レジウス、家を出る
ある日のこと。
「レジウス」
と声を発したのは、ブラックパイン男爵家の屋敷の執務室のソファに座る、少しタレ目のイケオジ、いや、ちょいワルオヤジのような男。
細身の身体だが、服の上から見ても鍛えられているのが分かる。
「はい、父上」
と答えたレジウス。
そう、ブラックパイン男爵家の当主である、レナードである。
レインを大人にして、経験値を積めばこうなるだろうという姿である。
クリソツだ。
「家を出る決心は変わらんか?」
正面に座るレジウスに対して、低い声で尋ねたレナード。
「変わりませんね。レインがブラックパイン男爵家を継ぐ訳だし、私は好きに生きようかと」
「自衛軍に入軍する選択もあるが?」
「父上、私は自由に生きたいのですよ。もちろん家の窮地がもしあるならば手を貸しに来ますが、ブルーパインのジジイから口やかましく言われるのはもう嫌なんですよ」
「言われても気にせん癖によく言うわ。だいたいブルーパイン子爵家からの横槍など、私がどうにでもするんだがな」
と言ったレナード。
事実、ブルーパイン子爵家からの横槍は、レナードがブルーパイン子爵家の顔を立てるフリをしつつ、口八丁で誤魔化していた。
「父上の手を煩わせるのも不本意ですので」
「まあ良い。コレを渡しておく」
そう言って机に2つの物を置いたレナード。
「魔力ペンと……皇国貴族印の入った短剣ですか……準男爵の爵位は断れないんですかね?」
そう言って手に取った短剣を鞘から抜いたレジウスの眼が、刀身の根元にある帝の印を見て、若干細くなる。
「帝から直々にお預かりした。意味は分かるな? 返却など出来るはずもないが……動揺せんのだな」
声のトーンを落として言ったレナードに、レジウスも静かな口調で、
「世の中には……余計な事をわざわざ教えてくれる、善意を騙るクズが多いのですよ。仕方ないのでお受け致します……が、家を出るのは変わりませんよ?」
と答えた。
「知っていたのか……家を出て何処に住むつもりだ?」
「貯めてた金でウージ川の支流のホワイト川の近くに、ボロい一軒家を買いました。そこで暮らしますよ」
「初耳だぞ? ちゃんと場所を報告しろ」
「レインには言いましたよ?」
「アイツはお前の背中を見て育ったから、変に報告をサボる時がある」
「まるで私がサボり魔みたいな言い方ですね」
「違うとは言わさんぞ? 先日の6500万ダラスの件、私は帝から聞いたのだぞ?」
と、レナードが眉間に皺を寄せて言う。
レナードは帝と貴族学院の同期であると同時に、良き友人でもある。
プライベートでは愛称で呼び合うほどの。
「ありゃ」
「ありゃじゃないわいっ! 全く」
「フォレストランドとブルーパインがイチャモンつけてきたから仕方なかったのですよ」
「まあ、その件はもう良い。あと何か欲しいものはあるか?」
「ジンを近衛として取り立てるように、裏から手を回して下さい」
ジンは先日、レジウスより数日早く騎士爵に任命されて、領軍の職を辞して自衛軍へ入軍していた。
ブラックパイン男爵家の発言力ならば、融通が効くのだ。
「陛下に頼めば可能だが、お前は自衛軍には行かないのだろう? 近衛になれば拘束されることも多いが、一緒に行動しないつもりか?」
「ジンは俺にも自衛軍にと言いましたが、私は国の兵士となるつもりはないと説得しました」
「お前とジンは乳兄弟だからな。まあ優秀だし私が帝に頼まなくても近衛になれそうだがな。まあいいだろう。で、家名はどうするのだ?」
レジウスの母親は、レジウスを産んだ時に他界したため、ちょうどジンを産んで1ヶ月だったジンの母親(当時ブラックパイン家のメイドであり、現メイド長である)から乳を貰っていたのだ。
なので、レジウスとまともに会話ができるのが、メイド長だったのだ。
それゆえに、レジウスとジンの絆は固くレジウスが一番信用できる友人というか、部下はジンであった。
またジンも、レジウスの事を仕える家の子息だという思い以上に、どこか弟のようにも思っていたので、一緒に自衛軍に入ってレジウスに一緒に行動しようと言い出していたのだが、レジウスはそれを良しとはしなかった。
そして家名の件だが、家を出て新たなる準男爵となるにあたり、ブラックパインを名乗る事が出来なくなるので、家名が必要になる。
これは騎士爵ならば、家名を名乗るも名乗らないのも自由なのだが、貴族家出身の準男爵では家名を名乗る事を義務付けられている。
「クローム……レジウス・クロームと名乗ります。明日、家を出てそのまま都の役所に向かって申請しますので、その旨書状をお願いします」
「クロームか……承知した」
レジウスはソファから立ち上がると、
「では、あ、部屋にある物は持って出ても良いですよね?」
と許可を求める。
「かまわん。お前があれこれ改造した物など、誰も使わんだろうからな」
「ありがとうございます。ではおやすみなさい父上」
「ああ、おやすみ」
レジウスが退室した後、執務室に一人残されたレナードは、
「父上か……本当は……今更か……」
と小さく呟いた。




