8 中立派のオッサン
王妃の薔薇の庭で『ピーチピンク』との接近遭遇を果たした翌日である。
「困りますなあ、アガスティヤ公爵令嬢」
いきなり王城の廊下を歩くオフィーリアに声をかけて来た脂ギッシュな中●親父がいた。
「隣国の王女の御機嫌を損ねては、2国間の協議が進みませんぞ? 御令嬢がこれ以上王宮に居座られるのもどうかと思いますがなぁ・・・」
そう言いながらでっぷりとした腹を擦りながら、彼女の可憐な顔に髭面をズイッと寄せてくる。
加齢臭がしそうで嫌だし口からも臭いが漏れてきそうで気持ちが悪いわ、と思わず右手に持っていた扇を『パンッ』という小気味の良い音をさせ広げると顔を半分近く隠すオフィーリア。
勿論扇は特別仕様の鉄扇で、若干女性用としては大きい位でちょっと見には分からない程度に繊細なレースでゴージャスに装飾されているモノである。
護身用としてオフィーリアに振るわれたら運動不足の貴族のオッサン等、廊下の遥か彼方にぶっ飛ばされること請け合いだ。(おお怖・・・)
「ハインド卿、ご無沙汰しております」
美少女がにっこりと微笑む。
「ところで、私はまだまだ未婚で御座いますのよ? 公爵令嬢とはどちら様の事で?」
「は?」
オッサンがキョトンとしてもちっとも可愛くないわよと、腹の中で舌打ちをするオフィーリア。
「ですから私に娘はおりませんわ。そうそう、卿は伯爵家の御当主様でいらっしゃいましたわねえ」
「そうだが?」
「先んじて私に向かい声を掛けるなど無作法で御座いますわよ?」
「ぶ、無作法とは何事だッ この小娘がッ」
顔を赤くして怒鳴る伯爵に通り掛かった文官や侍女達が何事かと立ち止まる。
「何事? 無作法な上に王城の廊下で怒鳴るとは。家庭教師にイチから作法を習っておとといおいでなさいませ。アガスティヤ公爵家当主である私に向かい、何という口のきき方ですか」
「え?」
「私は国王陛下の後ろ盾の元に14歳の歳で当主の座に着いております。身分を弁えなさいませ。衛兵! この者を官吏の元に連れていきなさい。格上の爵位の当主に対しての暴言を王城内で吐くなど許せる事ではありませんわ。調書を取らせて始末書を書かせなさい」
×××
アガスティヤ公爵家の先々代当主、つまりオフィーリアの父は4年前の戦争で命を落としている。母親はその前の年に流行病で。
彼女の兄が21歳でその後を継ぎ当主になった。
彼は王太子と同い年で親友同士だったが1年前に事故死をしており、現在オフィーリアが当主の座に就いている。
実はこの国は国が認めた後見人さえいれば12歳から当主としての任を受け継ぐことが出来る。
その場合、当然12歳であっても当主としての執務を理解し行使出来る能力があると認められた者に限るのだが、滅多なことでこの制度を利用することは無い。
ぶっちゃけたったの12歳で当主の仕事をこなせる様になり得るのは王族くらいである。
普通の貴族なら親族を中継ぎの当主として立てるのだが『アガスティヤ』はそんな悠長な事を言ってられる立場の貴族ではないのだ。国の攻守の要である彼らは幼少期から王族と同等の教育をされる。――当然辺境伯も同様である。
背負う物が普通の貴族ならいいとこ家門や一族だが、彼ら国防を担う大貴族は国の将来も背負うのだ。
この中立派の伯爵はそんな事も知らないのかと、15歳の小娘であるオフィーリアは半目になった。
衛兵にドナドナされて去っていくオッサンを冷めた目で見ながら
「フンッ。後は官吏がちゃんとアレと隣国との繋がりをゲロさせるかどうかだわね」
と鉄扇の陰でオフィーリアは鼻を鳴らした後、指をパチンと鳴らす。
少し離れた場所に控えていた侍従のお仕着せ姿の青年が彼女に近寄る。
「取り調べを見張りなさい」
侍従は丁寧にお辞儀をした後で衛兵が去って行った方角へと歩いて行った。