9 王城の居室にて
三公爵と辺境伯。
この四家は各領地のマナーハウスと王都のタウンハウスだけでなく王城の中にもかなり大きいサイズの居室が構えられている。
それは年に1度の御前会議が行われる1週間の間に参加する四家の当主達がその会議での議題だけでなく各々の膨大な責務を熟すために作られた場所であり、執務室や応接間、簡易キッチンだけでなくドア1枚を隔てて、寝泊まりする為の寝室とクローゼット、浴室、御不浄等が揃っていて現代で言うところのホテルみたいな作りになっている。
オフィーリアがやって来たのはその1つで、アガスティヤ公爵家が与えられた場所だ。
ただ、そのアガスティアの居室だけが官僚区のやたらとすぐ側にあるのは、『仕上げた書類をすぐに文官に回せるように』という配慮からくるものとは聞いてはいたが、
「缶詰めで馬車馬のように働けという嫌味なのかもしれないわね」
と。思わず執務机の上に置かれた山の様な書類を眺めて半目になるオフィーリアである。
この書類はオフィーリアだけで処理する物ではなく内容によっては家令や執事、公爵家の騎士団長等に渡すモノもあるのだが一通り当主が全てに目を通す必要があるのだ――アンドリュー王子は3年後にアガスティア家に婿入する予定なので彼に公爵家全体の仕事を学んでもらう目的もあり、共に書類仕事をする事もあるが今日は不在だ。
兄が亡くなったりしなければ彼女はアンドリューと婚姻後にアガスティヤの分家として侯爵位を賜る予定だったが、残念ながらそうはならなかった。
「私の役目はどっちにせよ変わらないけどね」
王家の受け皿という立ち位置のアガスティヤは実は王家の影でもある。
元々オフィーリアは15歳という年齢に達すると兄の補佐として王家の影、つまり間諜の管理を担う事が決まっていたのだ。
本来なら当主の選んだ次期当主の補佐がその役目を担うのだが5年前に終結したとはいえ戦争のせいで優秀な人材が一気に減ってしまったせいで、その役目をこなせる者がいなくなってしまったのだ。
苦肉の策として次期当主の妹であるオフィーリアがその任を請け負わなければならなくなったのである。
持ち前の負けん気と天才的な記憶力と頭の回転の良さ、そして武芸に秀でていた彼女はその試練を全て乗り切り、11歳の年には兄の補佐についていた。
その後は兄の指導により公爵補佐として領地経営や派閥の掌握などを学ぶ機会も与えられた。
彼女は与えられるものをぐんぐん吸収していく――多分稀代の天才というやつだったのだろう。
皮肉な事にそのお陰で、不慮の事故で亡くなった兄の後を直ぐさま継いで14歳で女公爵として国に認められたのは不幸中の幸いだった。
しかし、天才と言われようが公爵家当主であろうが時間も場所も関係なく降って湧く仕事にはウンザリする事もある。
先程執務机の書類の1番上にある数枚の報告書の内容を確認した今は特に気分が最高潮に下降気味だ。
王宮に寝泊まりせざるをえない状況が、まさか隣国の王女のせいだったとは考えもしていなかったため、かなり苛ついて思わず舌打ちをする。
自分の婚約者を守るためだとは分かっているがイライラするのは仕方がない。
彼女は椅子から立ち上がると執務室の続き部屋のドアを開け、更にその先にあるクローゼットのドアを開けた。
クローゼットの奥にポツンと置いてあった黒い金属で出来た重厚な作りの箱からオフィーリアはそれを取り出し、目を細めて呟いた。
「・・・使わないように願うしかないわね」
と。