第四章 リィカ
姜乃介が再び目を開けると、そこには道があった。
いや、『道だけ』があったと言うのが正しいか。今姜乃介は宇宙空間のど真ん中にいるのと変わらない、虚無が支配する空間に立っていた。そしてそこで唯一光輝くもの、すなわち光の道が足もとから地平線の彼方にまで伸びていた。
(アクセスには成功したようだな)
その光景を見て姜乃介はひとまず息をついた。ここは電子脳の中枢、つまりリィカの中なのだ。
(さて、エナジー管理回路は・・・)
光の道の何とも言えない感触を踏みしめながら前に進む。彼が一歩進む毎に道の両サイドに電子パネルが現れる。上部には〈戦乙女〉の主砲出力調整やら、電子脳メモリーファイルやら、空気調和システムやらの文字が浮かんでいた。
そんな空間を5分ほど歩いたところで、彼は足を止めた。
空間自体は歩き始めの地点とそう変わらないが、精神体である姜乃介には見えていた。
(ここら辺だな)
そしておもむろに右手を上げ、目の前の虚無空間を左から右に払う。すると、
ヴゥンっ
空間が揺れる低く鈍い音とともに、彼の眼前に大量のパラメーターやゲージが配された銀色のパネルが姿を現した。ビンゴだ。
「フム」
口元に手をやり、そのパラメーターを睨む。
「これだけではわかりにくいな」
さらに右手で今度は肩のあたりの空間をなでる。その空間に現れたのは30㎝四方のモニターパネルだ。そこで無数にのたうつ数字やらアルファベットを眺めること数分。
「なるほど」
一つ大きく頷き全てのパネルを消した。
「これは想像以上にやっかいそうだな」
額に汗を浮かべ、彼は踵を返し来た道を戻る。そして向かった先は、
『電子脳メモリーファイル』
それはリィカの――〈戦乙女〉の記憶データだ。
パネルは他の機能盤のような作りと違って銀色の扉になっており、手動操作できるようなものではない。これはそういう使い方ではないのだ。
「気は進まんがな」
メガネのブリッジを中指で軽く押し上げ、姜乃介は銀の扉に飛び込んだ。
‡
硬直した二人の様子を見ていたリムは、姜乃介の精神が安全に送られたことを信号の流れから視認し、ほっと一息ついた。
「どうやら、成功したようだね」
そのしぐさに涼も胸をなでおろす。
「でさー、それってどれくらいかかんのよ? もう終わる?」
リルラは床に腰を下ろし、体全体で退屈をアピールしていた。そんな彼女に変わらぬ無表情のままリムは告げる。
「わかりません。もし原因解明が単純であればものの数分で終わるでしょうし、そうでない場合はもっと時間を要するでしょう」
「なによー、それって一番めんどくさいじゃないのー」
ついにリルラは地面に大の字で寝転がってしまう。汚れがつきにくい素材でできてるジャージなのでおかまいなしだ。このまま寝てしまおうか、と彼女が目をつむろうとすると、耳にリムの硬質な声が届いた。
「ならいい機会ですので、少しお話をしましょうか」
「話ぃ? なんのよ?」
「貴女のことですよ。リルラさん」
白衣を纏ったアンドロイドの左手には、どこから取り出したのか銀色の髪の毛が摘ままれている。
「それは?」
事情を知らない涼はなんだかわからず首をかしげるがリルラは違った。ちらりと見てそれが何なのか理解した瞬間、彼女は勢いよく身を起していた。
「そう、貴女が昨日セーフティハウスから脱走した時に落としたものです。興味を引かれたワタシ達は、これを僅かな時間ですが研究させてもらいました」
「アンタっ! 人の髪の毛を勝手に!」
完全に起き上ったリルラは眸に怒りを浮かばせていた。落としたとはいえ自分の体の一部を調べられていい気はしない。
「そのことについては謝罪します。しかし、これを研究することは貴女にとって良い事でもあるのですよ?」
「なによ。私に良い事って」
今にもくってかかりそうなリルラを横目に、リムはさっきより強い口調で告げる。
「貴女の体を元に戻すことができるかもしれない、ということです」
‡
職業柄というか長年の経験というか感覚で姜乃介はここがどこであるか理解した。
「研究所か、それもかなり規模が大きい」
目が痛くなるほどの真っ白な壁と床を眺め、一人ごちる。見解が正しければここはどこかの・・・いや、おそらくディマイズネス機関の研究所だ。なぜならここは〈戦乙女〉の記憶なのだから。
「さて、どうしたものか」
先ほど見たパラメーターによれば、〈戦乙女〉に構造的な欠陥は見られなかった。そうとなると考えられるのはAI知能と機関本体の間で生まれた軋轢による故障だ。そう構想したからこそ姜乃介はこうやって〈戦乙女〉のメモリーバンクにダイブしたわけなのだが、
「メモリーにはこの場面しか記憶されていなかった。だからこの記憶の中になんらかの手がかりがあるはずなのだが」
とりあえず廊下につっ立っていてもはじまらないので、姜乃介は手近なドアの中に入った。ドアを開けるということはしない。今彼は精神体で、この見えてる壁やドアは障害とならないからだ。さしずめ幽霊のように姜乃介はこの空間を移動できる。
『――とめの完成度はどのくらいなのだ?』
『はっ、ケルン博士の報告によればシステムダウンロードの方はほぼ100%完了。後はAIのインプットのみということです!』
入った部屋は運よく室長室だったようで、エラそうな壮年の男に向かって若い研究員が報告を行っていた。当然ながら二人はいきなり真横に姜乃介が現れたのに、なんの反応も示さない。
「フム、共和国軍か」
姜乃介はデスクに座っている室長と思しき男性の胸に光るエンブレムを見て呟いた。翡翠色の楕円に黄色いマーク。共和国を示す紋章で間違いない。つまりあの〈戦乙女〉は共和国製ということだ。
「まあ帝国でなくてよかった」
少なくともこれで一つ、懸案事項が減った。彼女が自分と同じ側についているだけで今後の立ち回りが大分変ってくるためだ。
『シンクロ度数はどうだ?』
『スピードは遅いですが今のところマイナスは一度もありません。コンスタントに伸びてはいます』
どうやら報告内容はAIシステムを含む〈戦乙女〉の開発進行状況についてのようだ。しかもAIシステムについて言及しているということは、ほぼ完成の段階まで辿りついているということらしい。
「なら、ここにいても意味はあまりない・・・か」
もし故障の原因が製作工程にあるのならば、この報告を聞くのに意味があるが、原因はAIの精神状態からくるものだ。製作とは関係ないだろう。
「なら、目指すのはAI入力の現場」
そう呟いて部屋から出て行こうとした瞬間だった。
地面が、唐突に揺れた。
『な、なんだ!』
『これは――!?』
室長と研究員が慌てて辺りを見回す。換気扇があるのみで窓がない部屋はしばらく大きくもないが小さくもない揺れを断続的に繰り返し、やがて止まった。
『ただの地震か、驚かせおって』
『機材が無事ならいいのですが』
二人は悠長なことを言っているが、姜乃介は違った。
「今の揺れ方は――」
彼はまがいなりにもKAZAMAKIグループの御曹司にしてそのおかかえ科学者だ。自分の知識を増やすためや、現地密着の研究などで数々の研究所を回っている。その中には当然、帝国軍による襲撃を受けた研究所もあった。
そしてその場に居合わせた経験が告げていた。
「今のは爆撃による撃振動だ」
止めていた足を動かし、急いで部屋を出て目的地を目指す。そして、
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――
姜乃介の言葉を証明するレッドアラームが研究所内に響き渡った。
『敵襲だ! メモリーの消去を急げ!』
『カズマさん! B被検体の様子が――!』
『ええい何をやってる! 早くしろ! 帝国どもが来る前に!』
『しかしディスク処理が!』
それまで静かだった研究所内が嘘のように喧騒――いや怒号が飛びまわり、無数の科学者達が走り回る。そしてそれに呼応するように、先のような地震が所内を再び揺らす。
「これは、やりにくいな」
廊下にひしめく彼等に当たらない分動きやすさに支障はないが、構造がわからない以上移動は案内表示を見ながらとなる。しかし彼らのせいで標識が見づらくなってしまうのだ。
タイミングを見計らってインフォメーションに近づき、所内構造を頭に叩き込む。
「よし」
その中にある最も大きなエリアへ行く道筋を構想し、姜乃介は再び走り出す。
目的の場所はBF15。研究所の最下階だ。
‡
『リィ博士――リィ=カルマーネド博士』
『あ、はい! っておじいちゃん! あいたっ!』
『エドモンド博士! じゃろうが。ったくお主は何度言ったらわかるのだ』
白髪でハーフレンズのグラスをかけた老人は、弟子を殴った手で髭をなでながら溜息混じりに呟く。
場所は薄暗いがとても広い空間だ。天井高さがかなりあるので、ここが地下だという息苦しさはあまり感じられない。
『プライベートはともかく職場ではちゃんと名を呼ぶように言うておったじゃろうが』
対するリィと呼ばれた金髪碧眼の若い女性科学者は苦笑いを浮かべ、殴られたあたりをさする。
『えへへ、つい』
『それで、なぜこんなところにおるのじゃ? 避難勧告が出されたじゃろ。まさか聞いてなかったとは言わんじゃろうな』
『えへへー、実はそうだったり・・・しーてませんよええもちろん知ってますとも避難勧告! だから顔を近づけないで! 怖いから!』
『ふん、じゃあ聞かせてもらおうか。なぜここにおる?』
そう問われると、リィはスッと視線を老人から離し『それ』に向けた。
『今この研究所が襲撃されてるのは、これのせいなんですよね?』
研究所の容量のほとんどをしめる巨大なシステムコンピュータが、そこにはあった。
『じゃろうな、このシステムは帝国軍にとって最も脅威となりうるものの一つ。そりゃ見つかれば攻撃もしてくるわい』
『なんでっ――!』
あくまで事実を事実として話す師匠に、リィは悲鳴のような言葉を漏らす。
『なんで・・・なんで、私達はそんなものを作らねばならないのですか?』
さっきまでの天真爛漫な表情とは打って変わって現れた悲痛な表情は、必死に涙をこらえているようだった。
『ふん、今更悲劇のヒロインぶるでない。それを改良しより強力にしたのはお主ではないか・・・お主も同罪じゃよ、もちろんお主を引きぬいたワシもな』
師匠の言葉は厳しい。だがその通りだ。これを生み出してしまったのはほかならぬ彼女自身なのだから。
『私は・・・私は自分の才能を恨みます』
『なら、これはお主にとって最悪の結末じゃな』
『え――』
振り返った瞬間、彼女は床からせり上がってきたガラスの壁によって四方を完全に囲まれてしまった。
『おじ――エ、エドモンド博士! これはいったい!』
ドンドンと壁を叩くリィだが、女性の腕力でどうにかできるシロモノではない。
『スマンのリィ博士。ここが帝国に見つかってしまった以上、〈戦乙女〉に関わった人物は皆殺されるじゃろう。じゃがワシのせいでお主が殺されるのは忍びない。お主のような若者とならばなおさらじゃ』
『エドモンド博士! おっしゃってる意味がわかりません! ここから出してください!』
『今からお主の精神を〈戦乙女〉のAIシステムの中枢とつなぎ、脳データをリンクさせる』
『それって――』
『そう、お主は〈戦乙女〉の制御AIとして生まれ変わるのじゃ。それしか生き残るすべはない。もうあと数分でここも爆撃される。ここは地下じゃ、逃げ場はないし、隠れたところで数百度を超す超高温に人間の肉体はもたぬ。しかし、〈戦乙女〉の中におれば安心じゃ。今の技術ではお主が開発したこの〈戦乙女〉を完全破壊することはできんじゃろうからな』
『博士! それじゃ博士は!』
『ワシは罪を償わねばならん。これを開発した者として、お主の代わりにな。さて、もういいじゃろ。お主にとっては嫌悪の対象となっているものと一緒になる。そのことについては、ワシを恨んでくれてかまわん。じゃが、願わくばお主が幸せであらんことを』
老人が足元のスイッチを踏むと、リィの床は囲ったガラスごと沈み始める。
『そんなっ! 出して! 出してください! おじいちゃん! 私もいっしょに』
やがてリィの姿は完全に床に飲み込まれ、AIシステムのデータ書き換え完了の文字が、近くのモニターに映し出されだ。
『ほんとにスマンの。じゃが、どうしてもお主を死なせたくなかったんじゃ、お主の才は後の世に残さねばならぬ。お主の才は戦争の後に生かさねばならぬ』
老人は最期にいとおしげにシステムを見上げ――
『開発者の消去は?』
『完了しました。部屋を見たところ、生存者はいません』
『よし、撤退だ。全員撤退後、この研究所を完全爆破させる』
『了解!』
そして、研究所は炎に包まれた・・・
‡
「なるほど、だから〈戦乙女〉は生き残れたのか」
その一部始終を壁の外側から見ていた姜乃介は、重い溜息とともに肩の力を抜いた。いくら精神のみの状態で痛覚を含む感覚がないとはいえ、爆撃を体験してしまったのだ。ストレスを感じずにはいられない。
「この時帝国は襲撃したシステムがディマイズ機関だと知らずに通常の処置を取り、記録からも完全末梢。生き残ったのはウイルスが届く届かないではなく、ディマイズ機関末梢計画時に対象に挙がらなかったから――」
呟くと同時に再び周りは闇の世界に舞い戻る。そして――
「そしてこれが〈戦乙女〉不調の原因。そういうことなのでしょう? リィカ・・・いえ、リィ=カルマーネド博士?」
姜乃介が振り向いた先には、先ほど見た金髪の女性と瓜二つの人物が立っていた。唯一の違いは髪の長さ。メモリーのリィはショートだが、リィカはロングだ。ここはリィカの精神の中、彼女自身が精神体となって現れてもおかしくはない。
『ええ、おそらくは。しかしわたくしは厳密にはリィではありません。リィの大脳情報を元に作り上げられたAIシステムです。メモリーには残されていても、記憶にはないのです。だから、私にはどんな感情がAIシステムと軋轢を生んでるのかわからない』
つまりリィカはリィのクローン体のようなもので、その誕生は研究所の襲撃が終了した後。そしてあのエドモンドという老人の意思なのか、はたまた手違いによってなのか、〈戦乙女〉は記憶を受け継がずに『リィカ』として生まれてしまった。故にリィカは自分自身のこともろくに知らなかったのだ。
そして新たに生まれたからといってリィの脳をベースにしたのは変わらない。そのリィの思念がリィカのAIのどこかに残留し、結果それが〈戦乙女〉の機体との軋轢を生むことになった。つまりその思念を取り除く・・・ないしは説得することができれば問題は解決する。しかしその思念がなんなのかが、当のリィカにはわからないのだ。
だが――
「理由ならもう理解しました」
『え?』
眼鏡を押し上げながら軽く言う姜乃介に、リィカはAIらしからぬ間の抜けた声を上げる。
「簡単なことです。リィさんは嫌悪してるのですよ。自分自身が作り上げた〈戦乙女〉という機体に、機械という機械に、そしてそれと一緒になってしまった自分自身に。軋轢が生じるのも当然です」
『そんな! わたくしは嫌悪なんて!』
「本当にそうですか?」
『そうですよ。だってわたくしはわたくしがどんな機体で、どういう役割を持っているのかさえ知らないんですよ?』
「それはもちろんそうでしょう。だが、問題はそこではありません」
姜乃介は目を閉じ、今しがた目に焼き付けた映像を反芻する。
無数のモニターやケーブルが並ぶ地下研究室。
そこに鎮座する巨大な制御コンピュータ。
それはたやすく命を奪うもの。
それは存在するだけで災いとなる。
飛び交う悲鳴と怒号。
それを引き起こしたのは『彼女』が開発し、彼女の手によって作られたモノ――
それは戦争中ならば当たり前のこと。だが、当たり前にしてはいけないことなのだ。そう結論づけ、姜乃介は彼女にかける・・・彼女の心の奥に響く言葉を探す。
そして出た言葉は――
「リルラ君を見ましたか?」
それは予想外の言葉だったのだろう、リィカは目を瞬かせる。
「彼女は、人が人として、自然に生まれてきた存在ではありません」
『え――?』
「とある博士によって作り上げられた。人工的な生命体。一人の人間のエゴから生まれた、不完全な生命・・・それが彼女なのです」
『不完全・・・』
リルラの体は人間とは根本的に異なる肉体を持つ。それは体内に埋め込まれ、細胞と一体化したナノマシンによる。そう、それは――
‡
「お気づきになられてるんじゃないですか? ご自身が持つ不思議な能力に」
リムの口から放たれた言葉に、リルラは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
キーコードなしでは開けられないはずの研究所のセキュリティーをたやすく突破し、常人では追いつくことなど不可能な機械獣の動きを読む。
「貴女の体にあるナノマシンは細胞と完全に結びつき、一つの器官となって活動しています。そしてそれを介することによって触れた・・・あるいは見た機械を理解し無意識下で信号を交換しあうことができる」
「え、それって・・・」
その説明でようやく涼もリムが何を言わんとしているのか、リルラに何があるのかを理解した。
「貴女は機械と通信することができる。リモートコントローラーもコマンド入力もなしに、ただそうしようと思うだけで」
リルラは何も言い返せない。今まで経験してきたことが、何よりもリムの正論を裏付けている。ただ広げられた自分の両の掌を眺めるのみ――
「ですが」
凛とした表情から一辺、ここにきてリムの口調に陰りが生じる。
「唯一の失策・・・というか欠陥はナノマシンの放つエネルギーの放熱策が完全ではなかったこと。ナノマシンの活動によって生じる熱エネルギーが徐々にではありますが細胞を潰す。貴女の体は――」
「――もってあと十年」
そこで初めてリルラが口を開く。涼ははっとして彼女の方を見る。うつむいていて前髪があるせいでその表情は読み取れないが、泣いているのだと・・・その絞り出すような口調によってわかってしまった。
「あの男は言ったわ! あと十年もてばいい方だって! はき捨てるように!」
面を上げたリルラの眸には強い憎しみと怒りが滲んでいた。整った造形が、その凄絶さに一層の拍車をかけている。
「あの男は――人間のクズよ! 年端もいかない子どもを・・・それも実の娘を実験に用いた。だから私は憎む。あいつを、そんなことを生きがいにしている科学者を」
「なるほど、それが貴女の理由ですか」
リムが冷静に首肯すると、リルラも重い息を吐き出し、体中の怒気を払った。残ったのはけだるい疲労感のみ。
「わかっていたんでしょ。アンタは」
「ええ、それくらいは」
「で、そろそろ教えなさいよ。この体を治す方法ってヤツを」
「はい?」
「なによ? アンタさっき言ったじゃない。私の体を治せるかもしれないって」
「ああ、そういう風にとらえられていたのですね。これは失言でした」
「は? どういうことよ」
「だってまだわかりませんもん。コマンダーも解析し始めたばかりですから、あくまでかもしれないってだけです」
「じゃ、じゃあなんであんなまぎらわしいこと言ってぺらぺら説明なんかしたのよ!?」
「ワタシの推測が合ってるかどうか確認したくて」
「・・・それだけ?」
「ええ、それだけです」
二コリとするリムに、リルラはふるふると体を震わせ。
「ふ、ふざけるなぁぁぁ――――!」
‡
『そう、彼女にはそんな秘密が』
リルラの体のことを聞いたリィカは表情を曇らせる。
「そのとおり、彼女はまっとうな人間ではありません。そしてリムも、見ての通りアンドロイドだ。早い話が二人とも割合はともかく『機械』を肉体に持っている。そして私も」
姜乃介は現実で彼女の手を握った右の掌を彼女に向ける。
『あっ』
その中央には普通の人間ならば決してないはずのもの・・・電子機械用の接続端子が埋め込まれていた。
「この通り体の一部は機械です。貴女はこれをどう思いますか? ヘンだと思いますか? 気持ち悪いと思いますか?」
『そ、そんなこと!』
「貴女も同じですよ」
否定の言葉を紡ごうとしたリィカの口を封じるように、右手を下げた姜乃介は続ける。
「なにも純粋な人間であることが偉いわけではありません。純粋な人間でなければならないこともありません。確かに姿形、その能力は異なるかもしれない。ですが、魂は?」
『魂、ですか?』
「そうです。科学者がこんなことを言うのは滑稽かもしれませんが、私は信じているのです。魂の存在を・・・そしてそれは機械にも宿ると。だから皆同じなのです。兵器だからとか、AIだからなど関係なく。だからそんなに」
再び右手を上げ、リィカの髪にやさしく触れる。
「自分を嫌わないでください」
その言葉に、リィカの中の『何か』が反応した。
‡
『いつでも遊びに来てくださいねー』
「〈戦乙女〉に遊びに行くって・・・なんかニュアンスによってはヤバいことしに行くみたいだな」
「確かに」
涼の言葉に姜乃介は苦笑した。
あの後、リィカが完全に己の機体を制御したことを確認し、姜乃介は〈戦乙女〉の中から帰還した。すると何やらリムとリルラが姦しく言い争っていた。「なにがあったんだ?」と聞いても二人は無視して全く答えてくれないし、涼に訊ねても曖昧な返事が返ってくるのみ。仕方ないので事の究明はあきらめ、とりあえず〈戦乙女〉の制御状況をリィカと話し合い、今ようやく全ての――地殻変動の余波やシステムチェックなども含めた事項にかたがついたところだ。
軍関係のことは、一時保留にするということで話がついた。〈戦乙女〉は殲滅兵器とはいえリィカには命令は下ってないし、主砲を使う意思もない。故に姜乃介は機を見て報告するという結論を下したのだ。
今、立体映像のリィカを含めた5人は外――つまり通路の入口に出てきていた。すぐそばには姜乃介が乗ってきたオフロードバイクと涼のスクーターがある。
『わたくしも話し相手がいないとさびしいですから』
「ま、確かにAIにしては性格がガキっぽいもんね、アンタ」
『むっ、誰がガキっぽいんですか? それにAIにしてはって言うのは偏見ですよー!』
「ふん」
何があったかは知らないが、リルラは完全にご機嫌斜めなようだ。
『まぁいいです。わたくしはオトナなのでー』
そのセリフにリルラの額がぴくりと動くが、リィカはそれを軽くスルーして、姜乃介に再び声をかけてくる。彼女の右手は黒虎の頭に乗っていた。
『助けてもらったお礼、と言ってはなんですが、このレイガー君を連れてってください』
「え・・・それは」
『研究データのサンプルとしてこの子ほど優秀な子はいませんよー。大丈夫、キョウノスケさん達を味方にプログラムしてありますから、噛みついたりしませんしー』
確かに、「この惑星には機械獣を研究しに来た」と先ほどリィカには教えた。だからレイガーのような高水準の機械獣が向こう側から協力してくれるというのなら、これほど楽なことはないのだが・・・
「しかし我々のハウスには、彼が満足に動けるほどエネルギーを供給できるシステムがありません」
機械獣にもエネルギーは必要だ。今までレイガーは〈戦乙女〉という巨大なエネルギー電子炉から無尽蔵に供給していたのだろうが、それが絶たれればすぐにストップしてしまうだろう。姜乃介がほしい主なデータは生態データなので、機械獣が稼働していないと意味がない。
『ああ、それなら大丈夫です。今レイガーの主動力炉データを書き換えて、ローコストでの稼働システムに切り替えましたから、30日に一回程度充電すれば大丈夫です。まぁそのかわり戦闘力はなくなりますが』
「なるほど、それなら安心安全ですね。願ったり叶ったりじゃないですか。コマンダー」
「ふむ、そういうことでしたら、ありがたく貰っておくとします」
『でもそのかわり、ちゃんと遊びにきてくださいね』
「はい。では」
踵を返し、バイクに向かって歩き出す一行。
姜乃介の腕が掴まれた次の瞬間であった。
「む?」
反射的に振り返った姜乃介の頬に何かが触れる感触。
立体映像とは言っても、〈戦乙女〉の強力な力場エネルギーが構成する肉体はしっかりとした質感を持つ。故に触れられたところに、なんとも柔らかい感触を残した。
「え?」
「あ」
「・・・」
突然の出来事に涼はもちろんリルラも、リムでさえ凍りつく。
そんな状況を作り出した張本人は変わらぬのほほんとした笑顔のまま。
『絶対。また来てくださいね。約束ですよ?』
「え、あ、いや、あ~」
不意打ちに完全に動揺している姜乃介は掠れた声で意味のない言葉を発すると、やがて顔を真っ赤にしてぶっ倒れた。
同時に凍りついた時間も動き出す。
「キョウ君!」
「ちょ、どーしたってのよいきなり!」
慌てて駆け寄る涼と戸惑うリルラを尻目に、
「全く。少しは女性に対する免疫を持ったらどうですか? コマンダー」
アンドロイドの助手は深い溜息とともに言葉を吐き出したのだった。