第204話「生徒10号」
6月20日に俺の5月分の給料が振り込まれていることを確認した俺。その額は先月よりも数千円上がっていた。毎日の仕事の努力がこうして給料の額にも現れるなんてことは、バイト時代には絶対味わえなかった感覚だ。
電車のアナウンス「まもなく、さいたま新都心、さいたま新都心―」
それから数日が経ったある土曜日、俺はさいたま新都心を訪れた。紘深さんが働いているさいたま新都心の街にはどんなものがあるのだろうかと興味があったからだ。
良哉(ここがあのさいたまスーパーアリーナか。)
よくいろんなアーティストがライブを行ったり、日曜朝のヒーロー番組のロケがたまに行われたりしているさいたまスーパーアリーナ。それを間近で見たのは初めてな俺。その規模の大きさには圧巻だ。
良哉(名古屋でいうところのどこのポジションになるんだろうなここ。もしかしたらそれより凄いところなのかも。)
その後はコクーンシティーの中を見て周った。こういう首都圏のかなり大きなショッピングモールに来るというのは、思えば大学時代にもなかったことだ。
そのコクーンシティーの遊歩道を降りて、公園や広場が並ぶ区画に出た。
良哉(ちょっとここの公園で一休みするか。)
「さいたま新都心公園」というところにやってきた俺。芝生が広がる広い公園だ。土曜日ということもあって、大人から小さい子どもまで多くの人がいる。
大人向けの健康遊具が並ぶ区画を通ると、子ども向けの遊具が並ぶところに出てきた。やはり子どもや親子連れがいっぱいだ。
男の子「ブンブンブーン!」
すると…
「あ!良哉君!」
後ろから俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声がした。後ろを振り返ると…
紘深「良哉君!私だよ私!」
そこにはなんと紘深さんがいた。確かに土曜日もたまに仕事があると言っていた紘深さん。しかしこんなところでバッタリ会えるとは、二重三重にびっくりだ。
良哉「ひ、紘深さん!」
紘深「良哉君!まさかここで会えるなんて!」
良哉「ああ。なんとなくさいたま新都心に行ってみたくなって、それでまたなんとなくここに来たんだけど…」
紘深「それにしても凄い偶然じゃん!」
良哉「ああ。紘深さんはなんでここに来てるの?仕事?」
紘深「うん。今日はフリースクールの公園レクなんだ。」
良哉「へー。そういえば言ってたね。『近くの公園に遊びに行くレクもあるんだ』とか。」
紘深「そうそう。今日が私がここ(さいたま新都心)で働き始めてから初めての公園レクなんだ。」
良哉「なるほどね。」
すると…
男の子「黒藤先生。」
すると、紘深さんの側に1人の中学生くらいの男の子がやってきた。
紘深「あ、菫君。」
菫「この人は誰ですか?紘深さんの友達?」
紘深「そうだよ。今日たまたまこの公園に遊びに来てたんだ。」
良哉「はじめまして。菫君。」(この子がこの間紘深さんが話してた菫君って人か…)
紘深さんの側にやってきた男の子。その子こそがこの間紘深さんが話してた菫君という人だった。俺が菫君のことを知っているとか、俺と紘深さんが本当は彼氏彼女の関係であるということは、菫君には言わないでおくことにしようと思う。
良哉(菫君の思ってる通り、ここは「友達」ってことにしとくか…)
菫「斎藤さん。知ってると思うけど紘深さんって本当に珍しいというか、とっても凄い人なんですよ。」
良哉「ああ。地方のテレビの事いっぱい知ってるんだよ。いろんな地域のテレビやラジオの話をよくしてくれてるんだ。」
菫「斎藤さんもなんですか。」
良哉「まあ、友達だしね。菫君って出身どこ?(まあ知ってるんだけどね…)」
菫「京都です。だから京都のテレビの話とかも本当によく知ってて。」
良哉「ああ僕もよく紘深さんからよくそんな感じの話は教えてもらったよ。」
菫「例えばどんなことですか?夜の阪○のナイター中継のこと… とか?」
良哉「そうそうまさにそういうの!僕は岐阜出身なんだけど…」
菫「ってことは、サ○○レビのナイター中継たまに流れてたんですよね?」
良哉「あ、ああ…(苦笑)僕が岐阜にいた頃はよく阪○と○日の試合はテレビで見てたよ。」
菫「岐阜でも流れてたんですか?」
良哉「そうそう。タイトル変わってたんだけどね。」
菫「あ!それってもしかして京都では『サ○○レビボ○○ス席』じゃなくて『K○S京都エキ○○トナイター』になっているのと同じ要領ですか?」
良哉「その通りなんだよ。岐阜は『ぎふ○ャンダ○ナ○ックナイター』ってタイトルだったんだ。」
菫「そういうタイトルなんですかー。」
良哉「そうそう。懐かしいなー岐阜のナイター中継。他のチャンネルでもローカルの○日の試合の中継で夜のバラエティー番組が土曜日や日曜日のお昼に移動したりってこともよくあったよ。」
菫「その話も紘深さんからよく聞きました(笑)あと『全国ネット』って言われているはずのナイター中継が関西ではローカルの阪○やオリ○ク○の試合に取り替えられたりってことも。」
良哉「岐阜もそういうことよくあったよ。僕お姉ちゃんいるんだけど、ある時東京でやる(プロ野球ナイター)中継のゲストに姉ちゃんが夢中だったドラマに出てた俳優さんが出てたんだけど、その試合が岐阜ではローカルの○日の試合の中継になったから放送されなくて、姉ちゃんが怒ってたことがあったんだよ。」
〜当時の回想〜
市華「―何も今回じゃなくたっていいじゃん!」
〜回想終わり〜
菫「それはちょっと気の毒ですね… 岐阜だけじゃなくて愛知や三重にいる俳優さんのファンも同じような思いしてたりとか。」
良哉「そうだね。3県も巻き込んでね(苦笑)まあその俳優さんが東京出身だったのがせめてもの救いだったかな…」
菫「そうですね。地元…故郷で見られないってのはとても辛そう…」
良哉「その通りだよ。アニメでも地方出身の声優さんで、その人の地元で放送されないってのはザラにあることだしね…」
菫「そうそう。製作委員会もメインの声優さんの地元でも放送してあげてよって言いたいですね。」
良哉「その通り… って菫君アニメの製作委員会とかの話まで知ってるの!?」
菫「はい。そのことも紘深さんから教えてくれました。」
良哉「やっぱりそうなんだ(苦笑)」
菫「はい(笑)何年か前やってたアサ○○ト○○ィってアニメは凄かったって聞いてます。放送局の並びが。」
良哉「あああれか。T○Sの系列局があるってのにそっちとは別のテレビ局で放送したところがほとんどだったって。」
菫「そうそう!紘深さん言ってました。『製作委員会ってやりようによってはこんなこともできちゃうんだよ』って。それで僕それがきっかけでアサ○○ト○○ィってアニメ全話配信で見ちゃいました。9話の○梨が死んだとこマジで泣きました…」
良哉「そうなんだ。そういえばさ、そのアニメに出てたメカニック担当的なキャラの声が紘深さんに似てたんだよ。」
菫「そうそう!僕もそう思ってました!」
(苦笑いする紘深)
話はそこでひと段落したかのように見えた。すると…
菫「実は僕…」
良哉「何?どうしたの?」
菫「…」
良哉「…?」(おいまさかこれ『紘深さんのことが好き』とか言うんじゃないだろうな…?)
菫「実は僕、ここの10人目の生徒なんです。」
良哉「そうなんだ。じゃあさながら『生徒10号』ってところかな。」(なんだろうこの謎の安心感?)
菫「そうですね(笑)はい。今年の春に1人卒業して、今は12人なんです。」
良哉「そうなんだ。菫君、学校…でいいのかな?は楽しい?」
菫「はい。職員さんも他の生徒もみんな優しくて、こっち(埼玉)来てからやっと自分の居場所が見つかった感じがします。(中)学校の方はなかなか馴染めなくて通えていなくて…」
良哉「まあ学校に馴染めなかったり通えてないことを気にしすぎる必要もないよ。君のペースでいいんだよって思うよ。」
菫「ありがとうございます。良哉さん。」
良哉「うん。」
そう言って菫君は、別の人の方へと行ったのだった。
良哉「菫君、この調子ならもういろいろ大丈夫っぽいね。」
紘深「うん。この調子で菫君が本来の学校に通えるようになればいいなって思ってる。幸いいじめに遭ってるから学校に通えていないって訳じゃないからね。菫君。」
良哉「その通りだな。さっきのあの調子ならその点も大丈夫っぽい気がするよ。」
紘深「うん。今のが菫君にとって大きな自信になるといいなって思ってる。」
先日紘深さんから話を聞いた時に「菫君に会ってみたい」と思った俺。しかしこんなに早く会えるとは思ってもいなかった。だから余分にびっくりだ。
故郷ゆえに元々覚えていたり知っていたことと紘深さんから教えてもらったことも合わさった、京都のテレビにまつわる知識を俺に語ってくれた菫君。それを語っている最中も語った後もホームシックが再発している様子はなかったように見えたし、フリースクールの他の生徒さんとも問題なく話せているように見える。
紘深さんのおかげで菫君はホームシックを克服したと俺は思う。紘深さんはやっぱり凄い。
<作者より>
実際調べたところ、フリースクールは週末は休みであるところがほとんどだそうです。千葉方面のフリースクールで月~土曜日通い放題というところが1件ヒットしたくらいでした。
まあでも、ここでは現実にはあり得ないとかのツッコミはなしでお願いします…(苦笑)