『家族』のおはなし
全員が座ったのを確認して、オレの方を見ながら父が話し始めた。
「私と母さんが出会ったのは、大学の学祭だ。 私が友達と歩いていたら、突然後ろから服を引っ張られたんだ。 驚いて振り返ったら、同じ様に驚いた顔をした母さんがいた。」
父が、いつもの様にゆっくり話し始めた。
どうやら母は、大学に通っていた兄と、その年のテーマだった「仮装」をしていて、それが某アニメのおじいちゃんと孫だった。
母は孫の仮装をしていて、兄の方はおじいちゃんの仮装。
なぜ、その仮装だったのか?と聞いたら、
ただただ好きだったの。 お陰で、おばあちゃんとは話題が尽きないのよ?
と母が笑った。
その兄を見失い、探しているところに、兄が仮装していたキャラクターと同じ名前が聞こえたから、兄かと思い服を引っ張った、と慌てた母に説明をされ、間違えて申し訳ないと謝られた。
父はと言えば、服を引っ張ているのが自分の理想に服を着せたような子だったから逃す手はない、と一緒に兄探しを手伝った、恩を売る下心で。
ありがたい偶然で、母の兄は同じゼミの先輩だったので、ほどなくして見つかった。
その後、母を食事に誘い、何度かデートを重ね、交際を申し込んだ。
付き合いは順調で、2年程経った頃、子どもができた。
すでに新人作家として、細々とではあるが稼いでいた父は、そのままプロポーズ。
結婚をした。
その時の子どもが、陽菜。
幸せな家庭、そのままな日常。
だが、陽菜が3歳の頃、母の病気が発覚。
その病気で、子どもが出来ずらくなった。
「母さんは落ち込んでね…。 だが、私は家族3人でも十分だった。 というより母さんがいてくれれば良かった。 それは、今も変わらないな。」
母を見ながら父が言うと、それに応える様に母も微笑んだ。
だが、それから数年後、陽菜が兄弟を欲しがった。
当時、よく寝る前に読んでいた本。
お城で王様と沢山の妃と沢山の子ども達が出てくる話。
それを見て、家族がいっぱい欲しいっ!と、何度も何度も、何日も言い続けた。
今考えると完全に一夫多妻制度採用本で、すごく嫌。 なんで好きだったのかわからない。と苦い顔をして陽菜が言う。
そんな陽菜に苦笑しながら、前の彼氏が陽菜と別れてすぐ他の子と付き合ってたみたい。 二股疑惑で、今軽く男性不振中。と菜乃香が付け加えた。
複雑な表情で少し笑った父が話に戻す。
「子どもの望みはできるだけ叶えてやりたいが、こればかりは難しい問題だった。 陽菜に諦めてもらう事も視野に入れつつ、解決策を模索している矢先に、児童養護施設と養子縁組という制度を知ったんだ。 新作小説のネタ用にと、編集の人が置いて行った沢山の資料の一つに入っていた。 …神様がやれって言ってると思ったよ。」
それからの行動は早かった。
まずは母に伝えたが、母は当初、戸惑ったらしい。
「その時は、出来ずらくなった私を責めてるように感じたの。 …なにより病気になった自分を、自分で責めていたんでしょうね…。」と当時を思い出してか、少し伏し目がちに母が言う。
父は母に説明と説得。 さらに、それぞれの両親の説得に、陽菜への説明。
陽菜本人は、家族が増えると言うと一も二もなく喜んだ。
早速、養護施設へ行った。
人一人の人生にかかわる事だ、行政の手続きだけで大変だった。
今まで、小説しか書いてこなかったのが祟ったよ、と父が笑う。
「だが、今日か明日かと、目を輝かせている陽菜を考えると頑張れた。 早く家に迎えたいと気が急いてたのは否めない、うちに来ることになった菜乃香の気持ちを考える事が疎かになっていた。 菜乃香がうちに来た日は、今でも覚えてるよ。」
小さな、小さな声で名前を教えてくれて、続いて「よろしくお願いします。」とペコっと頭を下げられた。
今考えると、大人にそう言えと言われていたのかもしれない。
陽菜が10歳、菜乃香が5歳だった。
当初、全く慣れてくれず、苦労した。
「わがままを言ったり、暴れたりしたの?」
と聞くと、父は静かに首を振った。
「そんなの心を許してくれている証拠だ。 それに、言ってくれれば理解もできる。 逆だよ、何も言ってくれなかった。 それなのに、こちらが一度頼んだ事はその通りにするんだ。 朝の挨拶や、ご飯の食べ方までね。」
「え? すごい良い子じゃん。 何がダメなの?」
「良い子だから駄目なんだ。」
言い切った父に意味が分からず、首をかしげた。
「それでは家族になれない。 …はやては、今の菜乃香を見てどう思う?」
父の問いに、少し考えた後
「…声が大きくて、よく笑う。」
と言うと
「そうだね。 でも、当時は全く笑わなかった。」
と父は言った。
引き取る際、詳しい話は聞けなかったが、児童養護施設で過ごす子達は、大なり小なり傷ついている事が多い。
実の親に虐待されたり、死に別れたり。
「自分のしたい事ができない、思ってる事を言えない家族なんて居心地良いはずがない。 もちろん、家族とは言え人間関係だ、気を使う事はあるだろう。 性格もあるしね。 それは、血がつながってるとかつながってないとかは関係ない。 でも、菜乃香のは違った。 …きっと、おびえていたんだと思う。」
「おびえる…?」
なぜおびえなんて感情になるのか分からず、口にした。
そんなオレに軽く微笑み、父は続ける。
「何におびえているのか、わからなくてね。 環境の変化にか、私達の誰かになのか、それとも全員にか…。 そう思って、奈乃香に一人の時間を作ったりもしたんだが、逆にもっと不安な顔をしたんだ。 …私はもう、いらないですか?と聞かれたよ。 …家に来てから、半年ほど経っていた頃だ。」
言葉が出ない。 何だそれ。 何でそう思ったんだ。
その疑問に答えるように、父が言う。
「これは予想だが…その様に言われた経験があったんだろうね。 君はいらない、と…。 実の親にか、それともそれに準ずる他の誰かか…。 あまり、考えたくはないな。 」
思わず、菜乃香を見た。
本人は肩を竦めながら、全然覚えてないけどね。と笑ってる。
その誰かのお陰で家に来れたし、なんて言って。
「それからは、菜乃香に何度も言って聞かせた。 陽菜が兄弟を欲しがっていた事、大家族にあこがれている事、心待ちにしていた家族、菜乃香が来てくれて、とても嬉しい事。 母さんが、毎日抱きしめて大好きだと伝え始めたのも、その頃からかな。 それから菜乃香は、見るからに変わったよ。 言う事を聞くという気遣いが極端に減り、声を出して笑うようにもなった。 いらないと言っていた誕生日プレゼントも、やっと教えてくれるようになったんだ。」
それから1年程経った時、菜乃香から、もう新しい子は迎えに行かないの?と聞かれた。
「私は意外だったよ、多くの子は親の興味の対象を増やすのを嫌がる…。 だから、陽菜が相変わらず家族が多い方がいいと言っていたし、また気を利かせたのかと思ったんだ。 私は菜乃香に、迎えるにしてもまだ早い、気を使わなくていいと言ったんだ。 だが、違うと言われた。 施設にはまだ子どもがいっぱいいるから、その子達を迎えに行ってあげて欲しいと言うんだよ。」
話している父に、オレは聞いた。
「…うれしかったの?」
すると、少し驚いた顔をした父が「…ああ、そうなんだろうな…。」とつぶやいた。
長くなってきたので分けます。
読者の方も水分補給や水分放出したりして、次話を読み進めてみてください。