第21話「紘深のせっかくテレビ雑誌!」
年の瀬迫る12月のある日、紘深は良哉を大学近くの本屋に行こうと誘うのですが…
遊園地で黒藤さんの新しい一面を知った数日が経った。
「俺は当然岐阜と首都圏を比べることになるけど、黒藤さんはどうする?」
「私は… 斎藤君もいるから岐阜とうちにしようかな。」
黒藤さんと一緒の講義で、年末年始休みの課題として「自分の出身地と首都圏のお正月の特色を比較する。首都圏に住んでいる人は自分が選んだ地域と自分の家のそれぞれを比べる」というレポート課題が出た。その講義の直後、廊下で2人立ち話をしていた時のことだった。
(紘深のスマホの着信音)
黒藤さんのスマホに電話がかかってきた。
「ちょっと待ってね。」
そう言って黒藤さんはその場を離れて電話に出た。
「あ、はい!到着したんですね!分かりました!帰りに取りに行きます。」
「ではまた後ほど。失礼します。」
と言ったのが聞こえた。そして黒藤さんは電話を切ってこっちに戻ってくるなりこんなことを言い出した。
「斎藤君。今日はこのあと帰る?」
「ああ。そうだけど。」
すると彼女はこう続けた。
「じゃあさ、一緒に駅前の本屋さん行こうよ!」
その口調はやけに嬉しそうだった。
「本屋?この辺で本屋というと駅前の?ほらあの、カフェも併設されてる。」
「うん。注文した本が届いて、せっかくだからそのついでに。」
「ああじゃあいいよ。バイトもないし。」
そう言って俺たちは、大学の最寄り駅前にある本屋に向かった。どうやら黒藤さんが店に取り寄せを依頼した本が店に届いたんだという。
大学の最寄り駅のすぐ側の駅ビルにあるその本屋。3階建てで文庫本も扱っており、カフェも併設されている。黒藤さんも何度か行くところだそうだが、一緒に行くのは初めてだ。
店に入る俺たち。コーヒーの良い香りがする。
「斎藤君はここで待ってて。」
俺はレジの側にある、カフェの片付け台の側で様子を見ている。
「すいませーん。」
「はい。」
俺の姉ちゃんよりもちょっと年上くらいの男の人の店員が出てきた。
「注文した雑誌を取りに来たんですが。」
「分かりました。カードはありますか?」
「はい。」
そう言って黒藤さんは財布の中から店のカードを出した。
「分かりました。こちら失礼します。」
そう言って店員さんは黒藤さんからカードを受け取ってそれをレジの機械にスキャンし、画面を確認する仕草をした。きっと届いた本の確認をしているのだろう。
店員さんはその後店のバックヤードへ歩いていった。それから2分ほど…
店員さんは雑誌が何冊も入ったカゴのようなものを持ってきた。
「お待たせいたしました。お間違いないかどうか、確認をお願いします。」
その数なんと13冊。しかもどれも同じ表紙であることは、こちらから見ていてもはっきり分かる。
「はい。全部合ってます。」
黒藤さんはそう言うと会計を済ませた。13冊で値段も5,000円弱。
そして3袋に渡る雑誌を入れた袋をハンドバッグに入れた後、黒藤さんが戻って来た。
「おまたせー。」
「おお… ねえ黒藤さん…」
俺は気になることばっかりだ。
「一体…何の雑誌なのあれ全部?」
黒藤さんは即答した。
「テレビの雑誌だよ。」
テレビの雑誌。まあ大体黒藤さんの買う雑誌といえばそれであることは想像がつく。それにしてもなぜこんなにたくさん。しかもどれも同じ表紙だ。
「どれも同じ表紙だったけど…?」
「気になる?じゃあせっかくだから、家に来て一緒見ようよ。」
「家に!?」
突然俺は黒藤さんに家に来ないかと誘われた。びっくりだがせっかくここまで来たんだし黒藤さんが買った雑誌も気になる。第一黒藤さんの期待に満ちた目が、断りづらい雰囲気を醸し出す。
「ああじゃあいいよ。」
「ほんと?やったー!」
俺はカフェのテイクアウト可能なサンドイッチをいくつか買った後、2人電車に乗り黒藤さんの家へ向かう。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす。」
「あら斎藤君いらっしゃい。この間は遊園地、本当にありがとう。」
「いえいえ。どういたしまして。」
おばさんが出迎えてくれた。
手洗いうがいを済ませて黒藤さんの部屋へ。俺が部屋に入ると先に部屋に戻っていた黒藤さんがさっき買ったテレビ雑誌を床に並べていた。同じデザインの表紙のテレビ雑誌がさっき本屋で買った13冊に加え、3日前の発売日当日にすでに買っていたもう1冊の合わせて14冊。改めてみると凄い。
「ここで問題です。」
黒藤さんは突然こんなことを言った。
「なに急に?」
「実はこの14冊は、同じように見えてどこか違うところがあります。さてどこでしょう?表紙をよく見れば分かるよ。」
黒藤さんが言うには、この14冊の雑誌は実は違うところがあるという。
「表紙?」
俺は床に置いてある14冊の本のうち1冊を手に取り、表紙を一通り見た後床に戻してまたもう1冊を手に取る。
「!」
もう1冊を見ている最中、俺は気づいた。
それは表紙の右上だ。さっき見たやつには「長野・新潟版」と書いてあったが、俺が今見ているものには「関西・徳島版」と書いてある。
つまり、14冊とも、扱っている地域が違うということだ。
「分かった。扱っている地域が違う!」
「正解!」
やっぱりだった。黒藤さんらしい。改めて見てみると、14冊合わせて全国を網羅している状態だ。
「まさか、この13冊全部、あの本屋さんに注文したわけ?」
「そう!」
「すげえな…」
「斎藤君。早速これ見て。」
黒藤さんは13冊をベッドの方に寄せ、関東版を開いて俺に見せてきた。
見せてきたページは1月2日の番組表が載ったページ。そこで俺はあることに気づいた。
見開き2ページ目の一番左の欄と同じページの一番右下の欄。この2つは黒藤さんから教えてもらった通り同じ「系列」とかいう関係同士にある山梨県のテレビ局の欄なのだが、普段だったらニュースやワイドショーの番組が放送される朝から夕方までの時間、前者はずっとドラマの再放送となっているが、後者は同じ時間帯ドラマの再放送ではなく前に放送したのであろう長いバラエティーの特番やらドキュメンタリー番組やらが入っている。
「番組が違う。いつもは全国ネットのワイドショーの時間なのに。」
俺がそう言うと、黒藤さんはこう言ってきた。
「気づいた?いつもは全国ネットのワイドショーの時間帯がローカルの編成になって、系列局みんながやりたい番組をやる。だから私ね、年末年始が大好きなんだ!」
彼女は本当に楽しそうな様子だった。
続いて見せてきた12月29日のページ。さっきのテレビ局の上の欄の、その見開き1ページ目の真ん中へんの欄のテレビ局の山梨県のテレビ局の欄。たしかに関東が朝の6時7時からバラエティー番組の総集編をやっている間、山梨県ではどこかでやった旅番組やらスポーツの特番だ。夜中はニュースの後のバラエティーの特番をやらず12時前から映画を放送する。
黒藤さんは続けて大分・宮崎・鹿児島版を開いて見せてきた。
その日の深夜を見て俺は驚いた。
「テレビ○分」という大分県のテレビ局の欄。テレビ○分は2つのネットワークに入っていて曜日や時間帯によってどっちの系列の番組を放送するかを変えるという、「クロスネット」とかいうテレビ局。それは黒藤さんからすでに聞いているし、そもそも先月俺が黒藤さんに解かせたテストの内容にも盛り込んだから俺も知っている。
そのテレビ局ではなんと、昨日俺も後半の方を見た長い長い音楽の特番が、夜中の12時から明け方の5時前まで組まれている。
「年末年始はこんなこともできちゃうのか…」
俺は驚いた。大晦日でもないのに夜中から明け方まで音楽の特番。「年末なんだから夜ふかししちゃいましょう!」とも言わんばかりに振り切っている感じすらする。
「楽しいよね。年末年始!」
俺たちはその後も、いろいろな地域の年末年始の番組表を見た。当然中部地方版もチェックした。大阪で放送されるお笑い系の特別番組を同時放送する地域もあれば、関東で放送されるドラマの再放送やバラエティーの総集編をそのまま放送する地域、1月2日の朝6時から昼前まで、俺も見たことのある外来種を駆除する番組のうちかなり時間が長かった回をノンストップでやる地域もあった。本当に個性が豊かだ。
その間黒藤さんは、本当に楽しそうな顔をしていた。
「それにしてもよく発売日から3日で、関東以外の13バージョンを一度にゲットできたね。」
同じテレビ雑誌の全国各地の違うバージョンを、発売からわずか3日で一度にゲットできる。物流事情など様々な要因があるから、よくよく考えてみると凄いことだ。
「なにかコツとかあるの?ネット注文?」
「ううん。発売日の1週間前から予約ができて、店員さんが『その日に注文すれば取り寄せ用の取り置きが効きやすい』って言うからその日にお店で注文したんだ。」
「そうなんだ。それを店員さんに聞いたのっていつ?その『発売日の1週間前』?」
「ううん。その日のさらに3日前。」
「うわだとすりゃ10日前… 用意周到じゃん…」
黒藤さんはなんと遊園地に行く前から13冊をゲットするために動いていたというのだ。その行動力に俺は驚いた。
思えばもうすぐ年の瀬。年末年始俺は岐阜の実家に帰省する。
実家で見るテレビが、何だかちょっと楽しみになってきた。
私もここ数年は、朝からドラマの再放送を見ていて「もう年末か…」と感じます。
ちなみに私は今年の正月、箱根駅伝の裏で「鬼滅の刃」を朝から昼まで一挙放送する地域があるだろうなと予想してました。
その予想は外れましたが…
(東海テレビが3日の朝7時台に13話・14話を2本立てでやった程度)