うらら嬢の含羞
お久しぶりです。三条をお知りの皆様。
最近、とんと更新出来ていませんで、本当に申し訳ありません。
短いお話ではありますが、いまだに、ラブコールがやまない変態出島さんとツンデレうらら嬢の一コマをお送りしたいと思います。
龍神が、おじいちゃんが、家に来ていることは知っていた。何故って、数日前から出島さんがうるさかったからだ。家をきれいにするとか言い出して、最終的には大量の折り紙で、大量の紙輪っかをつくって、もろ和風の我が家の壁を飾っていた。ここは小学校のクリスマスパーティー会場じゃないっての。何がしたいんだろう、出島さん。
ただ、あたしとしては、おじいちゃんはやっぱり、おばあちゃんに会いに来てるんだろうなと思っていたから、ちょっと遠慮していたのだ。しかも、まだたすくには秘密にしておかないといけないらしいし。ほら、たすくは、未だに「妖怪妖怪」って、鼻の穴膨らませて興奮してるから。真っ青の肌をして、真っ青の髪の美男子が突如として「祖父だ」とかって現れたら、やっぱり一大事だろうと。その割には、出島さんがしでかしたデコレーションについて、たすくは何も聞かなかった。もしかしたら、出島さんの日頃の行いがあまりにも気持ち悪いので、多少の気持ち悪い行動では最早驚かなくなっているのかもしれない。恐るべし、出島菌。
だから、あたしの部屋の襖が何の前触れもなしに開いたとき、てっきりあの変態出島さんかと思ったの。露骨に嫌そうな顔をして、向かっていた机から振り向いたあたしは、そこに真っ青のひとを見つける。
「おじいちゃん」
「う、うらら」
驚いた声で呼ぶあたしに、おじいちゃんは何故だか狼狽えた声で答えた。
「ど、どうしたの?」
つられて、あたしまでどもってしまう。
「いや、その、あの、な」
勢い込んで入ってきた割には、急にもじもじし出すと、居心地悪そうに視線をさまよわせるおじいちゃん。苦虫を噛みつぶした顔でため息をついたかと思えば、大きく鼻から息を吸い、それからごくりとこちらまで聞こえる音をたてて喉を鳴らした。その間、両手は何を求めているのか虚空をつかんだり、着物の襟元をかき合わせたりと、つまりはとっても挙動不審。
「おじいちゃん?座る?」
その動作があまりにも情けないものだったので、あたしはそろそろと座布団を指さした。すると、おじいちゃんはやおら意を決したように顔を上げ、きりりとその端正な顔を引き締める。
「うらら。お前、あれか」
「ええ?」
「絹から聞いたんだけどよ」
「おばあちゃんから?」
「お前、その、いくつだ」
「17歳だけど」
「っかー、まだ子供じゃねえか」
「いや、そんなの、あたしも知ってるから。しかも、おじいちゃんがおばあちゃんに会ったとき、おばあちゃんは15歳だったよね?」
「絹は良いんだよ」
「何それ」
「それよかお前、17歳の小童のくせに、その、何だ」
「なに」
一向に当を得ないおじいちゃんとの押し問答に、だんだんと我慢が足りなくなってきたあたしは、ついつい、きつい言い方をしてしまう。
「お前、河童と逢い引きしてやがんのか」
「は!?」
そう言ってからあたしは氷河の塊のごとく固まり、おじいちゃんはと言えば、その年齢不詳な顔を歪めてじっと待っているようだった。
「え、な、何言って」
「絹から聞いたんだ!お前、あの出島浩平としんねこを決め込んでやがんのかっ」
「ちょっと、意味が分からないんだけど、それ」
古いよ、おじいちゃんの言い方はさ。
「だから!お前は、何だ、あの河童野郎と、ちちくりあってんのかって聞いてんだよ」
「ちちく!そんなことしてない!な、何言ってんの、おじいちゃん!ていうか、おばあちゃんが言ったの?あたしは、そんな、出島さんとは」
顔を真っ赤にして声を上げると、おじいちゃんは、しばし猜疑心の固まりのような瞳をこちらに向けていたけれど、そろそろと息をついた。目をきつく閉じて、安堵の息を吐くと、
「びっくりさせやがって。そうだよなあ、俺様の孫ともあろうお前が、河童と恋仲になるなんてよう」
「おじいちゃん、河童嫌いなの?」
「別に?嫌いじゃねえよ。好きでもねえけどな。まあ、俺様は慕われ敬われる側だからよ。それにしても、絹のやつ、悪い冗談言いやがって。お前が、出島浩平のことを好きだなんて、なあ」
「…………」
「どうした、うらら?」
そのときのあたしの顔がどうなっていたかなんて、知らない。結局、自分の顔を見るのは、自分ではないのだから。だけど、怪訝そうに眉を寄せたおじいちゃんの表情から、あたしはまるっきりのポーカーフェイスを保つことは出来なかったのだと気付く。
「うらら?」
再度、声をかけてくるおじいちゃんに答えずにいると、ややあってから、おじいちゃんは、大仰に頭を抱えた。
「うわああっ!お前、もしかしてっ!」
「お、大きな声、出さないでっ」
あの地獄耳の変態河童が、どこに潜んでいるとも分からないのに!
「う、う、うらら……、お前、ひょっとして、す、す、好いてやがんのか、あの河童野郎のことを?」
かーっと血圧が上がるのを感じる。心臓が跳ね上がって、いつもの倍の速さでどくどくと鼓動を打ち始める。きっと耳まで真っ赤になってるんだ。半ば半泣きになりながら、あたしはこくりと頷いた。
「!!!!!!!!!!!」
おじいちゃんの顔には、はっきりと『衝撃の事実、発覚』と書いてある。元々真っ青の肌が、更に青くなって、青い熱帯魚みたい。口をぱくぱくと、それこそ金魚のように開いたり閉じたりして、切れ長の瞳をまん丸にした。パントマイムのような仕草で、頭にやった両手をゆっくりおろすと、ムンクの叫びのポーズでかたまってしまう。
「う、うわぁぁぁぁぁ、き、絹~~~~!」
そう叫びながら、おじいちゃんは入ってきたときと同様、突風のごとき速さで部屋から出て行くと、廊下を走り去っていった。たぶん、おばあちゃんのとこに行ったんだろうな。なぐさめてもらうのかな……。
ごめんね、おじいちゃん。
心の中で合掌をしたあたしは、もう一度、机に向き直った。
さて。宿題を片付けちゃわないと。
と、ふいに背後から、気味の悪い笑い声が聞こえてくる。ぐふぐふと、変質的な匂いを隠そうともしないその声に、あたしの肌が粟立つ。振り返ってはいけないと、あたしの理性は必死に説得を試みるが、あたしの本能は、迫っている危険を無視出来ずにいた。下唇を噛んで、おそるおそる振り返る。おじいちゃんが閉め忘れていったふすまは、うっすらと開いたままになっていて、そこから顔半分だけを覗かせている生き物がいる。目を爛々と輝かせて、それは聞き慣れた声で呟いた。
「うふふふふふふふふふふ……。うららさんたら、照れ屋さん……」
さっきのおじいちゃんよろしく、あたしが顔面蒼白になったのは、言うまでもない。