第165話「黒藤さん一受けてよかった授業」
またさらに面接を2社受け、大学の就活関係のセミナーにもいくつか参加し、いつの間にか黒藤さんの誕生日はおろかゴールデンウィークも過ぎていた。去年のゴールデンウィークは黒藤さんと静岡に旅行に行ったが、今年は就活だから俺も黒藤さんもそんなことを考える時間的余裕はなかった。
そんなある日の面接帰りのこと。
(うー腹減ったなあ…)
俺は今日は最寄りが川崎駅である会社の面接に行った。集団での面接で、時間は夕方の4時から1時間程度だったから、時刻は夕方6時くらいになっている。はっきり言って、ひどく腹が減っている。
時刻は夕方の6時過ぎ。疲れからくる空腹感と時間的なものが重なって、晩飯のことを考えれば考えるほど空腹感は加速する。
そんな中で、瑞寿司の近くを通りがかった。ふと思った俺は財布の中を確認する。
(おっ。)
財布の中には3,000円ほどの持ち合わせがあった。これなら「リーズナブルセット・松」は余裕でいけるだろう。
(じゃあ今日の晩飯は瑞寿司で済ませるか…)
なんてことを思い、瑞寿司のドアを開ける。
(ドアを開ける音)
良哉「こんにちはー。」
大智「おお。斎藤君か。いらっしゃい。」
店に入り、席に着こうとする…
のだが、一つ気になることが出てきた。
それは、奥の方の席で黒藤さんが40代くらいの男の人とおしゃべりをしていることだ。
良哉「おじさん、黒藤さんとしゃべっている男の人は誰なんですか?」
大智「ああ。紘深の小学5年生の頃の担任の先生でね、『赤星先生』って言うんだ。この店のお得意さんなんだよ。」
良哉「先生だったんだ…」
大智「そうだよ。せっかくだから、斎藤君も入ったらどうだ?」
良哉「いいんですか?」
大智「ああ!あのーすいません赤星先生ー。」
赤星「はい。」
大智「紘深の大学の友達が来ましたー。」
紘深「あ!斎藤く~ん!」
成り行きで黒藤さんと赤星先生と一緒になった俺。とりあえず俺は、「リーズナブルセット・松」とセットに含まれていないネタをいくつか、それに海苔とレタスとミニトマトのサラダを頼んだ。
赤星「君が黒藤さんの大学の友達?」
紘深「はい!」
良哉「斎藤良哉です。赤星先生、よろしくお願いいたします。」
赤星「あなたが斎藤さんか。私は赤星規亨。今も黒藤さんが通っていた学校で先生をしています。よろしくお願いいたします。」
あいさつを済ませ、食事を始める俺。すると、赤星先生はこんなことを言ってきた。
「斎藤さん、黒藤さんが小学校の頃どんな人だったか、気になりませんか?今ちょうど黒藤さんとそんな話をしていましてね…」
「小学校の頃の、黒藤さん?」
「ああ。」
赤星先生は黒藤さんの小学校時代のことを語り始めた。5年生クラスの中では友達の女子とともに行動していて、特にこれと言ってクラスの中で目立った存在ではなかったという。成績は良い方で、体育もまあまあできる方であった。
体育について黒藤さんは、
紘深「クラスで運動できる人は他にもそれなりにいたから、その人たちと比べたら得意じゃなかったよ。」
と言う。その後も黒藤さんの小学5年生の頃の思い出話は尽きなかったのだが…
「それにしてもね、私と黒藤さんには思い出の授業があったんですよ。」
と、赤星先生が言った。
「それってどんな授業なんですか?」
と返す俺。その内容はと言うと…
赤星「社会の授業で、テレビに関する授業をした時のことですね…。」
と赤星先生が言った。
良哉「テレビ?いかにも黒藤さんが好きそうな授業ですね。俺今の大学通うにあたって岐阜から上京してきたんですが、最初のゼミの授業が終わった後に『テレビが通販ばっかりだなって感じたことはある?』って話しかけられたのが最初の出会いで…」
赤星「そうだったんですか。いかにも黒藤さんらしい話題の出し方だ。」
紘深「えへへ…」
赤星「まあ本題に戻るけど、『テレビは東京の放送局が全国に直接放送を届けているんじゃなくて、地域ごとにある系列局が地域ごとに電波を出している』なんてことを話して、具体的な例として富山県のテレビ局を紹介しようとしたら黒藤さんが覚醒した。なんてことがあったんですよ。」
良哉「そうなんですか!?まあ黒藤さんらしいっちゃらしいけど…」
赤星「ああ。」
社会の授業でテレビ局に関する授業をした。まあ俺も小学校の頃にテレビ局やテレビに関する授業は社会の時間にやったことはあるが、その授業で黒藤さんが一気に覚醒したなんてことは想像に難くない。実際俺も社会の授業である時電車や高速道路のくだりをやったところ、クラスのあまり目立たなかった男子が突如覚醒して、黒板の空白を全て埋めてしまったり、クラスメートから『ここ何線?』とか『ここは何新幹線?』『ここの高速道路の名前なんだっけ?』と聞かれて頼られたというのを見たことがあったっけ。
~回想~
赤星「テレビは東京にある日○レやテ○朝が全国に直接放送を届けている訳じゃなくて、その地域にある『系列局』というテレビ局が地域ごとに電波を出しながら同じ番組を流すことで、全国に放送を届けているんだ。例えば富山県には…」
紘深「はい!」
赤星「黒藤さん?」
紘深「それってチュ○○ップテレビのことじゃないですか?」
赤星「…正解だ。じゃあ黒藤さん、これは分かる?」
紘深「はい。」
赤星「岩手県に方言を盛り込んだテレビ局があるんだが…」
紘深「はい!岩手め○○いテレビ!」
赤星「じゃあ… 山形にある…」
紘深「さく○○ぼテレビ!」
赤星「…これも正解だ。」
~回想終わり~
良哉「本当に『水を得た魚』とはこのことかもですね。」
赤星「その通りですよまさに。」
良哉「ですよね。実際クラスの人たちの反応どうでした?」
赤星「いやあみんなびっくりしてましたよ。」
小学校では特段目立った存在ではなかったという黒藤さん。でもそんな黒藤さんが授業で無双したとなると、他のクラスメートがびっくりしたというのも、当たり前のことだろう。
良哉「ねえ黒藤さん?黒藤さんって地方のテレビ局が好きっていうのはクラスの人には隠してたの?」
紘深「まあ特に隠さなきゃって思って隠してたわけではないけど、あまり人には話さなかったなあ… だって、『地方のテレビ局』って言ってもここ関東じゃピンとこない人が多いじゃん?」
良哉「やっぱりそうだよなあ…。」
赤星「まあでも実際あの後は黒藤さんのことは話題になってましたよ。そのしばらく後にあった保護者会で、『あの子のクラスに地方のテレビ局が好きな子がいるんですか?面白いものが好きな子なんですね。』なんてことを言われた記憶があります。」
紘深「待ってください私そんなこと言われてたんですか?」
赤星「ああ。初めて聞く趣味みたいな反応してたよ。」
紘深「そうだったんですか… 10年以上経って知った新事実じゃん…」
幼稚園の頃、家のテレビを買い替えた際その時のテレビの取扱説明書の後ろの方にあった全国のテレビ局のリストを見たことがきっかけで興味を持ち、おじさんと一緒にパソコンで番組表やらをいろいろ調べてたら地方のテレビ局を好きになった黒藤さん。
良哉「黒藤さん実際その授業の後どうでした?」
赤星「一部の女子からは一目置かれるようになりましてね、当時やってたドラマは時間違う地域があるのかとか聞かれてましたよ。」
紘深「あーあったあった!確か『○のかか○た○屋』の時間違う地域はあったりするのとか聞かれたこと!『大分はその日の深夜』って答えたら、主演のアイドルのファンの女子がすごく驚いてたよ。『深夜とか生で見られないじゃん…』とか言ってたなあ…」
良哉「なんか『面白い情報を知っている人』って扱いだな…」
赤星「まあでもクラスの児童からは斬新に思えたんでしょうね。『あの番組の放送時間が違う』とか言うのが。」
良哉「そうかもしれないですね。俺のいた岐阜も、民放は日○レからテ○東まで揃ってた… いやテ○東は若干語弊あるかな…」
紘深「ああ先生、斎藤君の言う通りで、岐阜は一応ぎふ○ャンっていうテレビ局があって、少なくとも夜はテ○東の番組がたくさん流れてるんですが、時間が違ってたり流れてない番組もあるんですよ。池の水を全部抜いたりするあれも、岐阜ではしばらく放送されていないんですよ。」
良哉「はい… 黒藤さんの言う通りです… うちはテレビ愛○っていう、愛知にあるテ○東系の局が映るから、ぎふ○ャンで流れないやつも見ることは出来てましたが…」
赤星「なるほど… 変わってないねえ黒藤さん。」
紘深「えへへ…」
赤星「思い出すよ。あの授業の少し後に、給食の時間中に班の人といろいろ地方のテレビ局について話してたの。給食に筑前煮が出た時、福岡のテレビがどんな感じなのかとか聞かれて力説してたこともあったよね。」
良哉「黒藤さんらしいですね…(笑)俺もありましたよ。前に学食で一緒にラーメンを食べた時に、地方のラーメン番組のことをいろいろ語ってくれました。」
赤星「そうだったんですか。VS○の時間が野球中継で日時が変わることがあるって話が飛び出した時は、クラスの女子が凄く驚いてたなあ…」
~その時の回想~
千愛「ねえ紘深ちゃん。」
紘深「千愛?」
千愛「福岡のテレビって、何か面白い話あったりする?」
紘深「福岡のテレビはね、ソ○○バ○クがあるから野球中継やることが多いよ。」
湯目(当時のクラスメートの女子)「その野球中継って福岡だけ?」
紘深「大体そうだよ。ナイターの試合も福岡だけで中継することもあるから… VS○が野球中継で週末の昼に移動したことがあるよ。」
千愛「ちょっと待って!?それって本当!?」
紘深「本当の話だよ。」
千愛「マジか… VS○が移動するとか考えられない…」
~回想終わり~
紘深「えへへ…」
良哉「VS○の時間が変わること、岐阜もたまにありましたよ。」
赤星「ド○○ンズありますからねえ。」
良哉「ちょっと思ったんですが、黒藤さんのクラスに地方から引っ越してきた人はいたんですか?」
赤星「いなかったですね…」
良哉「やっぱりか… 黒藤さんが高校の頃に、地方出身の先生とテレビの話で盛り上がったことがあるのは聞いたことがあるんですが、やっぱり俺は黒藤さんが一番欲しがっていた存在だったんじゃないですかね?」
赤星「そうかもしれないですね。ところで斎藤さん、黒藤さんとはいつ出会ったんですか?」
良哉「1年の頃の秋ですね…」
赤星「かれこれ2年半の付き合いってことですか。」
良哉「『付き合い』って言っても、付き合ってるって訳じゃないんですがね…」
赤星「でも斎藤さんがさっき言った『黒藤さんが一番欲しがっていた存在だったんじゃ』って言うのは本当に間違ってないと思いますよ。」
良哉「そうかもしれないですね。でなきゃ2年半も一緒にいたりしてないから。」
紘深「斎藤君の今のそれ間違ってないと思いますね… 実際私、斎藤君と2人で旅行に行ったこともありますから。京都に静岡に岐阜に、あと斎藤君の実家も行ったこともあります。」
赤星「凄く仲良いじゃないですか!」
赤星先生は、黒藤さんが俺と複数回旅行に行っていたことにびっくりしている様子だった。
良哉「そうですね… あと出会ってしばらくのタイミングで、アンテナショップ巡りと、あと銀座近辺で地方のテレビ局の支社巡りもしましたね。支社巡りはかれこれ20局以上巡りましたよ。タイムテーブルとか貰って。」
赤星「黒藤さんらしい過ごし方ですね(笑)」
紘深「はい…(苦笑)」
良哉「ねえ黒藤さん、黒藤さんは赤星先生が言ってた授業のことは今でも覚えてる?」
俺はなんとなく、黒藤さんに聞いた。
紘深「忘れるわけないじゃん!」
即答だった。あの授業は黒藤さんの中で、一生の思い出になっているだろうと思った。
(笑顔を見せている紘深)
今でも忘れない小学校の頃の一番の思い出の授業の話を当時の担任の先生として、楽しそうな笑顔を見せている黒藤さん。そんな彼女の小学校時代の一番の思い出はなんなのか、俺は今更聞くことでもないなと思っていた。
-新しい設定付き登場人物-
赤星規亨
紘深の小学5年生の頃の担任教師。41歳。紘深が小学4年生の頃に着任して以降、今も紘深の母校の小学校で働いている。
趣味は釣りで、それもあってか朝は強い方。




