第187話「爆買い☆黒藤さん恩返し」
〜涼冴のお墓の前〜
紘深「涼冴。ごめんね紹介が遅れちゃって。私の友達の斎藤君だよ。」
涼冴さんのお墓参りをしてからしばらくが経ち、1月も終わりが近づいている。卒論の提出もあと2週間ほどに迫ったため、執筆も最後の仕上げという状況になっている。
そんなある日、大学の学食で俺は黒藤さんと一緒に食事をしていた。黒藤さんが食べているものは「濃厚チーズカレー」。去年9月に俺に見せてくれたやりたいことリストの中に「③ 10月から卒業までに登場する学食の新メニューを制覇する」というものがあったが、2月は大学が休みだから新メニューの追加もないため、これが卒業までに追加される学食の新メニューはこれが最後だという。
「このチーズカレーレストラン顔負けのクオリティーかも。」
と黒藤さんは言っていた。
「そうだ。ねえ斎藤君。」
すると黒藤さんが話を切り出してきた。
「なに?」
「この間さ、私『就職決めたら恩返ししようかな』って言ったの覚えてる?」
「ああ。やりたいことリスト見せてくれた時に言ってたよね。『実は母の日とか父の日とかにプレゼントしたことなかったから』とか言ってたよね。」
「うん。そのことでなんだけど…」
「?」
黒藤さんはこう続ける。
「明日の午後1時以降空いてる?」
「空いてるけど、もしかしてプレゼント俺にも選んで欲しいとかそういうの?」
「当たり!」
「そうだろうと思ったよ。まあいいよ。黒藤さんご両親にプレゼントとかするの初めてなんだから、助言くらいはできかなって思う。」
「ありがとう斎藤君ー!」
という訳で、俺は黒藤さんがご両親に贈るプレゼント探しに付き合うこととなった。
「じゃあ、明日午後1時に赤羽駅でいい?」
「うん。」
その帰りの電車の中で、俺は両親に贈るプレゼントについて調べた。
人気のものだと、旅行券やら高級なお肉やら、あとはペアグラスや食事券やらが続く。
しかしそういうのは働いて得た初任給だったらまだしも、俺たち大学生の残ったバイト代では手の届かないものばかりだ。(特に高級なお肉は。)お寿司屋さんという家故にそうそう旅行や食事に行ってる暇もないだろう。
じゃあ何がいいのか、俺も考えていた。
次の日の午後1時頃、赤羽駅前。
(一体何がいいんだろうな…)
なんてことを考えながら赤羽駅までの道を行く俺。
「あ!斎藤くーん!」
「あ。黒藤さん。」
黒藤さんと合流し、改札を通り埼京線のホームに出る俺たち。
「目的地は?」
「新宿。百貨店に売ってるような、気持ちちょっと高価なものとかがいいかなって思って。」
「そうなんだ。」
「手が届く範囲にはしたいけど、でもやっぱりその辺で買えるようなものじゃない方がいいかなって思ったんだ。」
「俺もそんな感じになるんじゃないかと思ってた。いろいろ調べたんだけどね、高級なお肉とか宝石とかだと手届かないもんね(苦笑)」
「うん…(苦笑)かと言って旅行券とか食事券とかもうち的に現実的じゃないかもって思ったし。物として残る方がいいかなって考えてる。」
電車に乗ること15分。
「新宿ー。新宿ー。ご乗車、ありがとうございます。」
新宿駅に着いた。とりあえずこの後は百貨店に寄ることになるのだろうか。
新宿駅の改札を出て西口方面に歩くことしばらくして、百貨店の中に入った。
「私と斎藤君で百貨店入るなんて初めてだよね?」
「そうだね。もしかしたら東京のは寄るの自体初めてかも。」
という訳で俺たちは百貨店の中を進む。さっき「食べ物系にはしない」という趣旨のことを言っていた黒藤さん。一体何にするのだろうか。
1階は食べ物系がメインだから、2階より上のフロアになるだろう。その俺の予想は当たり、俺たちはエレベーターで3階の日用品のフロアに上がった。
「やっぱり食べ物系とかチケット系とかじゃないなら、日用品になるのかなあって思って。」
と黒藤さんは言っていた。
日用品のフロアを巡る俺たち。日用雑貨やらいろいろなところを回るが、黒藤さんが「これだ!」と
思うものはまだ見つからない。
「ねえ黒藤さん。」
俺は思い切ってアドバイスしてみることにした。尤も、そのために今日一緒なのだが。
「なに?」
「せっかくだからさ、普段のお寿司屋さんの仕事に直結するやつの方がいいんじゃないかな?」
「あーいいねそれ!」
「使ってもらいたいものにしたいならそれがいい気がするよ。」
「そうだね。いやー私そこまで頭回ってなかった…」
「黒藤さん… ちょっと確認するけどさ…」
「なに?」
「もしかして、贈りたいプレゼントの内容そこまでは細かくは決めてなかったやつ?」
「うん…(苦笑)」
「そう… だったんだ…(苦笑)」
なんとも言えない状況の中、プレゼント探しを再開する俺たち。2階に見切りをつけ、服売り場の3階を飛ばして4階・5階と上がっていくが、それでも目ぼしいものは見つからない。
5階を歩く俺たち。調理器具を売っているエリアにやってきた。
「あ!」
という黒藤さん、彼女の頭の中で何かビビっとくるものがあったようだ。
黒藤さんが向かって行ったのは包丁を売っている店。和包丁から牛刀まで、さまざまな包丁や刃物が揃っている。少々近寄り難さを感じるが、俺もそこについて行く。
「黒藤さん、何か良さそうなものでもあったの?」
「うん。いいの見つけた。」
黒藤さんはそう言うと1本の和包丁を指さした。お寿司屋さんとか魚介系の居酒屋とかにありそうな感じの魚を捌くのにも使えそうなもので、黒藤さんの家にはぴったりなやつだ。
「斎藤君からのアドバイスを聞いたら、こういうのがいいかもって思ったんだ。うち、魚を捌く専用の長い包丁、前のやつがしばらく前に折れちゃってなかったんだ。」
「そうなんだ。」
「こういう刺身包丁というか、和包丁がいいかもって思って。『これだ!』ってなったの。」
黒藤さんはその和包丁の値段を確認する。その値段は税抜で15,000円だった。
続けて黒藤さんは財布の中身を確認する。
「黒藤さん、どう?」
「うん!いける!」
という訳で…
「―以上1本で16,500円になります。」
「はい。」(お金を払う紘深)
「20,000円お預かりします。3,500円のお返しです。」
黒藤さんは長めの和包丁を1本買った。プレゼント用の梱包もされていた。その額なんと税込で16,500円。高い買い物になったに違いない。
「で次はおばさんのだよね。」
「うん。お母さんは主にお茶入れたりする仕事がメインだから、茶器とかがいいかな。」
「よっし。じゃあ探すか。」
茶器を売っている店が8階にあるようだ。俺たちはエスカレーターでそこへ向かう。
8階に着いた俺たち。そこは落ち着いた感じのフロアだ。俺たちは8階を進み、茶器を売っている店… というよりお茶屋さんを訪れた。
「いらっしゃいませ。」
お茶っ葉や各地の有名なお茶も売っているそのお茶屋さん。俺たちは茶器を売っているエリアに入る。
「すげえ…」
そこには高級そうな茶壺やら急須やら湯呑みやらがいろいろ売られている。黒藤さんは湯呑みに注目した。
「斎藤君、これいいかも。」
と言う黒藤さん。彼女が注目しているその湯呑みは、黒くて高級そうなものだった。
「これにするの?」
「うん。値段が高めのメニューを頼んだ人にお茶出す時に使えるかなあって思った。」
「そうだねえ… 確かにこの間黒藤さん家の店で高級そうなメニュー食べている人を見たことがあるけど、お茶はそれでも普通のと変わらない感じだったなあ…」
「そうそう(苦笑)うちこういうのはないから。お母さんは特に『欲しい』とは言ってなかったけど、あった方がいいんじゃないかなって思った。値段高いもの食べている人のあがりの湯呑みも、せっかくだからこういう高級そうな湯呑みで出した方がいいんじゃないかなあって思った。」
黒藤さんがここで何を買うか。それはもう言うまでもない。
「斎藤君。このカバン持っててくれるかな?さっき買った包丁入ってるから。」
「―700円の長湯呑(黒)が6個で合わせて4,200円。それに消費税を足して4,620円になります。」
「はい。」(お金を払う紘深)
「4,700円お預かりします。80円のお返しです。」
湯呑みが厳重に梱包された箱が入った袋を持ってくる黒藤さん。その箱はプレゼント用の包装がされているように見えた。
「今日はこんなもんかな。ありがとう。付き合ってくれて。」
「ああ。でももし俺がいなかったらどうなってたんだろうね今日の買い物。」
「多分、めちゃくちゃ時間かかってたと思う…(苦笑)」
そうして俺たちは15分ほどかけて、新宿駅に戻った。
新宿駅に戻ってきた俺たち。やはり新宿駅の中はとても複雑だ。埼京線のホームを目指して歩いていると…
「斎藤君…」
「なに?黒藤さん?」
「ちょっとトイレ行ってくる…」(やや辛そうな表情をしている)
「分かった。じゃあせっかくだし俺も行ってくるから、ここで集合ね。」
「うん。」
トイレを済ませて、俺たちは埼京線に乗り赤羽に戻った。
「―実はさっきのお茶屋さんにね、岐阜のお茶があったんだ。斎藤君も買えばよかったんじゃない?」
「岐阜のお茶はうちにも岐阜の実家にもそれなりにあるからなあ…(苦笑)」
「そうだよね。でも、今日は久しぶりに旅行以外で高いお金出したなあ…『爆買い』って言っていいかも(苦笑)」
「そうだね。包丁はともかく湯呑みが6個も買ったわけだからねえ。」
「うん(苦笑)」
その後は瑞寿司の前で黒藤さんと別れ、家に帰った。
次の日。家で卒論の執筆をまた進めていると…
(インターホンが鳴る音)
(ん?誰だ?)
インターホンが鳴る音がしたので、俺はそれに出る。そのインターホンの画面に映っていたのはなんと黒藤さんだった。
「えへへ。来ちゃった。入っていい?」
「うん。まあ今俺一人しかいないし。」
俺は黒藤さんを家に上げた。
「どうしたの急に家に来て?昨日のプレゼントのこと?」
「うん!昨日の夜、お父さんとお母さんに渡せたんだ。」
「よかったじゃん。」
「うん!」
〜回想・昨日の夜、閉店後の店にて〜
紘深「ねえお父さんにお母さん、ちょっといいかな?」
大智「ん?どうした紘深?」
侑梨「紘深?どうしたのいきなり?」
紘深「ちょっと… 2人にプレゼントしたいものがあって…」
大智「俺たちにプレゼント?」
紘深「うん。まずお父さんにはこっち。」
大智「なんか大きな箱だなあ…」
(プレゼントの箱を開けようとする大智)
紘深「ちょっと待って。宙に浮かせている状態で開けるのは危ないやつだから。」
大智「そうなの?じゃあ…」
(カウンター席に移動してプレゼントの箱を開封する大智)
大智「おおこれは良い和包丁じゃないか!」
紘深「私が選んだんだ。」
大智「これはとても良いブランドのものだよ。ありがとう紘深!」
紘深「どういたしましてお父さん。お母さんにはね、これ。」
侑梨「どこで開けた方がいい?」
紘深「これもお父さんみたいにカウンター席でかな。」
侑梨「分かった。何かしら?」
(プレゼントの袋を開封する侑梨)
侑梨「あら!これは良い湯呑みじゃないの!それも6つも!これも紘深が選んだの?」
紘深「うん!値段高いメニューを頼んだ人に出すお茶に使って欲しくて買ったんだ!」
侑梨「ありがとう紘深。大切に使うわね。」
大智「この和包丁も早速明日から使うよ。」
紘深「うふふ。どういたしまして。」
〜回想終わり〜
紘深「プレゼント、大成功だった!」
良哉「やっぱりそうか。なんか俺も嬉しくなってきたな。そうだ。」
俺は卒論の執筆を一旦止め、黒藤さんと一緒に瑞寿司へ向かった。
(引き戸を開ける音。紘深は家に入る。)
良哉「こんにちはー。」
大智「おおいらっしゃい斎藤君。いやー紘深がね、良い和包丁プレゼントしてくれたんだよ。もしかして昨日斎藤君が紘深と一緒に出かけてたのってこれの付き合い?」
良哉「あ、はい。いやー黒藤さんこの包丁買う時に財布とにらめっこしてましたよ。」
大智「そうだったんだ(笑)いやーこれ魚捌くのにとても良いよ。どれ、この包丁で作った刺身でも食べてみるか?」
良哉「あ。じゃあぜひ。」
おじさんは俺にマグロの赤身の刺身を俺に振舞ってくれた。本来1,000円するものだが、今回は特別に500円でいいとのことだ。
良哉「おおとても美味しいです!」
大智「そうだろそうだろ。」
侑梨「斎藤君。せっかくだから紘深が買ってくれたこの湯呑みでお茶も飲んでみる?」
良哉「いいんですか?」
侑梨「ええ。」
おばさんもお茶を入れてくれた。それも黒藤さんが選んだあの湯呑みで。
(お茶を飲む良哉)
良哉「なんか高級感あっていいですね。お茶もとても美味しいです。」
侑梨「ありがとう。紘深の想いが詰まってるのかもしれないわ。」
黒藤さんが選んだ包丁で作られた刺身も湯呑みに入ったお茶も、心なしかそれぞれ普段の倍くらい美味しかった。




