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キスと別れ




「そんなもの出せる訳がないっ! 出せたなら土下座でもなんでもしてやるわっ! 出せなかったらタワラ領にワザとオークを誘導したと認めて貰って、賠償金として金貨50枚、5000万ダラスを払って貰うからな!」


 イアンがソファから立ち上がり、ツバを飛ばしながら叫ぶ。


「いいぜ、じゃあ出ろよ」


「ふん! オーク30体など入る訳がない!」

 

 と自分を納得させるかのようにイアンが声を漏らすのだが、


 ドン! と出された一体のオークを見て、


「一体だけなら辛うじて入れられるようだな」


 と言ったまでは良かったのだが、


 ドン! と二体目を出され、


「ちっ、私より容量が多いのか……」

 

 と少し悔しがり、


 ドン! と出された三体目には、


「えっ……」


 と、言葉を失い、


「そんな……」


「まさか……」


 などと、目の前で起きた出来事を否定する言葉が漏れ、次々と出されて並べられるオークの骸に、


「そ……そんな……バカな……」


 そう言いながら頭を抱えるイアン。


 そのイアンに、


「ほら、ちゃんと30体あるか数えていいぞ。30体有ったときはどうなるか分かってるんだろうな? 謂れのない言い掛かりをつけられ、侮辱されたと言いふらしてやる」


 と追い詰める言葉を投げつけるレジウス。


「そ、そんな事すれば連名されているブルーパイン子爵家の次男、ケビン殿の名にも傷が付きますぞ!」


 と反論するイアンだったが、そもそも空間魔法で収納していた30体のオークが、今回の戦闘での成果なのか証明しろと言われたら、レジウスには証明出来ないのだが、巧みに論点をずらしたレジウスは、悪どいと言えるかもしれない。


 また、先に連名とあったが、これは魔力ペンで書名してあった。

 魔力ペンとは、魔力のある者にしか使えず、人によって魔力の波形が違うため、使った個人を特定できる魔道具である。


 貴族の名を騙って書名する詐欺の防止になるため、魔力を持つ貴族ならば成人した時に親から魔力ペンを贈られるのが、この国の伝統である。


「ブルーパインのジジイには嫌われてるから今更だな。ケビンの名を貶めてやれるならば、あのジジイは悔しがるだろうな。いい気味だぜ。ここにレッドパイン伯爵家の御令嬢リーナ様も居るから、今回の件は今更誤魔化せねぇぞ! おら! さっさと数えろよ!」


 とイアンを急かすレジウス。

 しぶしぶ数え出したイアンだっが、何度数えてもキッカリ30体あるオーク。


「おら、早く土下座しろよ!」


 そう言いながら亜空間から椅子を出して座るレジウス。


「こんなはずでは……」


「早く膝をつけよ、土下座は自分で言い出したんだろうが! 貴族なら言った言葉はちゃんと守れよ、このノロマがっ!」


 そう言って極小のエアバレットをイアンの腹に叩き込むレジウス。


「グハッ」


 と息を漏らしたイアン。

 威力が少ないために吹っ飛ぶ事はなかったが、体をくの字に曲げて痛がる様子に、レジウスは満面の笑顔である。


「疑って申し訳ありませんでしたと言えよ!」


「うう……うわぁああ」


 レジウス目掛けて拳を繰り出すイアン。


 レジウスはそれを椅子に座ったまま、イアンの拳が届く前に、イアンの顔面にヤクザキックをかますと、立ち上がって仰向けに倒れたイアンの股間に渾身の蹴りをかました。


 何かがグシャリと潰れた音とともに、黄色い液体が漏れ出る。イアンは口から泡を吹いて気を失った。


「リーナの作った鉄板入りブーツの威力すげーな。しかし謝罪も出来ねえのかよこの豚。五千万ダラス、金貨50枚吹っかけたんだ。言葉や態度だけで済むと思うなよ?」


 リーナの顔を見ながらレジウスが言うと、リーナはレジウスの履いているブーツを見ながら、


「安全靴仕様って、けっこう使えるわね。レジウス、この後どうするつもり?」


 と、問いかけた。


「アンゼングツ? レーナはたまに意味わかんねぇ事言うよな? まあそれは置いといて、決まってんだろ。キッチリ同額請求してやるさ」


「ふーん。さて、面白い見物も終わったし、お父様への土産話も出来た事だし、そろそろ行くわ。最後にあなたの顔見れて良かったわ」


「最後?」


「私……結婚が決まったのよ」


 レジウスの眼を見つめながらリーナが言う。


「用事ってそれか……そうか……おめでとう……でいいんだよな?」


 と尋ねたレジウスの表情は複雑そうだ。


「ザコディリス侯爵家だってさ」


 皇国の西側にあるノースセツ国の侯爵家であり、サンライト皇国との国境を接する領地を治めている、裕福な貴族である。


「金持ちなのは間違いないが、あそこの新当主、少しばかり気が弱いと噂だな。いつも母親の陰に隠れてるとか」


「そうなのよねぇ。わざわざサンライトの都まで迎えにきたのよね。断りたいけど貴族の娘に生まれたからには、好きな人と結婚するなんて夢のまた夢だし諦めてるけどさ」


「うちみたいな男爵家ならまだ許されるけど、伯爵令嬢ともなると、なかなか許されないだろうな」


「軟弱男だったら殴っちゃいそうで怖いのよね」


「もし殴っちまって追い出されたら、その時は俺が貰ってやるよ」


「傷モノの女を?」


「そんなの気にしねぇし、だいたい俺と結婚してくれるような女とか、絶対現れねぇから俺はずっと独身だろうし、いつでもどうぞ」


「そうなった時は頼むわね。じゃあ元気で。もしかしたらパーティーなどで顔を見る事はあるかもしれないけれど、話が出来るとは思えないしね」


 そんなこんなで、どこか寂しそうな顔をして、リーナは馬車に乗りこむと、


「レジウス、ちょっと来て」


 と手招きしてレジウスを呼ぶリーナ。


「なんだ?」


 と馬車に近づくレジウスの手を掴んで、グッと馬車の中に引き寄せたリーナは、


「ファーストキスはレジウスにあげるわ」

 

 と言うと、


「え?」


 と声を漏らしたレジウスの唇を奪ったリーナ。


「じゃあね」


 唇を離したリーナのその口から発せられた別れの挨拶は、至極簡単なものだった。


「出して下さい」


 マチルダの声と同時に馬車は動き出す。


 都に向かったリーナの乗る馬車を、呆然と見送る事しか出来なかったレジウスだった。



「お嬢様」

 

 とマチルダが何か言おうとしたのだが、


「マチルダ。お父様の言い付け通りに嫁ぐ私に、これくらいの反抗は許されても良いでしょう?」


 とリーナがぷいと顔を背ける。


「見なかった事にしておきます」


 そう言ったマチルダの顔は、どことなく嬉しそうだった。





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