表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

食堂警備隊

食堂警備隊4─探偵社をクビになったので自営業で飲食店の警備を始めました─

作者: 髙橋朔也

 俺、宮本(みやもと)誠二(せいじ)は食堂警備隊という、飲食店を警備する自営業をしていた。今までは『食堂警備''隊''』と名乗っているくせに、従業員はいなかった。しかし昨日、親友の従姉(いとこ)である木元(きもと)(あかね)さんが食堂警備隊に就職したいと志願してきた。これで『食堂警備''隊''』と名乗れるというわけだ!

 幸い、この自営業は高給だ。茜さん一人の給料なら、十分支払える。ということで、茜さんを(やと)った。

 雇った翌日、つまり今日。事務所を兼ねている俺の部屋に茜さんを招待した。実際は実家兼自室兼事務所だ。以前探偵をクビになり、実家に転がり込んで無理矢理この部屋を拝借。事務所として使っている。

「ここが......食堂警備隊の事務所!」

 茜さんがあまりにも、この汚部屋に目を輝かせているもんだから驚いた。こんなのが事務所で良いのだろうか?

「基本的には依頼があってから、その依頼通りに食堂警備をする感じかな。まあ、ほとんど依頼何てないけど」

 ノートパソコンをカチャカチャしていると、食堂警備隊のホームページに依頼が来ていたことに気付く。

「あ、依頼来た」

「さすが、人気なんですね!」

 うぅ。なぜだか()められている気がしない。が、依頼の内容を確認した。

「依頼主は『金色(こんじき)ベーカリー』ってパン屋で、この店で購入したパンを店内のテーブル席で食べれるらしい。依頼内容は何だ? えっと、この金色ベーカリーでは、子供のイタズラが絶えないから、食堂警備をお願いしたのか。警備期間は一週間。報酬は......20万円!」

「すごい額ですね!」

「ああ」

 金色ベーカリー。スマートフォンで検索したところ、チーバ君の下半身の方だ。つまり、田舎。ま、近いから良い。

「明日、金色ベーカリーに来て欲しいそうだ」

「では、明日に備えて寝るんですね!」

「いや、準備をする」

「準備?」

 そう、準備。今まで一人で淡々(たんたん)とこなしてきた食堂警備隊の準備だが、一つの楽しみになるかもしれない。

「準備。そう、百均に行こう?」

「へ?」


 またまた親父のミラジーノを借りて、最寄(もよ)りの百均に向かった。ここの百均はいろいろなものをそろえている。品揃(しなぞろ)えがよいのだ。

 百均に二人で足を踏み入れて、パーティーグッズの並べられているコーナーに到着した。茜さんが真っ先に手に取ったのは、声を変えるヘリウムガスだった。

「宮本さん! このヘリウムガス、使いますよね!」

「いやぁ......どうかな」

 反応に困ったが、一応買い物カゴに入れておいた。本当に必要な時が来るかもしれないからだ。

 俺が買いたかったのは、このパーティーグッズの警棒である。ちゃんとした警棒をインターネットで購入するより、値段が安いのだ!

「これからパーティーですか?」

「これが食堂警備隊の準備になるんだよ」

「何かすごいですね!」

 ついでにパーティーグッズの手錠と、魔法のステッキ、手品キットを買った。手品キットは、今回は必要かもしれん。何せ、金色ベーカリーにイタズラをするのはクソガキだからだ。ガキなんざ、手品を見せれば笑顔になる!

「これだけ買えば大丈夫でしょう。では明日の朝に、俺の家(実家)に来てください。ミラジーノで行きましょう」

「わかりました!」

「それと、茜さん用の警備服はすでに準備していますので、明日は何も持ってこなくても良いですよ!」

「はい! 警備服を用意するために、昨日私のスリーサイズを聞いたんですね!」

「バカッ! 声がでかい!」

 身長と体重を尋ねるついでに、茜さんにスリーサイズを聞いてみたらあっさり答えてくれた。まあ、警備服の用意には関係なかった。単純に興味があったのだ。想像より大きくて──今のはなかったことにしてくれ。

 スリーサイズを聞くのがどうのこうの、という会話を聞いた周囲の人はジロジロ俺を見てきた。恥ずかしかったから、茜さんを助手席に乗せると急いで車を発車させて実家に逃げ帰った。

 ミラジーノで茜さんを家まで送り、実家近くの銭湯で体を()やしてからその日は就寝(しゅうしん)した。

 目が覚めると、昨日の内に食堂警備の道具を詰め込んだバックを持って車まで行くと、茜さんがいた。

「早いですね」

「初めての仕事が楽しみなので」

「食堂警備隊は楽だから良いよ。まあ、たまに苦労するけど。あと、このインカムを渡しておく」

 茜さんは笑顔でインカムを受け取り、ギュッと握りしめた。俺は運転席に取り込み、金色ベーカリーの住所をカーナビに覚えさせた。その作業が終わる頃には茜さんは助手席に座っていたから、そのまま発車して千葉県のド田舎に向かった。

 金色ベーカリーはまだ開業したばかりの店だ。ただ、近所のイタズラ坊主が店によくイタズラをするらしく、それに困っているとのこと。親を突き止めてほしいと言われた。

 飲食店で起こる珍事件の解決も食堂警備隊の仕事の範疇(はんちゅう)なんだが、ガキ相手にするのは仕事外だ。イタズラした瞬間に蹴り飛ばしてしまいたい。

 ナビが『目的地に到着しました』と言ったので辺りを見回すが、金色ベーカリーの看板は見当たらない。困り果てると、茜さんが見つけ出してくれた。あまり目立たない外見だが、ここが金色ベーカリーで間違いなさそうだ。表札の『遠田(えんだ)』という名字の横に、小さく『金色ベーカリー』と書かれたものが塀に掛かっている。

 俺は躊躇(ちゅうちょ)せず、インターホンを押した。

「食堂警備隊の宮本です」

「あ、はい。入ってきてください」

 言われるがままに家の中に入り、出迎えてきた人物を観察する。背が高く、インターホンの声の通り女性。前髪が長く少し根暗な感じではあるが、ショートヘアが似合いそうだ。中の上。美人の部類には入るだろう。

「金色ベーカリー店長の遠田景子(けいこ)です」

 店長なのか。てっきり従業員の一人かと思った。未婚なのだろうか? 非常に気になる。

「私達が今回、食堂警備をやらせていただきます。まずは、イタズラの件から聞きたいのですが?」

「では、奥へどうぞ」

 この家の一階はパン屋に作り変えられていて、二階からは普通の自宅のようだ。その二階のリビングに通されて、二人で椅子に腰を下ろした。遠田店長は立ったまま説明を始める。

「この金色ベーカリーは私一人で開業しました。夫はもうかなり前に死に別れ、私一人でした。この金色ベーカリーを切り盛りするには一人で十分なのですが、何分(なにぶん)イタズラをされるのでイタズラの対処とお店の切り盛りの両立は厳しいです。そういう時に食堂警備隊を発見し、依頼してみました。子供のイタズラを止めてください」

 未亡人か! 俄然(がぜん)、やる気が出てきた。それに、二人だとやりやすい。茜さんに店の方を警備させて、俺がガキを捕まえれば良いんだ。

「わかりました。つまり、イタズラをする子供を片っ端から取っ捕まえて叱るんですね!」

「ところどころ違いますが、意味はまあそうです。今日から一週間、お願いします」

「店はこの従業員に警備させます。私はターゲットをイタズラする子供に絞ってから警備します」

 それからも遠田店長と話し合い、うまく折り合った。茜さんは店内警備、俺は店外警備だ。

 金色ベーカリーの外に出た。この店は坂の途中になっている。下に地図を書いたみた。参考にしてほしい。『-坂→』みたいなマークがあるが、坂は矢印の示す方向へと隆起している。つまり、矢印が示す通りに進むと坂を上っていることになる。

 また、坂にはそれぞれ『1』『2』『3』と、数字を振った。


挿絵(By みてみん)


 坂が多い。2の坂なんてすごく斜めっている。さすが千葉県の田舎だ。俺は金色ベーカリーの前をうろちょろしていると、一人のクソガキが自転車で1の坂を上がってきた。こいつがイタズラ坊主なのかと思い、条件反射で隠れた。すると、クソガキは袋に詰めた砂を金色ベーカリーに投げていた。

 少しムッとしたが、親を突き止めるために我慢した。するとガキは、自転車で3の坂の方向へ進んだ。3の坂の先は豪邸しかないらしく、あっさりとイタズラ坊主の親を突き止められた。俺は急いで遠田店長に報告に行った。

「遠田店長。イタズラ坊主を発見し、豪邸の方に自転車で進んでいきました」

「豪邸......」

 豪邸と聞いた遠田店長は、眉間に(しわ)を寄せた。

「どうしたんですか、店長」

「ええ、あそこの豪邸には二人の夫婦が住んでいるのは確かです。子供がいるかどうかはわかりませんが、あの家は気難しいので」

 気難しい。なら、そのことを話しに行くのも食堂警備隊の役目だ。

「では、私がその家に行ってみます。注意をすれば良いんですね?」

「はい」

「豪邸に行ってきます」

 金色ベーカリーを出た俺は、目に付いたからイタズラ坊主の投げた砂を片付けてから豪邸に向かった。

 豪邸の家主は石井(いしい)という名字らしい。表札に石井と書かれていた。

 念のために警棒を携帯し、インターホンを押すと玄関の扉が開いた。

「誰だ、貴様」

 口が悪いな、と思いつつ笑みを絶やさずに話した。「宮本という者です」

「何の用だ?」

石井(いしい)さんにお話しが──」

石井(いわい)だ。石井と書いて『いわい』と読むんだ」

 マジか! 石井(いわい)!? 聞いたこともない名字だが、嘘を言っているようには見えない。

「失礼しました、石井(いわい)さん。それで、お宅のお子様のことで──」

「うちに子供はいない」

「え?」

 これも嘘には見えないが、なら何であのイタズラ坊主はこの家に向かったんだ?

「何の勘違いだ?」

「では、石井(いわい)さんと仲良くしている子供とかはいますか?」

「いるわけない。子供は好かんから、仲良くはしないんだ」

 これも嘘は言っていない、だとっ! ん? ん?? んー!?

 前職は探偵だから、相手が嘘を言っているか言っていないかは経験則で大体わかる。だが、数少ない俺の特技の一つである嘘を見抜くという能力を、俺自身が疑うことになるとは思わなかった。

 石井(いわい)が嘘を言っているようには見受けられないし、いったいどうなっているんだ!?

「え? は? あ? きょ、今日はこれくらいで失礼します」

 俺はそそくさと、その場をあとにした。

 石井(いわい)が嘘を言っていないのは確かだ。だとすると、イタズラ坊主が3の坂に行った理由がわからない。ただ、ガキだから、何となく3の坂に行ったということも考えられる。なら、明日も隠れて、イタズラ坊主がどこに行くか待ち伏せてみよう。

 まずは報告のために、また金色ベーカリーの店内に入った。すると、茜さんはすで店内を巡回していた。開店前だから巡回はまだやらなくていい、とは言えないな。

「宮本さん。どうでした?」

「あそこの豪邸に住んでいるのは石井(いわい)という人だったけど、自分達に子供はいないし仲の良い子供もいないって言われて追い返されたよ」

「嘘を言っているのでしょうか?」

「いや、嘘は言っていないと思うけど」

 俺と茜さんが話していると、その会話を聞いていたのか遠田店長が尋ねてきた。「それは本当ですか?」

「ええ。以前は探偵をやっていたので嘘を見破るのは得意なんです。石井(いわい)さんは嘘を言っていないと断言出来ます」

「なら、あの子は誰の子供なのですか?」

「明日も隠れて見張ってみるので、明日に誰の子供かわかるかもしれません」

 遠田店長は口をひん曲げて考えていたが、誰の子供か突き止めるのを俺に一任してきた。

「では今日は二人とも、店の警備をお願いします。もうすぐ開店なので」

「「わかりました!」」

 俺と茜さんが同時に返事をし、警備を再開した。といっても、茜さんと一緒に椅子に座って来店客を(よそお)う感じだ。

 俺はパンを何個か購入し、来店してきた奴を監視しながらパンを口に運んだ。

「宮本さん」

「ん? 何だ?」

「このパン、食べて良いんですか?」

「食べてないと怪しまれるからパンを購入してきたんだ。好きなだけ食べて良いよ。食べたいのがあったら、また買ってくるし」

「ありがとうございます!」

 茜さんは美味しそうにパンを食べていった。

 最近は食堂警備隊のお陰で手持ちのお金も増えてきたから、パンを数十個ほど買えるくらいには成長したんだ。一部はクソ親父に盗られたがな。

 俺はパンを細かく千切り食べていた。すると、金色ベーカリーに来店してきた客が一組。見た感じは母親と小さい子供の親子。子供の方はさっきのイタズラ坊主ではないか。

 その親子は店内に陳列(ちんれつ)されているパンを眺めて、美味しそうなものをカゴに入れていった。まあ、見た目が美味しそうでもうまいとは限らないぞ。

「そういえば、茜さん」

「何ですか?」

「食堂警備隊はこれでやっと二人になったけど、まだ少ない。知り合いで食堂警備隊に興味がありそうな人とかっているかな?」

「んー、もしかしたら一人知り合いにいますね」

「どんな子?」

「私がリカリカって呼んでいる子です」

「リカリカ?」

「本名は立花(たちばな)六花(りっか)というんですが、立花は『立花(りっか)』とも読むので『立花(りっか)六花(りっか)』。それで『っ』が取れて『立花(リカ)六花(リカ)』という渾名(あだな)になったんです」

「なら、その子に食堂警備隊に誘ってくれないか?」

「良いんですか!」

「え? まあ、良いけど......」

「じゃあ、明日連れてきますね! リカリカも食堂警備隊に興味あるって言っていたので!」

 茜さんは喜んでいた。すでにリカリカという奴にも、食堂警備隊の存在を話していたようだ。うまくいけば、食堂警備隊は三人になるかもしれないぞ。

 それにしても、渾名が『リカリカ』か。リカちゃん人形しか連想されないな。

 遠田店長にブラックコーヒーを注文し、それをすすっていると来店した客がいた。男一人だ。俺は妙に思ってそいつを見ていると、商品を万引きしようとしていることに気付く。パンの万引きとはおかしな奴だ。

 俺はその男が万引きをして店を出るのを待った。店を出た瞬間、警棒を取り出した俺は男の肩を叩いた。

「万引きすんな」

「え? 誰ですか、あなた」

「警備隊だ」

 警備隊だと聞いた男は俺の腕を離そうと抵抗したから、警棒で床に倒して取り押さえた。

「テメェ! 刑事じゃねぇなら、こんなことして許されると思ってんのか!」

「ハッハッハッ! 万引きをするなら六法全書を読んでからにしろ。常人逮捕って知ってるか?」

「じょ、常人逮捕だぁ!?」

「現行犯なら、誰でも逮捕していいんだ。その時に犯人が抵抗したら、ある程度の実力の行使も許されるんだ。残念だったな、万引き犯」

「くっ!」

 常人逮捕または私人(しじん)逮捕と呼ばれる。この法があったからこそ、食堂警備隊を始めたと言っても過言じゃない。

 常人逮捕をした後は、警察とかに犯人の身柄の引き渡しだったな。

 ポケットから百均の手錠を取り出して、犯人の腕に掛けた。そして、犯人ごと店内に戻った。

 遠田店長は心配そうに俺の元に駆け寄ってきた。「何をやっているのですか、宮本さん!」

「この人は万引き犯です。逮捕したので、警察に引き渡します。最寄りの警察署に連絡をしてください」

「わ、わかりました!」

 遠田店長はスマートフォンを取り出して、警察に連絡をした。俺は警棒を縮めて、茜さんに渡す。

「俺が警察署に行っている間、この店を守っていてください」

「はいっ!」

 犯人を逮捕して一息つくと、本日最初の来店客である親子の子供の方が目を輝かせていた。

「おじさん、かっこいいね!」

 俺がおじさん? 魚のことじゃないだろうし、やっぱり俺は年を食いすぎたか。

「ハハハ。おじさんは警備の者なんだ。君はこんな落ちこぼれより、もっと偉くなりなさい」

「いや、僕も警備の人になる!」

「もし犯人を捕まえる仕事をしたいなら、警察になると良い」

「警察?」

「日本で一番知名度のある、かっこいい職業さ。もうすぐここに来るはずだよ」

 と、話していると警察が到着したようだ。一人の警察官が、俺に近づいて犯人の腕を掴む。

「犯人逮捕に感謝する。それで悪いのだが、着いてきてほしい」

 そうなるとは思った。

「わかりました。着いていきます」

「では」

 俺は警察官の後を追い、万引き犯とは別の警察車両に乗り込んだ。車が向かった先はもちろん最寄りの警察署。

 警察署に到着するなり、俺は部屋の中に入れられたから、椅子に腰掛けた。すると机を(はさ)んだ俺の目の前の椅子に、警察官が座った。事情(じじょう)聴取(ちょうしゅ)という奴か。ボンジュール・タカノでの一件以来だ。

「あなたの名前は何ですか?」

「宮本誠二です」

「職は?」

「食堂警備隊の社長を務めています」

「食堂警備隊?」

「はい。食堂警備隊は飲食店の警備を担う会社です。なので、警棒と手錠を持っていました」

「なるほど。では、食堂警備隊という会社が本当にあるか調べてみます」

「ええ」

 警察官は一度、席を立った。だけどすぐに戻ってきて、俺を(にら)んだ。

「食堂警備隊何てものは、検索にヒットしなかったぞ」

「え? へ?」

 ヒットしなかった!? まさか、そんなことはない。いや、そうだ! ホームページのタイトルは怖さを引き立てないために漢字を並べず『しょくどーけーび隊』としていた。ミスった!

 そのことを警察官に伝えて、何とか金色ベーカリーに帰還出来た。俺は茜さんに渡した警棒を貰い、携帯してまた座る。そうしている内に、今日は終わった。


 翌日。布団から這い出して、眠気を覚ましてからスーツに着替えた。バックを掴んで実家を出ると、茜さんともう一人知らない人物がいた。

「あ、宮本さん! この人がリカリカだよ!」

「どうも、六花です」

 茜さんと違い、六花さんは雰囲気(ふんいき)が暗い。が、目は輝いている。なぜだろう。

 六花さんは食堂警備隊に就職したいらしく、何と空手を習っていた。即戦力ということで、即決採用した。そして、警備服を支給する。

「私、まだスリーサイズを伝えていないのに、警備服が......」

「あ、いや、スリーサイズとかは。うん、大丈夫。うん」

 (ひたい)から垂れる汗を(ぬぐ)い、茜さんにスリーサイズを尋ねたことを後悔する。顔を両手で(おお)い、恥ずかしさのあまり撃沈(げきちん)

 恥ずかしさを(まぎ)らわせながら、運転席に座る。茜さんと六花さんの二人は後部座席に乗り込んだのを確認してから、出発する。

 金色ベーカリーに到着し、二人を店内に入れた。俺はまた隠れて、イタズラ坊主を待った。そうして、昨日の時間と同じくらいに1の坂をイタズラ坊主が自転車で上がってきた。じっと見ていると、次は泥を投げていた。で、また3の坂を進んで消えていった。

 俺は早速遠田店長を呼び、二人で石井(いわい)の家に再度向かった。インターホンを押すと、昨日と同じくジジイが出てきた。

「何だ、またあんたか」

「宮本です。──こちらが金色ベーカリーの店長です」

「金色ベーカリー? ああ、近くのパン屋か」

「金色ベーカリー店長の遠田です。子供がよくうちの店にイタズラをし、その子供は昨日同様にこの家に向かっていました。本当に知らないんですか?」

「知らん。まったく身に覚えがない」

「では、中を見せてもらっても?」

「それで疑いが晴れるなら、好きにやれ。ただ、荒らすなよ」

「わかりました。失礼します」

 俺達は石井(いわい)宅に入り、リビングまで行った。すると、ババアがソファに座っていた。さっきのジジイの妻か。

 ババアを無視し、イタズラ坊主が隠れられそうな場所を(くま)無く探した。ただ、そう簡単には見つけられない。

 俺は隠し部屋の存在を仮定し、本棚の裏の壁などを確かめていった。床一面に敷かれたマットも()がし、扉が隠れていないかよく観察する。それでも、イタズラ坊主は見つけられない。子供がいた跡もない。

 どうしたものかと首を掻くと、ジジイが近づいてきた。「これで疑いも晴れただろう。さっさと帰ってくれ」

「いや、ですが......」

 俺が渋っていると、遠田店長はジジイに謝罪をして家を出るもんだから、俺も頭を下げて金色ベーカリーに戻る。

 遠田店長はムッとした表情になる。「どうやって子供を隠したのでしょうか」

「家中探しましたが、隠し扉の(たぐ)いは発見出来ませんでした。ということは、庭や坂の途中などに隠れられる場所があったのかもしれません」

「ですが、次にあの家を調べることはもう出来ません。無理矢理入って何も見つからなかったので、もう家は調べられません」

「なら、イタズラをする子供を、イタズラしてすぐに捕まえましょう。それが一番良いです」

「ではそうします。宮本さん、頼みました」

「はい!」

 テーブルを囲んで、茜さん、六花さん、俺の三人で椅子に座った。来店客を装い、次は昨日のような万引き犯を捕まえるのだ。

 金色ベーカリーは開店し、俺はパンを食べながらイタズラ坊主が隠れた場所について推理をしてみた。けれど、その程度でわかるはずもなく、(あきら)めた。

 六花さんはパンを一口食べてから、手についたパンのカスを払った。「宮本さんは前は探偵をしていたんですよね?」

「そうだよ。エースだったんだ」

「なら何で、食堂警備隊という自営業なんて始めたんですか?」

「社長直々(じきじき)に解雇を言い渡された。俺は頭が真っ白になった。何せ、俺はその探偵社で依頼解決数一位のエースだったからね。解雇理由を聞いたら、他の探偵と連携出来ていないからと言われた。

 社長いわく、探偵は協力をしてこそ、らしい。俺は協力をせず、単独で依頼を解決して手柄を独り占めにしてきた。そのツケが回ってきただけだよ。

 その後、実家に転がり込んだ。アルバイトをしながら定職を探していたら、飲食店にはトラブルが多いと知った。が、そのトラブルを解決する仕事はなかった。だから、俺が始めた。それがこの、食堂警備隊何だ」

「すごいですね。探偵だった時の知識もフル活用して食堂警備隊をやっているなんて」

「フル活用?」

「昨日の逮捕のことは茜から聞きました」

「常人逮捕のことか。あれは探偵の初歩の初歩だよ。探偵も警察ってわけじゃないから、一般人。だけど現行犯なら逮捕出来るから、まずは常人逮捕のことを教えられるんだ。一般人でも、ヒーローになれるんだよ!」

 常人逮捕という法は、探偵になってすぐ教えられたことだ。その後、自腹で六法全書を買わされて覚えろと言われた。死ぬ気で覚えて、半人前として探偵をやってきた。

 六法全書を覚えたわりには、軽犯罪をかなり破っている。煙草はポイ捨てするし、車は法定速度を超過している。前は免停も食らったなぁ。免停食らったせいで不倫の証拠写真をゲット出来ず、依頼を失敗しかけた。あの時は何とかギリギリで依頼解決したんだよな。その後、離婚を言い渡された不倫夫に殴られて、即警察に突き出した。

 その日も何事もなく、俺は二人を家まで運んでから実家に帰宅した。明日こそ、イタズラ坊主を捕まえるのである!

「なあ、親父」

「何だ、誠二か」

「今日は疲れてんだ。実家の風呂に入らせてくんないか?」

「疲れているのか?」親父は腕を組んで考え込み、数十分経過した。「仕方ない。今日だけは風呂に入って良い」

「よっしゃっ!」

 俺は満面の笑みを浮かべながら、久々のゆっくりと()かれる湯船に足を踏み入れた。足先がじんわりと温かくなり、うれし涙を流した。

 肩が浸かるまでの姿勢となり、ハアァァー、とため息をつく。風呂から出ると歯を磨き、鳴らせる間接を全て鳴らしてから布団に潜り込んだ。


 起床後、俺はスマートフォンを確認した。すると、茜さんからメールが届いていた。今日は家まで迎えに来てほしいそうだ。何だそれくらいかと思うと、どうやら六花さんも寝坊したから迎えにきてほしいと言われた。

 マジかとつぶやきつつ、急いで家を飛び出して二人を回収。金色ベーカリーに向かった。遠田店長は相変わらず冷静沈着に、遅れてきた俺達を怒った。

 たっぷり怒られた後、俺だけは店外で隠れて待機した。(じき)にイタズラ坊主が来るはずだ。

 待っていると、捕まるとは考えてもいないイタズラ坊主は、間抜け面でやってきて石を投げた。これは危ないなと思いながら、3の坂を自転車で上がっていくのを待った。

 俺の予想が正しいなら──やっぱり! イタズラ坊主はすぐに3の坂を猛スピードで下りて、その勢いで2の坂を上がっていった。2の坂はすごく斜めっていて、子供の力では到底上がれない。だから、3の坂を下って勢いをつけて、その勢いで2の坂を上がっていたのだ。

 イタズラ坊主は3の坂にある石井(いわい)宅の子供ではないのだ。俺はイタズラ坊主が2の坂を上がっていく前に走り出し、捕まえた。

「誰だよ、離せよ」

「営業妨害してんじゃねぇよ、クソガキ。家はどこだ? あ?」

 俺の口調にビビったのか、すんなりと家の場所を教えてくれた。インターホンを押すと母親が出てきて、息子が捕まえられている状況に困惑(こんわく)する。

「うちの息子が何かしましたか?」

「いやぁ、この近くにある金色ベーカリーというパン屋に砂や泥、今日は石を投げたりするんです。それで金色ベーカリーの店長に頼まれて、このお子さんを捕まえたんです」

「す、すみません! すぐに謝らせに、金色ベーカリーに向かいます!」

「金色ベーカリーの店長は、もうやらなければ問題にする気はありません。焦らないでください」

「はい......」

 イタズラ坊主の母親は問題にならないと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。

「私はこれで失礼します」

 俺は次に、石井(いわい)宅に向かった。疑ってしまったから、謝るのは当然だ。ただ、あのジジイは見かけによらず優しかった。笑いながら許してくれた。

 俺が金色ベーカリーに来店してきた親子の行動を見て思った、味は見た目じゃわからないってのと同じだった。

 そういう諸々(もろもろ)のことを遠田店長に伝えると、解決したことに安心していた。

石井(いわい)さんには、私からも謝りに行きます」

「わかりました。私達はあと四日、この店を警備します」

 その後、依頼された一週間の警備を終えて、約束の20万円を受け取りに行く。

「遠田店長! 警備の代金を」

「はい。用意しています」

 そうして、厚い封筒を手渡された。

「ちょっと20万円にしては厚くありませんか?」

「10万円はボーナスです」

「良いんですか!?」

「はい。解決してくれたお礼です」

「では、ありがたく頂戴(ちょうだい)いたします」

 遠田店長に頭を頭を下げ、金色ベーカリーをあとにした。

 三人で、車の中で給料を分けた。単純に三で割った。

「私達、こんなに貰っていいのでしょうか?」

「良いんだよ。二人ともがいなくては出来ないこともたくさんあった。貰って当然さ」

 一生懸命に説得し、二人は10万円を受け取った。

 金色ベーカリーはその後、美人店長がいるとのことで田舎にしては(だい)繁盛(はんじょう)している、と聞いた。またいつか、行ってみようと思う。

 ってか、せっかく百均で購入した手品キット使う機会なかったな。今度、誰かの前で披露(ひろう)して驚かせてみるか。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。面白い、などと思いましたらブックマークや広告欄下の評価お願いします。


 今回はほっこりするような日常の謎です。


 本作の続きは来月である四月中に書きます。また、本作の連載版もあります。連載版のリンクは下の方にあります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ