブレーキがかかり、車が揺れて、鼎の胸の中に美奈の顔が収まった。
「きゃっ!ううう…痛たたた……なにしてるのよ、清水っ!?」
そして、どうやら美奈もそのことにすぐに気がついたらしい。顔を上げると、鼎が美奈の頭を抱きかかえるようにしており……。
「こ、これは……か、カナ様のむ、胸っ!?」
ブーーーーッ!!
と勢いよく飛び出した鼻血が鼎を襲い、おニューの制服が真っ赤に染まることとなった。
「え?だ、大丈夫ですか、美奈さん?美奈さん!」
鼎が肩に手を置き揺するも、美奈はだらしなく口元を緩め、恍惚とした表情を浮かべたまま気絶しており反応はない。また、ハズキは運転手清水に向けて、グッドサインを送っていた。




