暴走と顛末
「さて、真実の水晶をここへ」
帝の冷たい声がホールに響く。
事前に用意されていたのだろう、すぐに帝の前に運び込まれた真実の水晶。
直径60センチほどの、青い水晶。
それが腰ほどの高さの台の上に、絹の布をクッションのように加工された、見るからに高価そうな物の上に、しっかりと鎮座している。
「リーナよ、この水晶に触れながら先程の話をもう一度せよ」
そう命じた帝の言葉は、とても重いものだ。
真実の水晶は触れて話した者が話した内容が、嘘だった場合に変化が起こる。
つまり先程帝に話した内容が仮に嘘だった場合、帝に対して嘘を吐いた事になる。
その罪は計り知れない。
リーナは立ち上がり、真実の水晶の前まで歩を進め、右手のヒラを水晶に添え、ゆっくりと、それでいてハッキリと先程述べた言葉を一言も違えず繰り返した。
その間水晶に何も変化が無かったを見届けた帝は、
「ふむ、リーナよ下がってよい。次は伯爵だ。リーナと同じように触れて話せ」
と命じた。
何かを言いかけた伯爵だったが、言葉を飲み込み立ち上がって水晶に触れ、自分の正当性を主張したのだが、
「赤だな」
そう言った帝の言葉通り、青い色だったはずの水晶が赤に染まった。
真っ赤な嘘だと言わんばかりに。
「赤になったからと言ってなんだというのですか! こんな小娘と伯爵である私、どちらが帝国に必要かは明白でしょう!」
伯爵がそう叫ぶ。
この男は帝がリーナの名前を憶えているという重要性に、未だに気がついていない。
「ああ。お前は必要ない」
そう言って伯爵の言葉を切って捨てる帝。
「なっ!」
と声を漏らした伯爵を無視して帝は、
「ナーラ国は何故このような者を伯爵にしたのだ? ガリウス・ディス・ラーナ」
自分から近い場所に座っていた男に視線を向けて言った帝。
自分より確実に年老いたラーナ国の王であるガリウスが、額から汗を流しながら、
「この者の領地で金山が見つかりまして……」
と言葉を絞り出したのだが、
「金か。確かに重要ではあろうが、管理するのがこのような者ではなぁ」
と横目で伯爵をチラリと見て侮蔑の視線を向けた帝。
だが、その視線に耐えきれない愚かな男は、
「さっきから私の事を馬鹿扱い……いかに帝と言えども許せん! 死ね! ファイアランス!」
そう言って驚くべき速さで魔法攻撃を仕掛けた。
それは帝の護衛が咄嗟に動けないほど速かった。
利己的で欲に忠実な馬鹿ではあったが、腐っても貴族。
魔法の実力はかなり高かった。
帝に向けて放たれたファイアランスが、帝まであと1メートルに迫った刹那、
「収納!」
とレジウスが発した言葉と共に消失した。
「へ? 私のファイアランスが消えた? なぜっゲェ!」
そう言っていた伯爵は言葉を最後まで発する事が出来なかった。
何故なら、レジウスの左の手刀が伯爵の喉を貫いていたからだ。
伯爵の首の前、喉仏の部分から入り込んだレジウスの左手は、伯爵の首の後ろから指を生やす事に成功していた。
当然首の骨も砕けているだろう。
ゆっくり左手を抜いたレジウス。
その場に音を立てて頽れる伯爵とその場の床に拡がる、赤い血溜まり。
それを見ても動じぬ者、口元を押さえる参列していた貴族の一部女性と、顔を青くするとある国の貴族達に、額に手を当てて天井を見つめる者。
反応は色々だったが、
「レジウス、誉めてつかわす」
帝の言葉により宮殿のホールを血で染めるという不敬を許されたレジウス。
「いえ、陛下なら私ごときが手を出さなくてもご無事であった事でしょう。差し出がましい事を致しました、お許しを」
そう言って膝を突き頭を下げたレジウス。
「いや、それでも私の命を守ってくれたのだからな。さてラーナ国は私に……いやサンライト皇国に対して戦を仕掛けたという事でよいか?」
レジウスを見つめた帝の眼には、優しい光りが宿っていたように見えたのだが、その後のラーナ国貴族達に向けられた眼には明らかに殺気が篭っていた。
「め、め、滅相もありません! このバカの暴走です!」
ラーナ国の王は突然の最悪の事態に顔面蒼白で、テンバりながら声を発する。
「このバカの手綱をしっかりと引けていないお主の責任だと思うが?」
「くっ! 陛下と皇国にお詫びと、それ相応の賠償を致します。それでどうにか!」
と頭を下げたラーナ国王。
そこに頭を下げたままのレジウスが、
「ふむ、では陛下。そこのバカが見つけた鉱山の管理、それと売り上げはサンライト皇国がするというのはどうでしょう?」
と言った。顔を伏せているので周りからはよく見えないが、ニヤニヤ笑っているレジウス。
「ぐぬぬ」
などと、とても国王が口から漏らしてはいけない音を発したラーナ国王。
「金山が見つかったからこんなバカが湧くのでしょう? つまり金山が今回の元凶! 元凶をそのまま陛下に差し出せばよいのでは?」
ラーナ国王の方など一瞥もくれず、控えたままの姿勢のレジウスが追い込みをかけていく。
「陛下、それでこの件のお詫びとなりましょうか?」
ラーナ国王は一刻も早くこの事態を終わらせたい、その思いだけで自国の金山を手放す事を決断してしまう。
「ふむ。では金山の利権ともう一つ」
と帝が言うと、
「なんでしょうか?」
と不安げなラーナ国王。
「園遊会では派手なアクセサリーをしてこないという暗黙の了解があるはずだが、それを貴国で徹底させよ。お主の妻も含めてな」
と、前回の秋の園遊会でのラーナ国王妃の行いに、釘を刺した帝。
「ぎ、御意に」
口元を緩ませた帝は、
「では、ラーナ国への処分はこれにて終わりとして、レジウス・フォン・クローム」
とレジウスに視線を向けた。
「はい陛下」
「此度の私の命を救った褒美として、そちに子爵の爵位を与える」
との言葉にザワザワと騒がしくなるホール。
準男爵のレジウスがいきなり子爵だと言われたのだ。無理もない。
「あ、ありがたき幸せ。我が剣は陛下の為に」
この場ではレジウスにこれ以外の言葉を発する事は出来ない。
「では、今日の催しはこれにて終わりとする」
そう言葉を残してホールから退場した帝。
「金で良かったのになぁ」
とこぼしたレジウスに、
「こら!」
とリーナが小さく叱責した。




