第11話「ワイドなジンミャク」
大学のオープンキャンパス当日、紘深は良哉に会わせたい人がいるのだと言います。
黒藤さんとの東京支社巡りから数日。俺は図らずも黒藤さんとの距離が縮まったのではないかと感じていた。黒藤さんの雰囲気も初めて会った時と比べて明るくなったように感じられる。ゼミの仲間も同じようなことを思っていたようで、それについてからかわれることもしばしばだ。
話は変わって、俺の大学では度々受験生に大学への関心を持ってもらうことを目的にオープンキャンパスなるイベントをやっている。俺も大学受験をしていた頃は、名古屋の方にある大学のオープンキャンパスに何度か足を運んだことがある。
今日はそのオープンキャンパスの当日なわけだが、黒藤さんは俺に会わせたい人がいるという。授業が終わった俺は一人、この間立ち寄ったタワーの入口の前で黒藤さんを待っていた。
しばらくすると黒藤さんがやってきた。こちらに向けて大きく手を振りながらこちらに向かってくる。しかも彼女はどこかの高校の制服を着た女子を連れている。
「斎藤君。ごめんね待たせちゃって。」
「ああ別に大丈夫。ところでその人は?」
俺は何よりも黒藤さんが連れてきた高校生が気になる。部活かなんかの後輩と考えるのが順当だろう。だとしてもでもなぜわざわざ俺に会わせたいのだろうか?黒藤さんから俺に関する話を聞くうちに会ってみたくなったのだろうか?
「この人?」
「はじめまして。北条兎愛です。」
「黒藤さんの…後輩?」
「ううん。」
「えっ…?」
後輩じゃないなら何なんだ。俺が戸惑っていると、黒藤さんはこう続けた。
「SNSでの知り合い。」
「マジで⁉今までにも何度か会ってるの?」
「ううん。らびっとあ(兎愛のSNSでのハンドルネーム)さんと会うの、今回が初めて。」
「ちょ…」
SNS上での知り合いと会うという話は何度か聞いたことがあるが、黒藤さんが今日連れてきた人がよりによってそれで、しかもその初めての場所がこのオープンキャンパスだったなんて。
彼女とらびっとあさん…もとい北条さんとの間には、相当なまでの信頼が築かれているに違いない。俺はそう感じていた。
「斎藤さんって岐阜出身なんですよね!Mahiro(紘深のSNSでのハンドルネーム)さんから話は聞いています!岐阜のテレビ局のこともちゃーんと知ってます!」
「あ、ありがとう…ところで北条さん。」
俺は北条さんに聞きたいことがありすぎる。
「北条さん。黒藤さんの地方のテレビ局に関する話にはついてこれてるの?」
「はい。私も以前は両親の仕事でいろんなところを転々としていたし、今はアニメの放送情報で地方のテレビ局の名前を見る機会が多いから、地方のテレビ局についてはある程度は知っています。」
「そういうことだったのか。アニメ好きなんだ。」
「はい。Mahiroさんとはアニメはもちろんのこと、地方のテレビの話でもたまに盛り上がりますよ。」
「やっぱりか。」
黒藤さんは話の様子を微笑みながら見ている。
「この大学を知ったのも黒藤さん経由?」
「はい。去年Mahiroさんからここの大学に通っていることを教えてくれたことで興味を持ちました。」
「そのパターンだったかやっぱり。」
「えへへ。」
照れ笑いする北条さん。彼女の話によると黒藤さんはSNSでは一度も大学名を呟いてはおらず、黒藤さんがこの大学に通っていることを知ったのはDMでのやりとりの中でだったという。
なんてガードの固い人だ。俺はそう感じていた。SNSは撮った写真をアップする目的で一つやってはいるが、黒藤さんとらびっとあさんがやっているそれとは全く違う。
「ねえ北条さん。どこか行きたいところある?」
「じゃあ…図書館!」
この間黒藤さんと一緒に地方の新聞を読んだ図書館。目的はきっとそれだろう。俺はそう思いながら、2人とともに図書館へと向かう。
あれ以来俺は図書館の地方紙コーナーに一人で何度か立ち寄った。改めて確認したところ、青森・山口・徳島など本当に様々なところの新聞まであった。もちろん見慣れた岐阜の新聞も。
図書館の2階に着いた俺たち。オープンキャンパスの日ということもあって受験生が多い。館内見学ツアーの列にも遭遇した。俺たちはその列を横目に、新聞コーナーへ向かう。
「ここ!」
例の棚を前に、北条さんは興味津々だ。
「結構いろいろあるよ。この間斎藤君と名古屋の新聞一緒に読んだんだ。」
「ああ。懐かしかったなぁ。」
「岐阜の新聞もあるよ。」
「じゃあそれにする!」
北条さんが岐阜の新聞を読んでいるのを俺も見る。
いつ見ても懐かしい岐阜の新聞。だがらびっとあさんも懐かしいと呟いていた。
「懐かしいって…らびっとあさんも実は岐阜に住んでた時期あるの?」
気づけば俺から北条さんに話かけていた。らっびとあさんはこう答える。
「ううん。岐阜には住んでなかったけど、犬山に住んでた時期があって岐阜の新聞も目にする機会もあるにはあったんです。」
「そうかー。確かに犬山って岐阜のすぐ近くだもんな。犬山遊園の駅の次鉄橋渡ればすぐ岐阜県だし。俺も犬山城行った事ある。」
「でしょ?」
犬山と岐阜県の近さ。東海の人間の血が騒ぐ話だ。岐阜から犬山までは電車で30分強だから、その近さゆえに俺も犬山城には何度か行ったことがある。犬山口駅の間にある歴史関係のいろんな施設も懐かしい。俺が中学の頃に歴史に目覚めてからしばらくは行くのを本当に楽しみにしていたし、俺が人生で初めて一人で電車に乗って外出した時の行き先もそこだった。
大学の軽食屋では北条さんの好きな声優アーティストの話で盛り上がった。その人は全国ネットの音楽番組にも何度か出たことがあるほどの実力者なのに、出演する作品がなかなか関東・関西以外どころかその人の地元ですら放送されないことが、ここ数年の北条さんの悩みなんだとか。
黒藤さんにはこの気持ちが十分分かるらしい。たしかに俺もアニメはよくチェックする方だが、岐阜にいた頃は地上波でその人の名前の見た記憶はほとんどない。
流れで北条さんともLINEを交換した俺。俺たちはこの後、彼女を大学のいろんなところを案内した。
「今日は本当に楽しかったー!Mahiroさんに斎藤さん本当にありがとうー!」
北条さんも完全に俺のことを気に入った様子だった。俺も黒藤さんのアシストもあったとはいえ初対面の人とそこまで話せたのは初めてだ。それも女子。藤堂と本格的に親しくなれたのも黒藤さんの過去のことを聞いてからしばらくのことだ。
「斎藤君と兎愛ちゃん、またきっと会えるかもね。」
「ああ。LINEまで交換しちゃったしな(笑)。」
話を聞いたところによると黒藤さんは、北条さんの他にもアニメや地方のテレビ局が好きという理由で親しくしている人がSNS上にいるのだという。
「黒藤さんの人脈は俺が思っているより広いのかもしれないし、俺の人脈も黒藤さんとの出会いをきっかけに広がっていっている。」
なんだか俺はそう感じていた。
-今回初登場の登場人物-
北条兎愛
紘深のSNS上での知り合い。アニメファン。紘深とは一つ年下。両親の仕事の都合で各地を転々としていた過去があることやアニメの放送情報でよく地方のテレビ局の名前をよく目にしているためか、紘深の地方局トークにはついてこれる方。推しの声優アーティストがいるらしい。横浜市在住。ロングヘアで紘深とは負けず劣らずの美少女。大食いな一面もある。
趣味はアニメ鑑賞・アニソン・声優ソング鑑賞・CDショップ通い・イラスト。
誕生日は8月20日。
好きな食べ物はクレープとチーズバーガー。
家族構成は父・母・弟。
私も名古屋に旅行した時に犬山城には行ったことがありまして、名鉄で名古屋から犬山に行く時は本当に楽しかったです。車内で『仮面ライダードライブ』のオープニング主題歌を聴いて気分をアゲてました。電車なのに。
あと当日は雨が降ってて風が若干強かったのもあって、犬山城の天守閣の外がちょっと怖かったですね…