第233話「紘深さんの玉子焼き」
紘深「―それで私、みんなから崇め奉られてるような感じになっちゃったんだよ~(苦笑)」
良哉「そうなんだ(笑)この間までやってたアニメのヒロインが呼ばれてた『なんとか覇王様』みたいな?」
紘深「まあまあそんな感じ(笑)」
ある週末、俺は紘深さんの家を訪れていた。俺はそこで、紘深さんが働いているフリースクールでの地方のテレビ局のマスコットキャラクターのダンスブームも一段落ついた少しが経ったある日、スクールで料理教室のイベントが行われたのだが、紘深さんは彼女の予想以上の活躍をし、生徒のみんなからもかなり注目されたという話を聞いた。
紘深「高校の部活とか家とかで玉子焼きも何度か作ったことあるんだけど、まさかあそこまで上手く行くとは思わなくて…」
良哉「スキルがあったのかもね。実際お店の玉子焼きもとても美味しいし。」
紘深「ありがとう良哉君(笑)まあでも私が作ったのがお店に出たことは数えるほどしかないんだけどね…(苦笑)」
良哉「そうなんだ… 考えてみたら紘深さんの作った玉子焼き、俺食べたことがないなあ…」
紘深「言われてみれば…」
良哉「なんか話聞いてると食べたくなってきたな。」
紘深「マジ?じゃあ早速作ってあげようか?」
良哉「じゃあせっかくだから、お願いしようかな。俺も手伝うよ。」
紘深「任せて!」
という訳で、紘深さんが俺に玉子焼きをごちそうしてくれることになった。彼女と一緒に料理をするなんてことはかなり久しぶりだが、そもそも「紘深さんに何か料理を作ってもらうこと」自体は初めてだ。
フリースクールの生徒さんからも大評判だった紘深さんの作る玉子焼き。おじさんが作る店の玉子焼きも美味しいということも考えたら、相当美味しいに違いない。
(卵を割ってかき混ぜる紘深)
卵を4個割ってボウルの中でかき混ぜる。泡立て器で何かをかき混ぜる紘深さん。声が大体そんな感じだからか様になっている。
紘深「夢と希望じゃなくて卵だけどね(苦笑)」
卵を一通りかき混ぜた後は、卵焼き用のフライパンを中火でしばらく熱した後、サラダ油をひく。その後はかき混ぜた卵を卵焼き用のフライパンに流し入れる。流し入れた量はかき混ぜた総量のうちの4分の1といったところだろうか。
紘深「2人分ならこんなもんだよ。」
良哉「なるほどね。」
その後は卵を焼いていく。液状になった卵をフライパンの奥に寄せつつ、4分の1ずつ追加していく。紘深さんの集中力が凄く伝わってくる。うかつに話しかけてはいけないような雰囲気だ。
そうこうしている間に、溶かれた卵は全部卵焼き用のフライパンに収まった。
卵を全部入れ終わったところで、紘深さんは口を開いた。
紘深「あの時(生徒の)みんなね、私が卵を焼いているところを興味津々に見ていたんだ。」
良哉「そうだったんだ。なんか分かる気がするよ。だって紘深さんが卵を焼いているところ本当に見ててかっこいいって思うよ。特にフライパンの奥に寄せるところは本当に本当に職人技かって言いたくなるくらいに正確というか確実なんだから。」
紘深「ありがとう(笑)大体そんな感じの事言ってた子もいたよ(笑)」
良哉「そうなんだ(笑)考えることは同じだったか(笑)」
溶かれた卵がフライパンの上で玉子焼きの形になっていく。今が卵に大体火が通った頃合いだろうか。紘深さんはフライパンを火から降ろす。
良哉「考えてみたら調味料何も入れてないね。」
紘深「うん。うちはこういうスタイルなんだ。下手にお砂糖入れて変に甘すぎるものになっちゃうのもあれだし。」
良哉「そうなんだ。紘深さんの家の玉子焼きにそういう秘密が。」
紘深「へへーん(笑)」
良哉「いや勉強になるなあ。」
上京して5年。料理のレパートリーもあれからかなり増えたものの、考えてみれば玉子焼きをまだ一人で作ったことのない俺。いろいろ勉強になる。もし玉子焼きを作る機会があるならその紘深さんの家流で行こうと今から思っている。
俺がそんなことを考えている間に紘深さんは玉子焼きを切り分けて、お皿に盛りつけた。
紘深「玉子焼き、出来上がり!」
良哉「これこれ!お店で出してる玉子焼きもマジでそんな感じ!旨そう!」
紘深「食べてみてよ!良哉君に作ったから、この間以上に自信あるよ。」
良哉「どれどれ。じゃあ、いただきます。」
玉子焼きを一切れ口に入れる俺。
良哉「おおお!思った通りめちゃくちゃ甘くて美味しいよ!お店で出してるやつと同じくらいのクオリティーだよ。」
紘深「ありがとう(笑)」
良哉「この間Wishの生徒さんから言われなかった?『お店でもこんな感じの(玉子焼き)出してるの?』みたいなこと。」
紘深「ああ言われた言われた(笑)」
良哉「やっぱりか(笑)なんか俺も、玉子焼きの本物を知ったって感じがするよ。」
紘深「『本物を知った』って言われたのは初めてだよ私も。」
良哉「いやマジでそんな感じなんだって。」
俺の想像を超えるほど、紘深さんの作った玉子焼きはとても甘くて美味しかった。こんなんだったら毎回頼むとも思えるくらいだ。
上機嫌な紘深さん。彼女はスマホのラジオアプリを立ち上げてラジオをつけた。
良哉「これどこのラジオ?」
紘深「FM○しま。茨城県鹿嶋市のコミュニティーFM局。」
良哉「なるほど。なんでそれにしたの?」
紘深「使った卵が茨城県産だから、せっかくだしってことで。」
良哉「そうなんだ(笑)紘深さんらしいや(笑)」
紘深「えへへ。またどっかコミュニティーFM巡りとかしたいね。」
良哉「だな(笑)」
そしてそれから1週間が経った週末。
良哉(今日は玉子焼きでも作るか。)
俺は昼ご飯に玉子焼きを作ることにした。早速というべきか、作るものはもちろん紘深さんの家流のものだ。
良哉(寄せるのに結構神経使うなあ…)
溶き卵をフライパンの上で奥に寄せながら追加していく過程に神経を使ったが、
良哉「おっ!」(やっぱり紘深さん家流のものは本当に甘くて美味しいや。)
初めてにしてはかなりの出来のものが出来上がって、とても満足だ。
<作者より>
ちなみに私は『ラブライブ!スーパースター!!』のキャラクターである平安名すみれの寝そべりぬいぐるみ(モアプラスのサイズ)を持っているのですが、家族からはそのすみれの寝そべりに「玉子焼き」という渾名をつけられています。今回の話とそのぬいぐるみはあまり関係はないです。




