20 引き伸ばし工作
東院あずさは少しばかり困っていた。
それというのは、美馬鼎の営業成績が原因である。
彼は男とは思えないほど顔の造形が整っており、性格も優しく、目の奥には蔑みの感情など欠片も感じられない。だから当然、人気が出るのはわかっていた。……わかってはいたが…しかし……。
「まさかここまで成績がいいとはね……。」
今、あずさが見ていたのは、ホストクラブの指名率、稼ぎがグラフにされたもので、借金の残りなんかも書かれているものだった。
そして、どれくらいで借金が返済されるなんかの予想までされている。
そこに書かれた数字が問題だった。
「…あと2ヶ月…ですか…。」
そう!鼎はあまりにも評判が良すぎて、あと2ヶ月ほどで借金返済となり、このお店を去ってしまうというのだ。
入った初日に2倍へと膨らんだにも関わらず……。
確かにあずさだけでなく忍もすっごく高いボトルを鼎が止めるにも関わらず入れた。申し訳なさそうに、でもだからこそいっぱいサービスするぞと頑張る鼎を見たいという欲求に逆らえなかったのだ。
でも、それでも、この伸び率は異常だろう。
原因はわかりきっていた。先日のドラマである。
【ヘタレクールOLは甘えん坊弟に手を出せない】
このドラマの1話は見逃した人たちがこぞってテレビ東堂にすぐさま再放送を嘆願するほどのもので、局の外では暴動一歩手前、局内は終始電話が鳴り響いた結果、静江が社長権限でミューチューブに動画をアップし、それを見るようにということで鎮静化を図るという異例の対応がその日のうちに取られたことからも、その人気は計り知れない。
2話以降も、視聴率が脅威の9割超えと月九ドラマなんてもはや眼中にすらない結果となってしまい、巷では俳優カナの情報を集めんと凄腕のハッカーまでもがひしめいているという話も聞く。
それほどに鼎ことカナは有名になってしまった。
これでこの店の客たちが鼎を指名しないというのは嘘であるので、こぞって鼎を指名するのは致し方のないことなのだろう。あまりの人気に、本来一対一での指名形態にも関わらず、一対二、一対三と鼎の接客スタイルは変化した。…流石にそれ以上は鼎が無理だと言うのでなかったが、それでも効率は二、三倍である。
人気だけでなく、そんな破壊的な効率化の結果、あずさたちの予想は大いに外れ、鼎を手放す時が刻一刻と近づいてしまうという結果になってしまったわけだ。
それに対し、個人いわゆる鼎のお姉ちゃんとしても、あずさは気が気でない。
つまり公人としてもということだ。…先ほど国から依頼が入った。
半年後にこの店が某国の王族の接待を任されたのだ。
今は国で功績を上げた人物の慰労目的で使われているこの施設だが、元々は外交目的で作られ、西院が管理していたものである。
今現在、王族の接待なんかを任せられそうなホストは鼎以外に考えられない。
あずさは自分の主義に反するが、引き伸ばしという策を取らざるを得なくなっていた。
そして、考えた末に生まれたのがこの策だ。
そこには一つの冊子があった。
これはあずさの姉である東院の当主東院由美から送られてきたもので、苦渋の決断だが、これが一番鼎の年齢を考えるに、理由としては妥当だと思われる。
「……でもこれって、私、鼎くんに嫌われない?」
「……ドンマイ。」
あはは…ですよね〜……ううう……グスングスン…も、もう泣きそうなんだけど…。
―
ドラマの初放送からさらに二週間ほど経った頃、鼎はあずさに真面目な話があると、いつものボスの間に呼び出された。
それから、しばらく放置された鼎は口を開いた。
「あの〜今日はなにか?」
いつもなら鼎がなにかを口にするより早く、「鼎くん、お姉ちゃんね…。」と切り出すあずさが何を言うこともなく、俯いたまま、手を結んでいたし、どこか目線を合わせようとしない忍にたぶん言い辛いことでもあるのだろうと思い、気を利かせると、あずさは普段の優しかったり、少し怖かったりという彼女ではなく、なにかを恐れた様子で、おずおずと口を開く。
「……あのね…鼎くん…実はね…。」
ようやく話せることで少し気が楽になったのか、今は指先をツンツンさせ、軽く顔を上げたあずさの、その言葉の続きを聞いた瞬間、鼎は興奮した様子でそれに答えた。
「僕、行きたいです!!」
望むところだというそんな鼎の様子にあずさは忍共々目を聞くと、信じられないという表情を浮かべて、再び尋ねる。
「……本当にいいの?」
「はい!」
はっきりとした鼎のその返事に、あずさは思わず目をうるうるとさせると、机を回り込んで鼎を抱きしめた。
「……ありがとう、ありがとうね、鼎くん…。」
「ううん、こっちこそですよ。あずさお姉ちゃん、僕も憧れてたんです。」
「……う、ううう…うわ〜〜んっ!怖かった、怖かったよ〜。」
なんでかわからないけど泣き始めてしまったあずさの背中をポンポンとした。すると、さらにそれは激しさを増したのだが、ずっと彼女を慰め続けた。
正気に戻ったあずさから冊子を受け取ると、鼎はボスの間のソファで目をキラキラと輝かせながら、その冊子…東方学園入学案内に目を通し、あずさたちはそんな鼎に優しい目を向けるのだった。




