第174話「社会人10~社会人になるまでにしたい10のこと~」
「えー藤堂君内定取ったの!?おめでとう!」
「ありがとうな黒藤。」
群馬合宿の数日後、部活で集まった俺たち。そこで俺たちは藤堂が内定を得たことを本人の口から明かされた。東京タワー周辺を主なエリアとした運転代行の仕事だという。
「まあ同じ都内で働くわけだけどさ、独り立ちとかはどうするの?」
「うーん… まあやっぱり独り立ちはしたいかなあって思ってる。赤羽から浜松町って電車で30分くらいかかるし、シフト次第では夜遅かったり朝早かったりする時間になることもあるから、いっそのこと職場の事務所周辺に住んだ方がいいかなって思っててね。」
藤堂は今後のことを考えているようだ。俺は大学進学とともに岐阜の実家から独り立ちして今に至るが、まだ内定自体もらっていない俺からしたらとても感心する。働き始めたら職場近くのところとかの別の場所に引っ越すことなんて、考えたこともない。
それからさらに数日後。
(良哉が紘深の家のドアチャイムを鳴らす)
黒藤さんの家を訪れた俺。本を1冊持ってきた。「岩淵宿発展の歴史」が卒論の研究テーマの黒藤さん。去年俺が大学のある授業の課題で使うために買った本に有益そうな情報があるということで、卒論で使うから本を貸して欲しいと頼まれたからだ。
「いいよ、入って。」
「ありがとう。お邪魔します。」
黒藤さんの家の居住スペースに入るのは、思えば久しぶりなことだ。いつぞやの滋賀旅行の計画を黒藤さんに話した時以来だろうか。
「はい黒藤さん。例の本。」
「ありがとう斎藤君!せっかくだから、ゆっくりしていっていいよ。」
「じゃあ。」
せっかくの黒藤さんの家。特に俺に需要のあるものはないが、彼女もそう言ってることだしゆっくりすることにした。ここ数日、面接やらキャリアカウンセリングやら卒論執筆やらで忙しく、はっきり言って疲れているのだから。
すると、リビングのテーブルに置いてある黒藤さんのスマホの画面がたまたま目に入った。その画面に映し出されていたメモには、「内定をゲットする」とか「キャリアカウンセリングを受ける」とか「10月から卒業までに登場する学食の新メニューを制覇する」とか「国会図書館に行く」とか、そういったことが10個箇条書きで書かれている。
「黒藤さん。」
「なに?斎藤君?」
「勝手に見ちゃって悪いかなとも思ってるんだけど、このスマホのメモって、なに?」
「ああこれ?来年の4月まで… つまり社会人になるまでにやりたいことをまとめたんだ。」
「へー。」
何かになるまでに自分がやりたいことをリストアップする。去年も黒藤さんは似たようなことをやっていたとはいえ、完全に今やってるアニメに感化されたやつだろう。
「せっかくだから見てみる?」
「いいの?」
そう言って黒藤さんはスマホのメモを俺に見せてくれた。まずは「① 内定をゲットする」についてだ。
「やっぱり、内定ゲットは最低でも当たり前にやっておきたいと思って。内定ゲットしてないのに社会人になるまでのやりたいことリストが全部埋まるなんておかしいじゃん。」
と黒藤さんは言う。彼女の言う通り当たり前なことだが、ぶっちゃけ言うと盲点だったと俺は思った。
次は「② キャリアカウンセリングを受ける」についてだ。そういえば俺も大学のキャリアサポートセンターで、黒藤さんがキャリアカウンセリングの予約をしているところを2回見たことがある。
「やっぱり内定取るためには、キャリアカウンセラーの人に相談するのもいいかなと思って。こういう時にやるべきことというか、私のやりたいことにでもあるから方がいいかなって思って。」
「なるほど。」
「私もうキャリアカウンセリング受けた回数覚えてないくらい受けたよ。履歴書添削してもらったりとかいろいろしてもらったから。いろいろスカッとするし。」
「そ、そうなんだ… 俺まだ10回くらいしか受けてないや…」
キャリアカウンセリングを自分が数えきれないくらい受けたという黒藤さん。そのキャリアカウンセリングを自らやりたいことリストに盛り込んだことに、俺は黒藤さんはキャリアカウンセリングを楽しんでいるのはないかということすら思えてくる。確かにキャリアカウンセリングは就活での悩みや困っていることを打ち明けられる貴重な場ではある。特に俺のような親元から離れて暮らしている人からしたらなおさらだ。
次は「③ 10月から卒業までに登場する学食の新メニューを制覇する」だ。
「待って。学食新メニュー出るの?」
「うん。10月に福島の魚介をダシに使ったラーメンが出るんだ。学食のホームページ見てない?」
「分かった。ちょっと見てみるよ。」
そう言って学食のホームページにアクセスする俺。学食のホームページなんて、ここ数カ月一度もみることがなかったっけ。この間出た新メニューも、学食のポスターを見たり学生同士の話をキャッチしたりして知ったやつだ。
「こんなの出るのか。めっちゃ旨そうじゃん。」
「うん。追加料金で福島のお米を使った半ライスもあるんだ。」
「めっちゃいいじゃん。」
「魚介ダシのラーメンもいいよね。私寿司屋の娘だから、魚介にはうるさいよ~!」
「すごい自信だね黒藤さん。」
「うん!」
次は「④ 国会図書館に行く」だ。
「国会図書館… やっぱり卒論とか地方局の社史なり地方の新聞とか?」
「その通り!卒論で使えそうな資料って、やっぱり国会図書館が一番手っ取り早いしね。あともっといろんなテレビ局の社史読みたいし。」
「卒論の資料はそうだな確かに。社史はどれくらい読みたいの?」
「1日のうちに読めるったけ読んでみたい!過去の番組表も見てみたいし!」
「楽しそう。○ふチ○ンの昔の番組表とか取ってきたら見せてよ。」
「うん!でも○ふチ○ンの社史は置いてないみたいだけどね…」
「なんだ残念(苦笑)」
次は「⑤ 残ったバイト代でお父さんお母さんに恩返しをする」。
「私実は母の日とか父の日とかにプレゼントしたことなかったから、就職決めたら恩返ししようかなって思ってて。この間見てみたら、バイト代結構貯まってたからそれもいいかなって思ったんだ。」
「去年までは俺たち京都とか静岡とか滋賀とか岐阜の実家行ってたけど、今年になってからは俺たちどこも行ってなかったよな。」
「そうそう。(苦笑)だから私の場合稼いだバイト代有り余ってて…。就活も交通費くらいはお母さんとかが持っててくれるから。」
「そうなんだ。俺も就活の交通費に関しては母さんが生活援助用の口座に月1で3,000円くらい振り込んでくれるから。」
「斎藤君口座2つ持ちなんだ。」
「ああ。その辺はっきりさせたくてね。大学進学するにあたって作った。」
「そうなんだ凄いね斎藤君。意識高いじゃん。」
「ありがとう黒藤さん。話逸れちゃったけどさ、何プレゼントする予定?」
「うーん… 『プレゼントする』っていうのだけが決まってる程度。」
「やっぱりそうだよね。両親の好きなものとか喜びそうなものって分からないものだよね…。」
「うん…(苦笑)」
続いて「⑥ お店の新メニューを考える」。内容的に両親の手伝いをする的なものだろうか。
「それ?5月に新メニューの海鮮サラダ考えてたじゃん。」
「うん。」
「でその後お父さんから、『また新しいメニュー考えて欲しい』って言われたんだ。私も乗り気だったんだけどその後から面接が増えてそれどころじゃなくなっちゃったから、せっかくだから入れた。お父さんにも『就活終わるまで待って欲しい』って伝えたよ。」
「どんなメニューする?お寿司屋さんと言ってもメニューいろいろあるじゃん。」
「やっぱりお寿司かなあ。前にどっかの居酒屋のメニューにあったんだけど、大きめのシャリの上にいろんなネタを盛ったのがあってね。せっかくだから思い切ってそんな感じのがいいかなあって思ってる。」
「負けてないね黒藤さん。俺多分それ見たことあるかも。」
「やっぱりチェーン店には負けられないよ!私の就職祝いってならお父さんお母さんも許してくれると思う!」
「そうだねえ黒藤さん。でもさ言っちゃうけど、ぶっちゃけ握るの大変そうじゃない?」
「うん… 私もその自覚ある…(苦笑)まあちょっとその辺は度外視してる。」
次は「⑦ 藤堂君を含めた4人で草津温泉に行く」だ。目的は言うまでもない。
「やっぱりいつも4人で一緒にいるんだから、草津温泉だけでもリベンジしたいじゃん?」
「そうだね。藤堂いなくてなんか物足りないと思ってたよ。あの『鬼の相撲場碑』藤堂にも見せてあげたかったなあ。藤堂言ってたよ。『今鬼に太鼓つけたら鬼○ン○○ンにしかならないと思うよ』って。」
「そうだよねwww 藤堂君絶対それ言うと思った。実物見たら絶対爆笑するんじゃない?」
「そうだね。」
次は「⑧ 山口のさくらに会いに行く」。そういえば明智さん、黒藤さんがチャイルドカウンセラーの資格を取ったことを俺に言った日の少し後に瑞寿司に来ていたっけ。俺は会えなかったが。
「今度はこっちから会いに行こうと思って。さくら、山口で就活してるって言ってたから。よかったら斎藤君も一緒に行く?」
「まあ、予算や日程確保できれば…(苦笑)黒藤さんが就活終えても、その頃に俺が就活終えてるとは限らないし…」
「なに斎藤君らしくないマイナスなこと言ってるの?(笑)」
「タイミングってものもあるでしょ…(苦笑)」
「そうかもだけどせっかくだから一緒に行こう!ね!?」
「分かったよ検討はするよ。」
「よろしく!」
次。「⑨ 東京都のコミュニティーFM局を全部見に行く」だ。黒藤さんと出会ってから様々なコミュニティーFM局を知った俺。東京都にもコミュニティーFM局があることも知っている。北区にはないことも含めて。
「東京都には16のコミュニティーFM局があるんだけどね、それを全部見に行く予定。ほらあれだよ。前に京都のコミュニティーFM局ハシゴしたじゃん。そんな感じで。」
「そういやそんなこともしてたね俺たち。まあ東京都は京都よりも面積狭いから、余裕でいけるんじゃない?」
「うん。意外にも東京のコミュニティーFM局巡りってやったことなかったから、これを機にやっちゃおうかなって思って。大学の近くにもあるよ。」
「じゃあ手軽に見に行けるじゃん。」
「え~でもせっかくだから斎藤君と一緒がいいな。」
「そうか(苦笑)。まあ大学近くにもあるなら1つ目はそこかな。」
「うんうん!」
黒藤さんと東京のコミュニティーFM局巡り。俺はそれが楽しみになってきた。
最後はこれだ。「⑩ 4人で大分か宮崎に旅行に行く」。大分と宮崎。いずれも本格的なクロスネット局がある県だ。
「大分か宮崎…か。いかにも黒藤さんらしいチョイスだ。」
「えへへ。私たちの大学生活最後の大花火にしようかと思って。」
「まあいい機会ではあるよね。でもさ、飛行機必要だよね。ぶっちゃけ俺飛行機乗ったことなくて…。」
「私も…(苦笑)でもちょうどいい機会じゃないかなって思うな。」
「そうだね。ちょっと待ってね。」
そう言って俺は乗り換えアプリで羽田から大分・宮崎の空港までのフライト時間を調べた。
「おっ出た。」
羽田からは大分・宮崎とも、1時間半ちょいだった。
「―5分くらいしか違わなかったよ。」
「そうなんだありがとう。せっかくだから4日くらい欲しいな。大分になっても宮崎になっても、巡れるったけ巡りたい!」
「そうだね。黒藤さんさっき『大学生活最後の大花火にしよう』って言ってたけど、それにふさわしい旅行にしたいね。」
「うん!」
黒藤さんが一番楽しみにしていたのはこの大分か宮崎への旅行なのではないかと、俺は思った。
それにしても、遠出するものがほとんどだ。お金がかかるのは必須だ。
「草津に山口に大分か宮崎。その上おじさんおばさんへのプレゼント。黒藤さん、お金無駄遣いしないようにね。」
「了解(苦笑)」
「それはそうと黒藤さん、前に合宿で神戸行った時にサ○○レビボ○ク○席見たいとか言ってたけど、それはリストには入れてないの?」
「え~。だってプロ野球の開幕って4月ギリギリじゃん。ボ○ク○席の1発目4月になってからってパターンもあるから、入れないでおいた。阪○の開幕戦をサ○○レビが中継する保証はないし、仮にそれが実現したとしても準備とかで新年度ギリギリに神戸行く訳にもいかないしね。」
「うーん。それもそうだな。」
毎年4月ギリギリに開幕するプロ野球。黒藤さんのやりたいことに入っていたはずのサ○○レビボ○ク○席を現地神戸でリアルタイムで見るということが、時期的に入れられない。黒藤さんは歯がゆかっただろうなあと俺は思った。
「やりたいことやれる期間は、長い方がいいからね。」
「それもそうだな。でもさ、あれみたいに100個は考えなかったの?」
「期間半年くらいって決まっちゃってるから、100個は絶対無理だよ…(苦笑)」
「それもそうか(苦笑)」
大学卒業まであと半年と少し。黒藤さんは自分のやりたいことのためにも頑張っているんだなということを俺は感じた。
改めて、俺も頑張らなくっちゃなと思った。
<作者より>
平成の終わり近くのこと。私も平成のうち、つまり令和になるまでにやりたいことを4つほどリストアップした覚えがあります。全てコンプリートできました。
まあ、キャリアカウンセリングを受けるとか学食で食事をするとか国会図書館に行くとか、その程度のものでしたが。
なおこの話の執筆・公開後、ぎふチャンも社史を出していたことをTwitterで知りました。