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婚約

「クレーベ伯爵家のフェリクスさん、とおっしゃるのね」

それが彼の名前らしい。

身上書をパラパラと捲り、呆れて言う。

「あらあら、ずいぶんな“訳あり”ですこと」


経歴の始めには、クレーベ伯爵家に待望の長男として生まれ、伯爵であった祖父に跡継ぎとして教育された、とある。

だが、フェリクスが8歳の時祖父が亡くなり、その後を継いだ父親は彼が10歳の時、軽微な罪を犯した。

親戚から迎えた養子に爵位を譲ることで罪は許されたが、フェリクスは後継ぎから外されることになった。

通っていた王立の寄宿学校を11歳でやめ、アダルベルト領の学校を12歳で卒業している。

成績はその年の最優秀。

卒業後は領地にて領地経営を手伝っていたと書かれている。

現在、24歳。


「父親は犯罪者。彼は王立学校も卒業できず。学校卒業後は10年以上家に閉じこもってて何の功績もない、と。これでは、これまでご縁がなかったのも納得ですわ」

ため息をついて、こんな縁談を持ち込んだレイビックを見た。

「だからこそ、当主様とご縁ができたわけですな、ハハハ」

レイビックは黒髭を震わせて笑った。

レイビックは最近、異様に機嫌がいい。やっと婚姻の話が一歩進んだと勝手な期待をしているのだ。


「クレーベ伯爵家と我がアダルベルト侯爵家では、格が違い過ぎません?」

「クレーベは王都からは離れているが国有数の農耕地を有している、由緒正しい家です。少々格は下ですが、釣り合わないという程でもないでしょう」

「…そうかしら?」

「なにより!当主様のご希望にこれほどに合う方はそうそう見つかるものではありません。家では出しゃばらず、社交に出して恥ずかしくない青年。涼やかな外見。優秀な成績。お年は当主様の5歳上。どうです、完璧ではありませんか!」

「‥‥‥」

確かに、跡継ぎから引きずり下ろされながら10年以上家で大人しくしてるのは、出しゃばらない性格だからなのかもしれない。

外見は実際見たから間違いない。頭も良さそうだ。

細かいところはわからないけど、条件は揃ってしまっているように見える。

「フェリクスくんのお父上は、非常に謙虚な方で。婚家としての援助等は一切いらない。婚姻後はクレーべ伯爵家とは縁のないものとして考えてもらって良い、とおっしゃられまして」

「それは…我が家には良くても、フェリクスさんにとってはどうなのかしら」

結婚は家と家の繋がり。

折々の挨拶をし、領地のものを贈り合い、時に情報を共有し、下位の家は上位の家に保護される、そういうものだ。

我が家としては、クレーベ家と繋がってもあまり得を感じない。面倒の方が多そうなのでつきあいたくない。

ただ他家に入る婿からすれば、実家に頼りたい事もあるはずだ。

家を出たら縁も切って良い、とは、フェリクスは実家に本当に恵まれていない。


「伯爵家の方が縁もいらぬと言うのならこれ幸い。フェリクスくんは確かに由緒正しい伯爵家の血筋ですし、さしたる問題はないと私は考えております。様々総合的に見まして、当主様のお相手として不足はないかと」

「…そうですかしら」

レイビックの押し押しモードがすごい。

このままでは、不都合なことは丸っと無視して押し切られそうだ。

これ以上この勢いに乗せられてはいけない。

「検討はさせていただきますわね」

今日のところはお話はおしまい、そう言おうとした。

するとレイビックはなんでもない顔で、とんでもない事を言った。

「つきましては、明日、婚姻の条件等を話し合う為、フェリクスくんのお父上をこの家に呼んでおりますので」

「…は?明日?呼んでいる?」

わたくしは間抜けな顔でオウム返しした。

「詳しい話は明日直接聞いていただければと」

「‥‥‥」


レイビック列車は暴走中。



※※※



翌日、本当にフェリクスのお父様、前クレーベ伯爵が家にやってきた。

ふわふわした茶色の髪に、気弱そうな薄茶色の目。フェリクスには見た目も雰囲気も似ていない。

さぞ、レイビックに無茶を言われ急かされて、渋々きたのだろうと思いきや、こちらもかなり暴走していた。

「息子は私にはもったいないほど本当によく出来た子で、学業も優秀で学生の時には宮中のお仕事にお誘いがあるほどで、それでも領地の経営に専念したいと言いましてね、昔から領地を守り育てる事に熱心に取り組む子で、、、もちろんそちら様に行きましても、様々役に立つと思われます。何しろ息子は勉強熱心ですし、なかなか要領も良い子で、、、」

とうとうと息子自慢を語り、なんとしても婿として受け入れてもらいたい、と必死に訴えてきた。

「なぜそんなに息子さんをわたくしと結婚させたいのです?」

「それはもう、これより素晴らしいお話がありましょうか!もう、侯爵様に息子をもらっていただけるだけでっ、他に何も望みません!」

興奮し過ぎで、いまいち何を言いたいのかわからない。

恋愛結婚でもあるまいに、息子と結婚してくれるなら何もいらないとは?一体何の得があってそんなにも結婚させたいのかさっぱりだ。

まさかレイビックに脅されているのではないでしょうね?


普通婚姻前には、両家が納得出来るように、家同士で細かな取り決めを行うものだ。

揉めに揉めて結局破談になることもあるし、結論が出ないまま一年がたった、なんて話もある。

クレーベ卿の言い分は一貫していた。

なんにも受け取る気はない。こちらもなんにも出せない。結婚さえしてくれればいい。

この一点張りだった。

「いやいや、そうは言われましてもね、クレーベ卿」

レイビックがイライラを隠しきれない口調で言う。

「教会式と披露宴と王宮に参る衣装くらいはアダルベルト家の格に合わせたものを用意してもらわなければ」

「それは息子がそちらの家に入ったあとにでもそちらでご用意いただければ…」

「教会式する前に息子さんを我が家に入れろ、と?順番がおかしくないですか?ですから、支度金をお渡しするって言ってるんです」

「いえ、とんでもない、お金は受け取れません」

クレーベ卿は頭と手を同時にぷるぷる振った。

レイビックは眉を跳ね上げ黒ひげを撫で下ろした。

「では、どうするんです?着古した衣装で式に望むのですか?」

「えっと、それは…」

「王宮でもらう許可証についてはどうするんです?それぞれの家で用意しなければいけないものですが、これも幾ばくかの費用が必要ですよ」

「…そうなんですね」

「そうなんですね、ではありませんよ。あと考えなければいけないのは、、」

叔父がまるで部下を叱りつける上司のようだ。

クレーベ卿は“何がわからないのかわからない”状態になっている。

わたしは傍観だ。

このまま結婚話がなくなってくれないかしら。


しかしレイビックはさすがレイビックだった。

彼の相手から譲歩を引き出し、丸め込む技には定評があるのだ。

もだもだするクレーベ卿から少しづつ話を引き出し、問題点を探し出し、話の道筋を作っていく手腕に、わたくしも感心してしまった。


「つまり、そちらの御宅では結婚を大っぴらにしたくない。そしてクレーベ卿はお金を見ると蕁麻疹が出る体質であると、そういうことですね?」

コクンと頷くクレーベ卿。

蕁麻疹って何よ…

「それなら、我が家が使っている商店を使えばいかがでしょう。諸々のものは全て商店に出向いてフェリクスくんが用意し、支払いは我が家に回すようにすれば」

「それならば‥‥‥」

それで解決になってるの?と思うが、クレーベ卿は納得したようだ。

「ではそれは良し。次に決めねばならんのは…」

どうもフェリクスさんのお父様、及びおうちには何かやっかいな問題があるように思う。しかしレイビックはそこには突っ込まず、話を進めていく。

もしかしたら何かの事情を知っているのかもしれない。


やっぱりこの結婚はやめましょうよ、

こんな面倒な父親の息子は嫌です。

とはクレーベ卿の前で言い出せないまま。


空が藍に染まる頃、なんと、話し合いは互いの合意をもってきれいに終わった。

公平を期す為に外部から呼んでいた書士が、両家の取り決めを書類に記す。


印を押すのは、クレーベ卿、レイビック、そしてアダルベルト侯爵…わたくしだ。

そして、何故かわたくしは文句ひとつ言えず印章を押してしまった。

レイビックとクレーベ卿ががっしりと握手した。


これにて、フェリクスとわたしの婚約が成立した。

何てこと!

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