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ギミカル・プラネット  作者: 池森亮
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第五章 LIMITED

 リルラがシャトルに乗りこの惑星に着いてから三日目の朝がきた。といってもこの惑星に『日没』および『日の出』という概念はないようで、いつだろうと外の景色は同じだ。そしてそれは時に錯覚を引き起こす。リムが昨晩言っていたが、研究作業にのめりこみすぎて気がついてみたら24時間以上起きている‐なんてことも起こりうるという。故に正確な時を告げる電子時計は、健康管理も含め非常に大事なものなのだそうだ。

「ま、そんなムダな知識が必要になるのも今日で終わりだけどね~」

 今日でシャトルのエネルギー充電が完了する。つまりこの惑星とも、科学者との共同生活も今日で終わりだ。

 んー、と軽く伸びをしながら起きると、枕元に銀のジャージが綺麗に畳んで置いてあった。リムが昨日と同じように昨晩洗濯しておいてくれたのだろう。今着ている代えの下着もリムが用意してくれたものだ。サイズもぴったり。ほんと、まるでメイドさんのようによく気がきくアンドロイドだ。いったいどこから用意したのかは定かではないが――

「ふあーあ」

 あくびをかみ殺しながらリルラはジャージに袖を通す。なんだかよくわからないが、ナイロンと人工繊維で作られた生地からは爽やかないい匂いがした。心なしか表面の光沢も鮮やかだ。これも昨日と全く同じ。

 しばしぼけーっと洗いたてのジャージの心地よい感触を確かめていると、どこかでパソコンが起動しているような気がした。いや、『気がした』のではなく、『感じ取った』という方が正確かもしれない。なにせ自分は機械と意思疎通ができるのだから。

「あ、じゃあ」

 試しにそのどこかで稼働しているパソコンに意識を集中してみると、いろいろな情報がリルラの脳に流れてきた。T細胞と遺伝子欠損についてのやらなにやら・・・

それらは今画面上で処理している項目らしいが、リルラにはなんのことだかさっぱりわからない。わかるのは、そのパソコンがもうかれこれ10時間以上稼働し続けているということ、そして今ログインしているのが誰かというくらいだ。

「え? てことはあのバ科学者、昨日から?」

「ああ、寝ずにモニターとにらめっこしてるよ」

 唇からこぼれた言葉に、真横から答えが返ってきた。

 リルラが面を上げるとそこには可愛らしい水玉模様のパジャマに身を包んだ少年・・・いや少女が立っていた。

「アンタ、いたのね。てかなによ? そのかっこ」

「いるに決まってんだろ。それに下着だけで寝てる泥棒に言われたくねーよ」

「しょうがないでしょ。てゆーかしまわなくていいのソレ」

 紅い目を糸のよーに細め、リルラが指さす先は涼の胸。今彼女はあのチョッキを着てないせいか、年齢にしては大きめの胸が薄い生地を押し上げていた。

「別にいいじゃんか。キョウ君あっちの部屋だし、飯食って着替える前くらい」

「やっぱキツいんだ」

「あたりまえだろ! いいからさっさと布団畳め! お前の部屋じゃねーんだぞ!」

「はいはい朝っぱらからうるさいわねー」

 ぶつぶつと文句を言いつつも、リルラは自分が寝ていた布団を畳む。

 姜乃介が建てたハウスには大きく分けて3つの部屋がある。最初にリルラと姜乃介が会った部屋がリビングとキッチンを兼ねた大部屋で、それに付属するように個室が取り付けられている。

一つが姜乃介の研究室兼自室で、もう一つがリムの待機室。彼女はアンドロイドなので充電器さえあればどうにでもなるからリビングで良いと言い、リルラはそのリムの部屋を寝床としている。涼は昨日突然の訪問でしかもいろいろやることがあったため、新たなハウスを建てる暇もなく、リルラと同室になったのだ。ちなみに姜乃介は昨日帰ってきてすぐに研究室に籠ってしまったので、このことは知らない。

「さっさとそのシケた顔洗ってきな、リムが朝食作って待ってんだから」

「わかってるわよ。いちいち命令すんな」

 全ての部屋に取り付けられている簡易洗面台で顔を洗い、鏡を見て軽く髪を整える。彼女の髪は硬質なので、寝ぐせはほとんどつかない。

 ジャージのウエストの位置を確かめながらリビングに続く扉を開けると、白衣のまま給仕をするリムがちゃぶ台に焼き立てのパンを運んだところだった。

「おはようございます。リルラ殿」

「おはよ。今日もまたおいしそうな朝ごはんね」

「はい、小麦粉から精製しておりますので、お口に合えばいいのですが」

「リムの作った飯がマズいはずがないよ」

 涼はすでに出された料理のほとんどをたいらげ、牛乳を飲んでいた。その仕草や発言だけみれば確かに少年に見えなくもないが、やはり胸の部分は膨らんでいる。

「ま、どうせ最後だし、美味しくいただくとするわ」

 リルラもちゃぶ台の前に座り、まだ湯気の立ち上る料理に手を伸ばした。

「それにしても、キョウ君はいったい昨日から何をしてるんだ?」

 食後にと出されたコーヒーをすすりながら、涼がリムに尋ねる。

 しかし初対面で助手を名乗ったアンドロイドは無表情で首を横に振るのみ。

「コマンダーはワタシにも入室を許可させてくれませんので」

「リムまで?」

 涼は驚きの顔で背後を振り返る。そこは姜乃介の研究室に続く扉で、そこにはでかでかと『入室を禁ず』の文字が貼り付けられていた。その紙を固定しているのがテープなどではなく、ネジであるところがいかにも彼らしい。

「昨日のアレが響いてるんじゃないの~」

 卵とベーコンの炒め物をほおばりながら、リルラはぴこぴことフォークを揺らす。

「あ、アレって、アレのことか?」

 言ってて恥ずかしくなったのか、涼の頬はうっすら赤い。

「確かにコマンダーは異性との接触が極端に苦手ですが、それでも一晩籠るというほどのことではないと思います」

 実際あの後、姜乃介は多少ぎこちなさは残るものの、意識を取り戻しバイクでここまで帰ってきたのだ。途中何度も転びそうにはなったが――

「じゃあなんで今急にあんなことになってるのよ。まぁ、あたしはあのバ科学者の顔を見ないで済むならそれにこしたことはないけどね~」

 料理の最後の一口を食べると同時に言うと、涼がムっとした表情でリルラを見る。

「そんな言い方ないだろ。つかオマエさっさと地球に帰れよ。シャトルの充電は済んでんだろ?」

「ふん、アンタなんかに言われなくても、さっさと出てくわよ」

 食器を乱暴に起き、立ち上がって部屋を出ようとしたところで、リムが声をかけてきた。

「リルラ殿、シャトルは最終調整がありますので、発進までまだ2~3時間かかります」

「・・・じゃあ発進まで外で待ってるわ」

 スニーカーに足を通し玄関を出る。昨日と、おとといと変わらない満天の星が浮かぶ空と煌めく砂が織りなす景色がそこにあった。

 今日でこの風景ともお別れ――

「ふん、さっさと出ていってやるわ」

 フードを深くかぶり歩き出す。おとといの件があるのであまり遠出はせずまっすぐシャトルへ向かう。シャトルの中でもうひと眠りしよう。そしたら目が覚めたころには地球へ向かってるはずだ。ハウスの外で寝ていた黒い虎が彼女の気配を感じ目を開けたが、すぐにまた眠りに就いたようなので気にせずシャトルへ。

 しかしシャトルのハッチに手をかけたところで、ふとリルラは何かに呼ばれたような誰かが呼んでるような気がして振り返った。すると――


           ‡


 最初に異変を察知したのはリム――ではなく意外にも涼だった。

「おい、これヘンじゃねーか?」

「どうしました?」

 自分専用のモバイルPCで姜乃介が建てた赤外線探査機とリンクさせ、今いる惑星の気候などを調べていた涼は、昨日の晩から今朝にかけて地脈エネルギーが異常なほど減少していることに気付いた。

「いくらなんでもこの数字はおかしいって」

「〈戦乙女〉が再起動したときに生じた変動ではないのですか? あの施設は一部地脈と密接していましたし」

 パソコンを横から覗き込みながら言うリムに、涼はかぶりを振った。

「そんな生半可な変動じゃないって。これは・・・これはまるで」

「まるで?」

「何かが吸い上げたみたいな感じなんだ。それも尋常じゃない量のエネルギーを、一気に」

「それは――」

「大変よ!」

 リムが何か言いかけた瞬間、外に出ていたはずのリルラが突然ドアを開けて入ってきた。何をそんなに急いでいるのか、激しく肩で息をしている。

 彼女の初めて見る動揺した様子に、リムの電子脳の何かがザワついた。

「どうしたのですか? リルラ殿」

「と、とにかく来て! あれ! なんだかわからないけど! やばい気がする!」

 焦り過ぎているせいか、発する言葉が支離滅裂だ。だがそのおかげでリムの警戒心のスイッチが入った。リルラを押しのけるようにして玄関を飛び出す。

そしてアンドロイド少女は見た。

「これは・・・」

 ハウスから離れた先の荒野。ほとんど空との境界線のあたりに妙なものを発見する。先の地殻変動の際に生じた砂の丘。その稜線辺りがうっすらと煙っている。

「なんだよ。おどかしやがって。ただの砂嵐じゃねーか」

 同じく外に出てきた涼が額に掌をあてがって眺めている。

 砂嵐?

 確かにそう見える。この大地を構成するのは砂・・・砂漠ほど乾燥してはいないが、それが起こっても何もおかしくはない。ではなぜ? なぜ彼女はあんなにも動揺して・・・

 ぐるるる――

「レイガー?」

 気がつけばいつの間にかあの黒虎がそばに来ていた。そして件の方向に向けて牙をむいて威嚇している。

 それを確認したリムは今一度視覚機関をフル活用し、彼方を見やる。

「っ!」

 それは何百メートル先も見渡せ、コンマ数秒の瞬間も見逃さないリムだからこそ発見することができた。瞬く間に見えた片鱗。

「リルラ殿っ!」

 めったに出さないリムの切羽詰まった声に、涼は驚いて肩をはねさせる。

「ど、どうしたんだよリム!?」

「涼殿はコマンダーをたたき起こして来てください。緊急事態(エマージェンシー)です!」

「な・・・たかだか砂嵐でそんな」

「早く!」

「お、おう」

 亜麻色の髪を振り乱して叫ぶリムの言葉に、涼は今度こそ慌てて室内に戻っていく。代わりに出てきたのは青ざめた顔の少女。

「リルラ殿」

「なによ」

「リルラ殿には、あれがなんだかわかりますか? いえ、わかったからワタシ達を呼んだのでしょう?」

 冷たい表情で告げるリム。泥棒少女は血の気の引いた乾いた唇を開く。

「多分、機械獣ってヤツだと思う。それも、かなり大きい」

「やはり」

 リムは苦虫を丸ごと10匹噛み潰したような気分で吐き捨てる。彼女の見たのはその機械獣の『脚』の一部だったのだ。

「しかし、だとすると事態は最悪の展開のようですね」

 巨大な機械獣はまっすぐこちらに向かっている。そしてこのハウスの先には、その延長線上には〈戦乙女〉がある。機械獣の目的がどちらなのか、それともどちらでもないのかわからないが、放置するわけにはいかない。


           ‡


 思っていたよりも状態は安定しているようだった。一部細胞の異常な活性化は見られたが、今のところ肉体の構成は常人と変化は見られない。これなら今作成したデータを元に公的機関でしっかり研究し、治療していけばなんとかなるはずだ。

「よし」

 最後の仕事であるデータをディスクに書き込むキーを押して、姜乃介は背もたれに体を預けた。モニターの時刻を眺め大きく息を吐く。よかった、どうやら間に合ったようだ。リムの助言のおかげで調べるべき対象がはっきりしたのが大きい。だがいつの間に彼女に言質を取ったのだろうか・・・

「ふう」

 もう一度息を吐くと、隣の部屋でばたばたと誰かが走り回る音がした。すると今度はドンドンとドアを叩かれる。

「キョウ君! キョウ君! 大変だ!」

 慌てた涼の声。姜乃介は素早く椅子から立ち上がり、ドアを開く。

「どうした!」

「き、緊急事態だって、リムが」

 最後まで聴くことなく、姜乃介は白衣を翻し涼の指す先、玄関のドアを出る。

「何があったのだ?」

 ドアの先にはリムとリルラそして黒虎のレイガーもいた。三者とも一点の彼方を睨んでいる。後ろから彼を追って涼も出てきた。

「機械獣です。それも今までにない大きさの。それが真っすぐこちらに」

 リムの瞳孔が、できるだけ多くの情報を得ようと伸縮を激しく繰り返している。

「なんだと」

 事態の深刻さに姜乃介はすぐさま気付いた。方角からしてハウスの先にあるのは〈戦乙女〉。そこにもしそんな機械獣が突っ込むようなことになれば、そのインパクトは先のような地殻変動程度では済まないかもしれない。

 すでに機械獣はその輪郭が薄らではあるが視認できるところまで近づいて来ていた。距離にして約2キロ弱。

「類似タイプの機体は・・・ワタシのデータバンクからは該当しませんでした。本体の大きさは縦横約20メートル。形状は歪曲した球体・・・変形卵型のメイン動殻炉に、6対の歩行用脚部。足を入れると体長は50メートル近いです」

 それを聴いた涼が呟く。

「蜘蛛?」

 それは地球に生息する節足動物に酷似したフォルムをしていた。おそらくさまざまな機械獣を取り込み巨大化したのだろう。歪な本体は無理やり形を整えたためで。12本の長い脚はそれによってバランスのとりにくい体を支えるためにできたのだ。

「進路索敵完了。対象はハウスを迂回するようです。ですがおそらく目的地は」

「〈戦乙女〉だろうな。ここは丘になってるから余計なエネルギーを使いたくないのだろう。そして狙いは〈戦乙女〉の保有する人工マテリアルと地脈エネルギーだ」

「しかしなぜあんなものが」

「起きぬけ・・・みたいよ」

 リムの問いに答えたのは、それまで黙っていたリルラだった。彼女はこめかみに手をあてがい荒い息を吐きながら言葉を紡ぐ。

「さっきからガンガン聞こえてくるわ。アイツの声が。アイツ、起こされたって。たたき起こされたって。腹が減ったって・・・」

「リルラ君?」

「くっ、ほんとうっさいわねコレ。なんとかならないかしら」

 どうやら彼女の不調はその声が聞こえすぎるからのようだ。彼女の機械を感じる能力はリムの五感のようにオンオフの切り替えがきかない。

「どうやら先の地殻変動のおり、あれが目覚めてしまったのでしょう」

「そのようだな」

「で、キョウ君どうすんだよ?」

 不安げな顔の涼に姜乃介は頷き、

「むろん排除する。この惑星を破壊させるわけにはいかんからな。リム、ダイナチェイサーと対機械獣装備の準備を!」

「はい。涼殿とリルラ殿はここで待機を」

「言われなくてもそうするわ。ああ、頭痛い」

「僕は付いていく」

 さっさと部屋に戻っていくリルラと対象的に、涼はリムに叫ぶ。

「危険です。あれは一筋縄ではいかない相手です。待機を」

「ヤだ。キョウ君とリムだけ行かせられないよ。それにもしそうなら、僕が近くまで行ってPCでやつの弱点をさぐったりした方が効率的だよ」

「しかし・・・」

 確かにいざ戦闘になれば主に戦うのはアンドロイドのリムだ。そうなれば敵を分析できる人間が傍にいたほうがありがたい。

「ですが、やはり危険です」

「ダメって言っても付いていくよ」

「まぁいいだろう」

 肯定の意を示したのは姜乃介だった。白衣にさしたドライバーを確認しながら、彼は涼の前に立った。

「コマンダー。よいのですか?」

「涼君はどうせここでつっぱねても来てしまうさ。だったら最初から連れていく方が安全だ。だが涼君。絶対に守ってもらうことがある。それは私の言うこと、リムの言うことを必ず聴くこと。そして危なくなったら躊躇わず逃げること。わかったね?」

「わかったよ」

「では行こう。時間がない」

「はい」

 答えてリムは装備が収納されているシャトルに向かった。

 姜乃介はバイクのキーを取りに行くために研究室に戻ろうとして、一度振り返る。機械獣はもうすぐそこまで迫っていた。


           ‡


 近づけば近づくほど、機械獣の大きさと異様さは際立っていく。漆黒の胴体中央に埋め込まれている8つの紅いセンサーアイは、別タイプの機体の物をそのまま引用しているらしく形や大きさがまばらで、それがさらに不気味さに拍車をかけていた。盛大に砂埃を巻き上げながら蠢く脚も長さは同じくらいなのだろうが、目と同じく太さや素材などが一本一本異なっている。


 GUUUYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――


 姜乃介達がバイクで機械獣の正面から数百メートル離れた地点に辿りつくと、巨大な蜘蛛は紅い目を点滅させ咆哮を上げた。ガラスを伸びまくった爪で思いっきり引っ掻いたような耳障りな音に、唯一耳を押さえないリムが呟く。

「どうやら、我々を敵と認識したようですね」

「それでいい。スルーされるのはむしろ困るからな」

「あとはどう迎撃するかですね」

「ああ、あとはどう迎撃するかだ」

「・・・」

「・・・」

 どちらからともなく見つめ、いや睨みあう二人。そのなんとも言えない空気に耐えきれなくなったのはついてきた涼だった。

「お、おいおい! こんなときに何やってんだよ!」

「しかたありませんね。不本意ながらワタシが前衛をやりましょう」

 まるで『誰か』にその役目をやらせたかったかのような助手の発言に、姜乃介は眉間に無数の皺を寄せ、

「やはりお前私にやらせようとしてたのか」

 全く、なんてアンドロイドだ。

 そんな感想はどこ吹く風といった風に、リムは鼻歌なんぞを歌いながら機械獣に向かう。

「まあいい。では、始めようか」

「うん」

 姜乃介は試しに持ってきた装備の中で最も汎用性の高いビームライフルを持ち上げ、巨大な脚の一部目がけ、撃つ!

 しかし装甲の厚みが尋常でないせいか、ビームは装甲の一部を僅かに陥没させるのみで、貫通させることはできなかった。

「むう、やはりあの規模になると、この程度の対空兵器では無理があるな」

姜乃介はライフルを置き、白衣の胸ポケットから型番の最も大きいドライバーを出す。

「やはり、直接AI回路を書き換えるしかないか」

そう呟くと両腕をだらんと力なく垂れさせる。ぐるぐる眼鏡の奥にある眸は機械獣の表皮を追いせわしなく動きまわり、解体できる場所がないか探しまわっている。

 一方その隣の涼はというと、電源をバイクのバッテリーから取りながらノートパソコンをすばやく操作。バイクのハンドルに取り付けられたカメラから、リアルタイムで送られてくる映像を処理している。

「つぎはぎだね。レイガーと違って継ぎ目がわかりやすくあるから、キョウ君の工転術で解体はできると思う。けど」

 涼は熱量データ分布を見て顔をしかめた。

「でも表面温度が異常に高いから、近づくと火傷は確実だ」

「そのようだな」

 巨大な足を動かす蜘蛛型機械獣は、その膨大なエネルギー消費により発生する高熱を発散するため、機体の所々から熱気を噴き出していた。そのせいで機械獣の機体表面温度はものすごく上昇している。いくらドライバーを介すとはいえ、熱板から数十センチしか離れられないのでは、熱が指まで届いてしまうだろう。

「だとすれば勝機は一回だけだな。一回の突撃で表板をはがし、リムに停止コードを流し込んでもらう。これしかない」

「おーけー。今AIネットワーク総括地点の場所を探すよ」

「頼む」

 普通の機械獣ならば頭や腹あたりに『脳』ともいうべき電子AIに連なるものがあるはずなのだが、あれはいかんせん巨大すぎて場所を探しだすのにも一苦労だ。ネットワークに干渉するのが得意な涼でも時間がかかるだろう。

「もってくれよ」

 高速でPCキーを叩く音を聞きつつ、姜乃介は助手の行方を見守る。


           ‡


 威勢良く突っ込んだはいいが、早くも打つ手をなくしてしまった。

「全く。たかだか節足動物の分際で、こざかしい動きをしてくれますね」

 現在機械獣の足並みは止まりかけている。それはリムが何度もセンサーアイの前に現れ、鉄拳をかましているからなのだが――

「無駄にかたすぎです」

 熱によって赤くなった握りこぶしを振り、リムは跳躍する。その瞬間彼女がいた地点をものすごい速さで無骨な何かが通り過ぎた。

「ふん、そんな攻撃が当たるものですか」

 前足の一本がセンサーアイの前をなぞるように動いたのだ。だが質量が多く振りが遅いため、リムのスピードに全くついていけずにいる。おかげでリムは戦闘を開始してから10数分、こぶしの熱による赤み以外は全くの無傷だ。

 しかし――

「ダメージなしでは、いずれこちらの負けですね」

 リムとてアンドロイドなのでエネルギーの限界はある。それもこんな短時間にこれだけの運動をしてしまうと、エネルギー消費も当然早い。一方この機械獣は大量の溶鉱炉を要しているためか、しばらく持ちそうだ。つまり体力面では圧倒的に不利。

「少々しゃくですが、倒すのは涼殿とコマンダーに任せるしかないですね」

 とりあえず少しでも姜乃介のところに近づけぬよう足止めするため、リムはごつい足に一旦降り立った後、再び紅い半球体に向けて跳ぶ。

「はっ」

 叩き落とそうとしたのか、さらに背後から伸びてくる蜘蛛の足を、逆に踏み台にしてリムはさらに跳躍。勢いに任せブーツのかかとで半球体を打つ。

 ピキっ!

 それまで曇り一つつかなかったそれに、ようやく一筋のひびが入った。


 GRRRRRRRRYYYAAAAAAA――


 機械獣は痛みのせいかそれともセンサーに異変を感じたせいか、がむしゃらに前足を振り回す。その全てを華麗に回避しながら、リムはうっすらと笑みを浮かべる。

「ふん。ざまあみろです」

 胴体の頂点に着地すると、ジュっと足元に煙が立つ。耐火処理を施したブーツの底でさえ表皮熱を完全に消しきれてないのだ。だが――

「すきだらけですね」

 それまで足が邪魔してヒットアンドアウェイでしか攻撃できなかった頭部までの道筋が、機械獣が混乱しているため今はしっかりできている。肢体が左右に大きく揺れているが、リムにとってはさほど障害にならない。

 白衣を翻し胴体の上を駆ける。表皮との接着面は極力抑えるためつま先のみで蹴りながら。あっという間に頭部まで走破し、ひびの入った紅眼目がけこぶしを振り上げる。

「むっ」

 しかしまたも足が迫ってくる。リムはこぶしを引きもどして一旦後ろに大きく跳躍し、胴体に降り立つ。

 あのひびの入ったところにもう一度攻撃することができれば、完全に破壊することができるのだが流石に簡単にはいかせてくれないようだ。

「ですが、勝つのはワタシです」

 リムは再び胴体を蹴って疾走する。

 ブーツの底が熱で溶け擦り減って行くのがわかるが、まだもつ。

 だが靴底から伝わる感触が少しでも変わったことで、機械獣の微小な変化に気づくのが遅れてしまった。

 そしてそれは彼女にとって致命的なミスにつながってしまう。

 突然、踏み込んだところから無数の紐のようなものが現れたのだ。

「っ!」

 彼女の腕ほどもありそうな太いワイヤー。それに軸足を取られ機械獣の上で激しく横転する。転がったことで表皮に触れた白衣が燃え、肩や背中からも強烈な熱によって煙が上がる。

 それでも素早く立ち上がり、状況をチェック。白衣はぼろぼろになってしまったが、損傷は大したこことはない。だが――

「くっ」

 身を起こした瞬間に、前から野太い足が迫ってくる。回避は、間に合わない!

「しくじりました」

 リムは眼前で腕を交差して防御の姿勢を取る。

 機械獣の足は華奢な少女の体をいともたやすく吹き飛ばした――


           ‡


「リムっ!」

 姜乃介の目の前でアンドロイド少女が機械獣の背後に消えていく。

「いったい何が起こった!?」

 彼の見た限りではリムは善戦していた。だが明らかに妙なところでバランスを崩し、なぎ払われたのだ。

 涼はすぐさまリムが転んだ地点の映像をモニターに出し、その一部を拡大する。

「機械獣の表皮から2メートルくらいの長さのワイヤーがいっぱい生えてる! それがリムの足をすくったんだ!」

 それはあたかも体毛のように、うじゃうじゃと機械獣の表皮から生え、あっという間に全身を覆ってしまったのだ。

「・・・耐性プログラムが働いたみたい。表面を走るリムが邪魔になったから、それを排除するために生やしたんだ」

「信じられん」

 まるで本物の生物のように形態を状況に応じて変化させる。いや、もはやあれは進化といってもいいかもしれない。

「くそっ。リム! 聞こえるか!? リム!」

 姜乃介は助手に直接応答がとれる腕時計型の通信機に呼び掛ける。反応はない。だがあの程度でリムが壊れるはずもない。なにせ彼女は姜乃介の師匠の最高傑作なのだから。

「キョウ君!」

 機械獣は障害がなくなったと知るや、触手と足を蠢かせながらこっちに向かってくる。もう目と鼻の先だ。さらに。

「あれは・・・」

 いつの間にか、巨大な機械獣の足もとに無数の蠢く何かが集結していた。

「くっ、あんなモノまで」

 それは巨大な蜘蛛型機械獣を形そのまま1/30スケールに縮小したような、小さな蜘蛛の群生だった。八つの赤い瞳を宿した機械獣達が、親蜘蛛以上のスピードで脚を蠢かせこちらに這い寄ってくる!

「どうやら敵対象物のサイズに合わせた攻撃手段の一つとして体内から生成したみたいだ。これだけ見るとほんとの生き物みたいだ」

「なんて数だ!」

 その膨大な量に気押された姜乃介は一歩後ずさる。だがすぐに気を取り直して歯を食いしばり、ドライバーを強く握り直した。

「キョウ君!」

 鋭い声に振り向くと、額に汗を浮かべた涼が真剣な顔でこちらを見ていた。

「あれだけの数を全部マトモに相手をするのは無理だよ」

 見たところ今出ている個体以上の子蜘蛛は出てきていない。だがそれでもセンサーアイで視界が赤一色になるほどの数がある。

「ならどうするというのだ!?」

「キョウ君はできるだけ時間を稼いで。その間に僕が・・・あいつらのネットワークに侵入してデータを書き換える」

「そっ、そんなこと――」

 それは先日リムがレイガー相手に電磁データを送ろうとしたことを、全て手動でやるということだ。あれだけの数を相手に。

「しかもやつらは止まった的ではない。全て動いているのだぞ!」

 ネットワークに侵入するには電波を正確に繋がなくてはならない。リムはそれを直に触れて行おうとしたが今回その手は使えないし、そもそもアンドロイドではない涼にそんなことはできない。ゆえに電波を飛ばさなくてはならないのだが、それには位置関係の把握が必須。動いている無数の物体にそれをするのは至難の業だ。

「できるよ。あのデカイやつは障害が多いから無理だけど、あれくらいのサイズなら。だって僕はキョウ君の弟子だからね」

 リムの真似をしたつもりなのか不敵な笑みを浮かべる涼。

「・・・わかった。私と君の仲だしな。だが私の工転術は多数向けではない。あまり長時間は無理だぞ」

 その言葉を最後に、姜乃介は子蜘蛛の群れに自ら突っ込んで行った。


           ‡


「ありがとう。キョウ君」

 白衣を翻し、ドライバーを振るう背を見送ると、涼はPCのプログラムの一つを起動させる。それは姜乃介には内緒でこっそりリムに協力してもらい製作した涼オリジナルのターゲットロックプログラム。これとトランスミッタープログラムを併用すれば、複数の目標に同時にデータを送信し、操作できる。

そんなことができるのは彼女の持つハッキング能力がズバ抜けているからだ。

「でもまさかこんなタイミングで使うことになるなんてね」

 元々これは機械獣を観測する姜乃介をサポートするために組んだものだ。ゆえにこんなことに使うのは当然初めてだし、上手くいくかはわからない。

「でもやらなきゃ・・・僕もキョウ君の役に立てることを証明するんだ」

 モニターに現在地点のマップが表示される。赤い大きな点が親蜘蛛で、その下にある同じく赤い小さな無数の点が子蜘蛛。その中心にある青い点が姜乃介。

小さな赤い点はめまぐるしく動き回っている。

 その数、173。

「やってやる。やってやるさ」

 唇を舌でなぞって軽く湿らせると、涼は凄まじい速度でキーボードを叩き始めた。

「ターゲットをD1からD173に命名――D1からD10までの位置入力およびAI中数への索敵――速度計算プログラム起動――同時にD11からD20までの行動予測およびパスの仮コンタクト――」

 ぶつぶつ呟きつつ、まるでマシンガンのような超高速連打(サウンドスピードタイピング)によって赤い点は次々と緑色の枠にロックされていく

「D21からD30までの、いやD70までの位置入力――同時にD71からD120までのAIへ仮コンタクト――およびD41からD60までの入力数値修正――キョウ君!」

 無数の赤い点が密集し青い点を飲み込もうとしていた。とっさに顔を上げるが砂煙によって姜乃介の姿は見えない。

「くっ!」

 唇を強く噛み、指がはちきれんばかりのスピードでキーボードを打つ。

「――D120からD173まで同時入力――同時数値修正――トランスミッター作動――データ書き換え準備――全ターゲットオールグリーン!」

 あとは位置データの読み込みを完了するのを待って、書き換えデータを一斉にロックした全ての子蜘蛛に送信するだけ。

 だが残り5秒で準備完了となった時、バッテリー残量が急激に減少した。

「なんで――あっ!」

 顔を上げると、蜘蛛型機械獣から生えた大量のワイヤーのうち数本が急激に伸び、PCのエネルギー供給源であるバイクの後輪に突き刺さっていた。そしてPCとバイクを繋いでいたケーブルを引きちぎりそのまま巻き戻すように伸縮していく。

「そんなっ!」

 内臓してる分のバッテリーではこの膨大な量のデータの一斉送信は不可能。刹那の間にそう判断した涼はPCを抱え、バイク目がけ走り出した――


           ‡


「くっ。節足動物の分際で!」

 次々とのしかかってくる子蜘蛛を蹴散らし、姜乃介は一旦距離を取る。しかし親蜘蛛もすぐそばに迫っているため、あまり大きく間合いを取ることはできない。

 跳びかかってきた一匹の足八本をすれ違いざま全て解体し、身体を反転させると、視界に巨大な機械獣の脚が映る。そして今まさに引きずり込まれようとしているバイクとそれに必死にしがみついている少年の姿が――

「なっ!」

 姜乃介の叫びは機械獣の駆動音にかき消される。涼はどうやらバイクの接続端子にPCから伸びたコードを繋げようとしてるのだが、バイクにしがみつきながらなのでなかなかうまくいかない。そうこうしてる間にバイクはどんどん機械獣へ接近していく。

「もういい! 飛び降りるんだ! そのままでは」

 その言葉が届いたのか――バイクが蜘蛛型機械獣の体毛の海に落ちる間際、涼は姜乃介を見て、微笑んだ・・・

「涼君っ!!」

 名を呼ぶ言葉は機械獣が起こす轟音に飲み込まれてしまう。それと同時にバイクと涼は完全に体毛の中に沈んでしまった。

「そんな」

 呆然とする姜乃介は一瞬の隙を与えてしまい子蜘蛛機械獣に飛びかかられる。

「くっ」

 ひきはがそうとするも、身体に張り付いた蜘蛛型機械獣はすでにその口蓋を大きく開き、彼の首に噛みつく姿勢を示していた。

 避けられない

 そう判断した姜乃介は目を瞑る。

 だが予期していた痛みがくるどころか、のしかかっていた重みさえ消えていた。

「これは」

 周りを見渡す。それまで死骸にたかる蠅のように群がってきた子蜘蛛は全てその場で倒れ、ぴくりとも動かない。

「涼君が、やったのか」

 ハッとして蜘蛛型機械獣を振り返る。その巨体はもう目と鼻の先まで来ていた。

 あの機械獣の表皮は高温だ。いくら今はワイヤーに覆われていて直接触れることはないだろうとはいえ、長時間その場にいたら皮膚細胞が熱で死滅してしまう。

 助け出すしかない。

 だが、どうする? リムはいない。唯一自分が使える技といえば、ネジを抜くというだけであんな大きな機体のどこを開けばいいのか見当もつかない。

せっかく涼が子蜘蛛を倒してくれたというのに、自分一人では全く役にたたない。

 涼を助けることは・・・できない。

 姜乃介は機械獣が迫ってくるのをただ見守る。いくら頭がよくても、いくら天才と、神童と言われていたとしても、自分を助けてくれた友人一人救うことができない。

 あの時と、


 やがてKAZAMAKIグループを背負って立つ。

そのために経営学を始め社長に必要な教育をされ生きてきた。

 しかし姜乃介は反発し、一介の科学者となることを選んだ。

 そのきっかけとなった人物、彼に科学者の全てを教えてくれた師匠。

 だがその人物は姜乃介に悪影響を与えたとして、リムを残しグループから追放された。

 その時も、姜乃介は師匠のために何もすることができなかった。

 そして今も、


「私には、やはり・・・できないのか」

 思考が絶望に染まった姜乃介は機械獣の巨大な足が降ってくるのをただ見ていた。

 突然、一条の光が天から降り注ぎ、今にも姜乃介を踏み潰そうとしていた足を貫いた。

 ビームライフルでさえ貫けない野太い脚部を。

「なっ!」

 強力な光はさらに二発三発と降り注ぎ、遂には機械獣の足の一本を根元から千切り落としてしまった。


 GIGIGIGIGIGYAAAAAAAAAAAA――


 巨大蜘蛛が悲鳴を上げのたうちまわる。姜乃介は何が起こったのかさっぱりわからず、光が放たれた方向へ目を向ける。

 そこには一匹の黒い虎と、それに乗った銀色の少女がいた。


           ‡


 時間は少しだけ遡る。

 機械獣が放つ強烈な声に頭痛を覚えたリルラは、敷き直した布団にうつ伏せで倒れていた。数秒ごとにズシンズシンと、巨大な物体が移動する振動が伝わってくるが意識的にそれを無視する。

「なんであたしがこんな目に・・・ああもううるさいわね!」

 しかし声の方は無視できず、布団をはね上げて叫ぶ。

「こうなったら文句言ってやんないと気が済まないわ」

 あれに文句がきくかどうかはわからないが、一発ガツンとやってやろうとスニーカーに足を通す。

 玄関を開けると、砂嵐が頬を打つ。

 丘の下数百メートル先では、例の機械獣と‐あれはリムだろうか‐が激しく動き回っていた。

 これだけ遠くに離れていながら、リルラにはリムと機械獣の動きがよくわかった。次に何が起こり、どうなるのかも。

「危ないわね」

 呟いた通り、リムは機械獣に吹き飛ばされてしまう。壊れてはいないようだが、あれではしばらく動けないだろう。

「ったく! あのバ科学者は何やってんのよ!」

 慌てて走り出そうとしたリルラの前に、あのレイガーとかいう虎が現れる。

「な、なによ。いっとくけどあたしはまだアンタを信用してないんだからね。アンタだって機械獣なんだから」

 虎相手に・・・機械相手にしゃべるのもなんだが、リルラにはなんとなくだがこの虎には通じるような気がした。

 そしてこれまたなんとなくだが、その虎――レイガーから思念を感じた。

 自分も連れて行け、と。

「ふん、知ってるわよ。アンタはもうあたしとやったときみたいに戦えるほどエネルギーないんでしょ? だったら連れていくだけ無駄よ」

 無視して通り過ぎようとしたら、またも思念を感じた。

「なによ? はあ? バッテリーを? あたしどれだかわかんないわよ・・・なんでもいいからさっさとしなさい」

 レイガーは一つ頷くと、シャトルに隣接する赤いタンクに、己の尻尾を繋げる。

 吸い出しは一瞬のようだった。

 抜いた尻尾を、今度は自分の背中に向けている。

「乗れってこと?」

 再び頷く虎に、リルラは少し躊躇ったものの結局乗ることにした。今のこの虎からは害意を感じなかったからだ。

レイガーは地球に生息していた一般的な虎よりかなり大きい。なのでまたがるというよりひっつくと言った方が近いかもしれない。

 どこか掴まるところはないかと手を動かしていると、ちょうどいい位置に棒のようなものが現れ、彼女の手にすっぽり収まる。それを強く握ると、リルラはレイガーの鼓動、筋肉の伸縮、吐息までが文字通り手に取るようにわかるようになった。

 リルラが少し念じると、レイガーは彼女の意思をくみ取り走る。

「すごい・・・これなら」

 彼女は意識を蜘蛛型機械獣に向け、思いっきり吠えた。


           ‡


 プラズマブラスターで足を切断した後、レイガーはひらりと丘から飛び降りた。狐につままれたような顔をする姜乃介と、周りでひっくり返ってる小さな蜘蛛の残骸を見降ろし、リルラはふん、と鼻を鳴らす。

「アンタ、いったいなにをやってるのよ」

「リルラ君。これは・・・いや、それ以前にレイガーがどうして?」

「そんなことはどうでもいい。アンタ全然ダメじゃない。あの子までさらわれちゃうなんて」

 すでにリルラは涼があの機械獣に取り込まれたのを知っている。だから本体は狙わず姜乃介を助けるのも含めて足を狙ったのだ。

「そ、そうだ。一刻も早く涼君を助けなければ、命が」

「ふん、ほんっとに使えないわね。いいわ。あたしが行くから、そこで指くわえて見てなさい」

 言うが早いか、レイガーは硬質マテリアルで構成されているとは思えないほどのしなやかさを持って高々と跳躍する。どうやらリルラは機械と交信することができる自分の能力を最大限に活用し、レイガーの動きを御しているのだろう。そしてそれと同時に蜘蛛型機械獣の動きも読む。

「すごいな、彼女は」

 少女を乗せたレイガーは機械獣から放たれる無数のワイヤーをことごとく避け、爪であるいは牙で応戦している。

 しかし姜乃介はレイガーが彼を助けた時以来、プラズマブラスターを全く撃たないことに気付いた。あれほどの威力があるのだから片っ端から撃って先のように足を切断すれば早いのだろうが・・・

「もう撃てない? もしくはあと数発が限界ということか」

 リルラはおそらくハウスから、レイガーが戦闘機動するために必要なエネルギーを供給したのだろうが、それでも足りなかったのだ。

「くっ」

 レイガーは機械獣の攻撃をことごとくかわしているが、涼が掴まっていると思しき地点までは一向に辿りつけない。体を支えなくてもいい巨大な足はまだ何本も残ってるし、伸縮自在のワイヤーもあるため、レイガーの起動を持ってしてもなかなか懐に飛び込めないでいるのだ。

「このままでは・・・」

 すでに涼が掴まってから5分が経とうとしている。もう時間がない。

「何か、何か方法はないのか? ヤツの動きを封じる。もしくはリルラ君を涼君の元まで辿りつかせるための手段は・・・」

 歯を食いしばり、思考回路をフル稼働させる。だが今まで見つからなかった名案が、すぐに浮かぶはずもない。

「くそっ、私に、私にもっと」

「力があれば・・・ですか?」

「な!? リム」

 振り向くと、ぼろぼろの白衣を纏いあちこちから出血‐彼女の場合は赤血球や白血球からなるそれでなく、皮下にある循環剤などが主なのだが‐しながらもしっかりとした足取りでアンドロイドの少女は歩いてきた。

「無事だったか!」

「この程度どうってことありません。再起動時のシステムチェックに多少時間がかかってしまいましたが。それよりもコマンダー」

「む?」

 リムは姜乃介と1メートルほどの距離を持って正対した。

「力を望みますか? あれに勝つための、力を」

「・・・? リム、君はいったい何を言っている」

 助手の様子は少しおかしかった。目の前にいるのはまぎれもなくリムなのだが、まるで彼女ではなく別の誰かが話しているような感じだ。受ける印象の違いとでも言おうか。でもそれはどこか懐かしい感じで・・・

「力を望みますか?」

 再度リムは全く同じ言葉で訊ねてくる。その何とも言えない迫力に、姜乃介は半ば押されるような気分で頷く。

「ああ、そうだ」

 そう答えた瞬間、リムの体が弾けた!


           ‡


 いや、実際には彼女の体から強烈な光がほとばしったのだ。あまりに急激かつ眩い閃光のため、勘違いしてしまったにすぎない。

「コマンダー、『風巻姜乃介(カザマキキョウノスケ)』の承認を確認、《LIMITED》解除。ファーストトランスシステム起動。システムオールグリーン・・・」

 光の中心から、もともと無機質だがそれに輪をかけて色のない口調でリムが紡ぐ。

「な、なんなのだこれは?」

 一人混乱する姜乃介をよそに光は徐々に収まっていき、リムを直視できるまでになった。しかし完全にはおさまることなく、リムの肢体は淡く金色に煌めいている。

「起動時にメッセージファイルがリンクしています。メッセージ自動再生・・・」

その黄金の光を纏った少女が、口を、開く。

『よお姜乃介。どうやら困ってるみたいだな・・・』

 それまでのリムとは思えないほど伝法な言葉。

 だがその口調で、その声で、姜乃介は全てを悟った。

「・・・師匠」

『しょうがねーからこいつの仕掛け(limit)を解いてやる。これがありゃあ大抵のことはなんとかなんだろ・・・』

 そう言った後、少女は一歩姜乃介に踏み出し、両手を広げて出してくる。

「コマンダー、手を」

 すでに口調は元のリムに戻っている。が、姜乃介は何も問わなかった。無言で左手を彼女の掌に乗せる。

「そっちの手じゃないです」

「あ、ああすまない。こっちか」

「全く。こんな時までほんと冴えないですね」

「それは・・・言うな」

「しっかり握っててください」

 リムは姜乃介の手を両手で包むように握り、目を閉じる。


 ィィィィィィィィィィィィンンンンンンンンンンンンンンンンンンン・・・


 耳を針で貫くような細く鋭い電子音とともに、おさまったはずの光が再燃する。それは瞬く間に姜乃介まで包み込んだ。

 光の海の中、リムの音声が握られた手を通じ脳に流れてくる。

『エネルギー回路全開放トランススタート』

 瞬間、姜乃介の右手からすさまじい量の電子情報が流れ込んできた。

(これは?)

 伝わってきたのはリムの肉体を構成するマテリアルと、それを統括するAIシステムそのもの。つまりリムの全てがデータとして姜乃介の中に入ってきたのだ。

『コマンダー。イメージを共有してください』

(イメージだと?)

 反論をするが、それ以上リムの声は聞こえてこない。姜乃介は意識を集中させ必至に右手から流れ込んでくる情報の波をかき分る。

 すると一つの答えを示す用語が彼の中にスッと入り込んできた。

 トランスシステム・・・マテリアル情報・・・イメージを共有・・・

(そうか!)

 そして姜乃介は


           ‡


 リルラの苛立ちは最高潮にまで達していた。もともと短気な方だし、大の負けず嫌いだからだ。そのためいつまでたっても敵の攻撃をかいくぐれないことに、多大なストレスがたまっていく。

「ちょっとレイガー! なんとかなんないの!」

 叫ぶ間も迫りくるワイヤーを避けるため意識を横に向ける。

 さっきから同じことの繰り返しだ。ワイヤーの伸縮具合から、残り数メートルのところまで近づけるのだが、それ以上になると逆にレイガーの体が邪魔してワイヤーの群れを突っ切ることができないのだ。

「あとちょっとなのに!」

 足の一部に降り立ち、レイガーは低く唸る。リルラは即座に意識を集中させエネルギー残量をチェック。まだ高速稼働はできるようだ。しかし決め手となるプラズマブラスターは撃ててもあと一発が限度。

「あーもう、バ科学者なんて助けるんじゃなかった!」

「そう言うな。これでも感謝しているのだ」

 声は真横からした、そして振り向く前に大きく体が揺れる。レイガーの体にしがみつきながら首を回すと、最初に真っ白な布が見えた。

「バ科学者・・・なの?」

「その呼称はなんとかならないのか? 地味に傷付くのだがな」

 変わらない慇懃な口調。しかしその装いは彼女に疑いを生じさせてもおかしくないほど変化していた。

 まず彼の象徴とも言うべき分厚い眼鏡がなく、代わりに見えるのは鋭いが柔らかさも感じさせる黒瞳。

 さらにぼさぼさでセットなどまったくしてなかった黒髪は、明らかに不自然なほど逆立ちゆらめいている。

 そして最も目を引くのが、彼の右手だ。

 姜乃介の右手は肘から下が金属で覆われていた。それもただの金属ではない。バチバチと小さな雷を纏ったそれは、なめらかでありながら頑強さも感じられる厚みに加え、先に行くにつれ美しいラインを形成しながらテイパードされている。そして長さは左腕の2倍以上はありそうだ。

「なによ。それ」

「ああ、これかね」

 明らかに重そうなそれを、姜乃介は軽々と持ち上げる。

『ワタシですリルラ殿。怪我はありませんか?』

 ここにはいないはずの第三者の声、だがリルラは直ぐにそれがこの男の右腕から発せられたことに気付いた。

「うそ、まさかリム?」

『当然です。こんなに美しいフォルムを持つドライバーはこの世にワタシしかいませんからね』

 そう、それの形状は大きさこそ規格外だが、紛れもなくドライバーなのだ。

「今リムは肉体を再構成してこの状態に固定している。私の接続端子と直結し、私の意思で自在に姿を変える。このようにな」

 ちょうど横から無数のワイヤーが伸びてきた。姜乃介は体を低くすると右腕を軽く引く。するとドライバーの先端が高速で回転し始めた。

「はっ」

 烈白の気合とともに右手が突き出される。

 リルラの目には突きは一回に見えた。むかってきたワイヤーは十本以上。処理できるはずがない。しかし――


 ッキィン!


 迫っていたワイヤーは姜乃介の体に届く間もなく、全て砕け散った。破壊したわけではない。ワイヤーを構成するマテリアルをできるかぎり細かく分解したのだ。その証拠に、リルラの元にも無数のネジが降ってきている。

「これが私の技だ」

『ここまでできるのはワタシのおかげですけどね』

「リム、こんな時くらい格好つけさせてくれないか。邪魔になるからと、お前の言う通り眼鏡も外してるというのに」

『過大な期待をさせないためです』

「お前は何を言いたいんだ。いや、こんなことをしている場合じゃない。リルラ君」

「え、な、なによ?」

 姜乃介の異常な変化と過剰なまでの力を目の当たりにし、呆然としていたリルラは突然名を呼ばれ反射的に応える。

「私が道を開く。君は涼君の救出を頼む」

「わ、わかったわ」

 彼女が頷くと同時に姜乃介はすさまじい勢いで跳ぶ。リムの体内にある電磁エネルギーを利用し、空中に同極面の電磁場を形成。『斥力』を使って撥ねたのだ。

 空を滑るように接近してくる姜乃介に向かって、巨大な足が振り上げられる。

「無駄だな」

 右手を一閃。

 脚部は接触面から解体させられ、中央部分から先が千切れ跳んでいく。


 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――!


 立て続けに足をやられパニック状態に陥ったのか、機械獣はがむしゃらに残った足を振り回し、ワイヤーはその活動を活発化させる。

 しかし迫りくる障害は姜乃介が右手をふるう度に、ただの部品へとなっていく。まるで柔らかい土を掘り返すように、あたりにネジや装甲板をまきちらしながら姜乃介とリルラは突き進む。

 そして・・・

『いました。前方5メートル先に生体反応』

 右手から流れる声に、リルラが反応。レイガーはそれまでの倍近い跳躍で、はためく白衣の前に出た。ここぞとばかりに先端の尖ったワイヤーがレイガーに迫る。だがその時すでに、黒虎は口を大きく開いていた。

「これで、終わりよ!」

 口蓋にあるレンズによって収束されたプラズマが亜音速で放たれ、向かってきていたワイヤーをことごとく粉砕する。そして光が消えた先には、後輪が貫かれバーストしたバイクと涼の姿が。

「レイガー!」

 リルラの呼び声で黒虎は涼に接近、牙を立てないようにやさしく咥え素早く脱出する。

「バ科学者!」

「よくやった!」

 機械獣から離れるように跳ぶレイガーと行き違うように肉薄する姜乃介。目指すは涼が掴まっていた地点の先。プラズマブラスターによって手薄になったセンサーアイの近辺。リムが割ったレンズからなら、直接AIシステムに侵入できる。


 GYYYUUUUUUUUYYYYYYAAAAAAAAAAA――


 しかし取りつかれたことにストレスを感じたのか、機械獣の動きがさらに激しくになり、近づき辛くなってしまう。

「ちっ」

 姜乃介は振り落とされないよう気をつけながら、迫る野太い脚の一部をドライバーで分解し後退する。

「あと少しなのだが」

 リルラとレイガーは涼を安全な場所に退避させるまで戻ってはこれないだろう。しかも戻ってこれたとしてもプラズマブラスターは使えない。

 リムの力を得て工転術の威力が飛躍的にアップしたとはいえ、四方八方から次々と迫ってくるワイヤーと脚の対処を一挙に背負っては無理がある。

「くそっ! せめて・・・せめて3秒でも相手の動きを止めることができれば!」

『この・・・ままではジリ貧です』

 電磁ドライバーと化したリムのエネルギー残量も乏しい。合体時間もそう残ってはいないだろう。

「わかっている! だが」

 それを予期したかのように機械獣の動きが加速する。迫るワイヤーの数が倍増し、姜乃介は徐々にセンサーアイから遠ざけられてしまう。

 

ここまでか・・・

 

『警告』

 その時、場違いなほど冷静なリムの声が脳内に流れた。

「なんだと」

『九時の方向より強大なエネルギー反応を感知・・・コマンダー、準備をしてください』

「準備?」

 リムの言葉の不自然さもそうだが、その口調に混ざった感情が彼には理解できなかった。なぜならその口調は、普段はそんな感情を滅多に表さない彼女の口調は、この状況下においてひどく楽しげで――

『メッセージをコマンダー宛てに受信。「わたくしが道を開きますー」だそうですよ?』

「まさか!」

 姜乃介がそちらを向いた刹那、一陣の光が彼の視界いっぱいに広がった。


 轟っ!


『内部に蓄積されていたエナジータンクをあえてヒートオーヴァーさせることにより核爆発に近いエネルギーを生み出し、それを特殊なレンズを用い一点に収束、ガンマ線レーザーのごとく極細のブラスターを放射。これがディマイズ機関・・・〈戦乙女〉の主砲なのですね』

 リムが早口で、目前に放たれた高密度の光線について視覚から得られたデータを解説する。

『メッセージを再受信。「あとはお任せしてもよろしいですか?」だそうです』

「ああ。まかせろ」

『今更かっこつけても、結局おんぶにだっこですけどね』

「うるさい!」

 姜乃介はリィカが作ってくれた道――砲撃によって一筋の野原と化した機械獣の背中を駆ける。


 GIGI・・・・GIGYAAA――


 長距離からの――それも姜乃介達に当たることを避けるために身体の一部を擦るような砲撃とはいえ脚の一部を、そして体毛の半分近くを持っていかれた蜘蛛型機械獣はバランスを立てなおそうと必死にもがく。

 だがそのうちに姜乃介はあっさりとセンサーアイの下に辿りついてしまう。

「これで終わりだ」

 割れた赤い目に右手を突き刺す。機械獣は身体の制御に手いっぱいでそれを阻害することすらできない。ドリル効果によって先端は機械獣の体内へと侵入していく。ドライバーが半分まで沈んだところで、リムが最後のコマンドを発動させる。

「浄化システム作動。AIプログラム書き換え・・・書き換え完了。コマンド、溶鉱炉オフ。全機能停止」

 それが、戦いの終わりを告げる言葉となった。


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