第168話「紘深の面接レンチャン」
7月になった。大学は期末テストが近づいている。そんな俺は面接を受けては数日後にお祈りメールが来るという日々が続いている。ゼミ生の中にはもう既に内定を決めた人もいて、「自分はこのままで大丈夫なのだろうか」ということがふと頭をよぎり、無駄なのは分かっている焦りを感じることもある。
そんなある日のこと。夕方6時からの授業を約1時間後に控えた俺は、大学の休憩スペースで時間を潰していた。それにしても今日も今日でとても暑いから、休憩スペースはとても涼しく、ここ最近の俺のお気に入りの場所だ。
するとそこへ、
「斎藤君。」
黒藤さんがやってきた。彼女はスーツを着ているから、彼女も今日面接があったことが分かる。
「よお。黒藤さんも今日面接だったんだ。」
「うん…。」
その黒藤さんの話し方は、やや疲れているように思えた。
「黒藤さん、なんかすごく疲れているように思えるけど…」
「斎藤君もそう思った?」
「そうだよ。疲れるくらい暑いの?」
「まあ確かに暑いってのもあるけど…―」
その黒藤さんは、俺がびっくりするようなことを言った。
「―今日面接2連チャンであったから。」
「面接2連チャンで!?」
黒藤さんはなんと今日面接を2連チャン、つまり2連続ではしごしたという。面接や入社試験が1時間以上かかることはあっても、面接を2連続ではしごするなんて聞いたことがない。姉ちゃんもさすがにそんなことはしていない。
「いや全くないって話ではないと思うけど、面接2連チャンって俺も聞いたことないし、姉ちゃんもやったことないけど…」
「そうでしょ?でも今日面接に行った会社がどっちも『どうしても今日じゃないとダメ』って話してて…」
「そんなことってあるんだ…」
「うん… だから私今日めっちゃ疲れててね…」
「そうなんだ… 1社目終わってから2社目始まるまでの時間ってどれくらいあったの?」
「1社目が10時からで、2社目が(午後)2時からだったよ。」
「なんだ余裕あるじゃん。」
「斎藤君もそう思うよね?でも、案外余裕なかったんだよ…」
「そうなの!?」
「実は1社目が30分交代で5人1組のグループ制だったの。で私のいたグループは11時過ぎからだったんだ。」
「ってことは黒藤さん1時間半も1社目の会社に拘束されてた訳じゃん。」
「うん。それで面接終わったら帰っていいってことだったのね。」
「そうなんだ。よかったじゃん。」
「今になって思えばマジでそれでよかったって思ってるよ。」
「やっぱり疲れるやつ?食事の時間もあるしね。」
「それもある…」
「でその後黒藤さんどうしたの?」
「駅の近くのお店で食事しようと思ってたんだけど、そこがかなり混んでて…」
「まあお昼時だもんな…」
「そうだよ… しかもそのお店おとといの夕方のニュース番組で紹介されたとこだったの。」
「なおさら混むわけだ…。」
「うん… でも後回しにすると面接ギリギリで食事することになっちゃうからそうする訳にもいかないから、そのまま待ったんだ。」
「で、結局食事終えられたの何時だったの?」
「1時前。」
「じゃあ1時間しか間空いてないやつじゃん。移動時間含めて。」
「そう… もうホントに大変だったよ…。」
「待って。先に聞くべきことだったとは思うけど、そもそも場所はどことどこだったの?」
「1社目が雑司ヶ谷で、2社目が上野。」
「ちょっと調べるね。雑司ヶ谷って地下鉄と都電どっち?」
「地下鉄。」
そう言って俺は雑司ヶ谷から上野までの時間を調べた。調べた結果ちょうど30分かかる。午後1時に雑司ヶ谷を出た場合、上野に着くのは1時半くらいだ。
「上野から面接始まるまで30分くらいしかないじゃん。」
「うん… 幸い2社目の会社は駅から5分くらいとそう離れてないところにあったからすぐに着いて、トイレも済ませることができたからいろいろ大丈夫だったの。」
「5分くらいならまあ大丈夫だよね。」
「うん。でもその面接の時間が…」
「面接の時間?どれくらいだったの?」
「それがね…」
その後黒藤さんの口から飛び出した言葉は、俺をかなり驚かせるものだった。
「… 1時間半。」
「1時間半も面接したの!?人数は?」
「複数いると思うじゃん?それが私一人だけだったの。」
「1人につき1時間半も面接するってあるんだ…」
「まあその会社、その人の人となりと一番重視している会社だったから、じっくり面接して考えたかったんだろうけど…」
「ああ。黒藤さんの目指している会社ってフリースクールの運営会社だもんね。人、特に子ども… 場合によっては何かしらの障がいとか抱えている子のことも見る訳だもんな。人柄重視は分かるよ。」
「私もそう思ってる。そうは思ってるから納得はしてるんだけど… でも『1人相手に1時間半も面接はする!?』って思ってるよ…。」
「1時間半はさすがに長すぎだね…(苦笑)」
「斎藤君もそう思うでしょ?斎藤君は今までに受けた面接の時間の最高記録ってどのくらい?」
「1時間くらいだよ。」
「まあせいぜいそのくらいだよね…」
「そうだよなあ。」
話が一段落したところで俺はふと気になったことがある。2時から1時間半やるなら3時半に終わる面接。しかし黒藤さんが大学に着いたのはついさっきだ。
「で黒藤さん今さっき大学に着いた訳だけど、どっか寄ってたの?」
「それがね…」
その黒藤さんの口から飛び出したのは、またもやびっくりすることだった。
「山手線とかが運転見合わせで止まってて、1時間半くらい電車乗ってたんだ…」
「どこで止まったの?」
「秋葉原と神田の間で。その後はもうノロノロ運転だったよ…」
「途中上野東京ラインに乗り換えたりはしなかったの?」
「うん… だって東海道線とかも止まってたから… 『乗り換えたところで大差ないや…』って思ってね…」
「それは… かなり大変だったね…」
「うん… ぶっちゃけ今もめちゃくちゃお腹空いてる… 待合室でおにぎり1個食べたんだけど、おにぎり一個じゃ全然足りないよ…(苦笑)」
2社目の面接の時間が1時間半もあったことや山手線の運転見合わせによるノロノロ運転はともかくとして、2連続での面接はやはり黒藤さん的にはカロリーやらエネルギーやらを相当使うようだ。
「事故とかもあったけど、もう1日のうちに面接連チャンは絶対にやりたくないな…(苦笑)」
苦笑いをする黒藤さんではあったが、その黒藤さんの顔からは「もう絶対に面接連チャンはしない」という決意が俺には感じ取れた。
その後授業が終わった夜7時半過ぎ。大学のカフェを訪れた俺たち。
「いやーここのカフェ9時まで開いてて助かったー!いただきます。」
黒藤さんは厚めのトーストと「スパカツ」というスパゲッティの上にカツを乗せてミートソースをかけた食べ物を食べた。
(ちなみにスパカツは釧路の郷土料理だという)
さらにこの後も家に帰って晩ご飯が控えている黒藤さん。
「―晩ご飯も全然いけるね。」
と言っていたことから、よっぽどお腹が空いていたんだなと俺は思った。1日のうちに2連続で面接するのってこんなに大変なことなんだろうか…
「北条さんもそんな大食いじゃなかったと思う…(苦笑)」




