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プロローグ

「当主様。もう猶予はありません」

レイビックは深刻な表情を浮かべ、ずいと身を乗り出した。

わたくしはふん、と鼻で笑う。

「それほど切羽詰まる状況とは存じませんが、レイビック叔父様?」

レイビックは首を横に振った。

「いえ、もう手遅れと言っても良いほどです。1分1秒を争う状況と思ってください」

大げさな言い様にホホホと笑う。

胸を手で指し示して、わたくしの立場を思い出させる。

「わたくしはアダルベルト侯爵ですよ?望めばいつでも何でも手に入るはずですわ」


向かい合わせに置かれた椅子に座ったまま、わたくしとレイビックはにらみ合う。

レイビックは顎の黒ひげを撫でた。

「すでに他家にあるものをアダルベルトの権力でもって奪おうとおっしゃる?」

「ええ、わたくしが必要と思えば」

大言壮語という訳ではない。事実わたくしは現侯爵として、それだけの権力を持っているつもりだ。

レイビックは呆れたような目でわたくしを見た。

「当主様がそれをする日が来るとは思えませんが」

「………」

わたくしはむっとして押し黙った。

もちろん、可能だからって実際に奪ったりする気があるわけではない。

ただ、焦らなくてもどうにかなる、と言いたかっただけだ。


レイビックは少し表情を和らげて宥めるように言った。

「もちろん当主様の意を最大限に汲むつもりです。決して私の一存で事を進めるつもりはありません。ですからお望みをおっしゃってください」

ずいずいとレイビックの濃い顔が近づいてくる。ひげの先が当たる勢いだ。

「ちょっとっ、近いですわっ」

わたくしは顔を背けて逃げる。

レイビックは逃がすまいと、ガッとわたくしの肩を掴んだ。

「は、離して…」

「当主様のお好みの男のタイプは!?」

問い質された。

こんな体勢で、何て事を聞くのか。

「つ、唾が飛びましたわ!」

文句を言うが聞いてない。

「どんな結婚生活をお望みで!?」

「叔父様!」

「さあ、この叔父になんでもおっしゃってくださいますように!」

もはや椅子に腰をつけていないレイビックは、わたくしに覆いかぶさり、爛々と光る黒目がわたくしの視界を覆った。

「ひぃっ」

わたくしはとうとう悲鳴を上げ、手のひらでレイビックの顔を懸命に押しのけた。

手にむにょっと唇の感触が当たって、涙が出た。

「いやぁ!わかりました、ですから、離れてくださいませぇ」

懇願するとやっと、叔父はここら辺で許してやろうというように顔を離し、椅子に座り直した。



これほどの容赦ない手を使っても、レイビックはわたくしから、結婚についての希望を聞き出したかったようだ。

いえ、正しくは、結婚から逃げ回るわたくしから、譲歩案を引き出そうとしている。


根負けしたわたくしは、せいぜい理想を語ってやることにした。

「静かな殿方が良いですわ」

「無口なタイプがお好みで?」

「出しゃばらない、余計な口をきかない、主張のない方が良いのですわ」

レイビックは黒髭をもごもごさせたが、頷いた。

「それから?」

「もちろん社交の場ではどなたの前でも恥ずかしくない見目で、礼儀正しく、知的な会話ができる頭がなくては」

「…なるほど」

「たくましい方よりも涼やかな姿の方が好みです。けれどアダルベルト侯爵の夫として舐められるようではいけませんね」

「………ふむ」

「当然の事ですけど、夫の実家などというものに手間を取られるのは絶対にごめんですわ。派閥だとか、相応しい家柄だとかは叔父様がお間違いになるはずがございませんね」

「………うむ」

「年下は嫌ですわよ。お年を召した方は論外ですけど」

「………」

「何より大切な事は、わたくしの家の平穏を壊さないことですわ」

にっこり笑って、レイビックの目を見る。

ふふん、全て当てはまる男性なんていないでしょう?


わたくしは19歳。わたくしより年上で、上流貴族家出身という条件では、ほとんどが既婚者か婚約者持ち。

残っているのは何らかの訳ありと思っていい。

だからこそ、レイビックが焦っているわけだけど。

更に見た目が良くて頭が良くて。家では大人しく口を出さない男性。

なんてちょっとありえないと思うけど、叔父がどうしてもと言うなら探してみるといい。

そんな意地悪な気持ちだった。

しかし、レイビックはひとつ頷いた。

「わかりました。条件に合う方に心当たりがあります。早速お見合いの手配などさせていただきましょう」

ささっと手元のカバンから紙の束を取り出し、ペンを持って、わたしを見る。

「当主様、近日のご予定を確認させてください」

「へっ?」

わたくしは唖然とした。

「うそでしょ?そんな男いないでしょ?」

「当主様、言葉が乱れております」

叔父らしく注意して、レイビックは黒ひげを撫でた。

「大丈夫です、必ず理想の男を当主様の御前に連れて参りましょう。さあ、いつがよろしいでしょうか?」

レイビックの顔が、“してやったり”と勝ち誇っている。

「え、う、あ…」

初めからレイビックには勝つ目算があったのだ。理想の男性なんて、語り始めた時点でわたくしは負けていた。

会う気はないと言い張っても、レイビックは手段を選ばずわたくしの前にその理想の男性を連れてくるだろう。

どこまでもどこまでも追いかけられて、逃げられる気がしない。


……ああ!もっともっともっと条件をたくさん並べてやれば良かった!



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