夕暮れ
新作になります。
書けなかった時に思いついた話になりますので、それなりにストックはありますので、今日は連投します。
茜色に染まる夕暮れ空の下、のどかな茶畑が広がる田舎の町。
初夏の太陽が西の山に僅かに隠れる。
道ゆく人は農作業の帰りだろうか、背中に収穫したであろう作物の入った籠を背負い、土と砂利のままの悪路を歩き家路を急ぐ。
町にはレンガや木の板で建てられた家がまばらに並び、それらの家の隣に建てられた牛舎で牛が藁を喰む。
そんなのどかな町に似つかわしくない音が、とある山の麓の森に響く。
{フギュアアアアッ!}
それは音というよりは声、だがとても人とは思えない声、獣の鳴き声といったほうが近いだろうか。
その鳴き声の主は、人のような姿形ではあるが、身の丈2メートルを大きく超えるその身体の持ち主は、実際に人ではなかった。
二足で立ち全身にこびりつく土汚れと、頭部というか顔の中央にある低く大きな鼻と下顎から剥き出しで生えている牙、それとでっぷりと突き出た腹の下側、生殖器の周りにだけ生えている剛毛。
それはオークと呼ばれる凶暴な魔物であった。
それが田舎町の、とある山のふもとに3体も出没したのだ。
普通ならば、例えるなら他国であれば森の奥深くに居るはずの魔物であるのだが、それが町中の山のふもとのわずかな範囲の森に。
そしてその場に向かって駆ける馬が4頭。
いや、3頭は普通の馬だが、1頭は馬のような大きさではあるが、馬ではない。
黒い身体は艶々していて綺麗なのだが、体毛が無い代わりに鱗がある。
口元に見える歯が馬のそれとは違い、大きな牙であるし、何よりも特徴的なのは、その生き物の額から伸びる薄いブレードのような1本の角。
それは馬ではなく、肉食で凶暴な魔物であった。
たとえ魔物であったとしても、人馴れして家畜化されるような魔物もいるが、この魔物は種類としてはブラックウルフドラゴンと呼ばれる、狼のような体型ではあるが爬虫類のような鱗を持つ、大別すると地竜と呼ばれる地を駆ける立派な竜の1種である。
普通ならば、人に馴れるような魔物ではないのだが。
オークを視界に捉えたのだろうか、
「ジン兄は、右のヤツねっ!」
そう叫んだのはブラックウルフドラゴンに股がる普人種の少年。
灰色の頭髪に青い瞳、身長は160センチに僅かに届かない。
細身の身体は鍛えてはいるのだろうが、筋肉隆々とは言えないだろう。
その顔付きは、少年の内面を現すかのような性格の悪そうな顔をしている。
いや、捻くれていそうと言うのが正しいだろうか。
それぞれのパーツは整っていると言ってもよいと思うが、一重瞼の細くわずかに釣り上がった眼つきは険しい。
その眼つきには、誰もが恐怖を感じそうな顔である。
それに少年が装着している緑色をした革鎧も、恐怖感を持たれる一因だろう。
兵士の着る軍服とは少し違うが、それに似た服装の上に、明らかに蛇の皮だと分かる鱗のついたそれを、丁寧に革鎧に加工してあり、左肩には蛇の頭部がまるで生きているかのような迫力で装着されている。
それもただの蛇ではなく、倒すのが難しいと言われている毒蛇の魔物、グリーンツリーヴァイパーのものであると思われる。
が、頭部から1本の角が生えているなど、多少の違いが見て取れるから亜種の物なのかもしれない。
「分かったっ! だがあと2体はどうする?」
少年の隣で馬に乗る、ジン兄と呼ばれた赤い頭髪の普人種の少年が、少し大きめの声で問い返す。
体格は先ほどの少年よりも少し大きいだろうか。
顔立ちなどは全く似ていない。それもそのはずで兄と呼んではいるが、兄弟ではないのだ。
こちらの少年は灰褐色のゴツゴツした革鎧だ。
おそらくウォータードラゴンの皮であろう。
胸の目立つ部分にはどこかの家の家紋だろうか、三日月にナイフというモチーフのものがクッキリと焼印なされている。
その少年の左腰にある短剣と長剣が、存在感を発揮している。
「エリックは左、カイは真ん中」
そう言った灰色の頭髪の少年に、
「まてまて!そりゃ無理だ」
「俺たちは一人でオークは倒せんし」
と言われた二人が拒否した。
「え〜」
「てか、坊ちゃんサボりじゃん」
「坊ちゃん言うな」
「いや、事実だし」
「仕方ない。数十秒で良いからエリックとカイは左を! 俺が真ん中を潰すまでだからよっ!」
「おう!」
「了解!」
どうやら納得したようだ。
この二人は少年とは言えない。青年であろう。
先ほどの少年とは違う、おそらくオークの物であろう茶色の革鎧に身を包んでいるが、同じモチーフの焼印のある鎧だ。
それにこの二人は普人種ではない。
総称では獣人と呼ばれる、身体能力に優れた種族だ。
そうしてオークから少し離れた場所で、四人は地面に降り立つと、
「馬を守っててくれな」
そう言って、ブラックウルフドラゴンの顔を撫でる灰色の頭髪の少年。
ジンと呼ばれたイケメン少年は、赤髪を揺らしながら右に居たオークを他の二体から引き離すかのように、腰から抜いた長剣で攻撃を加えては、少しづつ後退していく。
それに釣られるかのように、一体のオークが少し離れた。
エリックとカイと呼ばれた体の大きな青年二人は、連携を取りつつ、左のオークに攻撃を仕掛けていく。
エリックは熊の獣人で茶色の頭髪の隙間からひょっこりと丸めの熊耳が出ている。どことなく愛嬌のある顔立ちをしている。手に持つのは槍である。
カイは狼の獣人で銀色の頭髪から三角形の犬耳が、いや狼耳が出ているがイケメンと呼ぶ事に否定する者はいないだろう。武器は両手剣だ。
獣人とは、獣の特徴を体の一部に有する人種の事である。
側頭部ではなく頭の上に耳があったり、尻尾があったりなど様々ではあるが、パッと見では普人種とそんなに違いがあるわけではない。
そして、三人に指示を出していた少年は、中央にいるオークに普人種とは思えないような速さで走り寄る。
少年はどこからか鞘に入った片手剣を取り出し左手に持つと、右手で鞘から剣を抜きざまにオークのでっぷりと剥き出しの腹を斬り裂くべく、手に持つ片手剣を左側から横凪に振るう。
そもそもオーク3体に4人で挑むなど、正気とは思えない行動である。
通常ならば、よく鍛えられたベテラン兵士5人程度でオーク1体に当たるものだ。
それでも怪我人が出たりするのがオークという魔物なのだ。
それなのに若者4人で3体も相手をするというのは、少年たちは腕にそれなりの覚えがあるのだろう。
少年が斬りつけたオークの右脇腹から、赤い血液が噴き出す。
血液だけではなく、腸だと思われる臓器もこぼれ出てきた。
猪の鳴き声に似た声で、痛みに対しての苦痛なのか、はたまた斬りつけた少年に対する威嚇なのかは分からないが、吠えながらオークはその傷を右手で押さえる。
「ちっ、浅かったか! フンッ!」
少年はそう言いつつ、再び右手に握る剣をオークに向け振る。
いや、今度は突きであった。
オークが痛みに片膝を突いていたこともあり、少年の剣はオークの胸の中心部に刺さった。
オークの口から血液が溢れ出る。
そんな事気にした様子もない少年は、スッと剣を引き抜いて、
「エリック! カイ! もういいぞ!」
と振り返って声をかける。
その背後で片膝を突いた状態だったオークがゆっくりと前のめりに倒れた。
少年の声に反応して、エリックとカイは素早く少年の下へと戻ってくる。
ジンが相手にしていたオークを見ると、所々から出血しているが、致命傷には至っていないようだ。
「ジン兄、魔法使っていいからそろそろ仕留めて。魔法アリなら普通に倒せるだろ?」
薄ら笑いの少年がジンにそう言う。
「了解! もちろんだ、レジウス」
そう言って笑みを見せ、もう一体のオークに向かうジン。
少年の名はレジウスというようだ。
{ブモォオオオッ}
先ほどまでエリックとカイが相手をしていたオークが、鳴き声を上げながら前傾姿勢で、レジウス目掛けて走り迫るが、それをスッと左に避けたレジウス。
「今朝のウォータードラゴンもそうだったが、イノシシ野郎もちったぁ頭使えよっ!」
そう言ったレジウスの剣は、既にその右手に無かった。
何故なら突進してレジウスとすれ違ったオークの額に、すでに突き刺さっていたからだ。
オークの重たい体が地面に頽れる。
額に刺さった剣が、オークがそのまま前のめりに倒れるのをつっかえ棒のように邪魔をし、上半身を少し捻るように横向けにゆっくり倒れた。
それを確認した後、倒れたオークに歩み寄り、その額から剣を抜き取ったレジウスは、ジンの方に視線を移す。
それは、ジンが相手をしていたオークの胸に炎の槍が突き刺された瞬間だった。
オークの断末魔の叫び声が、森の木々に木霊する。
ここはウエストサンライト帝国内にある、サンライト皇国。
その中でも、のどかな田舎町であるウージ領の山のふもとの森。
この物語は、そのウージ領から始まる。
昼過ぎに2話目をあげます。