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ギミカル・プラネット  作者: 池森亮
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第三章 戦乙女

「全く。軽率にもほどがあるぞ」

「うっさいわねーぐじぐじと。こうやって合流できたんだからイイじゃない別に」

 何度目か数えるのも馬鹿らしくなってきた姜乃介の小言に、これまた数えるのも馬鹿らしいリルラの返答が通路に響く。

「ここが帝国の軍事拠点でない根拠などどこにもないのだぞ? わかっているのかね?」

「ふん。だったら奴等の研究データを盗んでトンズラするだけよ」

「迷ったらトンズラも何もないだろう。というかリルラ君。君はよくそんな方向オンチで今まで逃げ切れたものだな」

「ムカムカっ。なによ。あたしは方向オンチなんかじゃない」

「コンピュータールームと間違えてシャトルに迷い込んだのはどこの怪盗だったかな」

「なっ! 今さらそんなこと持ち出すワケ!? あれはアンタの研究所がわけわかんなかったからに決まってるじゃない!」

 そんな言い合いを後方を歩きながら聞いていた涼は、隣で足音を全く立てずスイスイと進むリムに目を向ける。

「あの二人。めちゃくちゃ相性悪いな」

「まあリルラ殿は科学者を嫌っているようですからね。しかし――」

「しかし?」

「いえ、コマンダー(指導者)がああもすらすら異性の方と会話をしているのは初めて見ました。案外コマンダーの方はリルラ殿を憎からず思っているみたいですね」

「・・・」

 姜乃介に女と見られてすらいない涼は苦虫をかみつぶしたような顔でリムを見、ついでいつの間にか並んで歩く二人の後頭部を睨みつける。

 その様子を横目で見て、リムはアンドロイドとは思えない自然な笑みを浮かべた。

「嫉妬ですか?」

「なっ! ち、違うって!」

「そうですか」

 過度の追及はしない。相変わらずくえない対応に真っ赤になった涼はぶちぶちと文句をたれながら歩を進める。

 姜乃介達が歩いているのは広い円形の通路だ。しかし歩きやすいように足元には平行な鉄板が敷かれており、ここに何者かが居た・・・もしくは居ることはあきらかだった。縦横無人に這いまわる換気ダクトが異様な雰囲気を醸し出しているが、先のリルラや涼の時のようなトラブルもなく、四人は目的地にたどり着いた。少し開けた空間で光量もわずかに多い。

「ここが?」

「ええ。終着点です。これ以上空気が伝っている空洞はありません。ですが」

「ああ、やっかいだな」

 姜乃介は目の前にある『扉』をこんこんと叩く。

 鋼鉄の扉は中央に縦線が走っており、両開きであることがうかがえる以外はなにもわからなかった。なにしろ取っ手はもちろんキーリーダーやそれに類する開錠システムが見当たらないのだ。

「扉の厚さは300ミリ。向こう側はかなり大規模な空間と思われます」

 眼球に搭載された赤外線センサーによって内部を軽くスキャンしたリムはそう伝え「どうしますか?」と姜乃介に問いかける。ここまで厚い鉄板ではいくら彼女の怪力をもってしてもさっきのようにはいかない。

「ふうむ。普通に考えればどこかに開錠のシステムがあるはずなんだが、セキュリティーの一貫のようだな。扉と周囲の壁を調べるしかあるまい」

「つったって相当デカいよこれ」

 涼がうんざりしたように言うのも無理はない。扉は少なく見積もっても横幅10m。高さ3mはあった。

「仕方あるまい。ここまで来てここを見ないで帰るわけにはいかない」

「まあ確かにそうだね。んじゃ僕はこっち側を調べるよ」

 左のドア隅と壁に涼は向かう。右のドア隅と壁は姜乃介。リムは真ん中あたり。それぞれ壁にへばりついて両手を動かしている。

 興味のないリルラはなんとなく扉の前に立ち、その表面を軽くなでる。指の腹は扉の表面が思っていたよりもざらついていることを教えてくれた。ついでペタリと掌全体を押し付ける。そして、

(開け!)

 強く念じ、密着した指先にほんの少し力を入れる。すると――

「なーんてね♪」

 あっさり手を離してまわれ右。単なる気まぐれだったのか、そのままさっき見つけた隆起物に腰かけようとした刹那――


 ずずずずずずずず――


 重苦しい摩擦音を立てて扉が左右の壁に飲み込まれていく。それを呆気にとられた顔で見つめる姜乃介と翼、そしてリルラ。ただひとり表情を崩さないのはリム。

 四人を代表して涼が口を開く。

「開いたね」

「だが、なぜだ?」

 姜乃介が訝しげに眉をひそめる。彼等はリルラが『何か』したことに気づいていない。しかし最も驚いていたのは当の本人だった。

(まさかほんとに『ここも』開くなんて!)

 リルラは信じられない面持ちで自らの白い右手を見下ろす。この右手は幾度となく研究室の扉を鍵や解除コードなしで開いてきた。この手があったからこそ、リルラはいともたやすく厳重な警備システムをかいくぐって盗みを働けたのだ。

(いったいなんなの?)

 だがその理由は彼女自身も全く知れない。なぜか、右手を押し当てて念じると開けられるのだ。それは最初に盗みを働いたときに気づいて、今まで便利の一言で片づけてきたのだが、こんな軍のゲートと思しき巨大な扉まで開かせることのできる『能力』に、リルラは初めて疑問を覚えた。

(まさかこれもこの身体のせいってこと?)

 右手でそっと髪の毛に触れる。通常の人間にはありえないという硬質の手触り、光沢のある銀髪。その髪が震えていた。いや、震えているのは触ってる手の方か。

(あたしの身体は、あたしは、いったいなんなの!?)

「リルラ殿?」

「あ・・・」

 はっとして顔を上げる。黒い瞳が不思議そうにこちらを向いていた。

「ご気分でも優れませんか?」

「い、いや。大丈夫。行こう」

 自分自身に向けられた恐怖による震えを強引に抑え、リルラは扉を越える。姜乃介と涼は既に中に入っていて、興味深そうに周りを見回していた。

 大規模なドーム状の空間。端的に言えば扉の向こうはそんな感じだった。壁伝いに電灯が走っており通路以上に明るい。そして入ってきた入口から反対側までは相当距離がある。同様に天井も高い。

「半径50mの・・・球体上半部ですね」

 お約束通りリムが端的に解説する。リルラも姜乃介達と同じように見回し、さらに一歩踏み出したところで妙なことに気づいた。足元を見下ろす。

「砂利?」

 さっきまでの通路は整地されており凹凸のない滑らかな地面だった。しかしこのドームは一面に細かな欠片が敷き詰められていた。リルラが履いてるのはジャージに合わせてソールの柔らかい銀色のスニーカー――足音を消すためと機動力の問題で――なので、大地の感触の違いにすぐ気付いたのだ。

「なによ。これ」

 リルラはかがんでそれを摘みあげる。5㎜ほどの角ばってかつ光を反射するそれは細かい土粒子の塊などではなく――

「なんかのパーツの破片?」

 呟くのと、リムの背筋がビクンと跳ねたのは同時だった。

「警告! メビウスの方角! 8m上空地点にて熱エネルギーの収束を感知!」

 淡々とした口調こそ変わらないが、リムの頭部と瞳は『何か』を探さんとぐるぐる動いていた。

「伏せろ!」

 姜乃介が涼の肩を抱いて地面にダイブし、リルラはわけがわからないまま地に伏せると、それは地面に突き刺さった。


 ヴァシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――


 何によっての音かはわからないが、一束の光が姜乃介とリルラのちょうど真ん中辺りに刺さり、轟音と水蒸気を立てたのだ。

「高密度のプラズマブラスタ!? これはいったい」

 驚愕に慄いた姜乃介のセリフは中途で途切れる。

『それ』が現れたからだ。

 ゆるやかに地面に舞い降りた『それ』はいったいどこから出てきたのか。

 艶のある黒いボディは硬度と柔軟性の相反する両方の要素を感じさせる。

『それ』は四肢の中で唯一異色である紅色の、リムと同じく高等な知性を感じさせる双眸で姜乃介達を見回した。

 そこに宿るのは明確な敵意。

 先のプラズマ砲は『それ』が撃ったのか――

「機械獣・・・なのかこいつは?」

「シグナルコードが発信されていないので間違いないかと。ですが、ここまで造形クオリティとAIシステムの水準が高い機械獣は初めてで」

 とリムの抗弁の途中でその機械獣は『口』を大きく開いた。


 るおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 聞く者を圧倒させる咆哮に姜乃介と涼、リルラは思わず耳をふさいでうずくまる。

「ハっ!」

 しかし自分の意思で五感のON・OFFを切り替えられるリムは隙を作ることなく床を蹴り、一足飛びで機械獣に接近し手刀を繰り出す。しかし亜音速の一撃はなんなくかわされてしまった。

「くっ」

 攻の動作から一転、リムはすさまじい反応速度で上体を弓なりに反らした。黒いセンサーアイの1センチ先を分厚い爪の一本が通り過ぎる。リムは反らした勢いのまま後ろに飛び、中空で半回転して着地する。白い顔面には相変わらず表情らしい表情は浮かんでいなかったが、

「仕留めるつもりだったのですが。想定以上の駆動力ですね」

 声には苦渋がにじんでいた。

 今の一撃。機械獣はリムの攻撃を避けるだけでなく、カウンターを繰り出してきたのだ。それも回避行動と同時に。体を反らすのがコンマ1秒でも遅れれば、飛びのきの際にふるわれた丸太のような一撃に、リムの細い身体は吹き飛ばされていただろう。

「それに知能指数も猟犬なんかとは比べモノになりませんね」

 リムが一筋縄ではいかない相手と判断したのだろう。一定の距離を保ったままむやみに攻撃してこない。獲物の様子をゆっくり観察しているかのよう。

「ダテに虎っぽい形をしているわけじゃないってことね」

 リルラが合いの手を打つ。

しなやかな四肢と尻尾を持つその機械獣の外見は、古の昔に地球で生息していたというサーベルタイガーに酷似していた。

「呑気なこと言ってる場合ではないぞ。おそらくコイツは侵入者を排除するためのガーディアンといったところだろう。とすればすんなり逃がしてくれるとも思えん」

「キョウ君! 扉が!」

 涼の声に目を向ければ、いつの間にか入ってきた扉は閉まりかかっていた。

「やはり」

 そう姜乃介が呟くのと扉がぴったりと閉じられるのは同時だった。どうやらあの機械獣が現れると閉まる仕組みのようだが、今さらそんなことがわかってもどうしようもない。

「ですが、おかげでわかったこともあります」

 右目は扉に、左目は機械獣に向けていたリムが静かに言う。

「ああ、ここにはまだ何かあるな。こんなヤツが守りにいるほどの何かが」

 ガーディアンがいる。それはつまり同時に守られる物が存在することを意味する。それが姜乃介達と敵対関係にあるものの重要機密なのか、はたまた自国家の隠ぺいされた何かなのかはわからない。

「だが、そうとわかれば科学者の矜持として調べてみるまでここから逃げ出すわけにはいかないな」

「で、でもキョウ君。あいつリムより早いってことなんでしょ? それじゃキョウ君得意の《工転術》も・・・」

「使えないな確かに。それに見たところ継ぎ目らしい継ぎ目が見当たらない」

「なによその《こーてんじゅつ》って」

 意味深な言い回しに興味を持ったリルラが尋ねる。

「私に科学者の道を説いてくれた師匠が教えてくれた技の一つだ」

「師匠って・・・」

 科学者に師匠弟子の関係があったとは意外――

「工転術ってぇのは早い話が高速でドライバーを操るってことさ。キョウ君はコンマ1秒で人差し指サイズのネジを5本も抜けるんだ!」

 頬に興奮の色を受かべた涼が解説してくれるが、リルラには益々わからない。

「なんで機械獣倒すのとその高速ネジまわしが関係してくんのよ?」

「機械獣を倒すにはそれの脳とも言うべきAIシステムを書き換えればいいのだが、それは厚い装甲に隠れている。そしてその装甲を固定しているのは大あれ小あれネジの類だ」

「なるほどね」

 そこまで言われればわかる。つまり姜乃介は接近と同時に敵の装甲を引っぺがすことができるのだ。

「だがあの機械獣には装甲の継ぎ目が見当たらない。それにあったとしてもあのスピードだ。とても捕えることができない」

 言葉だけなら冷静だが、その実相当急いていることはメガネのフレーム下に汗をかいていることからわかる。

 件の機械獣は獲物を見定めるように一定の距離を保ちながらゆっくりと移動している。それをじーっと見ていたリムはトップライトの角度で、一瞬機械獣の身体に光の線が走ったのを見逃さなかった。

「コマンダー。継ぎ目を見つけました。どうやら腹のようです。形状は一辺50ミリの正方形」

「なるほど。だが腹か。益々やっかいな」

「なんでよ」

 何も考えないで聞き返したリルラに姜乃介は幾分口調を強張らせ、

「腹ということはドライバーを下から上に向けて回さないといけない。それには奴の動きを止めるか、ジャンプした時じゃないと」

「ジャンプした時に狙えばいいじゃない」

「泥棒風情が知ったような口を。それができれば苦労しねえって」

 涼の突き放した物言いにムッとしたリルラは「ふん」と鼻を鳴らし――

 機械獣の下に一歩踏み出した。

「お、おい!」

「よーするにあれの足を止めて、ノロマなあんたでも腹を狙えるようにすればいいんでしょ? 楽勝じゃない」

「待てリルラ君。君は自分が何を言ってるのかわかってるのか?」

 姜乃介の言葉は無視してリルラはずっと対峙していたリムの隣に並ぶ。そして軽く屈伸をして準備運動完了。

「リム。邪魔しないでよ」

「勝算はあるのですか?」

「むしろなんでアンタがあんなのに手こずってんのかわかんないわね」

「・・・ご無理はなさらぬよう」

「りょうかい」

 リムが下がると同時にリルラはゆっくりと機械獣に向けて歩き出す。

「何やってるリム! 早くリルラ君を下がらせろ!」

 それを見た姜乃介が悲鳴のような声を上げるのと、機械獣がリルラに向けて跳躍するのは同時だった。

 黒い塊は弾丸のようにリルラに突き刺さり・・・はしなかった。リルラが跳び箱でも跳ぶようにあっさりと真上に避けたからだ。

「はんっ。たいしたことないのね。きてみなさい!」

 いとも簡単に機械獣のバックを取った少女はカモンカモンと指を前後に振る。


 ぐるるるるるるるるるるるるる――


 挑発に怒りを覚えたのか紅い目を細め、再び跳躍――

「よっと」

 リルラはそれをまたも軽くかわしてみせる。

「さあどんどん来なさい」

 スニーカーの両サイドに縫い付けられたアルファベットの反射板が銀色に輝く。そのつま先で床をきゅっきゅっとこすりながらリルラは不敵に笑った。


           ‡


 あっけにとられる姜乃介達の目の前で、またもリルラは機械獣を避けてみせる。しかもただ避けているだけじゃないことは、回数を重ねるごとに鋭さを増す回避行動が物語っていた。

「な、何者なんだよアイツ。リムでさえ追いつけないようなバケモン相手に」

 涼の意見には全面的に賛成だ。なぜ人間であるはずの彼女が、超高速起動の可能なリムの身体能力を上回れるのか――

「リム」

 姜乃介はリルラの舞い‐機械獣を華麗に避ける様はそう表現するにふさわしい‐を静かに見守る助手に声をかける。

「どういうことかわかるか? なぜリルラ君はお前の身体能力を凌ぐのだ?」

「あれは身体能力によるものではありませんよ。まあ、ある意味ではそういう意味とも言えますが、少なくともコマンダーが思っているようなものではありません」

「なに?」

 リムは今まさに機械獣を避けて見せた銀髪の少女に目を向け、

「筋肉の伸縮、視線の動き、それらを観察してみたところ、彼女の動作はすべて機械獣が動作を開始するコンマ3秒前に行われています」

「つまり先読みしていると?」

「いえ、機械獣には野生の獣のような癖はありません。それにリルラ殿からすればあれは初めて見た存在。その行動が読めるとは思えません」

「じゃあ・・・」

「どういうわけかわかりませんが、リルラ殿は機械獣の動く先がわかるようなのです」

 リムも混乱しているのだろう。それは普段彼女が嫌うはずの曖昧な表現だ。

「そんなことが・・・いや、だがしかし彼女は」

 姜乃介はハウスに落ちていた硬質の銀髪を思い浮かべた。明らかに通常の人の髪ではないそれはリルラのもの。

「なら彼女の身体は」「バ科学者!」

 頭の中でリルラに対するある回答が導き出されるのと、その呼び声は同時だった。

「次っ! そっちに飛ぶわよ!」

 その言葉で我に帰ると、黒い機械獣がこっちに向けて跳躍してくる。

 いつの間に、そして何処から取り出したのか、姜乃介の両手にはすでに二本ずつドライバーのグリップが握られていた。

 グッと白衣に包まれた長身を縮ませ、機械獣の下に入り込み腕を跳ね上げる。

 接触は一瞬――

 キンっと甲高い金属音が四回、そして鈍い音が一回。姜乃介の足元に落ちた小指大のネジと黒い装甲板が立てた音だ。

 機械獣は自分が一体何をされたのかわからないのか、姜乃介を飛び越えたところで首を左右に振っている。それを確認した姜乃介はドライバーを拳銃のようにくるくるとまわし白衣の内ポケットにしまう。

「成功だ」

「相変わらず地味~な技ですね」

「うるさい」

 かっこつけた姿を離れた場所から助手にあっさりと両断され、ぐるぐるメガネの下がほんのりと赤く染まる。

「それよりも後はリム、君の役目だ」

「わかっていますよ」

 リムはリルラを下がらせ、両手をまるで指揮者のようにゆらりと持ち上げると、十本の指先に白く細い電撃が迸る。

「な、なによ、それ?」

「私の中には機械獣用データ書き換えシステムが搭載されています。この電撃はそれを送るシグナルのようなものです」

 淡々と説明し終えたリムは両手をバチバチいわせながら機械獣に、姜乃介によって曝されたAI機器に向けて一歩を踏み出す。

 バチッ!

「む?」

「なんだ?」

 リムの足がぴたりと止まり、姜乃介が不穏の声を上げる。今の電子音は彼女の手元が音源ではない。

 バチッ! バチッ! バチッ!

 連続して鳴っているのはリムと機械獣の狭間、空間そのもの。リムのそれとは微妙に違う青い色彩を帯びたそれは徐々に増え、一点に収束し始める。それと共に刃ような鋭い異音が鼓膜に突き刺さる。

 ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン――

「痛っ! 何これ!」

 耳を押さえた涼と姜乃介が目をつむり悲鳴を上げる。すると、

『ああ、人間にはこのノイズは耐えられませんか、ごめんなさいね』

 どこからともなく間延びした声が聞こえたかと思うと、あっさりと異音が止む。

 同時に電撃の中から現われたのは、床まで届こうかという鮮やかな長い金髪をまとった綺麗な女性だった。

複雑な幾何学模様の入った白いマントとローブ。さらにあちこちに施されたアクセサリー。大昔の物件に載っているファッションという奇怪な服装の彼女は、あっけにとられる姜乃介の前で丁寧にお辞儀をした。そして驚愕のセリフをさらりと口にする。

『どうも初めまして。わたくしはこの最大級殲滅兵器(ディマイズウェポン)〈戦女神〉のAIでーす』


           ‡


 帝国と共和国の戦争が最も活性化、凶悪化していた数十年前、両勢力の戦場は銀河系全土を覆い尽くすほどだった。その時戦闘の主役となっていたのがディマイズウェポンと呼ばれる広範囲の粒子砲システム。それは一つの惑星をまるごとエネルギー補給源とすることで、とてつもなく長い射程と威力を持った大量殺戮兵器だ。

 それがまさか、この惑星の地下に埋まっているとは。

「だが、ディマイズ機関はその危険性から両勢力とも全ての施設を放棄したはず・・・」

 かのシステムはその特性上敵だけでなく味方をも巻き込む可能性があるため、製造されたものは公的機関が末梢したはずだった。何を隠そう、姜乃介もその末梢計画に携わっていたのだ。

『なに言ってるんですかー、現にわたくしはこーして生きているじゃないですか』

「いや、生きているというかなんていうか・・・ってそんな話してる場合じゃないだろキョウ君!」

 彼女が出てきたことであの機械獣が消えたわけではないことに気付き、涼が慌てて姜乃介の袖を引く。しかし――

『ああ、この子のことでしたら心配はいりませんよー』

「この子?」

 自称〈戦乙女〉は黒い機械獣の頭をなでながら朗らかに笑う。その笑顔は彼女の容姿に反してとても幼く見えた。

『はいー。この子はレイガーって言いまして、わたくしの分身とゆーか家族とゆーか友達とゆーかペットとゆーか子分とゆーか召使いみたいなものなんですー』

「イヤ、わかんないわよ」

 と、嘆息を交えてリルラが呟くも、黒い虎‐レイガーはその場で腹這いになり目を閉じた。それを見てこちらに襲い掛かってくることはないとわかり、その口調に警戒の色は見られない。

「ふむ、ディマイズ機関の人工AIシステムの応用だな。本来は照準のために砲台とAIを結ぶ神経ネットワークを使って半壊した機械獣の脳波と同調。膨大な処理機能を用いて本来は不可能な機械獣との意志の疎通を図っているのだろう。とするとその特殊な装甲はディマイズ機関に設置されたもののよう・・・おっ」

 すらすらと考察を述べていた姜乃介の長身が勢いよくのけぞった。いつの間にか近づいてきた〈戦乙女〉が目をキラキラとさせて近距離で彼を見つめていたためだ。

『そーなんですよー! わかりますかあ! すごいですね! わたくしのいた研究所でもそんなことまで直ぐわかっちゃう人いなかったんですよー。わー嬉しいなー、ね、お名前を聞かせてもらえないかしら?』

「きょ・・・姜乃介という。よろしく」

『よろしくー。わたくしのことは〈戦乙女〉と呼んでくださいー。あ、でもそれじゃ呼びにくいですよねー、うーん、どうしましょうか』

 腕を組みうんうん唸ってしまう大量殺戮兵器のAI。

『うーん、うーん』

 しかしいきなり出てきて勝手に一人で唸られても姜乃介達も困る。そもそも名前のこと以前に、彼女には聴きたいことが山ほどある。

「あの――」

『そうだわ!』

 姜乃介が声をかけようとしたその瞬間、絶妙なタイミングで彼女は手を打った。

『わたくしのことはリィカと呼んでください』

「なんでいきなり?」

 涼の疑問もごもっともだが、ここでツッコんでいたらまた話がややこしくなってしまう。姜乃介は彼女が涼に答えるよりも早く、先ほど口にしかけた言葉を紡ぐ。

「ではリィカ殿、ズバリお聞きするが帝国軍と共和国軍。貴女はどちらなのですか?」

 その問にハっと翼とリルラが身を固める。彼女の答えによっては再びあの機械獣が襲ってくるからなのだが――

『ええーっと』

 なぜか〈戦乙女〉もとい、リィカは額に汗を浮かべ、困ったような笑みを浮かべる。その反応に姜乃介は眉をひそめる。こーいった場合普通の反応として挙げられるのは、そう言うそっちはどうなのかと同じ問を返してくるか、即座に敵対行動をとるかくらいだが、彼女の反応はそのどちらにも該当しない。というか・・・

『うーんと。ええーっと』

「あの・・・まさか」

 腕を組み、目を閉じて首を左右に倒すしぐさはどう見ても、先ほど何かを思い出すために使ったものにしか見えない。つまり――

「アンタ。もしかしてわかんないの!」

『そ、そんなことありませんよー! 単にメモリをいくら探してもそれとわかる情報が何一つ見つからないだけですー』

「それってわからないってことじゃん」

『う・・・』

 リルラの容赦ないセリフに呻く大量殺戮――以下略。

「でもそれっておかしくない?」

「ああ、リルラ君と涼君の言う通りだ。何一つというのはわからないな。OSひとつにしても帝国、共和国ではシステムに多少の違いがあるはずなんだが。そうじゃなくても、どこかにシリアルナンバーが刻まれていたり命令コードが入力されているはず」

『それが、わたくしはどうやら最新の設備システムで生産されたらしくて、OSは既存とは全く違うものみたいで、ロールアウトすらしてないので命令コードはもちろん、シリアルナンバーすら刻まれてないんですー』

 その言葉で姜乃介はようやく彼女がどうしてこうも開けすけな態度で部外者の自分に声をかけてきたのか、また末梢計画から生き延びたことを理解した。

 つまり彼女は『戦争』を知らないのだ。いや、兵器であるから自分が戦うことはわかるだろう。しかし肝心の誰と誰が、どことどこが争っていて、彼女がどちら側の人間に作られたのかまではインプットされてなかった。される前にディマイズ機関末梢というのが閣議決定され、彼女は放棄されてしまったためだ。

そして彼女が生き残った理由。彼女は公式には抹殺されているのだろう。ただメインコンピュータと研究所がこのような地下にあり、末梢システムがうまく届かなかったのだ。ディマイズ機関を破壊するために使用されたのは‐これも姜乃介が研究に携わったから知っているのだが‐惑星に散布するウイルス兵器だ。地表面から完全に隔離されているこの施設にはウイルスが届かなかったようだ。

「なるほど、しかしまいったな」

 姜乃介の見解が正しいとなると、彼女――リィカが帝国と共和国どちらの物かわかる情報は一つもないだろう。なぜなら普通軍が自軍の研究所を放棄するときは、情報という情報を綺麗に消し去るからだ。リィカというAIを消さなかったのは、彼女がまだ何も知らない赤ん坊のような状態だからだったに違いない。

『あのお? キョウノスケさん?』

「うん?」

 気づくと、腕を組んで眉間に皺を寄せた姜乃介の顔を、不安そうな顔をしたリィカが覗き込んでいた。

『わたくし、何かまずいことでもしましたか? もしかして所属がわからないほど馬鹿だと廃棄されてしまうのでしょうか?』

 そんなことを泣きそうな顔をして言われても困る。

「い、いえ、そんなことはありません――とは断言できませんが、少々面倒なことになりましてね。ほかの兵器ならいざ知らず、貴女が本当に〈戦乙女〉であるならば、私の立場上貴女のことを上に報告し、必要な指示を仰がねばなりません」

 それは言外に彼女の言葉の一部を肯定したことになるのだが――

『わたくしを上層部に紹介してくれるのですか!?』

「は?」

 思いがけぬ言葉に姜乃介を含め、その場にいた全員が目を丸くした。

『だってあれじゃない? ここってまったく人がきてくれないし、この子以外話相手がいないでずっと退屈だったのよー。貴方達がきてくれなかったらわたくし、寂しさで死んでしまうところだったの!』

「アンタはウサギかっ!?」

 リルラの突っ込みはともかく、彼女は先のディマイズ機関はその危険性からうんぬんの話を忘れてしまったのだろうか? 少なくとも姜乃介はそんな楽天的な可能性の話はしたつもりはない。

「あー、そうではなくて・・・」

 姜乃介が気の進まないまでも、彼女の勘違いを解こうと口を開いたその時だった。

 それまで黙っていた亜麻色の髪の少女がおもむろに口を開いた。

 その黒い瞳はまっすぐにリィカを捕え――


「貴女、壊れてますね」と。


           ‡


「最もわかりやすかったのは貴女から発せられる電波エネルギーです」

 先の発言の意味を問われたリムは、視線をリィカに固定したまま淡々と言葉を紡ぐ。

「その程度の肉体情報を三次元化するのに必要なエネルギーと、今貴女がまとってるエネルギーは全く釣り合いません。貴女が今纏っている電磁量は尋常じゃない。それと最初に行ったノイズ調整。あれも本来ならば必要のないことです。なぜなら3D化はもともと対人システムの一環なのですから、人間に対して再調整などナンセンスです」

 そこまでを一息で言い終えた後、彼女は「どこか間違っているところはありますか?」とばかりにリィカに目線を合わせる。他の皆も――姜乃介でさえ、黙ってリィカの答えを待つ。

 当の彼女は先ほどまでの溌剌な雰囲気はどこへやら、完全に真顔に戻っている。

『確かに・・・』

 数十秒後彼女が放った言葉はリムの言葉を肯定するものだ。しかし・・・

『確かにわたくし――いえ、〈戦乙女〉の仮想インターフェイスシステムは電磁場の調整がうまくいっていません。しかしその程度のことで壊れた呼ばわりしてほしくないですね』

「その通りだ。たかが3D化する機能が多少いかれたからといって、そんな深刻な問題にはならないはずだ」

 姜乃介は別にリィカに肩入れするつもりはないが、助手の真意がつかめずつい反論めいたことを言ってしまう。そんな指導者に、リムは冷たい瞳でつぶやく。

「私が『壊れてる』と言ったのは3D化システムのことではありません」

「じゃあなんだってのよ。まわりくどいからはっきり言ってよ」

 さっきから足をパタつかせ苛立ちを隠せない様子のリルラが訊く。元来短気なのと、科学専門用語が多数出てきたせいだ。

「私は言いました。『電磁量が尋常ではない』と」

 その言葉に反応できたのは姜乃介だけだった。

「なっ!? それは・・・それじゃあまさか」


「先ほどの大規模地殻変動・・・それの原因はこの〈戦乙女〉なんです」


「お、おい! どーいうことだよ!?」

「リィカさん。一つお尋ねしてもいいですか?」

 戸惑う涼を尻目に、姜乃介は表情の変わらぬリィカのほうを向く。

「陽電子回路の中枢、ディマイズ機関のエナジー管理状況を把握してますか?」

『・・・・・・』

 ゆっくりと、しかしはっきりと彼女は首を横に振る。

「なるほど。しかしまいったな。どうしたものか」

「ねえ、いったいどういうことなのよ。一人で納得してないで説明しなさいよ」

 そう尋ねるリルラの隣では涼もこくこくと同意を示している。

「ああ、つまり」

「〈戦乙女〉さんはなんらかの理由で自身の保有する膨大なエネルギーが制御できずに、いずこかからか漏れ、それがこの惑星にダメージを与えているということなのです」

「ふ~ん、それヤバイの?」

「も、もちろんだ。このままでは」

「このままの状態が続けば、そう遠くない内にこの惑星が暴発してしまう可能性もあります」

 姜乃介が自信満々に説明しようとする前に絶妙のタイミングでリムの解説が入る。

「なるほど、わかりやすくかつ簡潔な説明で助かるわリム」

「うん、わかりやすかった」

「それほどでも、ありますけどね」

「で、それを止めることはできるワケ?」

「それは、コマンダー次第ですね。コマンダー?」

 リムが姜乃介へと視線を移すと――

『えーっと、キョウノスケさん? 大丈夫ですかー?』

 渦中の〈戦乙女〉に背中をさすられながら、かがみこんで地面に『の』の字を書いているぐるぐるメガネの男が居た。

「どーせ私なんて、奇妙で奇天烈な科学者野郎なんぐあ!」

 なんかぶつぶつつぶやいているその頭を、リムは思いっきり蹴っ飛ばした。

「うっとおしいです。時間がないのですからふざけないでください」

「痛つつ・・・相変わらず手加減を知らないヤツだ。わ、わかった。わかったから!」

 リムは振り上げていた踵を下ろし、さっさと立てと顎で促す。

 一つ咳払いをし、立ち上がった姜乃介は白衣をはたくと、唐突にリィカに向けて右手を差し出し・・・

「握手をしましょう」

『え?』

「はあ?」

 同時に疑問の声を上げるリィカとリルラ。しかし姜乃介は気にせず続ける。

「握手です。親愛の証です」

『え? え、えーっと、ど、どーもー』

 なぜか頬をほんのり桜色に染めたリィカはおずおずと――電磁力場で構成した手で――彼の手を握る。

『あっ!』

 しかしうれしそうな顔をしていた彼女は、姜乃介の手を握った瞬間はっとした表情で手をひっこめた――いや、ひっこめようとした。

「すみません。だまし討ちのようなことをしてしまって」

 姜乃介は申し訳なさそうな顔で己の手と、握ったまま離さない彼女の手を見る。いつの間にか二人の接触点には無数の電撃が這うように舞っていた。

『わたくしの思考回路にアクセスしてきたのね』

 主人の異変を察知したのか、隣でおとなしくしていたレイガーの赤い双眸が薄く開くが、リィカが頭をなでると再び眠りについた。

「はい、勝手だとは思ったのですが、事は急を要するので」

「ちょ、どどどーいうことよ!?」

 またしても意味不明な状況に講義の声を上げるリルラ。しかし返答は予想外のところからきた。

「キョウ君の右手には脳に直結している特殊な接続端子が埋め込まれてるんだ。そこからリィカさんのデータバンクにアクセスしたんだと思う」

 涼は真剣な面持ちで握手を交わす二人を見ながら言う。

「へえ、そんなことになってんの。気付かなかったわ。他人の掌なんて特に気にしないから。でも、アクセスしてその後どーすんのよ?」

「エネルギーを管理するバンクまで辿り、そこで原因を特定、修復ですね」

 今度はリムが補足する。

「ふーん、案外簡単そうね」

「そうでもありません」

リルラの呟きに、リルラは涼と同じく眉間に少ししわを寄せた表情で答える。

「思考回路を通じデータまでさかのぼり、信号を使って検索を行うという機能は人間にはありません。それを行うには自分自身が信号となり検索をしに向かうしかないのです」

「え~っと?」

「つまりキョウ君はあの〈戦乙女〉の中を精神のみとなって探しまわるんだ。それがどれだけ無防備で危険なことなのか、科学に疎いあんたでもわかるだろう?」

 リルラはようやく、さっきから涼とリムが纏うぴりぴりとした緊張感の理由に辿りついた。

「ですがアクセスには成功しても、その先、原因の特定と解決は、相手側の証人がないと行えません。AIのデータバンクにロックがかかっているのは当然、ですから」

 リムの言葉と同じタイミングで、姜乃介はそのことを訊ねていた。

「貴女のバンクへと入っていきます。いいですか?」

『・・・・・・』

 〈戦乙女〉は少しの間躊躇いを見せたが、結局首を縦に降った。

『皆さんに迷惑はかけられないので』

「ありがとうございます」

 そう言って姜乃介は目を閉じた――


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