第126話「ようこそ、実家へ」
「まもなく、6番線に、新快速、大垣行きが到着します。黄色い点字ブロックの内側までお下がり下さい。この列車は6両編成です。この列車は、尾張一宮・岐阜・西岐阜―」
いつもの喫茶店を後にし名古屋に戻った俺たち。これからついに岐阜へ向かう。
「母さん、今名古屋着いたから。」
というメールを母さんに送る俺。メールを送った後に東海道線の車両がホームに入線してくるのも、帰省の度のいつものパターンだ。
(もうすぐ黒藤さんと岐阜上陸だ…)
新快速では名古屋から岐阜までは20分ほどしかかからない。俺は少し緊張に似たものを感じていた。
朝の9時台。電車は岐阜方面に働きに行くのであろう人たちがそこそこ乗っている。席には座れるって程度だ。
「ドアが閉まります。ご注意ください。」
電車が発車し、名古屋駅を出る。
俺の隣に座っている黒藤さんはワンセグでテレビを見ていた。
「黒藤さん、テレビどこ見てるの?」
「ぎ○チャン。今韓国のドラマ流れてるよ。」
「あそう。まあここからたった20分くらいしかないけどね。テレビ見てたらすぐ着いちゃうかもよ(笑)」
「新快速そんな速いの!?」
「うん。」
それからわずか20分ほどで、電車は岐阜駅に着いた。
「6番線から、電車が発車します。ご注意ください。」
ついに岐阜に着いた。黒藤さんは初めての岐阜に興味津々な様子だ。ホームの表示板(駅名標)を写真に収めている。
「前に写真で見た通りだ~。」
「でしょ?ああ外で母さんが待ってるから。」
「分かった。」
改札を出る俺たち。改札の外では母さんが待っていた。
「母さん。」
「良哉。」
「ただいま。」
「おかえり。その子が黒藤さん?」
「ああ。」
「はじめまして。黒藤紘深です。今回は私が斎藤君のご実家に来る許可を下さり、ありがとうございます。」
「どういたしまして。わっちも黒藤さんが来るの待っとったわよ。」
母さんはこう続ける。
「良哉に黒藤さん、寄るとこ、あるんやったわよね。」
「ああ。」
家に行く前に俺たちには寄るところがある。
岐阜駅の近くにあるビルに入り、エレベーターで3階に向かう。そこにはぎ○チャンの本社がある。今の俺たちの目的地だ。
黒藤さんはぎ○チャンの本社で、タイムテーブルなどをいくつか貰っていった。
「あらあら。黒藤さんってそういうの好きなの?」
「はい!」
タイムテーブルを貰った黒藤さん。とても満足そうな顔をしている。
「はい。斎藤君と、斎藤君のお母さんのです。」
「ありがとう。」
「あらええの?ありがとう黒藤さん。」
「いえいえ。」
その後は駅前にある黄金の信長像の写真を撮った後、バスに乗って家に向かう。
「斎藤君。駅から家までどのくらい?」
「15分くらい。でそこからさらに10分くらい歩く。」
最寄りのバス停に着いた俺たち。
「どう斎藤君?懐かしい?」
「ああ。」
家の最寄りのバス停から家までの道を歩くのはやはり懐かしい。でも変わったところは今回もある。マンションの数が増えたことだ。
「このマンション建ってるとこ、俺は東京行く時にはまだ空き地だったんだよ。」
「そうなんだ。」
「大学に入って3年。結構変わった方だと思うよ。」
「そうねえ… 良哉の言う通り、マンションとか駐車場とか増えたわねえ。」
そうこうしている間に家に着いた。
「ここが斎藤君の実家。」
「そうだよ。」
「ただいまー。」
「ただいまー。」
「お邪魔します。」
家に入る俺たち。手洗いうがいをしてリビングへ行くと…
「おかえり良哉!いらっしゃい紘深ちゃん!」
姉ちゃんが出迎えてくれた。名古屋市中心部のどこかにある献血ルームに勤めている姉ちゃん。そんな姉ちゃんは今日仕事は休みなようだ。
「姉ちゃん今日仕事ないんや。」
「昨日丸一日仕事だったからね。」
「市華さん。お久しぶりです。」
「はい。お久しぶり。紘深ちゃん。ス○ッチやってるけど見る?」
「はい!ありがとうございます。」
黒藤さんは姉ちゃんからテレビのリモコンを受け取ると、平日のこの時間放送されているローカル情報番組をつけた。
番組名だけでそれが放送されているチャンネルがすぐに分かる。いかにも黒藤さんらしい。
「ねえ斎藤君。この家テレビ○知も映る?」
「ああ。」
「でも確かこの時間は韓国の時代劇だったよね。」
「あ、ああ…」
俺はすぐにスマホでテレビ○知の番組表を調べた。黒藤さんの言う通り、この後10時半まで韓国の時代劇が放送される。
すると…
「ねえ紘深ちゃん、アップルパイ買ってあるんだけど食べる?紘深ちゃん、アップルパイ好きだったよね?」
「はい!ありがとうございます!」
「紅茶も入れるね。」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「いいのいいの。せっかく紘深ちゃんがこの家に来てくれたんだから。」
姉ちゃんは黒藤さんをもてなす気満々だ。
大好物のアップルパイを食べながら、東海地方でしか見られない番組を見る。黒藤さんからしたら夢のような時間だろう。
(そういや荷物置いてないよなあ…)
と思った俺は、自分の使っていた部屋に戻り、荷物を置いた。
リビングに戻る俺。
「黒藤さん、テレビもいいけど荷物も部屋に置きなね。」
「分かった… って私どこの部屋使えばいいの?市華さんにお母さん。私… どこの部屋使えばいいですか?」
「じゃあ市華の部屋使ってくれる?市華の部屋、人2人は寝られるほど広いから。」
「分かりました。」
「じゃあ案内するね。」
「分かりました。」
黒藤さんは姉ちゃんに連れられて、姉ちゃんの部屋に荷物を置きに行った。
荷物を置いた黒藤さんがリビングに戻ってきたのは、それから数分後のことだった。
黒藤さんは11時半ごろまでテレビを見た後、
未緒「黒藤さん。昼ご飯の手伝いお願いできるかしら?」
紘深「分かりました。」
未緒「良哉もお願い。」
良哉「はーい。」
俺たちは昼ご飯の手伝いだ。母さんは五平餅を作っている。
「五平餅って岐阜の名物じゃん。母さん。」
「うん。黒藤さんが来るわけだし、せっかくだから岐阜の名物を食べさせてあげようと思って。」
「いいんですか!?ありがとうございます。」
せっかく岐阜に来たなら五平餅を食べて欲しい。なんかのテレビ番組みたいな響き。母さんにも黒藤さんをもてなす気があるようだ。
「だって黒藤さんの家ともお付き合いしてるわけだし。」
「いただきます。」
そして午後12時ごろ、昼ご飯が始まった。
「ねえ黒藤さん。五平餅っていつぶり?前に帰省した時、俺が買ったやつをお土産であげた覚えがあるんだけど、その時以来?」
「うーん… そうだね。でも手作りは初めてです!」
「どう?美味しい?」
「はい!とても美味しいです!」
「よかったわ喜んでくれて。」
自分が作った五平餅を褒めてくれた母さんはとても嬉しそうだ。
食べた後は片付けをして、歯磨きをする。
(コーヒーのカフェイン切れるのって早いなあ…)
食べた後で眠くなった俺はそんなことを思っていると、寝落ちしてしまった。
しばらく経って目を覚ませば、時刻は午後の2時半だ。
(んー。ちょっとコンビニ行ってくるか…)
俺は近所のコンビニに行くことにした。
「母さん。ちょっと近くのコンビニ行ってくる。」
「分かった。」
1階に下りた俺。黒藤さんはテレビを見ている。
「黒藤さん、何見てるの。」
「ゴ○○マ。やっぱりキーステーションの地元の局で見ると違うね。」
「そういやゴ○○マの製作C○Cだったなあ… 俺も今のスタイルになる前はよく見てたよ。」
「『今のスタイルになる前』って東京に進出してくる前だよね?」
「そうだよ。」
「いいな~。私も見てみたかったなあ東京進出前の内容。」
その後俺はコンビニでおやつの菓子パン1つとコーラを一本買った。コンビニの中はとても涼しかった。
良哉「ただいまー。」
市華「おかえり良哉。コンビニは涼しかった?」
良哉「ああ。」
未緒「シャワー浴びなさいね。」
良哉「はーい。」
シャワーを浴びた俺は部屋に戻って一人パソコンを立ち上げ、地元の図書館のホームページにアクセスした。
「様々な資料から考える信長の経済政策」なんてことを卒論に書きたい俺。せっかく岐阜に来たんだ。信長のお膝元である地元の図書館に卒論に使えそうな本がないか調べるためだ。
(おっ。これなんか良さそう。)
いろいろ調べる中で良さげな本を3冊見つけた。しかも3冊とも近くにある図書館に置いてあって貸し出し中じゃない。
(明日読みに行くか)
なんてことを俺は思った。
そうこうしている間に時刻は4時近く。
(そろそろ時間かな…)
そろそろ東海ローカルの夕方ワイド番組が始まる時間だ。黒藤さんはテレビを見ているのかなと思って俺はリビングに移動する。
(良哉の足音)
(ドアを開ける音)
良哉「黒藤さ…」
市華「ねえ良哉、紘深ちゃんったら夢中でテレビ見てるのよ。『もうすぐ夕方ワイドの時間だー!』とか言っちゃって(笑)」
紘深「えへへ…」
良哉「まあ、俺もそうなんじゃないかと思ってこっちに来たんだけどね…(苦笑)」
紘深「キ○○チ。チ○○トの方は開始1分でT○Sの内容に切り替わって4時半くらいにまた名古屋からやるって。だから今はキ○○チ見てる。」
黒藤さんはルンルン気分でキ○○チを見ていた。
市華「どう紘深ちゃん?東海ローカルの番組を見るのは楽しい?」
紘深「はい!どれもみんな東京の番組とは違う個性的…?な内容で面白いです!」
黒藤さんは初めて見る夕方のニュース番組に興味津々な様子だ。
すると…
庄治「ただいまー。」
父さんが帰って来た。
「父さん。おかえり。」
「聞いたぞ良哉。黒藤さん来とるんだって?」
「ああ。今リビングでテレビ見とるよ。」
父さんは黒藤さんに挨拶をする。
「あ!斎藤君のお父さん!」
「はじめまして黒藤さん。俺、良哉の父親の斎藤庄治だ。黒藤さん、やっぱりチ○○ト見とるのか。」
「えへへ… チ○○トついさっきローカルに切り替わりましたので… お父さんお仕事帰りですか?」
「ああ。あおなみ線の沿線のスポーツジムで働いとるよ。」
これで家族全員が揃った。父さんはシャワーを浴びに行き、自室へ戻った。
俺も黒藤さんと一緒にテレビを見ることにした。4時50分になると、黒藤さんはリモコンの「1」を押し、これまた別のローカル番組に変えた。
その後時間は過ぎて時刻は夕方の6時15分。ここからが黒藤さん曰く夕方で一番面白い時間だ。
テレビが全国のニュースから東海ローカルのニュースに切り替わったのを見届けた黒藤さんは、とても満足していた。
そして時間は過ぎて夕食の時間。夕食は出前した寿司だ。俺が帰省した時の晩ご飯と言えばその出前の寿司だが、今回は黒藤さんも一緒という事もあって、コースはいつもより高く品目も多めだ。
良哉「こんなにあるんか… すげえ…」
紘深「いいですか私もこんなに食べて!?」
庄治「ああ。せっかく良哉の家に来てくれたんだ。ぎょうさんお食べ!」
紘深「ありがとうございます!」
未緒「さあさあ早う食べましょう。」
一同「いただきます。」
庄治「なあ良哉、黒藤さんとはいつどうやって出会ったんだ?」
良哉「ああ。一番最初のゼミの授業の後に黒藤さんから話しかけてきたんやお。」
庄治「ほおほお。」
良哉「で黒藤さん俺に一番最初なんて言ってきたかって言うと、『「岐阜にいた頃、『テレビが通販ばっかりだな』って感じたことはある?』って言ってきたんやお。」
庄治「『通販ばかり』ってwww 完全ここいらならぎ○チャンのことやんwww」
良哉「やろ?『この人なんでそんなこと知っとるんやろう』って思ってまったよwww」
紘深「えへへ…」
良哉「そりゃ驚くよ初対面の人に地元のテレビ局がどんな編成しとるかの話されたら… それが同じ岐阜の人やないならなおさら…」
紘深「そういうもんだよね(苦笑)私だって前中学の修学旅行で京都行った時に旅館でテレビの話したら、『なんで紘深そんなこと知ってるの!?』とか言われたもん。」
良哉「やっぱそうか…w」
紘深「本当に言われたよ。『実は京都出身なの?』とか、『京都に親戚がいるの?』とか。」
その後黒藤さんは食事の間、ぎ○チャンの歴史とかを語り始めた。1962年にラジオ放送、続く68年にテレビ放送を始めたぎ○チャン。どうやらそのぎ○チャンは日本初の「UHF局」とかいうのでもあるようだ。
紘深「―今でこそテ○東からいっぱい番組を買って同時放送とかしているわけですが、カ○テレ…関○テレビとかからいっぱい番組を買っていた過去もあったんですよ。」
市華「あー私もそこの関○○ニの番組ぎ○チャンで見とった!あれいつの間にか東○テレビに移ってそこで最終回迎えたんだけど。」
紘深「はい。東○テレビがいらないって言ったフ○系の番組は放送できちゃうんです。いわゆる『独立局』ってそういうもんなんですよ。」
庄治「なるほどねえ…ぎ○チャンは俺も家についていくやつとか見とるで分かるけど、そんな歴史があったのか…」
黒藤さんの地方局トークは止まることはなかった。この間の選挙の話も飛び出す。
市華「私もこの間家で選挙速報見てて、番組が東海ローカルに切り替わった時に『あ、今紘深ちゃんも長野でローカルに切り替わったの見て喜んでるのかな?』とか思ってたけど、実際どうだった?」
紘深「はい!『待ってました!』って感じでした。」
良哉「それで黒藤さん次の日の朝どえらい眠たそうにしとったよ…」
紘深「えへへ… つい選挙特番見過ぎちゃって…」
かれこれ7時半過ぎに夕食が終わった。黒藤さんはテレビを見ている。何分かおきにリモコンの「8」と「10」を押して行ったり来たりしている。
すると画面が突然青くなり、
「この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りいたします。」
というアナウンスが流れた。
同じ東京と一緒の番組でも東京のスポンサーがそのまま着くテレビ○知とは違い、全部が独自のスポンサー、つまり「ローカルスポンサー」になっているぎ○チャン。スポンサーが違うため提供のテロップが表示される部分は青い画面を被せている訳なのだが、黒藤さんはどうやらそれが目当てだったようだ。
「どう黒藤さん?」
「うん!岐阜に来て見てみたいものが見れた!」
「それはよかったね。」
その後8時頃に黒藤さんは風呂入りに行った。俺はその間部屋で過ごす。
すると…
(LINEの通知音)
黒藤さんがLINEを送ってきた。
「ねえ斎藤君!お風呂下呂温泉の入浴剤使ってたよ!」
という内容だった。
「へーマジか。」
俺は思った。(まさかそれも黒藤さんもてなす目的なんじゃないのか?って。)
その後風呂に入る俺。思えば下呂温泉の入浴剤を使った風呂に入るのは本当に上京前以来だ。
風呂から出た頃には、時刻は夜9時を過ぎていた。
(9時前のニュースも終わっちまったか…)
なんてことを思う俺。部屋に戻ってスマホを見てみると…
「ねえねえ斎藤君!お風呂出てテレビ見てたらエンドロールも流れずにニュースが始まった!」
というLINEのメッセージが黒藤さんから来ていた。
俺はそれに
「ああ。1チャンのあれね。」
と返す。するとそれから間髪を入れずに
「うん!あれ私も見てみたかったんだ!」
と返ってきた。LINEでの会話は続く。
「で今黒藤さんは何してるの?」
「ラジオ聴いてる。」
「ほおほお。どこ?」
「ぎ○チャン。自社制作の番組流れてるよ。」
「それってもしかしてS○Eの?」
「うん。だってせっかく岐阜に来たなら、岐阜の番組聞きたいじゃん?」
「黒藤さんらしいや。俺その番組は聞いたことないなあ…」
そしてしばらくして夜の10時半過ぎだ。
(もう寝る以外することないなあ…)
旅の疲れもあるのか眠くなってきた。一旦寝ることにしよう。こんな時間に寝るのは久しぶりだ。
すると…
(LINEの通知音)
「じゃあおやすみ。斎藤君。」
黒藤さんもどうやら寝るようだ。きっと黒藤さんも旅で疲れているのだろう。
「ああ。おやすみ。」
(家にある本の1冊でも持ってくりゃ良かったかな…)と思いながら、俺は寝る。
さて、この後1時のラジオの時間まで仮眠だ。




