第29話「あの人の初夢を見たんです。」
元日のうちに課題レポートは完成し、今日は1月2日。俺はテレビで父さんと一緒に駅伝の中継をなんとなく見ていた。
でも、なんだか複雑な気分が続く。
「どうした良哉。初夢に紘深ちゃんでも出てきたのか?」
と聞いてきた父さん。
俺はそれに
「あ…いや別に…」
と答えたが…
実はこれ、正解だ。
~回想・良哉の初夢~
「ん…?」
目覚めるとここは教室。自分の通っていた中学の教室だ。俺はその中に一人席に座っていた。教卓のすぐ目の前だ。
教室の中には他にもたくさんの席があるものの、自分以外誰もいない。
外を見れば、窓の外には富士山が大きくそびえたっている。鷹が飛んでいるのが見えた。
「ここ… 岐阜だよな…」
と思ってあたりを見回していると。教室の後ろの方に鉢植えがあるのが見えた。そこには遠巻きではあるが…
「茄子?」
茄子がなっているのが見えた。
「『富士・鷹・茄子』を、こんな形でコンプリートするなんてな…」
と思っていると…
(チャイムが鳴る音)
チャイムが鳴った。
(一体これから何が始まるんだよ…)
と思っていると、誰かの足音が近づいてくる音がした。
多分先生だろう。そういう俺の予想は的中した。
しかしその先生は、膝の少し上くらいの丈のスカートのスーツを着て灰色に近い薄め黒縁のメガネをかけた…
「では、特別授業を始めます。」
黒藤さんだった。
(俺に眼鏡っ子趣味はないんだけどな…)
どんな色仕掛けだよと思っていると…
「出席を取ります。斎藤良哉君。」
「は、はい!」
初めてみる黒藤さんのスーツ姿。しかも俺は黒藤さんにフルネームで呼ばれたもんだから、びっくりして声が大きくなってしまった。
「あはは。斎藤君元気ね。」
「あ…は… あはは…」
俺は恥ずかしさすら感じていて、思うように言葉が出ない。
なんだか、
「今日の授業は、地方のテレビの歴史についてです。」
いかにも黒藤さんらしい授業だ。
黒藤さんはチョークで文字を書く。
「1951年。この年に何があったか分かりますか?斎藤君。」
「え…?51年…?」
1951年。いったい何があったのだろう。日本で初めて民放テレビが開局したのは1953年だが、その2年前に何があったのだろう。
「実はこの年…」
と言うと、黒藤さんが、またチョークで黒板に何かを書き加える。
「日本初、民間放送が開局!」
「日本で初めて、民放のラジオ局が開局した日なんです。」
と、書き終えた黒藤さんが言った。
「ラジオはテレビよりも2年早かったんです。」
ラジオはテレビよりも早い。まあそうだろうなと俺は思っていた。大学に入ってしばらくの黒藤さんと出会う前の頃、都内のどこかの大きな博物館で昔、それも戦前のラジオの放送を聞いたことがある。
「実はそれ、なんと大きな秘密があるんです。」
と黒藤さんは言う。
「秘密?」
「そう。」
黒藤さんはこう続けた。
「その日本初の民放は、どこに開局したのでしょう?」
「どこ?それって、東京じゃないの?」
「実は東京じゃないんです。」
「東京じゃない?」
俺はしばらく考えた。東京じゃないとしたら大阪だろうと俺は思った。
「じゃあ東京じゃないとしたら大阪?」
「大阪?」
「うん。」
黒藤さんは10秒ほど考えた後、こう返した。
「大阪… たしかに同じ年の同じ日にもう一つラジオ局が開局したんだけど、『一番最初』は実は大阪でもないんだ。」
「東京でも大阪でもないならどこだ。」と悩む俺。
俺は「東京→大阪→名古屋という概念がある。東京と大阪のどちらでもないなら、もう名古屋しかない。」と思った。
「じゃあ、名古屋…かな?」
黒藤さんの顔に一瞬笑みが浮かんだのが見えた。そして…
「正解だよ!」
やはりそうかと俺は思った。
「その日本で一番最初の民間放送局は…」
と言って黒藤さんは黒板に文字を書いた…
「C…?」と俺が思ったのも束の間。
それはなんと…
C○Cラジオ。そう。俺が岐阜にいた頃にオー○ナイ○ニッ○ンを聞いているラジオ局だった。
「そうだったの⁉」
東京発の内容とは言え、慣れ親しんだラジオ局が実は日本初の民放だっただなんて、俺はびっくりした。
「そこ… 俺が聴いているとこ…」
「でしょ?いつも聴いてるラジオ局が実はこんな凄いラジオ局だっただなんて、斎藤君びっくりしちゃった?」
「うん…」
そう言うと、黒藤さんは俺に1枚のプリントを渡してきた。
「なんだ?」と思って見てみると…
それはそのラジオ局の、開局当日の番組表だった。黒藤さんの手作りで、かわいらしいイラストが散りばめられている。
ざっと見た感じ、朝は6時半に始まり、夜はなんと…
「そんなに早くに⁉」
と思った俺。この日の放送は、なんと10時半に終わっているのだ。
一番最初の放送とはいえ10時半に放送終了は、今のラジオではどこかのコミュニティーFM以外ではほぼあり得ない早い時間帯だ。
「では、その日の番組を一つ一つ見ていきます。」
黒藤さんと一緒にプリントを見ていく。
朝の6時55分。その番組はなんと…
「服飾講座…?」
服飾講座。スポンサーは昔あった洋品店だという。
「昔のラジオはこういうのもやってたのか…」
と思いながら、いろいろ番組の紹介や解説が続く。放送局が結成した劇団のコメディー番組、ニュース、木琴の演奏、ニュース解説、健康相談…
10時半のところに何か書いてある。
「放送休止」
「実は当時は、昼間にも放送を休んでいた時間があったんです。」
「そうなんだ…」
「昔は番組が少なかったからなのかな?」
放送が再開するのは11時過ぎ。その日は放送局の開局記念式の中継だった。黒藤さんお手製のプリントには、その欄は入学式のような紅白幕の背景がデザインされていた。
その後お昼12時からはまたニュース。その欄には、何か目立つ吹き出しがある。
「これを見て。」
「時を同じくして、この時間大阪で、日本で2番目の民間放送局が開局!」
と書いてあった。
俺はそれを見てこう言った。
「それってまさか、さっきの『同じ年の同じ日に開局した、もう一つラジオ局』のこと?」
黒藤さんはすぐにこう返した。
「大正解!」
名古屋と大阪、わずか12時間以内に相次いで民放のラジオ局が開局した日だったことを俺は改めて知った。
「凄い日だったんだな…」思いながら、俺は黒藤さんと一緒に番組表をたどる。
お昼のニュースの後は、リスナー参加型の音楽クイズ番組。まだレコードしかなかった時代。レコードを逆再生するなどユニークな出題方法が話題を集めたと書いてある。
その後は、落語やら俺も名前を聞いたことがある名古屋にある大きな劇場からの劇場中継。それらが終わればラジオドラマやら座談会やらニュースやら、いろんな番組が続く。夕方にはまた放送休止の時間もあった。
「夜行くよー!」
ちょっと黒藤さんのテンションが高めだ。どうやらイベントが盛りだくさんだという。
夕方6時半から、ニュースを挟んで開局記念イベントの公開放送が3時間に渡って行われた。
15分から30分程度の番組が細かく入っていたこの日の中では、かなり長時間な方だ。
「7時のニュースが終わってから2時間半も… 凄い力の入れ具合だったんだろうなあ…」
「斎藤君もそう思う?私も。きっと『日本初の民間放送が産声を上げた瞬間である!』的なことをみんなでやってたんじゃないのかな?」
「そうだな(笑)」
~回想終わり~
とこのように、黒藤さんと日本初の民放について教えられた、そんな初夢だった。
朝、夢の中で説明された内容を覚えている限りネットで調べたが、その内容は全て合っていた。
初夢での出来事が夢と気づくまでは、自分がまるで、黒藤さんに先生の役割が割り当てられた世界に飛ばされたような感じだった。
そんな初夢だった。
俺はふと思っていつものラジオアプリを起動した。局はもちろん毎晩聞いているところだ。
流れてくるのは、テレビで流れているのと同じ駅伝大会の中継。
「いつも聞いているラジオ局に、こんな凄い歴史があったなんてな。」
と、俺は思っていた。
明日で俺は東京に帰る。黒藤さんが夢にまで出るようになった俺だが、今年はどんなことが起きるのか。
ちょっと楽しみになっていた自分がいた。
次回ついに、良哉帰郷編最終章!




