15 静江のお願い
あの歓迎会から数日経ち、いつものようにあんまりよく思われていないらしい男の先輩たちに挨拶をすると、すぐに業務の時間となった。
先輩たちは視線や雰囲気を見る限り、どうやら鼎とは関わりたくないらしいので、鼎としては仲良くなりたいところだが、しばらくは様子見という形で落ち着くだろう。
今日は開店と同時に指名され、指定された席に向かうと、もじもじとした綺麗な女性が待っていた。
「って、あれ?静江お姉ちゃん?指名してくれたの?」
「う、うん、まあ……。」
静江は人差し指と人差し指をくっつけたり、離したりしながら、チラチラと鼎の方を見てくる。
そっと鼎が彼女の隣に座ると、彼女の口元が緩むのがわかった。
「静江お姉ちゃん、怪我だけど大丈夫だった?」
「えっ、うん。ほら。」
そう言って、静江は怪我をした方の指先を見せると、絆創膏を外してみせてくれる。
先日見た時は、パックリと切り裂かれており、痛々しかったのだが、見る限りもう傷口はしっかりと塞がっていて、もう絆創膏は必要ないように思えた。
「うん、これなら大丈夫そうかな?もう絆創膏外してもいいと思うよ。」
「う、うん、そうね。」
まるで指輪のように輪っかになった絆創膏は未だ静江の手の中にあるのが、鼎の目に入る。
「捨てるんなら、今捨ててこようか?」
そう鼎が提案すると、静江は大声を上げ、まるで我が子を守るように大切に包み込んでしまった。
「だ、ダメ!あの…その…これは…えっと…カナきゅんとの思い出の品だから!大切にするの!」
「そ、そう?まあ…それならいいけど…。」
静江お姉ちゃんって出会いとか大切にするんだな〜と思い、鼎は少しほっこりとした。
「大切にしてね。」
「うん。」
それから、しばらく楽しく話をしていると、静江の口調も緊張したものから、落ち着いたものに変わってきて、楽しそうな笑いも浮かんできていた。すると、ふとなにかを思い出したのか、静江は「あっ…。」と声を上げた。
「どうしたの?」
「そういえば今日、カナきゅんに会いにきたのは頼み事があったからだったわ。」
「頼み事?」
「ええ、さっき私がTV局で働いていることは言ったと思うけど、一昨日ドラマで出るはずだった俳優が引き抜かれるというトラブルがあったのよ。」
「え?静江お姉ちゃん、それって大事なんじゃないの?なんでそんなことに…。」
「……実はその子が引き抜かれて使われるドラマって、元々木本が出る予定だったやつで、一昨日木本の犯罪がテレビで暴露されたでしょ?それで相手方も急いでその代わりをってことみたい。あはは…ほら、私、若いでしょ?だからテレビ業界で舐められてるのよ…あ〜それにしてもむかつくわね…あのテレビ南堂の奴ら〜。」
怒りのままにコップの中のジュースを一気飲みすると、鼎の手を掴み、縋るような目をしてきた。
「でね、でね!ほんっとその役がカナきゅん、あなたにピッタリの役なりなの!一生のお願い!カナきゅん、ドラマに出て!」
「え?……えっ!?いやいやいや、僕?僕には無理だって!だって僕、役者なんてやったことも…。」
「大丈夫!大丈夫よ!カナきゅんは別にそのままで…ううん!むしろそのままでいいの!それが最高なの!!誰がなんと言おうとも私の権限でなんとかしてみせるから!」
「…さっき舐められてるって言ってたのに?」
「そ、それは……。」と静江は言葉を詰まらせると、バッグから台本を取り出し、鼎に見せてまくし立ててくる。
「それにほらほらセリフもこんなに少ない。ドラマって言ってもショートドラマ。10分くらいのだからね?ね?」
「で、でも…。」
「お願い!お願いします!カナきゅん!」
なんて拝み倒してくる静江に、鼎は腕を組んで考える。
「……う〜ん……。」
彼女いわく、セリフも少なく、短いものらしい。だが、ドラマはドラマである。鼎は素人にも関わらず、テレビに出るなんて大それたことをしなければならない。正直、まったく自信がないのだ。鼎はあくまでもホストであり、俳優などの役者ではない。
だからこそ、断るべきなのだろうが、静江には先日、このお店として、迷惑を掛けている。それも木本がまた原因の一端を担っているようなのだ。あの時、静江は怖い思いをした。
鼎は再び静江が困るようなことにはなってほしくなかった。できることなら、木本のことはもう忘れて、普段の生活からこのホストクラブまで、なにを気負うことなく、楽しんで欲しいのである。
う〜んう〜んと悩み、やはり鼎は人に甘いのだろう。思いの外早く結論が出た。
「…わかったよ…。あっ、でも本当に失敗いっぱいして迷惑掛けちゃうかもだからね!」
「ええ!もちろん!失敗なんてどんどんしていいから!もういっそドラマ放映前日までリテイクでも構わないわ!!」
……いや、それ絶対ダメなやつでしょ…。
役者さん、スタッフさんに大迷惑だし、編集さん死んじゃうって…。
「あっ…あずさお姉ちゃんに許可取らないと…。」
「ふふ〜ん♪その辺は抜かりないわ。もうちゃんと許可取ってるから。」
静江はキラリと目を光らせると、鼎に向けてニヤリと笑う。今日は青いシンプルなドレスを着ているからか、デキる雰囲気の静江と相まって、とても格好良く見えた。
こうして鼎はドラマに出演することになったのだ。
そこからは軽い打ち合わせが始まり、鼎は早速台本を受け取り確認し始めた。
えっとタイトルは……。




