◎旅行記をつけるに当たって ~曖昧模糊な記憶から~
※こちらは編者であるラインバッハ・アンダーソン氏が旅行記として書き留めていたものを
無許可で再編し、勝手に投稿しております。
なので、先に投稿された寓話と評されたものとは文面、趣が大幅に異なります。
氏からの抗議、訴追、やっかみがあれば削除となる恐れがあることをあらかじめご了承ください。
階段で足を滑らせたあの日の夜から、はや一週間が経った。
特に怪我をしたわけでもなく、尻餅をついてズボンを汚しただけのことだったのだが、僕にはその一瞬の出来事が長きに渡る旅の始まりであり、終わりであったと記憶している。
旅をしたはずの世界の名前は、ファンタジイド。遥かな空にぽつねんと浮かぶ大地。間近に流れる雲を眺めながら、魔法が、魔物が、まだ息をしていた不思議な場所。
何がどうしてそうなったのかはわからないが、僕はたしかにそこへ行った。酒を飲み過ぎたせいで見た幻覚ではない。あの日は家に財布を忘れたせいで、店では水しか飲んでいなかったのだから間違いない。
そうして実際に見て、触れて、歩いたはずなのだが……どうにも記憶に濁りがある。
薄れつつあるだけではなく、そこかしこに思い出せないように黒塗りにされたところがあるような気がするのだ。まるで何者かの手によって、思い出すことを妨げられているかのように。
だとしたら、取るべき措置は限られる。とにもかくにも、ファンタジイドという世界に関して覚えている事柄を、何もかも記録して残しておくのだ。
僕は、あの世界での出来事を忘れたいとは思わない。あまり良いことがあったとは言えないけれども、悪いことばかりでもなかった。そのおかげで出会えた人たちもいたのだから、なかったことにするのは非常に惜しい。
それに――こうして記録を残しておけば、何かの役に立つかもしれない。
実家の書店を店じまいし、収入の途絶えた僕にとっては、それこそすがるべき藁のようなものであり、貴重な資源足り得るのだ。
……いささかろくでもないことを書いたような気がするが、まあこのままにしておくとしよう。
なぜなら、旅行記として残すこの文書は、誰の目にも触れさせるつもりはないからだ。
仮に恥ずべきことがあろうとも、ありのままに、あるがままに記しておこう。
あるいは、僕以外の誰かに見られないことを切に願っておくことにする。
はてさて、いったいどこから書いたものか……。