11 いざ買い物へ 2
鼎は今、スポーツ品コーナーに来ている。
そこでシューズを選び終え、今度はトレーニングウェアを選ぶことになった。
鼎が適当にサイズが合いそうなやつを選んで、裾上げというプライドを妙に刺激されることをされて、てっきり素早く次の場所へとなると思っていたのだが、どうやらそうはいかないようだ。
「初音、音夢。」
「「…ちっ!」」
「あらあら、あなたたち主である私に対して行儀がよろしいこと。」
「「……。」」
あんなに羨ましいことを目の前でまざまざと見せられ続け、無言ではあるものの、ヤッちまうぞというくらいには荒んだ心をしていた金森姉妹。
あずさはそんな彼女たちを見て、さらに刺激するように愉快そうに笑った。
「ふふっ、せっかくあなたたちにご褒美をあげようと思っていたのに……。」
「「(なにを笑っている。このクソババアなにがご褒美)……えっ?」」
「どうやらあなたたち私のこと嫌いみたいみたいだし、私だけで…。」
「「お、お待ちください!」」
背を向けて歩き始めようとするあずさを、二人は慌てて止め、あずさは我が意を得たりと笑うと、白々しく聞く。
「あら?どうかして?」
「「あ、あの」」と二人の声が重なると、姉の方である初音が口を開いた。
「あの具体的にどんなご褒美を頂けるのでしょう?」
チラッチラッと鼎の方を見て、初音は聞いたのだが、あずさは特に咎めることなく、悪戯っぽく微笑む。
「初音、音夢。鼎くんのトレーニングウェア。一緒に選びたくない?」
「「おおっ!!」」と声を上げ、二人はサングラスをキラリと輝かせると、あずさに傅き、口上を述べた。
「「我ら姉妹、東院あずさ様と鼎様とともにあり!」」
こんなやり取りが目の前で行われ、仲良く鼎に着せるであろうものを選びに出掛けてしまったのだ。
「パチパチ。よくできました。ごめんなさいね、あなたたちのことも忘れて楽しんじゃって、悪い主人だったわね。」
「いえ、やっぱり流石はあずさ様です!一生ついていきます!」
「…はい。私も…で、ですが、どこまでおっけーです?スパッツもあり?」
「そっ、それは……あり・か・な?」
あずさがそう答えるとまた「「おお〜!」」という歓声まで添えての行軍である。かなりの時間が掛かることは言うまでもない。
一番始めに持ってきたのは、初音でハーフパンツとメッシュのTシャツという割と普通のものだった。
それを受け取り、試着室に入る。
まあ、これは特段なんの問題もなく着て出るだけ。
シャーとカーテンを開けて出ると、そこには短パン小ぞ……ハーフパンツを履いた中学生くらいの美少年がいた。
昨日運動していたようなものと同じような格好なので、特に問題はない。ただメッシュになっているので、夏場の暑いときなんかでも通気性がいいので涼しく着れて、これから段階的にハードになるトレーニングには良いかもしれない。
初音のリクエストに応えて、クルリと一回転してみると、物凄く喜んでくれたので、思わず微笑んでしまった。
「ありがとうございます、初音お姉ちゃん。」
「うぐっ……うん、うんうん、私…生きててよかったかも……。」
いやいや、そんなオーバーな……。
崩れ落ちてしまった初音を近くのイスに座らせ、更衣室前に戻ると、今度はあずさが持っているものに着替えることになった。
次に着るものは、鼎がそのまま着るには難しいものだった。そのまま着たら、引きずる……要するに裾上げ案件だ。手慣れた仕草でズボンを履きながら折り目をつけ、ピンで止める。
まあ、上は……とりあえず着とこうか。
シャーと腕まくりをして、カーテンを開けると、袖が長いからか、どんどんずり落ちてしまう。頑張って袖を上に上げるのだが、それがまったくダメでなんとなく悲しくなってきた。
目元を潤ませ、ずり落ちてキョンシーにならないように肘から先を上に向ける。
すると、あら不思議。
萌え袖上目遣いで媚びた眼差しを向ける弟の完成!
「あずさお姉ちゃん、これでいい…のかな?」
「ぐはっ……うん、お姉ちゃんの計画通り素晴らしいわ……よ……。」
あずさがそんなふうなことを言うと、再びイスのところに向かい、なんとか初音と同じように座らせると、どうやら初音が目を覚ましたらしく、ずり落ちるのが嫌で肘を上に曲げている鼎を見た瞬間、「ぐはっ!その手があったか……。」パタンと倒れてしまった。
「……。」
なんとなくわかっていたが、すっかりおもちゃにされたらしく、ジャージから着ていたものに着替え、最後の一人を待っていると、ようやく不穏な発言をしていた女性が、ダウナーの割にルンルンという表現が正しいのではと思うほど、上機嫌なステップでやって来た。
「これ着てくれませんか?」
「……は?」
音夢、彼女が持っていたのは、紺色でスベスベとした手触り、さらにはそれ一枚で身体の腕足を除く上半身下半身をカバーできる代物だった。ちなみに胸元あたりにある白い布がつけられたところには名前を書く欄がある。
それは明らかに男が着るものではなく……。
「…音夢お姉ちゃん、これなんだかわかってますか?」
…さっきスパッツまでって言われてたでしょ?
「ん?……ああっ、音夢お姉ちゃん!すっごくいい!これからもそう呼んで!」
「?」
鼎が無言でジト目を向けるも、疑問符を浮かべるのみで特に反応はない。どうやら音夢は誤魔化しているのではなく、本気で鼎がそれを着れる。そう思っているらしい。
「…それ水着ですよね?」
「うん。スクール水着。」
その言葉を聞いた瞬間、「「み、水着っ!?それもスクールっ!?」」と眠っていたはずのあずさと初音は起き上がり、血走った目でこちらを見てきた。
三人の期待のこもった視線が突き刺さったものの、流石にそれはなしなのでバッテンマークをした。すると、これはというので、トランクスタイプのものとラッシュガードという出で立ちを披露すると、三人は鼻血を吹いて倒れた。
程なくして起き上がると、全て籠に入れたので、どうしてかと聞くと、当然のごとくあずさが言う。
「えっ?全部買い取りよ。あと同じものをそれぞれもう一着ね。」
「え?」
「だって鼎くんが着たんだものそんなの決まってるでしょ?(勿体ない。)」
鼎が思わず二人を見るも、納得したように頷いている。
そんなのを見た瞬間、鼎の頭はハテナマークで溢れ、わけがわからないが、金持ちの道楽ということで納得することにした。
「さて、それじゃあ、今度は私達のを見てもらおうかしら?」
まさか水着!?と鼎が内心ドキドキしていると、「新しいトレーニングウェアが欲しかったのよね。」、と言っていたのでどうやら違うらしい。
残念だが、少しホッとした……でもこれがいけなかった。この時、鼎の心は性欲なんかと無縁である甘えたい衝動の本能が抑えられ、ある種のフリーパスとなっていた。
着てからのお楽しみということで、試着室に入っていく三人。
あずさが頃合いを見て、「着れた?」と聞くと、「はい!」「は〜い。」という声が重なり、あずさのほうから順番にカーテンが開かれた。
シャーという音とともに、現れたのは、スポーツブラタイプのそれにピンクのウェアを羽織ったもの、下はヨガパンツを身にまとったあずさである。
彼女は胸が大きいためか、ブラの中がはちきれんばかりとなっていて、立派な谷間ができていた。これでは動くだけで目の毒である。さらにピッチリとしたヨガパンツのせいか、お尻の形、程よく肉のついた太ももなんかまでよくわかり、繋がっていないところから覗く体型が管理されたほっそりとしたお腹周りも美しくその健康美に、鼎は思わず目が釘付けとなってしまった。
「あらあら?どうしたの鼎くん?」
割と真剣にどうかしたのかと心配して、試着室から靴を履いてこちらへと来るあずさの顔を見ることができず、俯いて頬を赤らめる。でもそれは失礼だと思い、顔を上げると視線がちょうどその豊満な胸元へといってしまい、ダメだと顔を背けたが、ホスト根性でなんとか褒め言葉だけは口から出す。
「と、とっても魅力的で……照れちゃうかもしれません…。」
「えっ!?」と始めは珍しく驚愕したものの、鼎の反応でからかっていたり、冗談ではないとわかると、そっと鼎の耳に耳打ちした。
「ありがと。」
それから、じゃあねと手を振るあずさを見送ると、鼎の鼓動は留まることを知らなかった。
そして、残った二人である。
初音は、上はTシャツに普通のウェアを羽織ったというもの、下はショートパンツと彼女の元気いっぱいの可愛いらしさが全面に押し出されており、素直に褒めた。
正直、ここで終わりにしておきたいのだが、触れないわけにはいくまい。
音夢は水着を着ていた。
……それも大胆なスリングショットというそれを…。
下は毛が生えていないのかしっかりと隠れてはいるものの、姉同様微かに膨らんだ胸元は先端が隠れているのみでその周りは…っ!?はっ!
シャーっ!!
鼎はすぐさまカーテンを閉めると、呑気に感想を求めてきたが、そんなのは言うまでもない。
「変態ですか、あなたはっ!!」
「ううん。違う。今度プールに行こうっていうアピール。」
「……それなら、そのうち行きましょうか?でももっと普通のにしてくださいね。」
「りょ。」
着替える衣擦れの音がし始めたので脅威は去ったのだと安心する鼎だったが、今度は傍観していた二人がこうしちゃいられないと水着売り場へと向かっていき、勘弁してくれと項垂れる鼎だった。
……そういえば、二人とも音夢お姉ちゃんのこと止めなかったけどもしかして……。




