お仕事4〜討伐を終え
翌朝、眠い目を擦りながらレジウス達は再び山に登る。
それもなるべくゆっくりと。
山頂の領境に近づくにつれ、山の反対側からの音が聞こえるようになる。
「あちら側が騒がしいですなぁ」
そう声を漏らす兵士達。
「フォレストランドも一応登ってきたんだな」
とレジウスが兵士の言葉に釣られるように声を発すると、
「戦闘になってそうですね」
隣で歩くジンがレジウスを見て言う。
「俺達との戦闘から逃げて、隠れてたオークがそれなりに居たんだろうなぁ。あの冒険者の死体やゴブリンの死体の匂いで、あっちに行ったんだろ。こちらはオークの死体はしっかりと回収したしな」
そう答えて楽しそうに口元を緩め、レジウスはゆっくりと歩を進めた。
オークは同種の死体でも食べるのだ。
そうして領境の山頂にたどり着き、タワラ領を見下ろすレジウス達の眼には、森の中にある少し開けた場所で、オークと戦闘中のタワラ領兵達が見えた。
怪我人を後送しつつ戦う兵士の姿には、すでに悲壮感が溢れている。
だが、ようやく残り2体まで漕ぎ着けたようた。
「援護しますか?」
と尋ねたジンに、間髪入れずに、
「する訳ねぇだろ。こっちは昨夜怪我人が出てるんだぞ。数減らしてやっただけ感謝して欲しいくらいだ」
と答えたレジウス。
「後で何か言われませんか?」
「言ってくる根性があの家にあるなら、一応聞いてはやるがな。まあその時はその時さ」
「あ、最後の一体がこちらに逃げて来ましたね。どうします?」
「任せろ」
そう言ったレジウスは、山を駆け上がりウージ側に逃げてきたオークの前に姿を現すと同時に、オークを頭から文字通り真っ二つに斬り裂いた。
その姿をオークを追って来たフォレストランド兵に見せつけるかのように。
♦︎♢♦︎♢
「兵が15人も死んだだと?」
と、報告を聞いて問い返したのは、デストナ・フォン・フォレストランド・タワラ男爵。
「はい、今朝から30人の兵を引き連れ、アツキ山にオークの様子を見に登らせたのですが、我が領側にオークが10体も居たらしく、囲まれたため戦闘に突入したようで、なんとか殲滅できたらしいのですが、15人の死者と負傷者7人との事で……」
「10体だと⁉︎ 腕利きの兵が50人は必要なくらいではないか! 昨日言っていた冒険者をちゃんと向かわせたのか?」
一段と声が大きくなったデストナに、指揮官は言い訳がましく、
「オークが群がっていた場所で、食い散らかされた冒険者の頭部を発見致しました。他にゴブリンの死体も」
と報告する。
「何故我が領地側に⁉︎ ウージ側から登るはずだろうがっ!」
「その手筈通りに命じました。途中でオークに襲われてこちら側に逃げたのでしょう。ウージ側に逃げて見つかっては、企みが露見してしまう可能性がありますから」
「それはそうだが……死亡した兵の家族への見舞金と、負傷者の治療のためのポーション費……倒したオークの魔石や肉などでは賄いきれんぞ! 大赤字だ!」
頭をガシガシと掻きながらデストナが声を荒げる。
「急ぎ調べさせた報告によると、昨夜、ウージ側でもオークと戦闘になったらしいです。一応誘導には成功したのかと。逃げる時にドジを踏んだだけで。ウージ領兵も怪我人が出ているようで有りますが、あちら側にオークが何体向かったのか、何体倒したのかまでは、現在掴めておりません。あとブラックパイン家のレジウス殿がオーク討伐の指揮官だった事は分かっています」
「あの灰色のロクデナシのイカれたムカつくガキか。絶対アイツが何かやりやがったに決まっとる! 鬱陶しい!」
「剣の腕はかなりのモノと聞きおよびますな」
「剣の腕は良いが性格が壊滅的に良くないのだ。あそこの本家であるブルーパイン子爵家と縁繋がりの有る我が家に対して、とことん言動が良くない。ブルーパイン子爵家から注意してくれと頼んでいて、実際注意してもらってはいるが、あのガキはいっこうに態度を改めん。あのガキのことだ、逃げるオークをこちら側に追い立てるくらいはやるだろう。まったく忌々しい」
デストナが忌々しげに、吐き捨てるように言ったのだが、確かにフォレストランド家は、ブルーパイン子爵家へ過去に何度か娘を妻として送り出しており、ブルーパイン家とは親戚にあたるのは間違いない。
「抗議しますか?」
「やるだけ無駄だ。アイツは聞きもしないだろうしな。逆に難癖つけてくる可能性もある」
「まああの家は抗議などでは、そうそう折れませんしな」
「当主のレナード殿も、かなりの曲者だからな」
「ブラックパイン男爵家は、皇国七家の一つですからな……」
皇国七家とは、皇国の貴族の中でも重要な役割を担う家の事である。
サンライト皇国には現在、公爵家が2家と侯爵家が4家に伯爵家が8家あり、その下に子爵家が33家と男爵家が88家もある。
その中で、外務、内務、自衛軍と帝国軍に司法庁や監査局に関する重要な役目を任されている7つの家があり、その役職に任命されている貴族家を皇国七家と呼ぶ。
その中のブラックパイン男爵家だけは特殊で、暗部といわれるあらゆる事柄の調査と刑の執行を、内密でおこなう部署の局長を開局当初より歴任していて、皇国七家の中でも特別な家となる。
いや、400年前にブラックパイン男爵家のために六家だったのを、時の帝が七家にわざわざ増やしたのだ。
現在の帝からの信頼も厚く、たかが男爵家なのにもかかわらずブラックパイン男爵家当主の発言力は、伯爵家にも引けを取らない。
それ故に、ブラックパイン男爵家の本家にあたるブルーパイン子爵家が、虎ならぬ分家の威を借る狐とばかりに態度がデカイので、各貴族家からひんしゅくをかっているのだが、現ブルーパイン子爵家当主はその事に気が付いていない。
ちなみに、現在皇国自衛軍の将軍職は、レッドパイン伯爵家当主の、ダルム・フォン・レッドパイン・ケースリバー伯爵が就任しているので、俗に言うパイン三家のうち2家が皇国七家に名を連ねている。
自衛軍とは、皇国の国境と皇室を護り、都の治安維持に努める軍であり、各貴族家の領兵は、領地の治安維持と領地を守るのが務めである。
そして皇室には多数の宮家と呼ばれる家がある。
皇国では妻は一人と決められているため、側室を持つ事はできないので、過去の帝の兄弟達いわゆる親王達は帝より宮家を起こす事を許され、帝の血筋を保持する事を目的として、宮中にて生活している。
なお、皇国では後添えや養子は認められている。
しかし宮家は帝の血を残すのが目的のため、養子が認められていない。
つまり、その宮家に男児が産まれなければ、その家は絶えることになる。
過去に多くの宮家が生まれては消えていったのだ。
レジウスが分家の分家の息子などという、ややこしい立場にいるのは貴族達も血筋を残すために分家をつくるからだ。
まあ、その分家が貴族になれるかどうかは、分家の働きが帝に認められる必要があるのだが。