第197話「海の側の黒藤さん」
別荘を飛び出した俺。向かうは間越海水浴場だ。
夜8時を少し過ぎた海沿い。気温は16度。この時期にしては暖かい方かもしれない。
海水浴場に向かう俺。砂浜に続く階段に、誰かが座っているのが見える。
(もしかして黒藤さんかな…)
その予想は的中した。階段には黒藤さんが座っていた。
紘深「あ、斎藤君。」
良哉「黒藤さん。ここにいたんだ。」
ケンカがまだ完全には収束していない俺たち。お互いこの後の話をどうすればいいか分からない。
紘深「ねえ斎藤君。」
先に口を開いたのは黒藤さんだった。
良哉「何?黒藤さん?」
紘深「さっき私が外出る時、斎藤君藤堂君の部屋にいたよね?」
良哉「ああ。そうだけど。」
紘深「実は聞こえてたんだ。私が中2の頃の話してたんだよね?」
良哉「そ… その通り… なんかごめん。」
俺は驚くことに、さっきの藤堂との会話が黒藤さんに聞こえていたということを聞かされた。おそらく別荘を出るにあたって藤堂の部屋の前を通った際に聞こえたのだろう。黒藤さんの過去について語っていたことについて、俺は申し訳なくなっていった。余計気まずい気持ちが強くなる。
紘深「大丈夫謝らなくていいよ。ほんのちょっぴりしか聞こえてなかったんだから。」
良哉「あ、ああ…」
紘深「ぶっちゃけた話だけど、どの部分だか気になる?」
良哉「うん… 俺も気になるな。」
状況的に下手に深入りしない方がいいかとも思っていたが、黒藤さんがせっかく話そうとしてくれてるんだ。ここは聞いてあげた方がいいと思い、聞くことにした。
紘深「『合唱コンの少し後に保健室から私が出てくるのを見た』『なんかちょっと不自然な格好だった』ってところ。」
良哉「よりによってそこかよ…(苦笑)」
紘深「そうそう(苦笑)私その部分聞いてクスッとしちゃった。カウンセリングルームでさくらの話聞きながらお××ししちゃって保健室で着替えて出てきたところ、実は藤堂君にも見られてたんだ…(苦笑)」
良哉「赤裸々に言うなよ思い出しちまったじゃねえかよ!(苦笑)」
俺は黒藤さんから、彼女が明智さんの相談に乗ってあげている時に起きた恥ずかしい出来事を改めて口にされて、つい取り乱してしまった。黒藤さんの名誉のために忘れようと思っていたのだが。黒藤さんが自ら掘り返してくる格好になったことに、俺はにわかにこの状況を信じることができなかった。
~回想・良哉とさくらが初対面の時~
さくら「あと紘深ったら一度私の話聞きながらやっちゃったこともあったよね。」
紘深「ええマジであの話!?」
さくら「あの時は本当に大変だったんだからカウンセリングルーム水浸しにしちゃって!(カウンセリングルームの)先生総出で片付けたよね。」
紘深「だってあの時はさくら助ける方に必死で行くタイミング逃しちゃったから~!」
~回想終わり~
紘深「でも実は学校でのお××し、あれが唯一じゃないんだ。」
良哉「え、それどういうこと?」
紘深「うん。私実は、小学生の頃授業中にしちゃったことがあるんだ。」
良哉「え… ま… ま… マジ… で…?」
紘深「うん…(苦笑)」
黒藤さんは苦笑いしながらこう続ける。
紘深「うちの店でバイトしている小西君っているじゃん。」
良哉「ああいるね。小西さんがどうかしたの?」
紘深「小3の頃小西君とクラス一緒でね、道徳の授業の時のことだったんだけど、私めちゃくちゃトイレ行きたかったのね。」
良哉「うん。」
紘深「でも小西君がプレッシャーを感じてからなのかなかなか答えることができなくて、それで教室トイレ言い出していい空気じゃなくなっちゃって、授業終わるまであと2分ってところで最終的に。」
良哉「そう… だったんだ… その後大丈夫だった?」
紘深「その後しばらく不登校になった。ホントに高山先生や梨苗が、私が学校に復帰できるよう頑張ってくれてたから、本当に2人やお父さんお母さんには感謝だよ。」
良哉「待てよ。なんか小西さんと俺が初めて会った時、黒藤さんなんか触れられたくないこと隠してるような感じだったのを覚えてるんだけど、変なこと聞くように悪いけどそれってもしかして…」
紘深「うんまさにそれ(苦笑)」
良哉「そうだったんだ全部繋がっちゃったよ。」
紘深「そういうこと。あとこの間家の店に高山先生来たじゃん。」
良哉「うん。」
紘深「で高山先生が店出た時私も高山先生の後を追うように外出てったじゃん。」
良哉「ああ。なんか高山先生に言いたい事あるのかなあって感じ俺もしてた。」
紘深「それ。高山先生に『その節はありがとうございました』的なこと伝えてたの。」
良哉「なるほどそういうことか。てか今まで『その節はありがとうございました』って言えてなかったの?」
紘深「うん。内容が内容だから私も学校に復帰しても自分からは直接ありがとうございましたって言えなくて、4年生に上がったらいい加減に自分からも直接言わなきゃって思ってたんだけどよりによって高山先生がそのタイミングで別の学校に異動になっちゃったの。」
良哉「マジか… てことはだよ、この間まで『その節はありがとうございました』的なこと、黒藤さんの口から直接言えてなかったってこと?」
紘深「その通り。かれこれ13~4年もかかっちゃった(苦笑)」
良哉「そうだったんだ… よかったね言えて。」
紘深「うん。ありがとう。11月のことだったから、今年であれから14年になるのかあ…」
良哉「そう… なんだ…(苦笑)」
紘深「毎回私その時期が近づくとトイレが近くなっちゃうんだ… ほら、11月に新しい部長決めたことあったじゃん。」
良哉「あああったね。」
紘深「実はその時私相当ヤバかったの(苦笑)」
良哉「そう… だったん… だ…(苦笑)なんか大変だね(苦笑)」
紘深「うん… 記念日現象ってやつかも?(苦笑)」
良哉「最悪すぎる記念日現象だねそれ…(苦笑)実は俺も中学の頃クラスの女子が期末テスト終わりのホームルーム中にやっちゃったことがあって、教室の窓のカーテンを慌てて閉めるのに俺が駆り出されたりとか担任の先生から緘口令が出て大変だったんだよ。」
紘深「そうだったんだ… 斎藤君も斎藤君で大変だったね。私の時も『絶対に他のクラスの人にしゃべらないように』的なこと言われてたって、しばらく経ってから梨苗から聞いたよ。」
良哉「うん…。『俺のクラスで何かあったんだな』的な空気は他のクラスにも伝わったみたいでねぇ…」
紘深「そうだったんだ… あと私の場合こんなことがあったの(笑)」
良哉「どんなの?」
紘深「あの後3学期に入って、ある日の保健の授業で泌尿器系について習ったんだけど、腎臓だの膀胱だのと先生が解説している場面でクラスの一部の人が私の事をチラチラ見てきたのあれめっちゃ恥ずかしかった…(苦笑)」
良哉「いやそれもそれで本当に恥ずかしいね…(苦笑)」
梨苗「うん…(苦笑)梨苗めっちゃ怒ってたなあ…(苦笑)」
~当時の回想~
梨苗「ちょっとー!」
~回想終わり~
黒藤さんが俺にした今の話は、はっきり言って今の俺が聞いたり受け答えたりしていいような内容ではなかった。しかし黒藤さんはこの話をすることに対して、一切の躊躇がないように思えた。
俺はそこからあることを察した。「黒藤さんは俺に自分のとてつもなく恥ずかしい過去の話をするほど、俺に気を許しているんだな」ということを。まあそれを察するきっかけの話ももっとマシな話であって欲しかったのだが。
まあ何にせよ話をする中で、俺から黒藤さんに話しかけたい気持ちが芽生えた。
良哉「ねえ黒藤さん。」
紘深「何?」
良哉「黒藤さんが大分に行ってみたいって思うようになったのっていつ頃から?」
紘深「気になる(笑)実はね、地方のテレビ局に興味持ったしばらく後から。」
良哉「そんなに!?」
紘深「うん。テ○ビ○分を知ったのをきっかけに大分県にも興味を持って、ずっと行ってみたかったんだ。都道府県図鑑的なのを読んだの。あれだよ。こ○もち○れ○じの付録にあるようなやつ。」
良哉「そうだったんだ… 黒藤さんって幼稚園の頃に地方のテレビ局に興味持ったんだよね?」
紘深「そうだよ。」
良哉「小学校上がる前からってことは… かれこれおよそ20年越しの悲願ってこと!?」
紘深「そうそう!」
良哉「よかったねおよそ20年越しの夢叶って。」
紘深「うん!お父さんお母さんが許可出してくれた時は本当に嬉しかったよ!」
良哉「そうだねえ。黒藤さんが初めて地方行ったのって、いつ?どこ?」
紘深「小2の頃に宮城行ったのが初めて。青葉城とか作並温泉とか松島とかいろんなところ行ったよ。もちろん宮城のテレビ局をハシゴもした。N○K含めて(笑)」
良哉「黒藤さんの喜んでいる顔が浮かぶよ(笑)」
紘深「うん。だって地方のテレビ局に興味持った時から『いつか関東の外にも行ってみたいなあ』って思ってたから。宮城に決まった時は本当に嬉しかった。」
良哉「やっぱり(笑)黒藤さんってやっぱり日本の地理には強い方?」
紘深「そりゃもちろん(笑)テストではほとんど無双だったよ。小3で初めて地理の授業を受けられるってことになった時は本当に嬉しかったんだから。」
良哉「そのようだね。」
俺が聞くのも憚られるような恥ずかしい話から「地方」そのものに対する思い出まで、黒藤さんのいろいろな話を聞くことが出来た。
それを通して俺の中で、黒藤さんに対するある気持ちがどんどんと大きくなっていく感じがしていた。




