第112話「夏合宿あたためましたか」
テストも終わり、もうすぐテスト後初の部活の日だ。俺たち写真部員は当日までに、行きたい場所と想定予算などをまとめた、最低でもルーズリーフ1枚程度の資料を提出することになっている。
テストを終えた日の夜、俺はそれに一番苦戦していた。
(「実家あるから岐阜」ってのも安直すぎるし、かと言って黒藤さんと行った場所しか出てこねえなぁ…)
2日後。
兎愛「お待たせしましたー。」
幸太郎「よお。」
紘深「待ってたよ兎愛ちゃん。」
今日は4人で考えた内容の途中経過報告だ。
幸太郎「みんなどのくらい考えられた?」
良哉「一応群馬に行きたいってのと、場所数か所は考えられた。予算まではまだかな…」
兎愛「私はまだまだです… 京都に行きたいってのは思いついたんですけど…」
紘深「京都って観光地いっぱいあるから考えやすいんじゃない?」
兎愛「逆にそれも迷いますよね~…」
良哉「で、黒藤さんはどのくらい考えられた?」
俺は何の気なしにそう聞いた。その時だった。
「私の?見てみる?」
そう言って黒藤さんは、部活用のノートを出してきた。
(黒藤さん部活用のノート持ってるのは知ってるけど、見るのは初めてだなあ…)と思った直後だった。
良哉「!!」
幸太郎「なんだこれ…」
兎愛「これ、一人で考えたんですか?」
そこには合宿の案と思しき内容がびっしりと書かれていた。
紘深「説明する?これ合宿の案なんだけど。」
良哉「やっぱりそうか。お願い。」
兎愛「聞いてみたいです!」
幸太郎「頼むよ黒藤。字も細かいし、突然かつ初見じゃどっから見たらいいか分からん…」
藤堂がそう言ったの合図に、黒藤さんは解説を始める。
紘深「行く場所は富山なんだけどね。」
兎愛「富山ですか?」
紘深「うん。最初は宮崎や大分もいいかなって思ったんだけど、その2か所だと飛行機が必要になるから、新幹線だけで行ける富山にした。」
兎愛「その富山って民放3つしかないところでしたよね。」
紘深「うん!」
民放の数が少ない場所を候補にする。富山県は3つ。黒藤さんらしいチョイスだ。
「まず新幹線で富山駅に出るの。運賃は一人1万円でね―」
黒藤さんは交通費も計算に入れていた。
幸太郎「で、行く場所はどうなんよ?」
紘深「今ここでザッと上げるなら、立山黒部アルペンルートとか、五箇山の合掌集落とか、富山城とかかな?」
良哉「3か所くらいか。うん。ちょうどいいね。」
紘深「うん。本当は剱岳も入れようかと思ったんだけど、ガチの登山になっちゃうかもしれないかなって思ったから。剱岳は外した。」
兎愛「アルペンルート行ったことあります!いいですよね。ロープウェイとかいろいろ乗り継ぐの。」
俺たちは黒藤さんのノートを見る。当然そこには行き方や交通費、想定予算も詳しく書いてある。
幸太郎「待てよ。もしそのうちのどれかがダメだったら?」
紘深「『黒部峡谷鉄道』っていうのがいいかなって思ってる。」
幸太郎「なんだよそれ?」
黒部峡谷鉄道。俺も小学生の頃の家族旅行で乗ったことがある。
「その黒部峡谷鉄道のトロッコ列車に乗って、欅平ってところに行くパターン想定してる。その欅平ってところも調べたらいい写真撮れるみたいだからさ。」
良哉「俺そこ行ったことあるよかなり前に。」
幸太郎「アルペンルートは俺も行ったことあるから分かるけど… まあとりあえず、その黒藤が行きたいと思っている場所の写真見せてよ。」
紘深「いいよ。」
黒藤さんはそう言うと、調べた場所の写真を次々と見せる。まずはアルペンルートだ。
紘深「これも全部写真調べたんだ。アルペンルートはね、初夏でも雪が積もっているみたいなんだって。」
兎愛「初夏に雪ですか?夏はさすがに溶けちゃってるから無理かもしれないですけど、行ってみたくなりました!」
幸太郎「初夏に雪は初めて知ったよ俺も。」
良哉「お前いつアルペンルート行った?俺は夏くらいだけど。」
幸太郎「俺もそんな時期。8月だったけど涼しかった覚えがある。」
その後も黒藤さんは次々と写真を見せる。五箇山の合掌集落、富山城、そして欅平…
幸太郎「へーいろいろあるんだなあ…」
藤堂はやけに感心している様子だった。ここまでで大体30分くらいは経過した。
すると、黒藤さんの写真は何かの建物になった。
兎愛「これはなんですか?」
紘深「テレビ局だよ。この辺に『放送』って書いてあるでしょ?」
兎愛「本当だ。」
黒藤さんは、富山にあるテレビ局の建物も俺たちに見せていた。
幸太郎「ったく黒藤らしいや。」
良哉「だな。」
黒藤さんがテレビ局の写真を見せながら富山のテレビ事情を語ること5分。これで黒藤さんが見せる写真は全部だ。
良哉「で、これをどうやって出すの?」
紘深「これ(ノート)をコピーして出す予定。写真も添付した上で。」
良哉「さすがにテレビ局は載せないよね?」
紘深「うん…(苦笑)」
数日後の部活の日。俺たちは合宿の案を提出する。
黒藤さんはとても自信ありそうな感じだ。
「黒藤さん、すごく自信ありそうな顔してたね。」
「そう?」
「見るからにそうだよ。他の人も思ってるかもよ『黒藤何を書いたんだろう』って。」
「斎藤君はどう?」
「俺もあのあといろいろ考えたけど、まあぶっちゃけ、黒藤さんみたいに十分あたためられたかって言えるかどうかは不安だなあ…」
それからさらに数日後。合宿の行く場所の発表の日。
「斎藤君…」
「ああ… 残念だったね…」
「めちゃくちゃ自信あったのに…」
夏合宿の場所は、他の人が提案した長野に決まった。




