第196話「斎藤くんは踏み出したい!」
藤堂と黒藤さんの中2の頃の話をした後、部屋に戻った俺。
~回想~
良哉「まあ何か話をしてて、黒藤さんの意外な一面を感じることはできたと思う。」
幸太郎「そうかそうか(笑)まあ、これから先どうするかはお前次第だし、それもお前に全部委ねるよ。」
良哉「ああ。ありがとう。藤堂。この後じっくり考えることにするよ。」
~回想終わり~
(一丁前に『この後じっくり考えることにするよ』とは言ったものの…)
俺はさっき「この後じっくり考えることにする」と藤堂には行ったが、やはり考えるのは難しい。受験や就活の時に自分を見つめ直したり分析したりするのとは、また違った難しさを俺は感じていた。いやもしかしたらそれらの時以上かもしれない。
(黒藤さんとのことをいろいろ思い出してみよう…)
黒藤さんと出会ってしばらくが経ったある日、俺は黒藤さんと銀座及びその周辺で地方のテレビ局の東京支社巡りをした。これをデートと認識するか否か以前の問題として、そもそもそれが俺にとって姉ちゃん以外の女性と初めて2人きりで出かけた初めての場所だった。
(まさか俺にとって初のそれが地方のテレビ局の東京支社巡りだったとはな…(笑))
考えてみたら、仲良くなった人と一緒に地方のテレビ局の東京支社巡りをしたいだなんて、黒藤さん以外に思いつく人はまずいないだろう。今となってはそれが黒藤さんが黒藤さんである何よりの証拠であるといえるだろう。他にも埼玉や神奈川の送信所や、この間は東京都内のコミュニティーFM局を見にも行った。いずれも黒藤さんはめちゃくちゃ楽しそうにしていた。
その他にも大学の図書室で一緒に地方の新聞のテレビ・ラジオ欄を見たり、地方のテレビ局のキャラクターが印刷されたラミネートを作ったりと、黒藤さんの趣味に付き合うことがほとんどだ。一晩中テレビ局の「マスター更新」とやらの経過の観察に付き合ったりもしたっけ。
(そういやしばらくラミネート作りやってなかったな…)
またラミネート作りをしてみたいと、俺は思った。
俺と黒藤さんの出会いは姉ちゃん経由で俺の家族も知ることになり、その後姉ちゃんがくれた遊園地の割引チケットで4人で遊園地にも出かけた。そこで黒藤さんはお化け屋敷やフリーフォールが苦手であるなど、黒藤さんの(当時としては)意外な一面を知ることが出来た。
そのお化け屋敷で黒藤さんが俺にしがみついてきた時の感じは今でも覚えている。その時に俺が黒藤さんに対して抱いた、やんわりとした気持ちの感覚は今でも覚えているのだが…
(それって、俺が黒藤さんを初めて『可愛い』と感じた瞬間だったのかもな…)
自分や黒藤さんと過ごした過去と向き合う中で、俺はこの感覚が「黒藤さんを『可愛い』と思う気持ち」であることにやっと気づいた。
その後は実家に黒藤さんから年賀状が来た。しかも来たものは年賀状だけではなく、黒藤さんの家から贈られた高級なお茶の缶だった。いつぞやの特撮ヒーロー番組に出てきたどっかの異世界のお姫様が飲んだら酔っ払いそうなタイプの。
(あれはマジでびっくりだったなあ…)
と俺は思った。直接連絡を取る機会はあまりないまでも、その時から黒藤さんと俺の関係は家族ぐるみのものになっていった。3年の夏休みの時には黒藤さんが岐阜の実家に来てくれた。今になって思えばその時の家族の歓迎の空気は凄いものだったと言えるだろう。
(姉ちゃんの職場の後輩がわざわざ来てくれたくらいだしな…(笑))
黒藤さんがうちに来たと聞いて、丹羽さんが急遽実家に来たのは想定外すぎてびっくりした。
そもそも2年の終わりに近づいた春休みには、2人で泊まりがけの旅行にまで行くほどになった。京都府内のコミュニティーFM局から京都市内の有名な観光名所まで、とにかくいろいろなところを巡った。黒藤さんと泊まりがけで行った場所は京都だけに留まらず、静岡や滋賀にも行った。黒藤さんが写真部に入部して以降の部活の合宿も含めればもっとだ。
(そもそも黒藤さんが写真部に入ったのはかなりびっくりしたなあ…)
そもそもとして、黒藤さんが秋に写真部に電撃入部した時はかなり驚いた。今になって思えば完全に俺目当てで入部したとしか思えない。春になって北条さんが大学に進学して(自動的にと言っても間違いなく)写真部に入部してからは、黒藤さんを含めた俺たち4人で活動する機会が格段に増えた。今回の大分旅行がそうだったように。
今になって思えば、俺は黒藤さんをはじめ、4人で一緒に行動するのを一番楽しいと感じていた。あまり人間関係にはあまりこだわりのない方であった俺だが、そんな俺が「この人たちとはいつまでも一緒にいたい」と思うようになったのは、黒藤さんや藤堂・北条さんが初めてであったことに、今にやってやっと気づいた。
自分の気持ちに鈍感な自分を正当化するつもりはないが、黒藤さんや藤堂・北条さんと一緒にいることが、自分にとって当たり前のことになっていたのだ。それによって気づくのが遅かったのかもしれないだろう。
(『当たり前じゃねえからなこの状況!!』いつか見たバラエティー番組で飛び出したそんな言葉もあったっけ。完全に今の俺にも当てはまる言葉だなあ…)
なんてことを俺は考えていた。
思えば俺には自分をやたらからかってくる隣の女子なんていなかったし、確かに俺は高校時代は運動部だったけど大学まで付き合うことになる1個下のウザ可愛い女子マネージャーもいなかった。また特段陰キャって訳でもなかったから自分の人生を指導してくれるパーフェクトヒロインもいなかったし、だからといって絵が描ける訳でもないから美術室に入り浸る後輩もいなかった。手先が器用って訳でもないからコス衣装を作ってくれと頼んでくるクラスメートなんて当然おらず、隣の女子の消しゴムを拾ってあげた訳でもなく、不幸体質な訳でもなかったからピンチから守ってくれる彼女もおらず、クラスで影の薄い存在でもなかったから存在に唯一気づいてくれる女子もいなかった。
そんな俺は4年前岐阜から単身上京して今の大学に進学して学年のLINEのグループにも入るには入ったけど、噂では聞いていた学部の顔合わせパーティーは開催されなかったからそこで友達らしい友達には巡り会えず、写真部の奴とまあまあ気軽に話せる程度でしかなかった。今でさえよく一緒に行動する藤堂と本格的に知り合えたのも黒藤さんに出会った後だ。
そして大学に入学した半年後にゼミが始まった。最初はせいぜい席が隣の奴と仲良くなる程度なんだろうなと思っていた。が…
~回想・最初のゼミの授業後~
紘深「岐阜にいた頃、『テレビが通販ばっかりだな』って感じたことはある?」
~回想終わり~
黒藤さんに話しかけられた瞬間、俺の大学生活は一変した。それからというもの、俺の大学生活にはいつも黒藤さんがいたと言ってもおかしくはない状態になった。そこから藤堂や北条さんをはじめ、今更数えきれないほどいろんな人にも出会った。
今となってはそれが当たり前になっている俺の大学生活…いや今の人生は、黒藤さんとの出会いを機に大きく動き出したようなものだ。いつも明るくて常にポジティブシンキングな黒藤さんによって支えられていたのだ。俺に地方のテレビやラジオに関するいろんなことを語ってくれる黒藤さん。傍から見たら「自分が知っていることを相手に一方的に語っているだけ」にしか見えないかもしれないが、俺はそれを煩わしく思うことは一度たりとも決してなかった。
(せっかくの黒藤さんとの関係を、黒藤さんがあれほど来たがっていたこの大分という地で終わらせてたまるかよ…)
そう思った俺はふと財布の中に入れた、岐阜の神社で引いたおみくじを改めて見てみる。俺の記憶が確かならば、「区切りが控えているなら踏み出せ」そんなことが書いてあった気がする。
(財布からおみくじを取り出す良哉)
「恋愛 区切りが控えているなら踏み出すべし」
まさにその通りだった。
(もう今しかないやつだ…!)
テレビにもよく出ているどこぞの塾の先生じゃないが、いつ踏み出すか。それは今でしかなかった。じっくり考えられたかどうか、そんなことは今の俺には関係ない。
(LINEアプリを立ち上げる良哉)
~紘深と兎愛の部屋・兎愛が一人でテレビを見ている~
(兎愛のスマホのLINE着信音)
兎愛「もしもし。斎藤さん?」
良哉「北条さん?黒藤さん今どこにいるか分かる?」
兎愛「はい。海を見てくるって言って外に出ました。」
良哉「分かった。」
(通話を切る良哉)
兎愛「えっ?ちょっ!?」
~別荘のリビング~
幸太郎(あれ?斎藤どうしたんだ?)
黒藤さんと出会っておよそ3年半、俺はやっと、やっと気づいた。
俺にとって黒藤さんは、藤堂や北条さんともまた違う、特別な存在なんだということを。
俺は躊躇なく、一人別荘を飛び出した。