お見合い
お見合いの話が出て5日後。その日は残念ながら晴天だった。
わたくしは二人の妹たちと一緒に公園に来ていた。
ウォルバルツ教会の公園は貴族たちの憩いの場、或いは交流の場として定番の場所になっている。
見通しの良い平坦な敷地に整備された芝と掃き清められた散歩道。あちらこちらに置かれる白い天使像。そして道の外れにある六角形の屋根のガゼボ。
そのガゼボのひとつに我が家の使用人たちが朝から仕度をしたので、今わたくしの前には立派なピクニック空間が広がっている。
ひかれた絨毯の上でクッションにもたれ、ぽかぽかのお日様を浴びながらお茶をすすり、菓子を齧る。うん、悪くない。
ただし、これがただのピクニックなら!
「マルゴお姉様がお見合いだなんて、未だに信じられない気持ちですわ」
三女のレグが言えば、次女のエリーがわくわくした顔で公園を見回す。
レグは茶色いふわっとした髪を、エリーはわたくしと似た黒いくるくるっとした髪を、それぞれひと部分だけリボンでまとめて後はおろしている。
二人とも合わせたようにシフォン生地のツーピース形ドレスで、レグは淡いピンク、エリーはイエローと華やいだ色だ。
ピクニックにぴったりの、ラフで若い令嬢らしい格好である。
それに引き換え、わたくしは髪を一筋残さずしっかりまとめて、衣装はアイボリーのサテン生地のドレスにモスグリーンのボレロ、という、どこかの女官のような真面目でつまらない格好をしている。
別にめかしこむ気はなかったからいいのだけど、今日ここに来るという殿方は3人の内誰が自分のお見合い相手と思うだろうか?
「もうすぐお相手の殿方がそこの道を通るのでしょう?ああ、まだかしら?わたくし、ドキドキしちゃって!」
わたくしはしかめっ面で次女に注意をする。
「エリー、あんまり興奮すると、疲れてまたお熱が出てしまうわ。静かに過ごすお約束でしょう?」
「わかってますけど、ああ、なぜお姉様はそんなに落ち着いていられますの!?お見合い、お見合いなんですわよっ!」
「エリーお姉様、落ち着いてくださいませ。まだお約束まで時間がありますもの、体力がもちませんわよ。…ですけど、わたくしも同じ気持ちですわ」
そわそわと落ち着かない妹たちに思わず深いため息をついた。
「あなた達ねえ……。お見合いというのは、すれ違うだけなのよ?お相手があそこの道を向こうから歩いてきて、あちらへ通り過ぎて行くだけ。見た目以外、なんにもわからないのよ?はあ、なぜ世間でお見合いなんてものが流行っているのか、わからないわ」
わたくしは心から言った。
本当にお見合いなんて意味あるものとは思えない。
「ま、お姉様。見た目重要ではありませんか。怖気が走るような見目の殿方だったら、一目散に逃げなくちゃ」
「そこまでひどい外見ではなくても、お会いした瞬間、生理的に無理、と感じる殿方もいますわね。見た印象って大事だと思いますわ」
ねえ?と妹たちが顔を見合わせる。
「でもでも、もし一目でお姉様が恋に落ちるような方だったら、きゃっ」
なぜあなたたちが顔を赤らめるの。わたくしのお見合いよ?
そしてわたくしはひとめぼれなどをする質ではない。
「わたくしはね、王宮にも出入りしているから、あなたたちよりもずっと多くの殿方を見知っているの。見目がどんなに素晴らしくて、優しげに見えても、中身はわからないもの。良いこと?大切なのは中身なの。責任感とか、いたわりの心とか、誠実さとか!!」
思わず嫌な男を思い出してしまい、言葉に力が入ってしまった。
事情を知っている妹たちがなんとも言えない顔でわたしを見る。
「コホン、とにかく。別に今日お会いする方と結婚するという訳ではないの。レイビック叔父様があんまりに一生懸命でいらっしゃるから、仕方なく、お相手を見るだけはして差し上げますとお答えしただけなの」
レイビックはわたくしたちの亡くなった父親代わりを自認しているけど、父ではない。ましてわたくしが当主なのだから、結婚するもしないも決めることができるのはわたくし自身なのだ。
「わかってますわ。マルゴお姉様の理想は雲を突き抜けるほど高いのですもの」
レグがこーんなに、と手を高く上げた。
わたくしは反論する。
「そんなことはないわ。わたくし、欲深い質ではないでしょう?」
すると、エリーまでも言い出す。
「いーえ、殿方に関しては、お姉様はこの国で最も頑固な岩姫と評判ですわ」
「ま、エリー!なんてこと!」
姉妹でやいのやいの言い合うのを、時折通りがかる人々がちらりと見て、何事もなかったように去っていく。
空は青く広く、妹たちは元気で楽しそうだ。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
「ねえ、あそこ!あの方では?」
エリーが指を指し叫んだ。
「嫌だわ、エリーお姉様。あの方はお父様くらいのお年ではありません?」
「違う、違う。その後ろよ!今、天使像の横を通った」
「え!あの方?あら、本当。きっとあの方ですわ!マルゴお姉様!」
とうとう待ち人が来てしまったらしい。
わたくしはわざとすぐそちらを見ることをせずに、妹たちに注意した。
「だから、あなた達、落ち着きなさいと言ってるでしょう」
「でも、お姉様。あの方なんか、キラキラしてますよ」
「は?」
意味不明な説明に首を傾げ、妹が指差す方を見てみた。
そして道の向こうに確かに、キラキラ煌めいて見える何かをみつけた。
それはスラリとした体躯に深い青の衣装を身に纏った青年だった。
目を奪われるのは、光を弾く艷やかな髪。
「あれは、金髪?というより白金色というのかしら。見たことのない色味ですわ」
レグが目をすがめて言う。
その歩く姿の美しさは姿勢の良さと優雅な足運びの為だろうか。
公園を散歩するには少しひらひらしすぎな衣装だが、まるでこの場が公園であることの方が間違いであるように感じてしまう。
「まるで天使像のようではありませんか…」
エリーの言葉に心から同意する。
彼がこちらに近づけば、遠くて見えなかった顔の造作も見えてくる。
陶器のような白い肌、すっと整った鼻筋、淡く微笑む薄い唇。全体的に色素が薄い為か、儚くも感じる。けれど女性のようになよやかという訳でもない。明らかに男性とわかる強さのようなものも感じられた。
他人をまじまじと凝視するわたくしたち姉妹は、はっきり言って礼儀知らずだ。
それに引き換え彼は礼儀正しく視線を外し、こちらを直接見ずに近づいてくる。
白い石の散歩道をコツ、コツ、とゆったり歩き、ガゼボと道が一番近くなったところ、わたくしから十歩ほどの距離に来た時、自然な動作でこちらを向いた。
薄い茶色の瞳がこちらを見た、と思う間もなく、彼は目を伏せ、左手を胸に当て、腰を折った。
マナー本から抜け出してきたのかと思うほど、優雅で正しい礼である。
そしてすぐに姿勢を直すと、何事もなかったように体の向きを戻して、また散歩道を歩き出した。
意外に男性らしい背中の上で、ひとつに緩くまとめられた髪が揺れるのを見る。
やはり姿勢が良い。
騎士ではなくても、それなりに体を鍛えているのではないだろうか。
礼儀もわきまえているようだ、所作も美しい。
わたくしは心の中で彼を判定し評価した。
あれなら王族が催すパーティーであっても見劣りはしないだろう。それどころかあの美貌では一躍パーティーの主役になってしまいそうだ。
アダルベルト侯爵の配偶者として、彼を伴ってパーティ会場入りすれば、どれほどのざわめきがおきるだろう。
わたくしを女だからと見下す愚かな男たちを退けてくれるだろうか?
彼がわたくしを優しく、けれど頼もしくエスコートをしてくれるところを想像する。
「悪くないわね…」
無意識に小さくつぶやいた。
わたくしは気が付かなかった。
その小さいつぶやきを耳ざとい妹たちに聞かれていたことを。
そしてそれがその日の内に、背びれ尾びれをつけてレイビックのところにまで届くなんて。
気がついた時、すでにお見合いは次のステップへ進んでいた。