第16話「写真部入って何が悪いの?」
ある日の黒藤さんとも藤堂とも一緒じゃない講義の後のこと。
教室を出てスマホを開くと、珍しく写真部のグループLINEの通知が入っていた。
「部員全員へ連絡…」
「?」
通知欄の大きさの都合で全文を読むことはできないし、そもそも返信する必要がある。俺はLINEのアプリを立ち上げる。
「部員全員へ連絡 本日16時頃から新入部員の紹介ミーティングを行います。来られる人は極力来てください。 部長」
それは今日の夕方に新入部員紹介ミーティングを行うから、来られる人は来て欲しいという連絡だった。他の部活がどうかは分からないが、少なくとも写真部は年中部員を募集している。「通年採用やっている会社かよ」と突っ込んでいた先輩もいたっけ。俺も写真部に入ったのは5月くらいで、入学とほぼ同時に入った藤堂やあの写真部きっての女好きとして知られる今川の方が、同じ1年でも写真部の中では若干先輩だ。体育会のようなガチガチの上下関係はないとはいえ。
でももう11月。「この時期に新入部員なんて、ちょっと中途半端過ぎないか?」と思っていた。
そう言えばしばらく部室に顔を出していなかった俺。その時間の授業がない俺は部活に顔を出さなければならないことは確定している。その場で返事をした後、時間は経って午後3時半過ぎ。ちょっと早いが暇だから部室に行く。
「こんにちはー。」
「よお。斎藤じゃねぇか。」
部室の中では藤堂がいつものように写真の編集をしていた。2・3年生の部員も何人かいる。
「藤堂も知ってるよね。新入部員のこと。」
「ああ。俺もこの時期に新入部員って話は聞いたことがないなぁ。」
「だろ?この間のオープンキャンパスの部活の写真部のブースを見て興味持った奴がいたのかな?」
「そうなのかなぁ…?」
うちの大学の文化祭は、例年は10月か11月くらいであるものの今年はいろいろあって9月に行われた。またオープンキャンパスでの部のブースは2・3年生が主導でやっているから俺たち1年生の出番は事前にブース内で飾る写真を用意するくらいで当日の出番はほぼないため、俺はオープンキャンパス当日の写真部ブースの様子は先輩づてに聞いていただけで詳しいことはよく知らない。
時間が経つにつれ部室に来る部員の数が増えていく。
そして迎えた16時過ぎ。「来られない」という返事をした2~3人を除いた全員が集まった。
最後に部長が入ってくる。どうやら前の授業が少し長引いたために遅れてしまったらしい。
「時間過ぎちゃってごめん。じゃあ、新入部員の方を紹介します。どうぞ。」
新入部員の人は部室のドアの外で待っているという。ドアが開く。まるで転入生の紹介みたいだなと思っていると…
(マ…マジ…かよ…!!)
その新入部員はなんと…
「みなさん初めまして。黒藤紘深です。よろしくお願いいたします。」
その新入部員はなんと、他ならぬ黒藤さんだった。
まさかの新入部員が黒藤さん。突然のことに俺は頭の整理がつかない。中学の頃から一緒の藤堂の様子を伺う余裕なんて、俺の中からとっくに消えていた。
「女子か…」
「すげえなぁ…男ばかりの部活にわざわざ…ちょっと尊敬しちゃうなぁ。」
部員はみんな新入部員が女子であることにびっくりしていた。さながら写真部の紅一点ということなのだから。最も俺はそんなことを考えている余裕などなかったのだが。
(それどころじゃねぇよ… 黒藤さんが俺と同じ部活だなんて…)
黒藤さんは俺に寄せてきている。そんな感じすらする。
部員が一人一人簡単に自己紹介をする。黒藤さん以外全員男子だし、そこまでの団体行動が求められない部の雰囲気だからか、みんな自己紹介以外のことは言わなかった。藤堂と黒藤さんが中学の頃からの同級生であることも。俺も黒藤さんとの関係は言わないでおいた。
「さ、斎藤良哉です。よろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いいたします。」
黒藤さんは今の返事に、俺をからかっているようにも思えた。分かっているとはいえ。
ミーティングは20分も経たない間に終わった。自己紹介の他は部活動の説明や、部室内にある備品の説明くらいだった。
ミーティングが終わって部長を含めほとんどの部員が部室を後にする。
俺も帰り支度をしていると、今川が黒藤さんの側にいるのが見えた。
察しがついた俺はそこへ向かう。
「黒藤さん、ゼミはどこなんですか?」
一見ナンパのようにも見えるかもしれないが、俺と藤堂にはそれがナンパであるようには思えなかった。この間のことだ。察しがついていることは俺も藤堂も一緒だ。
「はい。井伊ゼミです。」
今川のテンションが少し上がったような感じがする。
「だな。」
「ああ…」
「じゃあ、趣味…というか、好きなものは何ですか?」
今川はこちらからしたらとどめとも言えるようなことを聞いてきた。
その答えは案の定だ。
「ああ…『変わった趣味だな』って言われちゃうかもしれないけど、私地方のテレビ局が好きなんです。」
その答えを聞いた途端、今川のテンションが上がった。
「うおおおおおおおおおお!!!」
藤堂はその様子を苦笑いしながら見ていた。
「斎藤!もしかして、『井伊ゼミにいる、ミディアムくらいの髪形で、地方のテレビ局が好きな美少女』って…」
今川の聞いてきたことに、俺は即答しかできなかった。
「ああ。その黒藤さんだ。」
「やっぱり!ようこそ写真部へ!よろしくお願いします!」
今川のテンションはさらに上がった。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「まさか写真部に来てくれるなんて。お前、お前が誘ったのか!?」
「いや、俺は誘ってないんだけどな…」
「そうですね…でも、斎藤君とは仲良くさせていただいています(笑顔)」
黒藤さんは満面の笑みだった。
「斎藤…お前すげえよ…!黒藤さんのこと、こちらからもよろしくって言わせてもらうぜ!」
「あ、あはは…あははははは…(汗)」
今川の目には、「黒藤さんは俺と付き合っているから、彼女のことは俺に任せてあげたい。」という雰囲気を感じ取った。清々しくも分かりやすい奴だ。
部室を後にする俺たち。その後午後6時からの講義が始まる直前、部長からの個人LINEが来た。
「斎藤君。黒藤さんと同じゼミだったんだ。」
きっと、今川が盛り上がっているのを一緒に見ていた脇で藤堂がそのことを吹き込んだんだろう。俺はそれに返事をする。
「はい…なんかすいません。」
「いや謝る必要はないよ。」
それから俺は、部長から一つ頼まれたのだった。
「キミと藤堂君の3人で、黒藤さんと一緒に写真撮影にいってあげて欲しいんだ。そんなすぐじゃなくてもいいから。」
それは、黒藤さんと藤堂と俺の3人で、写真撮影に行って写真部の実際の活動について教えてあげて欲しいということだった。
「分かりました。スマホでいいですか?」
「ああ大丈夫だよ。」
大学・家・それに部活。俺と黒藤さんの距離がどんどん近くなってくる。そんな感じがする。
そしてそれから数日後。
「おお来たか。」
「遅いよ斎藤く~ん!」
瑞寿司の入口の側で待ち合わせ。行く先は大学の最寄り駅の途中の駅の近くに神社だ。都心のど真ん中だが周辺が自然公園みたいな状態になっているため空気が良く、俺も大学に行ってから時々リフレッシュや写真撮影に行ったことのある場所だ。
そこで俺たちは黒藤さんに、スマホでの写真の撮影方法をレクチャーした。黒藤さんのスマホは俺と同じタイプのものだったからカメラも様々な機能がある。その機能の使い方がメインだ。
神社の鳥居、池、池の中の鯉、木。さまざまなものを写真に収める。黒藤さんは楽しそうだった。
でも、黒藤さんが写真部に入ったという実感はいまだにわかない。
その夜のことだ…
「ん?」
藤堂からLINEの着信が来た。
「実はさ俺、黒藤が写真部に入るって話、LINEで知ってたんだよね。」
「は?」
藤堂は実は、黒藤さんは写真部に入ることをLINEで知っていたというのだ。
2人が黒藤さんが俺の家に来た前の日、瑞寿司でLINEを交換していたという。
「なんでそれを早く言わなかったんだよ!?知ってたんなら俺にも言えよ…」
「だって、言わない方が面白かったからさw」
俺は藤堂に完全にからかわれた。そんな気分だった。
-今回初登場の登場人物-
大内
写真部の部長。大学3年生。細かいことは気にしない性格。福岡生まれだが生まれてすぐ埼玉に引っ越したため、福岡にいた頃の記憶は皆無。