第二章 少女と洞窟
飛騨涼は高校の授業が終わった後、自宅とは反対方面に向かうバスに揺られていた。
別に同級生と遊びに行くわけでも塾に行くわけでもない。ただ、ある人に会いに行く。それだけのために、涼は往復一時間運賃を払ってバスを使っていた。
『風巻第三研究所前~。風巻第三研究所前~』
「あー? もう着いたんだ」
しかし涼はそれを苦だとは一度も思っていなかった。バスはいつも空いてるから座れるし、学校の宿題をついでに終わらせられるのに非常に都合がいいからだ。
急いで携帯端末を鞄にしまいクレジットカードで支払いを済ませバスを降りると、目の前は白一色だった。太陽の光を全て反射して目が痛い。
「いつも思うけど、これどうして汚れないんだろう?」
真っ白な外壁に囲まれた真っ白な建物はほんとに真っ白で、どこにも汚れは見当たらない。涼が小学生に上がった頃からあるので、少なくとも10年は建っているはずだ。しかも『あの人』の話では改装工事は一度もやってないという。だがそれはおかしな話だ。例え優秀で多くの清掃員を雇ったところで、雨や砂塵など自然によってつけられる汚れは避けられないし完璧に拭うことはできない。
だが実際に目の前の巨大な建物――『風巻第三研究所』は真っ白だ。
「これも科学の賜物ってヤツなんだろーね」
と、悩んでもどうせわからないので一人で結論を下し、停留所の目の前にあるシンプルだが威厳のある門をくぐる。
「え?」
三重・・・いや、四重にかかったロックを開いた先に見えたのは、研究所とは思えないいつも通りの緩やかな空気――ではなかった。
「おい! SブロックとTブロックの熱処理が実行されてないぞ! ヒート寸前だ!」
「待ってください先輩! 四階のシステムコンピュータがっ」
「なに? 総主任が来るだと! くそっ! よりによってこんな時にか!? それで日時は? なんだと! 明日!?」
「B‐32PCのデータ処理が間に合いません! 簡易データバンクのパスはどこにあるのですか!?」
いつもはのんびりだらだらと自分の仕事を行っていた人達が、血相を変えて動き回っている。涼の知る限りこんなことは初めてだ。それだけで、この研究所が今危機的状況に陥っていることがわかった。
(どうしよう?)
涼は自動スライドドアを開いたまま入口で動けずにいた。この状況がいかにして起きたのか知りたいが、たんに『あの人』の友人というだけで部外者である自分に教えてくれるのだろうか?
(やっぱり今日は帰るか)
いくつか見知った顔はいたが、彼等又は彼女等は皆目の前の案件を処理しようと躍起になっている。そんな中に入って行って邪魔するのは忍びなかった。
(帰ってからメールで教えてもらおう)
そう決めて踵を返す。その時鞄が揺れて、中にあるものの存在を思い出した。
研究所内に背を向ける形で涼は少し固まる。
(・・・渡してからでも)
そう思う気持ちと、この場を去ったほうがいいと思う気持ちがせめぎ合う。
すると、
「おや? その後姿はもしや飛騨クンではないか?」
どこか作ったような感じのあるハスキーボイスに、涼は振り向いた。
「ビンゴ。やはり私の眼は対したものだ。この嵐のような部屋の中で小柄な君を発見してのけたのだからな」
「御堂さん」
涼の顔を見て子供のように相好を崩したのはこの研究所の副主任だった。他の人と同様白衣を着て伊達メガネをかけた御堂は、涼にとって『あの人』の次にこの研究所内で親しい人間だ。
「連日のお勤め御苦労・・・と言いたいところなのだが、今は見ての通りいつもとは少しばかり状況が違ってな」
「みたいですね。ええっと、どうしたのか教えてもらえませんか? いや、僕に話せることならですけど」
『あの人』が居る時はため口なのだが、御堂だけの時は一応敬語を心がけている。
「ふむ、まあ君には話してもいいだろう」
あっさりと御堂はうなずき、「ついてきたまえ」と言って研究所の奥へと歩き出す。ロビー兼第一研究室を出て、まっ白い通路を歩く。防音はしっかりしてあるはずの研究室だが、喧々囂々とした声は通路まで漏れてくる。
「まずこの異様なまでに切羽詰まっている状況だが」
「はい」
「君が考えているような危機的状況ではない」
「へ?」
涼は思わず斜め前を行く御堂の顔を見上げた。
「別に我が研究所の隠していた闇資金が露見したわけでも、隠して開発していた対機械獣用プラズマ兵器が露見したわけでも、隠していた我が研究所のみの社内交際容認規定が露見したわけでもない」
「・・・」
「冗談だ。笑え」
「笑えませんよ! 無駄にリアルすぎますって!」
今御堂が挙げた隠していたシリーズは『あの人』ならやりかねない。
「まあ確かにそうかもな」
「御堂さん?」
「だが危機的状況ではないというのは本当だ」
御堂はある扉の前で止まると、懐からキーカードを取り出してドアの横にあるカードリーダーに通した。
『ピッ。ミドウフクシュニントカクニン。ロックヲカイジョシマス』
無機質な機械音と同時にドアがスライドする。
その向こうの薄暗い空間には――
何もなかった。
「今朝私がここを訪れた時は手遅れだったのだ」
御堂のどこか疲れたような声が涼の耳朶を叩く。
「少しおかしいと思ったのだ。あのパーフェクトな主任が一日のノルマを終えられず居残りをするなど。だがまさか・・・まさかこんなことをしでかすとは思いもよらなかったよ」
その部屋には大小無数のコードと、何か大きな物体が収納されていたような痕跡だけが残っていた。
無くなった大きな物体――すなわち、スペースシャトル。
「主任――風巻姜乃介は昨夜ここにあったシャトルを使って助手のリムさんと共に地球を離れてしまったんだ」
‡
主任である姜乃介の手腕は多大なものだった。それは彼が突然いなくなったこの研究所の現状をみれば誰でもわかる。
だが裏を返せば、単にそれは主任がエスケープを決め込んだだけに他ならない。
「全く困ったものだよ。私は副主任なんかまかされてるが、主任の半分もこの研究所のことはわからないからな・・・って飛騨クンどこへ行く?」
なぜか偉そうに胸を張る御堂をよそに、涼は薄暗い室内を慎重にかつ大胆に移動して、あるコンピュータのスイッチを入れる。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待テ。君はなにをしようとしてるんだ? 勝手に」
「キョウ君がスペースシャトルで向かった惑星。そのデータがここにあるんです」
キーボードをすばやく叩いてモニター上に情報を流していく。
「飛騨クン。確かにそれにはシャトルのデータが入っているだろうが、あのシャトルで行った惑星の数は十を超える。その中から絞り込むのはすぐには無理――」
「ありましたっ!」
「うそっ!」
御堂は慌てて涼の横からモニターをのぞきこむ。
移っていたのは小さいが黄金色に薄く輝く美しい惑星。
「??? なぜこの惑星なのだ?」
「先々月にキョウ君自ら赴いてます。おそらく下見だったんでしょう。これだけデータが豊富で細かいです!」
モニターにはここから惑星までの距離、惑星の気候、惑星の規模、そしてその他にも細かいデータが並んでいた。その数は明らかに他の惑星のものより多い。
「よし」
「ん? え? ひ、飛騨クン! 勝手に携帯端末につなげて情報を吸い上げないでくれたまえ! 仮にも厳重にプロテクトかけて――っていったいどうやって!」
「これくらい僕にとっては朝飯前です」
端末から伸ばしたコードを収納し、涼は走って部屋を出る。
「どこに行くんだ!」
「もう一つのシャトルのところです」
「は?」
どうやら御堂には知らされてないらしい。伊達に研究所の半分しか知らないだけある。
状況は理解できてないだろうがとりあえず追ってくる御堂を背に、涼は通路を迷うことなく駆け抜ける。
階段を下りた先にある一つの扉。そこのリーダーにここに入る時に使ったキーを通し、よどみない動きで暗証番号を入力していく。
『ピッ。トクベツゲストヒダリョウヲカクニン。ロックヲカイジョシマス』
「な、ど、どういうことだ?」
追いついてきた御堂が驚きの声を上げる。無理もない。副主任でさえ知りえぬ部屋を部外者である涼が見つけ出し、なおかつそのロックを解除してのけたのだ。
そして最も驚愕すべきは、その部屋に収められていたもの。
それはブロンズに輝く一機のスペースシャトルだった。
「ななななんでこんなものが!?」
「予備だってキョウ君が言ってました」
「よ、予備ぃ?」
目を白黒させる御堂を尻目に涼は慣れた動きで『準備』を進めて行く。
まずシャトルのエネルギー残量を調べる――これはオッケー。
次に目的地までの食糧その他必需品の確認――これも大丈夫。
次に目的地の距離と座標を携帯端末を繋いでインプット――完了。
最後に各部品の劣化度合いを算出――問題なし。さすがキョウ君だ。
「よし、オッケー」
「オッケーじゃなくてだね。飛騨クン。まさか君」
御堂はそこでようやく涼の意図に気づいたらしい。が、既に止めようとも手遅れだった。
『ハッシン5フンマエ――4フン59ビョウマエ――4フン58ビョウマエ』
どこからともなくアナウンスされるカウントダウンに御堂は顔面を蒼白にしてそれを阻止しようとする。が、いつの間にかキーボードにはロックがかけられており、気づけば涼はシャトルの入り口に立っていた。シャトルと床部分には3メートルほどの隙間があり、たどりつくには専用のキャットウォークが必要で、それはもう収納されてしまっている。
「ひ、飛騨クン! 馬鹿な真似はよしたまえ! 空に上がってしまえばそう簡単には帰ってこれまい! 家族にはどう説明するつもりだ!」
「大丈夫です。僕の両親は軍に所属してるのであと3年は帰ってきません」
「そ、そうか。君も大変だな・・・じゃなくて! 空は危険だぞ! いくら我が研究所のシャトルとはいえ!」
「御堂さん」
涼は唐突に鞄の中にあった物を放り投げる。
「どうやら到着までに一日かかるようなので、これは御堂さんにあげます。今後の処理のお礼でもあります。早めに召し上がってくれると嬉しいです」
慌ててキャッチしたものは渋みのある濃紺の風呂敷に包まれた直方体。
「お弁当です。キョウ君は僕が責任を持って連れて帰るので。では」
バシャっと入口が閉じ、何重にもロックされる。
「あ! おい!」
『ハッシンシマス』
見上げれば部屋の天井が開き晴天がのぞいている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――
そこからはあっという間だった。
天才の姜乃介が開発したシャトルは当たり前のように高性能で、大気圏などやすやすと超えられたようだった。
某有名私立理科大学卒のエリート科学者は、阿呆のように口を開けて清々しい青空を見上げていた。
ピピピピピピピピッ
いつから鳴っていたのか、腕時計型携帯端末が激しくコールしていたことに気づき左手を口元に近づける。
「なんだ?」
『副主任! 今の地震はいったい!? 研究所内が発信源のようなのですが!?』
それはそうだろう。シャトルが発射されたのはここだ。
「あー特に問題はない。後で全研究員に説明する」
『そ、そうですか。それと、先ほどから総主任が我が研究所に聞きたいことがあると』
「あーそれもわかってる。すぐそっちに行けばいいんだろう」
『お願いします』
通信を切って腕を降ろすと、それまで押さえつけていた疲労が一気に押し寄せてきて、よろよろと近くにあったストゥールに腰かけた。
今目の前で起きたことも含めてこれからの雑務を思うと頭が痛くなってくる。がっくりとうなだれると、ひざの上に置いた弁当箱が目に入った。
「男が作った弁当か。これを食うくらいのサボタージュは許されるだろう。どれ」
風呂敷をほどくと朱色の塗箸と深緑色のいかにも姜乃介に似合いそうな渋い弁当箱が出てきた。蓋を開けてみるとなんとも美味そうな料理が詰まっている。
御堂は一際おいしそうに輝くミートボールをつまみ、口に放り込む。
「うむ。うまい。だが・・・」
男友達に会うために弁当を作るなんて、彼は将来コックにでもなるのだろうか?
彼氏イナイ歴=年齢の御堂律子は、どうしようもなく鈍かった。
‡
科学者は嫌いだが食べ物に罪はない。ここで意地を張るのも馬鹿らしいし、正直リムが――なぜか割烹着姿で――持ってきた料理はとてもおいしそうだったからだ。
だがこんな場所で食糧の備蓄は足りるのかと当然の疑問を持ったリルラは、そのことをリムに尋ねると、
「とりあえず当面三カ月分の水と食糧はシャトルに積んでありますので問題はありません。その後も、このハウスに搭載してある小型食糧プラントと水素製造機を併用すれば反永久的に食糧に困ることはないでしょう」
とかなんとか。正直言ってよくわからなかったが、心配いらないということだけは理解できたので、遠慮なくいただくことにした。
ローストミートに柔らかそうなパン。そしてポタージュスープ。
肉の正体が不明で少し気味が悪かったが、目の前にいる科学者に尋ねるのはイヤだった。だからリルラは素知らぬ顔で肉を切ってゆっくりと口に運んで咀嚼する。
「おいし」
と、思わず口から出てしまった。
「それはよかった」
その言葉で姜乃介がいることを思い出し慌てて口元を引き締める・・・が、それはうまくいかずそれよりもっと顎がおちることになってしまった。なぜなら、
「ア、アンタいったい何で食べてんのよ?」
姜乃介が握っている二本の長いそれはけっして箸などではなく、持ち手の部分に分厚いグリップが巻かれ先端がひらべったくのばされている。ぶっちゃけて言えばドライバーだった。
「うん? 慣れればたいして苦にならんぞ」
そう言うだけのことはあって彼が動かす二本のマイナスドライバーは正確にかつ素早く肉を挟んで、彼の口に運ばれる。
「んぐんぐ、む? 安心しろ。ちゃんと消毒してある」
「いや、そういう問題じゃないでしょうが」
リルラはげっそりとしてパンをかじる。よく見れば彼が肉を切るとき使ったのはナイフじゃなくて電動ノコギリの刃の部分のようだった。
(一気に食欲がなくなった)
ドライバーやノコギリを使ってカチャカチャギコギコやってるのを見ると、さっきまでおいしそうだった肉やパンが鉄クズの塊のように思えてきてしまった。
(あーもう。やっぱりこいつサイアク)
ちゃぶ台を思いっきりひっくり返してやろうか、とリルラが半ば本気で考えた瞬間、それは起きた。
ゴゴ――――
「へ?」
最初はほんの少しの揺れだった。しかし――
「警告。オリオンの方角、約20キロ地点に膨大な地熱エネルギーの発生を感知」
虚ろな瞳でリムが早口に告げる。リルラには何のことだかさっぱりわからない。
「きます。衝撃に備えてください」
「なにを」
ズン――
今度はとてつもない揺れがハウスを襲った。リルラは悲鳴すら上げることもできず床に這いつくばる。姜乃介がリムに何か叫んでいるようだが、地面が上げる大きな悲鳴にほとんどかき消されて聞こえない。
いったい何秒そうしていただろうか。おそらくは10秒くらいなのだろうが、5分くらい揺れていたように感じた。
「なによ。なんだってのよ」
這いつくばった姿勢からちゃぶ台を支えにして身を起こす。家具はすべて磁石で固定しているらしいため動いた痕跡はなかった。料理がこぼれていたがそれどころではない。
「大規模な地殻変動だ」
同じく四つん這いになっていた姜乃介も立ち上がり、ぐるぐるメガネの位置を確かめていた。
「リム、二波の可能性は?」
「エネルギーの枯渇を確認。0パーセントです」
あれだけの揺れにも微動だにしなかったアンドロイド少女は無表情に答える。
「ふむ、少し様子を見ようか。リルラ君はここに――いや、一緒に来たまえ」
白衣を翻らせ、姜乃介はリムと共にハウスから出た。その後を、
「科学者のくせにあたしに命令すんなっ!」
ぐちぐち言いながらリルラもついて行く。
しかしそれもハウスの外に出て、その光景を目の当たりにした途端止まった。
「これはまた、激しいな」
ある程度は予想できていたのだろうが、姜乃介もそれを見て驚いていた。
金色に輝く砂漠のようだった周りの大地は、地殻変動の影響で無数の地割れが生じていた。しかもただ割れているだけでなく、離れた地層同士が隆起または陥没し、凹凸の激しい地面を形成していたのだ。
「まるでコマンダーのようですね」
リムがしげしげと数十メートル先の断層を眺めながら呟く。
「どういう意味かね?」
「スマートではないところがです」
意味がわからないがなぜか軽く傷ついた。
「褒めたつもりですが?」
「ちっともそう聞こえん!」
「ったく。いったいなんだってのよ」
ようやく衝撃から立ち直ったリルラも、辺りを見回しながら言う。
「ですが惑星に深刻なダメージを与えるほどではありません。範囲もそんなに広くないですので、拠点を移せば問題はないでしょう」
ハウスはちょうど隆起した地面の上にある。平地に建てられていたが、この変動のせいで断崖絶壁の危険な立地条件となってしまっていた。
「そうだな、じゃあ午後はさしあたって地震の原因究明と新たな土地を」
「――警告!」
「またあ!?」
リムの声にリルラは反射的に身構える。しかし揺れは一向に訪れる気配はない。
「風巻第三研究所代替スペースシャトルの識別コードを確認。およそ120秒後、100メートル前方に着陸します」
「なんだと!?」
驚きの声を上げたのはリルラ――ではなく姜乃介だった。
それと同時に上空から赤い物体が現れる。
接近によって徐々に大きくなっていくスペースシャトルは轟々と呻りを上げ・・・
「って! こっちに向かってきてるじゃない!?」
「ですから、着陸地点はここより前方なので問題ありません」
だがしかし現にシャトルはどんどん大きくなりながらこちらに落ちてくる。
「ちょ、ちょっとちょっとなによなによなんなのよいったい!」
大規模な地震に続いてスペースシャトルの接近に、リルラは軽くパニックになっていた。
しかしだからと言ってシャトルが止まってくれるはずもなく――
「着陸の際に生じる突風に注意してください」
リムの言葉と同時に、
ズゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ―――
「きゃあっ」
まるで台風のごとき荒れ狂った――それも人工的に作り出された乱風はバッフェテンク振動を引き起こし、あたり一面の砂を大量に巻き上げる。
「もう大丈夫ですよ」
「ふえ? う・・・ぺっぺっ」
頭を抱えてしゃがんでいたリルラは立ち上がると同時に、口内に入ってしまった砂を吐き出し、頭をぷるぷるさせて砂を払った。幸い彼女の髪は通常より硬質で頭皮油が少ないので砂は簡単に落ちた。
「全く。とんだ一日になりそうだ」
同じように頭から砂をかぶった姜乃介も不機嫌な口調でつぶやき、右手に持った銃を構える――って銃?
「あ、アンタ何を持ってんのよ!」
「安心したまえ。これは麻痺銃だ。殺傷能力は低い」
「いやそうじゃなくって。なんでンなもん持ち出してんのよ。あれってアンタんとこのシャトルなんでしょう?」
「だからだ。乗っているのは私の研究所にいた人間だろう。私を連れ戻すために。だが私はしばらく帰るつもりはない。ゆえに有無を言わさず黙らせて地球に帰還させる」
姜乃介は本気のようだ。一昔前に公共放映でやっていたという刑事ドラマよろしく、銃口を下に向けたまま滑るようにしてシャトルに近づいていく。
「相変わらずやることなすこと全てがダサいですね」
「ったく。なんでそこまでしてこんな何もない星なんかに居たいのよ」
リルラが愚痴をこぼすのと、シャトルのハッチらしきものが開くのは同時だった。
そして中から人のような影が現れ――
バシュ――バヂィ!
情け容赦なく姜乃介が麻痺銃を撃ち込むのもまたほぼ同時だった。しかし銃を撃った直後、何故か姜乃介はその場で固まってしまった。
「何やってんのよ、バ科学者?」
「コマンダー?」
離れて見ていたリルラとリムが異変に気付き駆け寄る。
「いったいどうしたってのよ? って子供?」
ハッチから上半身だけ出してうつぶせで倒れているのは、動きやすそうな黒のストレッチパンツとジャケット姿の小柄な人間だった。
「失礼」
リムは固まってる姜乃介を押しのけ、麻痺銃を受けた子供を起こす。
子供は、綺麗な顔をした男の子だった。茶色のサラサラな髪に整った鼻梁。いいとこのお坊ちゃんのような風情。
「り、涼君っ!」
その顔を見た姜乃介はさらに驚愕の言葉を漏らす。どうやら知り合いではあるらしい。それにしたって――
「アンタこんないたいけな子供を躊躇いもなく撃ったわけ?」
「む・・・」
姜乃介は顔面からダラダラと冷や汗を流し、ひとつ深呼吸をしてから――
「ふか」
「不可抗力でもないれっきとした誤射・・・誤りですね」
リムの情け容赦なしの言葉に沈黙した。
‡
とりあえず涼という名の少年をハウスまで運んで行き、布団に寝かせてから小一時間で、彼は目覚めた。というか爆発した。
「きょきょきょきょきょきょキョウ君! さささささささささっき僕がシャシャシャシャシャトルから出たら! いいいいいいいいいいきなりバシって言って! びりびりびりびりびりびりってぇ!」
「だから、スマン。謝るから少し落ち着いてくれたまえ」
いきなり錯乱し出した涼少年に迫られ、たじたじになりながらなだめようとする姜乃介。いい気味だ。
「今思ったのですが、リルラ殿もいい性格してますよね」
リムが何か言っているがスルー。
「それにしても涼君。学生の君がなぜ一人でシャトルに乗ってこんなところまで?」
「決まってるっしょ。キョウ君を地球に帰還させるため! それができないなら助手をやらせてもらうためだ!」
どうやらこの少年、元からこんなテンションらしい。
「涼君。ここまでわざわざ来てくれて申し訳ないが、私はここでやらねばならないことがある。ゆえに帰ることはできない。それに助手はリムが」
「大丈夫ダイジョウブ! 迷惑はかけないって! それにこのハウスって拡張可能だっただろ? 予備のハウスとドッキングさせれば問題ないって・・・ってアレ?」
そこでようやくリルラに気づいたらしい。ぽかんとした顔でこちらを見て――いや、なぜか睨んでくる。
そしてさっきまでとは打って変わった低い声で、
「キョウ君。それ誰だよ?」
それ、ときたもんだ。
「なによ?」
「ああ、彼女はだな、なんと説明すればいいか」
「キョウ君が連れてきたの? 聞いた話だとこのシャトルに乗ったのはキョウ君とリムだけだったと思うけど?」
益々トゲトゲしくなる視線。だが黙って睨まれているのは彼女の性に合わない。しかし一発ぶん殴ってやろうかと一歩前踏み出した瞬間、リムにフードをかぶせられた。
「な、なにすんのよ!」
「こうすればわかりやすいでしょう」
「あ!」
ほとんど「でしょう」の部分にかぶさるようにして上がる涼の声。まるでお化けにでも出くわしたかのような反応に思わず気圧される。
「な、なによ」
「お、お前は各研究所で盗みを働いている怪盗R!」
「えぇっ! あたしってそんなセンスない呼び名で呼ばれてんの!」
「リルラ君。ツッコミのポイントはそこなのか?」
「なんでこんなとこにいるんだ! さてはキョウ君の研究資料が狙いか!」
「まー、最初はそうだったんだけどね」
肩をすくめるリルラ。流石にこんな少年に噛みつくほどガキじゃない。
困惑する涼を、姜乃介が「まあとりあえず落ち着きたまえ」といなす。
「彼女はもう私の研究内容に手を出すまいよ。そんなことすればこの惑星から出られなくなってしまうからな。だから気にしなくてもいい」
流石にそんなことを科学者なんかに言われるとムカッ腹が立つが、今はガマンだ。
「名前は、リルラ殿というらしいです」
「リルラ?・・・・・・リルハ?」
「おい!」
「わっすっれないでっ、見つめることをー♪」
「涼殿、微妙に歌のチョイスが古いと思われます。数世紀ほど」
「ツッコミどころはそこかっ! リム」
ここまでコケにされては、流石に我慢できない。
「ああん?! アンタ何様のつもりよ!」
「いたっ! 頭を掴むなっ! 僕はキョウ君の親友にして弟子だ!」
「弟子だったら何言ってもいいとか思ってんじゃないわよ!」
「う、うるせー! お前だって泥棒のくせに!」
「泥棒は何言ってもいいのよ。犯罪者だから!」
「いや、よくないだろう」
「やーい犯罪者! なんだそのかっちかちの髪の毛。針金でも刺してんのか?」
「ムカムカムカっ! アンタ、言ってはいけないことを!」
「まあまあ二人共落ち着きたまえ、そんなことより私はさっきの地殻変動の調査をしに行きたいのだが・・・」
「だいたいなんなのよ! キョウ君キョウ君って男同士で気持悪い。近寄んないでくんない?」
「う、うるせえ! だったら頭放せ! それにお前になにがわかる!」
「アンタこそあたしの何がわかるって言うのよ?」
「あーっと、だから調査に――ってダメかねこれでは」
「ダメでしょう」
「置いてくか」
「大丈夫でしょう。幸いなことにここは崖の上。猟犬も簡単には手出しできません」
「ではさっさと行こう」
「コマンダーにしては正しい判断です」
‡
20分後――
「ぜーっ! ぜーっ!」
「はーっ! はーっ!」
「まったく、むかつくガキねアンタは――ってあれリムとバ科学者は?」
「キョウ君は馬鹿じゃねーよ。アホだけど」
「同じよ。ってどこにもいないわね」
一通りハウスの中と外を見回したが、どこにも見当たらない。
「ま、いないならいないでせーせーするからいいけどね」
二人が居なくなったおかげで広くなったじゅうたんの上にゴロ寝する。涼はと言うと、
「なにやってんのアイツ」
窓からのぞくと彼が乗ってきたシャトルから、なにやらスクーターのようなものを引っ張り出している。涼は小柄なのでかなり苦労しているが――
どうやらどっかに行った姜乃介達を探しに行くつもりらしい。
「ふん。勝手にすれば」
再び寝そべる。しかしよく考えてみると、涼がいなくなったら自分はひとりこの場所に取り残されてしまう――
その結論に至ると、昨日襲われた機械獣の犬が脳裏に浮かんだ。
「う」
昨夜姜乃介の計らいによって機械獣への恐怖はやや緩和されたものの、やはり恐怖感というものは完全にはぬぐえるものではない。そして――
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌てて後を追う。
「で? あいつらどこに行ったかわかるの?」
「キョウ君はたぶん僕が来る直前に起こったっていう地殻変動の原因を探りに行ったんだ。それならその原因に向かえば合流できる」
涼はスクーターのナビゲーションシステムと小型端末を繋いで、なにやら操作しながら呟く。
「運動エネルギーはもう枯渇しちゃってるか・・・なら地割れの収束する地点を計算して――」
ぶつぶつとよくわからないことを呟いている。科学とか統計学とかを嫌悪しているリルラにとってはあまり耳に入れたくない独り言だ。
「ねえ、まだ?」
「よし! だいたいの位置はつかんだ! 行くぜ」
「ちょっ! いきなりエンジンかけるのやめなさい!」
姜乃介特製チューンアップのスクーターは砂塵を巻き上げて走り出した。
‡
一方姜乃介とリムは地殻変動の原因――大規模な運動エネルギーが発動したと思しき地点にたどり着いていた。
「洞窟だな」
「洞窟ですね」
バイクを止め、まじまじと見上げたそれは隆起した地面にぽっかりと空いた穴だった。しかし天然のものでないことはその穴が一部の隙もない正円を描いていることと、ちらりと見える中が人が数人通れるよう舗装された通路の作りをしていることが証明していた。
「おそらく地下パイプの結合部がエネルギー爆発によって外れて押し出され、このようになったのだろうと思われます」
地下パイプ・・・つまりそれは――
「ここには先客がいたということだな」
「どうします? 帝国の予備基地である可能性もあります。一度引き返して装備を固めますか?」
実はあのハウスにはプラズマライフルや対装甲ミサイルなど、一通りの物騒な武器が収納されている。
「いや、今ここで時間を食うのは得策ではないだろう。もしここに知能を持った生命体がいるのならば、隠されるおそれがある」
「人類の反応はありませんが?」
「敵は人間とは限らないだろう。君のセンサーは20m以上離れた機械獣を始め同機種――アンドロイドの察知はできない」
言い終えるやいなや姜乃介は2メートルほどの段差を跳び穴の淵に着地した。
「ふむ。こいつはやっかいだな」
穴は予想通り斜め下へと続き、途中で並行になっているようだ。だがそれよりも横穴の数が多くぱっと見ただけでも分岐が無数にありそうだった。
「リム」
まるで階段を上がるかのように、淵に立ったリムの瞳孔が縮小と拡大を細かく繰り返す。
「直線距離で150mほど下方に巨大な空間を確認。そこへと至るルートは一つしかありません。コマンダーの通常歩行で約一時間の距離です」
「ふむ・・・鬼が出るか蛇が出るか。行ってみるとするか」
メガネを軽く中指で押し上げる。
「気取ってもそのカッコじゃ全然ハードボイルドになりませんよ」
「・・・」
‡
二人が――正確には一人と一体が穴に入って約30分後、リルラと涼が到着した。
「あれは」
「キョウ君のバイクだ!」
スクーターを強引に止めオフロードバイクに駆け寄る涼。
「えーと起動スイッチはと、ここか。うん。どうやら34分前にここに到着したみたいだ」
「なんかストーカーみたいね」
リルラの言葉を無視してバイクのメモリーを操作していた涼は、ふと目の前にある丘を、正確にはそこに空いている穴を見上げた。
「あの洞窟に入ったんだな」
「え!? まさか入るつもり!」
「当然でしょ。キョウ君はここに入った。間違いない。たぶん」
涼は背が低いためよじ登るようにしてようやく穴の淵に立つ。
「へー。確かキョウ君の調査だとここはアンノウン・フィールドだったはずだけど、どうやら違ったみたいだね。しかもけっこう古いなこれは」
淵周りの鉄板を触りながら、涼はジャケットのポケットからペンライトを取り出し中に向ける。目はキラキラと輝き小鼻がヒクヒクしている。興味津津だ。
「へえ、こりゃすごいや。面白そう」
とかなんとか呟きながらリルラの存在など忘れてしまったかのように、つかつか穴に入っていってしまう。
「・・・ちょ! ちょっと勝手に一人で行かないでよ!」
砂漠でただ一人になってしまうことを恐れたリルラは、急いで彼を追って穴に入った。
「待ちなさいって!」
すでに10mは先にあった光源へと慌てて追いすがる。しかし涼は完全に自分の世界に入っているせいか、リルラの方を見向きもしない。
「ほんっとムカつくガキね」
しかし睨んでもこっちが疲れるだけなので、仕方なくリルラはつかず離れずの距離を保ちながら、涼について行く。
洞窟の壁はどんな理屈なのかはわからないがうっすらと赤く光っているので、涼のペンライトさえあれば数メートル先まで見渡せられた。しかしそれはリルラにとっては逆効果にしかならなかった。
(うう、気持ち悪い・・・)
淡く光る壁は鋼鉄のなめらかな曲線ではなく、ところどころパイプのようなものが突き出してたり、警報装置のような半球体が埋め込まれていたり、紋様のようなパネルが突き出ていたりしている。そんな光景はかつて自分が住み、そして今では忌み嫌っているあの『部屋』を彷彿とさせるのだ。
あとどれだけこんな不快な場所にいなければならないのだろうか? 十分ほどしか経っていないのに、リルラは早くも虚脱感を感じていた。仕方なく、前を行く小柄な背中に声をかける。
「ねえ、いつになったらあの科学者に追いつくのよ?」
「え?」
今度は反応はあった。しかしどうも妙な反応だった。ためしにもう一回聞いてみる。
「だから、いつ追いつくのよ?」
「え~っと・・・」
どこか困ったような言葉。リルラは背筋にいやな汗が伝うのを感じた。
「ねえ、まさか」
ここに来るまで数多くあった横穴や分岐。そこを戸惑うことなく通過してきた涼は、てっきり穴にたどり着くまでのように姜乃介達を追うナビみたいなのを持っていると思っていたのだ。だから何も言わなかったのだが――
涼はリルラの前を歩いているので表情はうかがいしれない。
「まさか、ま、迷ったの?」
ぴたりと止まり、くるっとこちらを振り向く少年。男の子とは思えないほど綺麗な顔は心なしかひきつっていた。そしてリルラの質問に答える。
「う、うん」
「なっ」
ある程度覚悟していたことだがショックなことには変わりはない。リルラは汗をだらだらかきながら数歩後ずさり――
カチッ
『へ?』
二人の声が仲良くハモる。ハッとしてリルラは見下ろすと――
「ああ・・・」
彼女のひじはみごとに壁にあった赤いスイッチらしきものを押し込んでいた。
それと同時に一瞬の浮遊感を二人は感じ
「「っっっっっきゃあああああああああぁぁぁぁ!!!」」
真下にぽっかりと空いた新たな通路(?)に、二人は悲鳴を上げながら吸い込まれていってしまった。
‡
幸い垂直落下で針山にグサリ・・・みたいな展開にはならなかった。というよりこの洞窟は機械仕掛けなのでそんなものはナンセンスではある。
リルラと涼も最初は落下だと思ったが、穴下はスロープになっていたので滑り台よろしくくねくねと曲がりながら、ダストシュートのようにとある部屋に放り出された。
「つつつ。なんかここに来てからこんなんばっかね。ほんとサイアク」
スロープの終点と部屋の床までは少し段差があったので、軽く腰を打ってしまった。リルラは鈍い痛みを放つところをさすりながら立ち上がる。そして周りを見回すと、同じように落ちてきた涼が仰向けで倒れていた。
「リョウ?」
「う、うう~ん」
どうやら頭を打ったらしく軽い脳震盪を起こしているようだ。苦しそうに呻いている。
「つってもどうしたらいいのよこれ」
リルラは介抱の仕方など知らない。とりあえず揺さぶってみようかと涼の肩に手をかけると、彼の手が胸のあたりを掴んでいることに気づいた。
「苦しいっての? だったらこんなもんつけなきゃいいのに」
涼はジャケットの下に胸部を覆う黒い物体を巻いていた。布ではなく硬質な素材でできるそれは防弾チョッキの様だ。それの真ん中に留め金がある。リルラはこれを外せば少しは楽になるだろうと親切心から外してやった。しかし――
バインっ!
「なっ!」
金具を外した瞬間、中に収められていた『もの』によってチョッキははじかれて左右に大きく開かれた。
「リョウ、アンタ」
リルラは今日何度目かわからない驚愕の面持ちで、存在を主張するかのようにシャツを内側から押し上げ揺れてるそれを見下ろす。
「うう・・・イッ、イタタタタ」
苦しさがひいたおかげか、はたまた強い視線を感じたからか、意識を取り戻した涼は後頭部をさすりながら状態を起こし、
「ああ、お前も無事だったか、ん? にょあっ!」
無防備に揺れる胸に気づき両手で抱え、顔を真っ赤にする。そのしぐさはどっからどう見ても・・・
「女・・・の子?」
「うっ」
リルラのつぶやきに、涼は真っ赤なまま沈黙した。
‡
「全ての現況は風巻グループなんだよ」
二人が落ちてきた部屋にはドアらしいものが一つもなく、完全に隔離された状態だった。このままでは窒息はともかく、餓死は免れないので、二人で手分けして出口を探していると、涼がポツリポツリと語り出した。ちなみに胸のチョッキはしっかりと閉めている。
「キョウ君とは小等部2年の時に知り合った。その時は男女の垣根はまだあいまいで、キョウ君は僕を自分より少し年下の男の子だと思ったんだ」
確かに小学2年では涼はまだ8歳。スカートではなくズボンを穿いていたりしたら、男の子と間違われても仕方ないかもしれない。
「じゃあなんで言わなかったのよ」
「僕がその誤解に気づいたのがずいぶん後だったし、タイミングも悪かったんだよ」
姜乃介が涼のことを男の子だと見てると知ったのは、知りあってから一年経ったある日のこと。姜乃介の部屋で毎度のごとくプログラミングの話をしている時、ふと彼が口にしたのだ。
『いやあ、君が男の子でよかったよ』
『俺の家って古臭くてね、7歳のころから親は俺が異性と接触するのをよく思わないんだ』
『なんでもお嫁さんは決まった人がいるからって言うんだ。ひどいと思わない? 俺の意見もなしにさ』
と。
「それで、そのバ科学者にホの字のアンタはバレて引き離されないように、男装してるってワケ?」
「ホ・・・ち、違う! 勘違いするなよ僕は純粋にキョウ君の親友でいたいがために!」
「あーわかったわかった。ほら、手が止まってるわよ」
再び顔面を真っ赤にした涼を軽くあしらいながら壁を調べていたリルラは、ふとあることに気づいた。
「ねえ、アンタが女だってことにリムは――」
「ああ、リムは気づいてるよ。彼女のセンサーまであざむけないからな」
「なんでバ科学者に言わないの?」
「口止めして貰ってる。理由はわからないけど黙ってくれるみたいだ。もし僕が女だってキョウ君に、いや風巻の関係者に知られたら・・・だから」
涼が決意の込めた口調で何かを言おうとした瞬間!
ズガァァン!と豪奢な破砕音と共に壁の一部が粉砕された。幸い二人は違う壁面を調べていたので怪我などはしなかったが、突然の出来事に身を縮める。
「やはり」
粉々に砕けた壁の破片がパラパラとこぼれ落ち、もうもうと立ち込める埃の向こう側から聞き覚えのある冷めた声が聞こえてきた。
「貴女達でしたか。生体反応を追ってきて正解でしたね」
「リム!」
鉄板とコンクリートでできた壁をぶち破ったアンドロイドは、特に目立った怪我のない二人を確認すると小さく息を吐いた。これも実に人間味あふれる動作だが、彼女がやると違和感がない。
「全く。おとなしく待ってるということはできなかったんですか?」
「しょ、しょうがないじゃん。僕はキョウ君の弟子なんだから」
「自称でしょう・・・それにリルラ殿までなぜ? ああ、おひとりで留守番しているのが怖――」
「ああああああたしはこいつにキョーミホンイでついてきただけよ! それだけ!」
真実を言い当てられそうになったリルラは慌ててリムのセリフをさえぎる。これ以上他人に弱みを握られるわけにはいかない。
「そうですか。どのみちここまで来た以上はワタシ達について来てもらいます。また迷子になられたら探すのが面倒なので。こっちです」
ぐるる――とまるで噛みつく前の犬のようなリルラの剣幕をさらりと受け流し、リムは白衣を翻して部屋を出て行く。
「ちっ。まあこれで合流できたんだからよしとするか。行くわよ。涼?」
リムの後を追うため瓦礫を越えようとしたリルラは、涼が予想以上に真剣な顔をしているのを見て軽く面食らった。
「な、なによ」
涼は視線を鉄クズの向こうで待つ人物に向け「キョウ君に」と呟く。
「キョウ君には黙っていてくれないか?」
もちろんそれは涼の性別のことだろう。
「いずれバレると思うわよ?」
いくら姜乃介が鈍い朴念仁だとしても、共に暮らしていけば隠し通すのは難しい。
「それでも。言う決心がついたら、自分で伝えるから」
「ふーん。ま、あたしにとっちゃどっちもどうでもいいことだからね」
「じゃあ」
「気まぐれで言うかもしれない」
「ちょっ!」
「冗談よ。まあ黙っていてあげるわ。でもそのかわり貸しひとつね」
「わかったよ」
ぶすっと膨れた涼はなんだか可愛くて、思わずリルラはクスリと笑ってしまった。