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夜の海で君と

作者: 小夜時雨

梅の木が蕾を膨らませようとしている季節。

新たな花が咲こうとする季節。

そんな花にすら苛立ちを覚える自分に腹が立つ。

時刻は午前零時。場所は海。

私はここで死のうと思っている。

いや、実際は死ぬ勇気なんてない。

ここに来るのももう何回目か、数えてないし、数えられない。

家にひとりで居ると本当に死にたくなって来るので、毎日のようにここに来ている。

自分の服装のせいもあるが、まだ夜の風は肌を刺すように寒く、体を折りたたんで座ることで寒さを凌いでいる。

空は、この季節には珍しく、どんよりとしていた。


毎日のようにここに来ていて一つ気づいたことがある。

こんな夜中なのにひとり、砂浜を走って居る中高校生くらいの男がいることだ。

まあ女であるならまだしも、男に声は掛けないし、誰かと話す元気もない。

目を閉じていると、波の音に混じって、ザッザッと砂浜を走る音が聞こえてきた。

そして、自分の前を足音が通り過ぎたと思ったら、ピタリと足音が止まった。かと思ったら、今度は足音が近づいてくる。

少し驚いて目を開けると、そこには、少し背が小さい男が立っていた。

「こんばんは。」と、どこか落ち着く心地よい声が聞こえる。

こんばんはと返そうと思って口を開けようとするが、思うように動かない。

今思えば、人と話すのは、随分久しぶりな気がする。きっと口を開けてあほ面であろう私の顔を見て、男はくすりと笑った。

「……こんばんは。」掠れた声に自分で驚く。

しかしその男は、今度は優しい表情で「寒いですね。」と私の隣に座った。

しばらくふたりで海を眺めながら、波の音を聞いていた。

たったそれだけがどうしてかとても心地よく、家に帰ってその日はすぐに眠れた。


その日から時々、夜の海でその男と話すようになった。

その男は高校の3年生で、運動部に所属しているらしく、走り込みをしていたそうだ。

かなり高い目標が部内であるらしく、その目標に向けて努力しているその男を見ていると、段々勇気が貰えている自分がいた。


季節は過ぎ、ベタベタとした海の風がきになり始めた頃、彼が歩いて来た。

走っていない彼に少し違和感を感じ聞いてみると、どうやら目標を達成する前に試合で負けてしまったようだった。

自分はすぐに慰めの言葉を掛けようとして、一瞬言葉が詰まった。

はたして自分にそのようなことを言う権利があるのだろうか。

私は2年前までは彼と同じだった。

高い夢を志し、その夢を叶えようと必死だった。

 しかし、2年前、志望していた大学に落ち、一年前も同じように落ち、世間的に2浪と言われる所まで来て、ぷつんと何かが切れてしまった。

諦めてしまった。

だから死のうと思った。

詰まった言葉が出てこない。

先に口を開いたのは彼だった。

「次は勉強頑張らないと。」と、彼は少し子供っぽく笑った。

ああ、そうか。

私はいつの間にか、自分を彼と重ねてみていた。いつかの自分と。

切れたものが繋がっていくように感じた。


桜の木が蕾を膨らませようとしている季節。

新しい花が咲こうとする季節。

ここに来るのは、随分久しぶりな気がする。

まるで初めて来たみたいだ。

いつもの場所に歩いて行くと、先に君が座っていた。

君の横に座る。

波の音が心地よく包み込んでくる。

この肌を刺すような寒さも、昨年とは全然違う。

とても気分がいい。

こんな日は、ふたりで夜通し喋り倒すのがいいだろう。

半年分の話題を1日で話してしまうのは勿体ない。

まあそうだな、まずは入学式で君と似た人に会った話から。

ふたりの新たな門出を、満天の星空が祝福してくれているようだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

初投稿です。

感想やここをこうするべき等のアドバイスお待ちしております。


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