16 歓迎されてる?
【ヘタレクールOLは甘えん坊弟に手を出せない】
正直ラノベみたいなタイトルだが、どうやらそれは原作が漫画らしく、淑女の方々が愛読しているらしく、累計一千万部を売り上げるほどなのだとか……。
そんなものは聞いたことなかったが、鼎自身あまり漫画等を読むことがないので、それは当たり前なのだろう。
なぜ人気なのかわからないハードなこの台本を読んでもなんとなくしか雰囲気がつかめなかったので、もしかしたら美月ならと思い、話をすると、快くその単行本を貸してくれた。
絵を見ても、特に少女漫画風ではなかったので、おそらくほとんどの男の人でも下ネタが多いきらいがあるが、絵には別段苦手意識なく読むことができそうである。この価値観を理解できたのなら、鼎も揃えて見てもいいかもしれない。
読み終わったら、感想を言い合いましょうと楽しそうな美月にお礼を言うと、鼎は部屋に戻るなり、早速勉強を開始した。
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私はヨル。今は衣装に着替えていて、スーツ姿のためわからないだろうが、これでも元アイドルである。
【日昼夜】という三人グループでデビューして、三年間鳴かず飛ばずで解散し、アサヒはソロで大成功、マヒルはファッションモデルで成功、そして私は役者としてそれなりの成功と解散して、まさかの全員が成功するというある意味奇跡を起こしたグループである。
別れて5年に三人とも仲が良く、暇な時は一緒に飲んだりと交流があり、周りは不思議がってもいる。
まあ、それはともかく、今日は撮影である。
「お疲れ様です。」といつものようにヨルが短い挨拶をすると、一応台本を開き、今日のところを確認し始めた。
覚えてはいるが、セリフの最終確認をしていると、今日は俄に活気があり、どこか嬉しそうにしているスタッフが多いことに気がつく。
…というか、今日はなんかスタッフ自体が多い。
「なにかあったの?」
近場にいたスタッフにヨルがそう尋ねると、その娘は目を見開いて驚いていた。
「…よ、ヨルさんが喋った。」
…失礼な…私だって話くらいはする。まあ、結構人見知りなんで歌う時や演技の時しか喋らないし、ライブのマイクパフォーマンスは全て二人に任せていたけど、それでも口はついているのだ。
ヨルは少しイラッとしつつ、彼女に再び聞く。
「で?なにかあったの?」
「はい、実は今日、貝塚アルトさんの代役が来るらしくてですね。その子がどんな子なんだろうって、みんな期待してるんですよ。」
それを聞いた途端、ヨルは完全に興味を無くした。
「ふ〜ん。」
「いや、ヨルさん、ふ〜んって…。」
「だって興味ないもの。男なんて。」
「え〜っ!?だって男の子が来るですよ!やっぱり女としては股がじゅんじゅんして、胸がキュンキュンするものじゃないですか!」
いや、せめて股がじゅんじゅんと胸がキュンキュンの順番入れ替えて。
流石に性欲重視みたいで少し見苦しい。
それからもそのスタッフは如何に男とは素晴らしいのかを私に理解してほしいのか、布教活動をしていたのだが、ずっと台本を広げるのみで、視線すら送らない私に諦めの気持ちを持ったのだろう。他のスタッフのほうに混じって行ってしまった。
ホント男なんてくだらない。
ヨルたちはさっき言ったようにアイドルだった。デビューした頃は期待されていて、色々な男達が寄ってきていたのだ。その時にヨルたちは現実を見た。
横柄な態度に、上から目線、口から出るのは罵詈雑言。
気に入ったから妻にしてやろうか?なんて言われた時は頬を張ってやりたくなったほどだ。小柄で胸が薄いメンバーのマヒルは危うくそれに引っかかりかけ…ともう出会ってきた男といえばクズのオンパレードだった。
こんな奴らとなら結婚しないで、子供がほしいならお金は掛かるが、人工授精でいいとメンバー全員が思っている。
さて、今日来るという輩はどんなもんか?仕事だから仕方がないけど、終わったらもう赤の他人として一生関わらないでほしい。
ヨルがそんな風に考えていると、ざわめきが広がりを見せた。
どうやらその某かが来たらしい。
―
鼎がテレビ局に来て思ったことは、懐かしいというものだった。
実のところ、前の鼎の顧客にはテレビに出ている人だったり、ミュージシャンなんかもいた時期がある。
その時にちょろっと連れてこられたことがあったのだ。
だから特にキョロキョロすることなく、静江について行き、道中珍しいものを見るような目?(実は捕食者)に晒されても、そんなもんだなという風に流していると、すぐに撮影スタジオに着いた。
「カナきゅんには、今日はここで撮影してもらうわ。頑張りましょうね。」
鼎にそう檄を飛ばすと、どんどん中へと入っていく。
「「「「「キャーーーーっ!!!」」」」」
不意に歓声が上がり、目を見開く鼎。思わず静江を見ると、彼女は笑っており、どうやらこの事態を予想していたらしい。
なんだ、静江はあんなこと言っていたけど、人望あるんじゃないかとその歓声が静江のものだと思い、そのままついていくと、大興奮で「可愛い〜♪」とか、「男、男!」とか、「イケメンだ〜!」となんとなく静江のものではないものが混じっていることに気がつき、顔を真っ赤にしていると、静江がパンパンと手を叩いた。
「ほらほら、作業急ぐ……と言ってもできないわよね…。それじゃあ気になっているであろう彼に早速自己紹介してもらいましょうか。」
静江の声によりシ〜ンとした静寂が生まれ、ジーっと見つめる視線の中、鼎はゴクリとつばを飲むと、言葉を選びながら話していく。
「えっ…えっと…僕、カナって言います。今日は代役頑張りますので、いっぱいミスしちゃうかもしれませんが、よろしくお願いします。」
そう鼎は勢いよく頭を下げた。
すると、しばらくの静寂の後。
パチパチ……パチパチパチパチパチパパパパパパパッ!!
拍手が鳴り始めた。
鼎が顔を上げると、なぜか涙を流している人までいたのだが、どうやら好意的に受け取ってくれたらしく、安心した鼎は自然と笑顔を浮かべるのだった。




