第22話「斎藤さんいってらっしゃい!」
紘深と良哉が2人でテレビ雑誌を見比べてからしばらくが経ち、ついに年末を迎えます。
良哉は年末年始、岐阜の実家で過ごすというのですが…
黒藤さんの家でテレビ雑誌を見てからしばらくが経った。年末年始休みのレポート課題は結局お正月の特色を比較することだけだったし、それもクリスマスには大方の内容をまとめることができてしまった。
そして迎えた12月27日。今日はついに年内最後の授業の日だ。
「斎藤君。」
ゼミの授業もある今日。それが終わった後、黒藤さんが話しかけてきた。
「よお。黒藤さん。」
「今年の大学、今日が最後だね。」
「そうだなあ。高校卒業してすぐに上京して、その後4月に大学入って。あっという間だなぁ。ああと黒藤さんと出会ってからもうすぐ3ヶ月にもなるのか。」
今年の3月の終わりに岐阜から一人上京して、その後大学の授業や写真部にバイトと忙しくも気ままな上半期だった。しかし10月に入って黒藤さんに出会ってからは状況は変わった。一緒にアンテナショップや各地のテレビ局の東京支社巡りをしただけでなく彼女の家にも複数回行った他、この間は藤堂や北条さんとも一緒に遊園地にも行った。
本当にこの1年、いろんなことがあったと思っている。
「ところで斎藤君。」
「なに?」
黒藤さんは俺に聞いてきた。
「斎藤君って、いつ岐阜に帰るの?」
「ああ。もう明日の朝だなぁ…」
年末年始にバイトのシフトが入らなかったこともあって、俺は明日の朝早くに東京を出て岐阜に帰省する。新年の授業の始まりは5日から。4日の午後に岐阜を出るまで、年末年始はおよそ1週間を岐阜で過ごすことになる。
「そうなんだ…」
黒藤さんの口調から、心なしか寂しさに似たものも感じた。
「岐阜ではどんなことをするの?」
「うーん。家でテレビ見たりとか、あと正月の準備の手伝いもあるなあ。ああほらレポートもあるし。」
「他には?」
「そうだなあ。せっかくだから岐阜に行く前に名古屋で喫茶店に寄って小倉トーストでも食べようかなって思ってる。名古屋着いてもまだ8時半くらいだし。」
「小倉トースト!あれ私も食べたことある!」
小倉トースト。名古屋では喫茶店やレストランのモーニングセットの定番だ。俺も岐阜にいた頃は名古屋に近いという土地柄家でもよく食べたことがあり、中学の友達の家がやっている喫茶店でもメニューにあった。東京に来てからもコンビニで買ったり名古屋にルーツがあるカフェで食べたことが何度かある。俺からしたらひつまぶしや名古屋コーチン、それに高山ラーメンと並んで地元を思い出す食べ物だ。
「名古屋に着いた後、一旦地下鉄に乗って栄に出て…」
俺は名古屋に着いた後、小倉トーストを食べる計画を黒藤さんに話した。
「いいなぁ… 私も名古屋のラジオ局のニュース聴きながら本場の小倉トースト食べたーい!」
「いいもんだよ小倉トースト。黒藤さんは年末年始何するの?」
「私はほとんどバイトや家の手伝いかな。特に年末年始はお寿司屋さんも忙しいから。」
「ああ… それってやっぱり忘年会の予約とか?」
「それもあるけど、『年末年始にお寿司食べる』って人もそれなりにいるし、あと最近はクリスマスにサーモン食べるっていう人が増えたのもあるね。」
「そうなんだ。おせちや年越しそばに加えてお寿司食べる人もそこそこいるんだね。」
「うん。だからうちにとって年末年始は書き入れ時なんだ。」
黒藤さんはこんなことを言ってきた。
「そうだ!」
「?」
「明日一緒に、東京駅まで一緒に行こ!」
「マジで?朝の6時台だから、お店もまだほとんど開いてないと思うけどなぁ…」
「いいのいいの。せっかくだから一緒に行こ!」
「ああまあいいよ。せっかく授業も終わるんだし。」
俺の今年のバイトは昨日で終わってしまっている。マンションの管理人さんには帰省のことはすでに伝えてあるからその間の家賃の問題はクリア済みだ。俺は途中駅の百貨店で家族に頼まれた東京土産を買ってそれを実家に送る手続きをした後、家に帰ったら岐阜に持っていく荷物の最後の準備だ。歯ブラシなどの日用品は実家のものを使えばいいから必要ないが、着替えやスマホ周りのもの、それにレポート作りに必要なパソコンをスーツケースやリュックに入れる。
そして翌朝の6時ちょっと前。家の最寄り駅。俺もいつもの倍くらいは暖かくしているが、年末の早朝はこれでもやはり寒い。
「斎藤君おはよー。」
「おはよう黒藤さん。」
黒藤さんが駅のエスカレーターの下でラジオかなんかを聴きながら待っていた。スカート部分が長めのベージュのシャツワンピースに黒のタイツ。首にはえんじ色のマフラーを巻いていて頭にはグレーっぽい色のニット帽をかぶっている。
「じゃあ早速行こ。」
予定よりもちょっと早いが、俺たちは電車に乗った。
12月28日。帰省シーズン真っ只中であるとはいえ、朝6時台だからか電車の中は静かで乗客も数えるほどしかいない。俺と同じように実家に帰るのであろう人や、これから仕事に行くであろう人が何人か乗っているくらいだ。
「朝早い時間の電車って私かなり久しぶりだな。新幹線含めて、高2の修学旅行の時以来かも。」
「俺も東京に行く日の朝はそんな早くなかったからなぁ。入試もセンター利用で名古屋の会場だったし。」
黒藤さんは電車に乗っている間ずっとラジオを聴いていた。彼女から高速道路は帰省ラッシュで朝からかなり混んでいることを教えてくれた。
それから大体20分くらいで東京駅に着いた。
「東京。東京。ご乗車、ありがとうございます。」
人生初の早朝の東京駅。東京駅には俺と同じように実家に帰る人や旅行に行く人がそこそこいる。でもやはり店は軒並みまだ閉まっている。
「朝早くの東京駅。本当に久しぶりだなぁ。」
まだどこの店も開いておらず、比較的静かな東京駅。黒藤さんにとっても何か特別な感じがするのだろう。そんな黒藤さんもまるでこれからどこかに行くかのような雰囲気がする。きっと周りの人は俺たちはこれからどこかに出かける2人だと認識しているのではないか。俺はそう考えていた。
店も開いてないからやることはない。俺は東京駅にあるホームの表示板やらを写真に納めながら、黒藤さんと一緒に東海道新幹線のホームへと向かう。
そんなこんなで、俺たちは東海道新幹線の乗り場まで着いてしまった。新幹線の出発まではあと20分以上ある。俺は新幹線の切符を改札に通し、遅れて黒藤さんも買った入場券を改札に通して入場した。
俺にとっては上京以来、黒藤さんにとっては修学旅行以来となる新幹線のホーム。まだ時間もあるから、しばらく待合室にいることにした。
待合室の中で2人きり。テレビのモニターには朝のニュースが流れている。
黒藤さんがこんなことを言ってきた。
「そうだ斎藤君、新幹線の中でラジオを聴くなら、熱海を通過したとかで『静岡に入ったな』ってことを確認した時に一旦アプリ閉じてね。」
「ああ。でもなんで?」
「じゃないと、アプリの地域判定が東京や神奈川のままになっちゃうから。」
「分かった。」
いかにも黒藤さんらしい注意だった。
「愛知に入った時も同じことをすればいいんだね。」
そろそろ新幹線もホームに入線している頃だろう。俺たちはホームに上がっていった。
ホームには立ち食い蕎麦の店もある。俺も黒藤さんも懐かしさを感じていた。
「斎藤君。名古屋と岐阜、楽しんできてね。」
「ああ。じゃ、行ってくるわ。」
そう言って俺は新幹線に乗り込み、予約してある席に荷物を置いて座席に座る。座席は窓側だ。
でもなんだろう。こうして座っていると1週間実家に帰るだけなのに名残惜しさも感じる。出発まであと2分弱。俺はさっきの乗り口に戻ってみることにした。
するとそこにはまだ黒藤さんがいた。と、同時に発車ベルが鳴る。
「斎藤君!いってらっしゃい!あと富士山の写真もよろしくね。」
「ああ!お土産も買ってくよ!藤堂にもよろしくな。」
大きく手を振る黒藤さん。それを目にしながら新幹線のドアは閉まり、新幹線は東京駅を出た。
姉ちゃんからすでに話を聞いているかもしれないかもしれないが、父さん母さんにも黒藤さんのことを話したい。新幹線の座席で俺は一人、そんなことを考えていた。
私も新幹線はもう何年も乗ってないですね… 令和入ってからは一度も。
コロナが収まったら、絶対に新幹線乗ってどこか行きたいです。